夜、ジュードローカはリビングのソファに座っていた。
その膝の上に、パジャマ姿の楓李は乗っかって、浮遊ディスプレイを操作していた。
調べているのは、光球と夜空の関係だった。
増える一方の空の光球が、何か未だに彼らにはわかっていない。
自分は芽羽凪の行方も追っていた。
このままでは、トマスリアスに殺されかねない。
空名は、ジュードローカが自室に行かない限り、リビングから動こうとしない習慣だった。それも寝てるのか起きてるのか、わからない。
テレビでは、昨晩、街中で巡洋艦が現れたと報じていた。
やはり、供養降豊祭が行われなかった影響とみられている。
浮遊ディスプレイは次々と画面をかえて、楓李の調査が少なくとも行われていることがわかる。
だが、様子を眺めていると、似たようなところを何度も経由していて、てこずっているようだった。
急に彼女は身体を固くした。
「軍事警察!? どういうこと!?」
楓李は苛立って頭を掻きむしった。
「……何があった?」
宥めるように、ジュードローカはその頭を撫でてやった。
彼を見上げて、楓李は口を開いた。
「なんか、接触する前に、軍事警察が網を張りまくってて、それに掛かっちゃったみたい。ごめん……」
しょぼくれたように、言葉を吐きだすと、顔を膝におとした。
「あー、なに気にするな。どうせ、一度は相手することになってたんだ」
すぐにサイレンの音が聞こえてくる。
「やれやれ。早いなぁ、対応」
ジュードローカは、楓李の頭をなで続けながら呟く。
表の様子ではのんびりしているが、裏の彼は焦っていた。
インターフォンが鳴る。
ジュードローカは、急いで浮遊ディスプレイの足跡を消去した楓李の傍をぬけて、ドアを開けた。
目の前には目つきの鋭い中年の男が三人ほど立っていた。
隅から見える道路には、まだ三台のパトカーと二台の覆面パトカーが泊まっているのが見えた。
「何か御用で?」
「御用で? ではない。自分でわかっているんだろう!? 入らせてもらうぞ?」
「令状は?」
「そんなものはない!」
刑事はむしろ脅すように、堂々と違法捜査だと宣言した。
「それなら、あんたらは……」
ジュードローカが言いかけるのを押しのけて、彼らは家の中に入っていった。
「おい、デッキ持ってるガキがいたぞ」
「二階も調べろ」
彼らは遠慮なく、ジュードローカの家を蹂躙していく。
「おい、出てけ、おまえら!」
ジュードローカが、殺意の含んだ口調で叫んだ。
黙っていた空名の薄く開いた目が光る。
「そのデッキだな、ウチの網に引っかかったのは」
無視して、警察の一人は楓李のデッキを取り上げる。
「いい加減にしろ、さもないと……」
デッキを調べている男と違った刑事が、余裕の笑みでジュードローカに顔を向けた。
「皆殺しにするぞ……」
それは芝居でもなければ、脅しでもなかった。
ジュードローカは本気で激怒していた。芽羽凪の件も関係して、感情的になっていたのだ。
ゆっくりと空名が立ち上がる。
「おっと待った。そこまでだ」
背後から聞きなれた声がした。
全員が振り向くと、スーツを着崩した左目が義眼の男が、団扇を振りながら立っていた。 「誰だ貴様!?」
刑事の一人が怒鳴るように尋ねる。余計なものが口を出すなと言外ににおわせていた。
「サーミンエラー・ウィンリー。軍情報部の者だ」
彼は、身分証をみせた。
「情報部だと?」
明らかに刑事は動揺した様子だった。
「そいつらもだよ。見せてやれ、ジュードローカ」
言われ、彼はポケットに入れたままにしていた少尉の階級章を取り出して見せた。
刑事は露骨に舌打ちした。
「クソっ!」
彼は遠慮なく吐き捨てると、引き上げると部下たちに呼びかけた。
ぞろぞろと戻ってきた彼らは、恨みがましそうに、ジュードローカの家から消えていった。
「助かりましたよ」
ジュードローカはサーミンエラーに警戒を解かないままでいた。
「でもいいタイミングでしたね?」
「そりゃあ、おめぇ、自分の立場を考えてみろよ?」
サーエンミラーは鼻で嗤う。
おかげで、若干冷静になったジュードローカは、不快になった。
「ほらほら、早く撤収!」
せかして、サーエンミラーはジュードローカの家から警察を追い出し、自分も消えていった。
興明会の軒先には早朝から少女が倒れていた。
報告をうけたリリアナは、医療処置をするように命じる。
少女は施設に運ばれた。
医師がスキャンすると、皮膚がただれて内出血が酷く、肋骨と右腕の骨が折れているのが分かった。
白いベットの上でうっすらと意識を取り戻したリリアナは、小さく、サイロイド処置はするなと医療の一つを拒絶した。
医師は仕方なく、通常のやり方を使った。
骨はナノ素材でくっ付け、破裂していた内臓にはPTМ細胞を植える。火傷の跡はレーザーと移植によって何とかした。
意識を取り戻したとき、看護士が動けるか訊いた。
「……何とか」
まだ、内臓に痛みがあり、皮膚もはっきりと同化していなかった。
「フルージュ会長が面談を求めています。今大丈夫でしょうか?」
「ああ、大丈夫だ」
リーンカーミラは車椅子に乗せられて、リリアナの執務室まで運ばれた。
「やあ、君がここに来るとは思わなかったよ」
看護士が退出すると、まだ若い少は机に倒した腕に顔を置き、、愛想のよい声をしていた。
「……倒れたのは、別の場所だ。多分、誰かが運んだんだろう」
対するリーンカーミラには愛想も何もない。
無表情で相手に顔を向けていた。
「覚えはないのか。まあ、丁度良かった。私も常々君に会いたいと思っていたのだよ名前は、リリアナ。身体の調子はどう?」
「まあまあといったところだな」
「それはよかった」
リリアナは、失礼と言って机の小箱をあけた。中から一本の葉巻を取り出し、火を点ける。
独特の匂いが、部屋に立ち込めた。
「……実は君に訊きたいことがあったのだよ」
リリアナは煙を吐く。
リーンカーミラは黙っていた。
「それはな、夜の星と、その間にある光球群のことだ。特に光球のほうか」
「……どうやら、おまえたちの中では、それは極秘事項になっていたはずだ」
拒絶の代わりにサーエンミラーは、肘掛けから両手を少し広げた。
「だからこそ、興味が出るのだよ」
不快気でもなさそうにリリアナは落ち着き、微笑みすら浮かべていた。
「リー会長ほどの人が知ら珂なったとは驚きだ」
「わたしは成り上がりものでね。三十年前はただの町医者だった」
りりあなは、その部分には全く興味を示さなかった。
「……あれは壁よ。防壁」
ポツリと、説明もなしに答えだけを口にする。
「壁?」
「ライト・エグディスティングの巨大バージョン、ライト・シードだ」
「ははーん……」
その言葉に、リリアナはおぼろげながら、何かを掴んだらしい。ただ、彼は確証は得ていない。
「だが、それだけとは思えんな。あの光球は何でできている? 加えて、目的もわからない」
「光球は、われわれが使っているライト・エグディスティングの元になる怨霊よ。南戎踊島では、主に艦船になっているけども」
「ふむ。相手は?」
リリアナは相槌をうって先を促す。
「衛星だよ。誰が始めたか、廃棄衛星を集めて新しいネットワークを作ろうとしてる奴がいる」
「ほう。初耳だ」
驚いた様子の彼は、まだ疑問が残っているようだった。
「で、おまえの目的は?」
「ライト・シードは、言ったように魂、怨霊でできている。あたしはそれの解放をしたいんだ」
「なぜ?」
聞くのは語尾にかかるほど早かった。
リーンカーミラは、顔を紅くする。
「なるほどね」
悟ったリリアナは椅子にもたれて、煙を吐いて一息ついた。
「だが、それでは衛星ネットはどうなるんだ?」
「主犯、と言っていいかわからないけども、そいつを殺す」
「なぜだ?」
「ライト・シードのおかげで、様々な魂が成仏できないからだよ」
「……ふむ」
リリアナは考えているように、沈黙する。
それだけではあるまい。リリアナは確信していた。
だが、今はこれ以上聞きだせる自信がなかった。
「しばらくここで休んでいろ。いいところを紹介してやる」
「いいところ?」
「ああ、ライト・フォースで事件屋いや、探偵をしているジュードローカという奴だ」
言い終わると同時に扉が開いた。
「ああ、そいつなら知っている」
言った彼女を看護士が、病室に運んだ。
「大変です、会長! 患者の姿が見えません!」
翌朝、そんな携帯通信機で起こされたマトリアスは、慌てなかった。
「患者というのは、リーンカーミラだろう?」
「どうしててそれを……!?」
「気にするな。放っておけ」
短く伝えると、通信を切った。
昼過ぎ、ジュードローカの事務所に前髪を伸ばして後ろ髪を編んだ少女が、客人として現れた。
事務所には、ぞろぞろと、三人の少年少女が降りてくる。
ジュードローカは机に付き、楓李はその脇でデッキを調整しはじめて、空名は窓際で立つ。
「で、ご用件は?」
リーンカーミラは、尊大にソファに座った。
「いいことを教えてやるから、協力しろ」
ジュードローカはその態度に失笑した。楓李が脇で小突いてくる。
「協力ったって。うちも商売だからなぁ」
「大丈夫だ。事が終われば、ちゃんとした報酬を払う」
「それなら話は別だ。聞こうじゃないか」
机に乗り出すように、ジュードローカは聴く態勢になった。
「裏のニュースでみたぞ。この前、空のネットワークに侵入しようとして、警察ざたになったんだってな」
「あー、あれな」
ジュードローカはそんなこともあったかといった風だった。
「何をしている?」
小ばかにするようなリーンカーミラだ。実際、小馬鹿にしているのだろう。
「そらの光球の正体をちょっとね」
「それは仕事か何かに関係あるのか?」
「いや、最近の戦艦の亡霊は、あれが原因じゃないかと、片手間に思っただけだ」
「なら教えてやる。その通りだ」
リーンカーミラは語りだした。
「天の光球は、人と問わず魂そのものだ。それらは広大なネットワークを作り、上方をやり取りしている」
「ふーん。疑問の一つは氷塊したが、警察と軍がが関わっているのは?」
「ライト・エグディスティングの巨大なもの、ライト・シードというのだが、空からの守りを一手に引き受けているからさ」
リーンカーミラはリリアナに言ったことを繰り返した。
「なるほどねぇ……」
ジュードローカは手の指を組んだ。
「おれが知りたいのは、そんなものじゃなくて、芽羽凪の行方なんだがなぁ」
「なんだあの子、おまえのところから逃げ出したか」
軽い驚きが返ってきた。
「あー、それで困ってる。知れたらリー会長に殺されること間違いない」
それでもジュードローカは冗談口調だった。
「探すの手伝ってくれるなら、頼みの内容を聴かないこともない」
「ああ、それなら手伝おう。勝手に供養祭でもやられた日には面倒だからな」
「で、頼みとは?」
「ライト・シードの破壊」
「これまた、面倒そうだなぁ」
「そうでもない。魂たちは、この地上に幾千と降りてきている。調べたんだが、そのうちの一人に、氷珂と言う奴がいる。奴を利用すれば、ライト・シードも破壊できる」
「データをくれ」
リーンカーミラは携帯通信機の中の詳細の乗ったファイルを、楓李のデッキに送る。
「代わりに芽羽凪のデータを」
彼女の要求を、ジュードローカは承諾した。
「……サイロイドが二体?」
「まー、細かいことは、呼んでいけばわかる」
ジュードローカは最後に気になっていたことを尋ねる。
「ところで、どうしてライト・シードの破壊なんてしたがるんだ?」
「極々、個人的な理由だよ」
リーンカーミラはそっけなく短めに答えた。
夜も更けた頃、家のドアがノックされた。
氷珂はあえて無視する。
彼が外界と接触する意味は一つしかないのだ。
もう一度、今度はかなり強く、扉を叩く音が響いた。それが、延々と続く。
さすがに、氷珂は拳銃を腰の後ろにさして、覗き穴から様子を見るために、ソファから起き上がった。
別の場所に潜めて開けている覗き穴から、外をうかがう。
そこには、長い黒髪で前髪を目元で真っ直ぐに切り、空色のワンピースを来た少女と言っていい年齢の子供が立っていた。
「何だ?」
氷珂はドア越しに訊いた。
「私は芽羽凪。だから、中に入れてくれると思ったんだけど……?」
芽羽凪の名は知っていた。
供養祭の時の騒ぎで、一気に有名になった少女だ。
だが、だからと言って、自分に用があるとは思えなかった。
「帰れ。俺には用がない」
「助けてほしいの。このままじゃ、殺される」
声は若干震えていた。
殺人鬼に助命するのは、止めを刺す相手というのが定番だ。
氷珂は多少可笑しくなった。
「話ぐらいは聴いてやる」
言って、四つ左右につけている鍵を開けた。
ドアから、芽羽凪が、はいってくる。
氷珂をすり抜けて、リビングに向かうと、そのままソファに座った。
その手には、拳銃が握られていたが、あっさりとテーブルの上に放り投げられた。
それだけで、彼女が危ない行動に出ていたことがわかる。
さらには、氷珂にたいする信頼度も。
「おまえは確か、ジュードローカとか言う奴のところにいたんじゃないのか?」
あっさりと極秘情報をさらけ出して、彼はウィスキーの瓶を取りに行った。
「どこでここを知った?」
「サーエンミラーって人」
「あいつか……」
氷珂は不快げに呟いた。
「ジュードローカは、あたしを殺そうとした父と繋がってる。安心なんかできない」
「おれはあらゆる殺人と繋がってるがね。そこはいいのか」
氷を入れたタンブラーと一緒に持ってきたウィスキーを机の上に置く。
次に蓋を開けて、中に液体を注いだ。
「だからこそ、信頼できるの」
氷珂は、タンブラーを口につけて傾ける。
「はっ。生まれてから数回しか聞いたことない言葉だな。信頼ときたか」
少女は黙っていた。
「まあ、いいか。部屋は一つ空いてるから、そこを使え。あと、おまえの仕事は、家事をすることでいいな」
「問題なし」
「よし。まー、ほかにも手伝ってもらうが」
即答だったので、氷珂は頷いた。
「それなら、頼みがあるの。父とジュードローカ達を殺して」
ウィスキーがまた一口、氷珂の喉を通る。
「あのなぁ、勘違いしてるぞ、おまえ。おれは自分で殺人鬼と認める。殺人鬼だ。それは、罪のない人々とかいう奴らを殺すからだ。権力や地位をもった奴を殺すのは、殺人鬼とは言えない」
芽羽凪は目に見えて、しょぼくれた様子だった。
氷珂は喉の奥で、つい笑ってしまった。
この手の表情が大好きなのだ。
少しの間無言で堪能して、氷珂はやっと口を開いた。
「まー、考えておくよ。真面目にな」
芽羽凪は急に花が咲いたような明るい表情になった。
「ありがとう!!」
「いつになるかはわからんぞ、その代わり」
「待ってるから。氷珂を信じて待ってるから!」
勢いづいて、声を上げる芽羽凪は、満面の笑顔だった。
父親殺しにの笑顔か。
氷珂は皮肉に嗤いって楽しんだ。
これはやりがいがあるかもしれない。
「最後に、お願いがあるの」
芽羽凪は上目遣いで、氷珂を見る。
「あー? なんだ? お願いとやらはもう、一個叶えてやったぞ?」
ソファから立ち上がって、芽羽凪はまようことなくドアを開けた。
そこには、少女が立っていた。
氷珂には十分、見覚えがある。
「久しぶりね」
リーンカーミラだった。
「うんぬー……」
リリアナは、突っ伏した机の上に浮遊ディスプレイを広げて唸った。
どうも、サイロイドたちがおかしいのだ。
サイロイドは、いわゆる生体アンドロイドとしてつくられている。
ほぼ、人間と同じものだ。
違うのは、人工か生殖に依るかしかない。
だというのに、最近のサイロイドたちは独自ネットワークを各種使いすぎている。
特に、目立つわけではないが、確固たる地盤めいたものをもっているのが、天球を使ったネットワークだ。
サイロイドたちが、そこで何をしているのかが、わからない。
スパイを放っても、二重スパイになって戻ってくるだけというのが続いた。
せいぜいがライト・シード止まりで丁度いい。
と言っても、最近の衛星からの意図の謎な三度の無差別攻撃を阻止できなかったが。天の光球は、ネットワーク化して使うべき代物ではない。
なにしろ、あらゆる人種の坩堝なのだ。
特に怨霊。
それが、彼らに使われると、地上に現れる確率が高くなる。
ネットワーク上から出現した怨霊が、のさばってっ来ると責任を問われるのは、リリアナである。
彼女は迷っていた。
ネットワークは、意外と整然としたものだった。
中心が最近出来て、光球たちはそこに従ってルールを作っている様子だった。
中心は決して巨大な者ではないが、うまくネットワークをまとめている。
暫く様子を見るか。
衛星への調査も加えることにした。
「それにしても……」
面倒くさい。
最後の言葉は、わざわざ口にもしなかった。
小屋の電灯の下で、黒燈は、ココルの傷を治していた。
犯人はわかっている。
氷珂だ。
問題は、ここが彼に割れていないかどうかだった。
「まー、割れてもどうせ、あと十日といったところだけどねぇ」
彼女は自分の考えに対して独白した。
ココルの意識はまだ目覚めない。
この怪我のせいで、時間が早まるなどということはない。
だが、精神的な疲れはあるだろう。
黒燈は、浮遊ディスプレイを広げ、ニュースをかけた。
再び街が一つ、半ば廃墟になったと、どのチャンネルでも大騒ぎになっていた。
「あーあ……」
理由はわかっているが、彼女にできることは何もない。
ただ、ため息をつくばかりだった。
「……また、廃墟?」
アナウンサーの台詞に反応して、意識を取り戻したココルは、なんとか椅子に座った。
「行く気? まだ全壊してないみたいよ?」
「わかってる。でも、あたしは行かないといけないんだよ、黒燈」
「だよねぇ……」
仕方ないものだと頭を振りながら、黒燈は納得する。
「あたしも行こうかな」
「あんたはちがうでしょ?」
「そうだけども。この前みたいなことがあったら困るし」
「何もできないじゃない、お互い」
「そうだけど」
黒燈は困った様子で考えていた。
「護衛でもつける?」
「護衛?」
ココルが訊き返す。
「うん。いま、依頼してみるね」
「そんなに凄い人なの?」
「業界じゃ有名らしいね」
「じゃあ、任せる」
「はいよー」
「ジュードローカ、依頼がきてるよー」
朝、歯を磨いている彼に、リビングから楓李が声を投げかける。
返事の代わりに唸っておいて、口をゆすぐ。
浮遊ディスプレイを開いている楓李が座ってソファの隣に来る。
「どんな依頼?」
「なんか、護衛らしい。それも、詫護(たご)市で」
ちょうどニュースで軍事衛星からの攻撃で、半壊状態にあると言われている街だった。
なんでも、生き残ったサイロイドが暴徒化し、街を支配しているマフィア組織が壊滅させられたらしい。
そんなところに行きたいなど、どんな神経をしているのか。
ジュードローカには、全く理解できなかった。
「なんか、女性サイロイドの二人組で、報酬は規定より多めに出すってさ」
楓李が言うが、ジュードローカには抱えている重大な仕事が残っている。
芽羽凪だ。
だが、どこから手を付けるべきか、一向に思い当たらない。
「……気分転換にでもいいか」
危険地帯にはいるのに、ジュードローカは気楽そうに呟く。
「よし、依頼は受けよう」
彼は決めて、楓李に返事を送るように伝えた。
「本気で?」
さすがに楓李は驚いたようだった。
「危険すぎない、これ」
「おまえらがいれば、問題はないさ」
空名はいつも通りに、窓の脇で座っていた。
「……ちょっと、人をあてにしないでほしいな」
考えるように楓李が苦言を呈した。
「今回、衛星から攻撃を受けたのが、昨日の午後十時二十五分。今まで衛星から狙われた都市は、四か所あるけど、すべて全壊してるんだよ?」
「それで?」
ジュードローカの鈍さに、楓李は逆に笑った。
「だからね、第二撃がいつ来るかわからないって言ってるの。どの軍事衛星がやったかは分からないけど、半壊程度で満足するとは思えないんだよ?」
「依頼者は、なんでそんなところに行きたがってるんだろうねぇ」
「いや、依頼者とか……まぁそうだけどさぁ。訊いてみる?」
「ああ、そうしてくれ」
楓李はさっそく追加の通信分を入れた。
返事はすぐに来た。
自分たちは民間の土地開発業者の者で、焼け野原となった土地に興味があるという。
内容を楓李が音読すると、ジュードローカは頷いた。
「なるほど。いいんじゃないのか?」
「でも、まだ、焼け野原じゃないよ?さっき言ったように、次がある可能性が高い」
「次が来る前にさっさと済ませてしまえばいい」
「随分とやる気になってるね?」
不思議そうに楓李が尋ねる。
「リー会長に、芽羽凪の件に関しての理由が欲しいから」
「あー、なるほどねー」
合点が行ったという風な楓李だった。
詫護市は、壬酉市と姉妹都市だった。芽羽凪を隠すとしたら、絶好の街だ。
実際は事務所兼自宅に住まわせていたのだが。
ただ、さらに消えた二体のサイロイドの芽羽凪がいる。
「でもサーエンミラーの依頼も残ってるよ?」
「あれは時間がかかる。というか楓李、まかせるわ」
ジュードローカは、遠慮なく頼み込んだ。
「わかった。まかせて……。あー、凄い情報見っけたよ、ジュードローカ!」
デッキを操作していた楓李の唐突な大声だった。
「なんだよ、横にいるんだからそんな大声出さなくとも……」
「詫護市に、トリッキー・ハットがいる跡がある!」
「なんだと?」
トリッキー・ハットといえば、氷珂だった。
彼がいるならば、避けて通るわけにはいかない。
「氷珂か。また俺の前に姿を現すとは、一体どういうことだ?」
「ジュードローカが彼の前に現れたんでしょ?」
楓李が間違いを訂正する。
言われてみれば、そうなる。
納得したジュードローカは、詫護市まで行く準備をするように二人に言った。
黒燈とココルとは、壬酉市に近い詫護市までの街道で待ち合わせた。
ココルはわかるが、黒燈は確実にまだ少女のサイロイドだ。職に就くには早すぎる。
サイロイドも成長するのだ。
だからといって、なにか指摘するジュードローカではない。警戒心が薄いと、楓李に携帯通信機の文字で怒られたが、彼は気にしない。
「あら、可愛い子とお姉さんじゃない!」
改めて楓李は二人を見ると、感想を正直に口にした。
「あなたこそ、可愛いわよ。ねぇ、名前何て言うの? あたしの方が黒燈」
「あたしは楓李」
キャッキャいいながら、二人は褒め合う。
「よろしく、楓李。これからなんか、怖いところ行かなきゃならないから」
言って、黒燈はココルに目をやる。
「いやぁ、結構面白いかもよー?」
ココルという娘の能天気さは、ジュードローカを超えるようだ。
「どういう神経してんだか……」
黒燈のつぶやきに楓李は小さく笑う。
すっかり警戒心が取れたらしい。
彼らはジュードローカのホンダに乗り、改めて出発した。
バックミラーで見ると、もうすでに楓李と黒燈は意気投合していた。
ココルも隣でそれを微笑ましく眺めている。
彼女はジュードローカの視線に気づいて、ウィンクした。彼はニヤリとして頷いた。
ホンダは時折、不機嫌な唸りを上げながらも、二時間のドライブを無事完走した。
詫護市は、まさに破壊されていた。
半壊したビル、吹き飛んだマンション、瓦礫の山となった道路。
それらは一様に焦げ付いていた。
「おお、珍しい。まだ形が残っている!」
ココルが陽気に言って、崩れ落ちた建物の傍に駆け寄る。
何が楽しいのか、携帯通信機のカメラ機能で、崩壊した建築物と一緒に満面の笑みで写真を撮る。
車の中で落ち着いていた様子から、一変して足取りも軽く陽気になっていた。
「何やってんだ、あれ?」
ジュードローカは、彼女の雰囲気に半ば理解できないとでもいうように呟いた。
「ただの趣味よ」
黒燈は律義にそれに答える。
「趣味ねぇ……」
放っておけば、どんどんと一人で奥に入っていくため、彼らはココルから離れないように追った。
暫く、ココルの撮影に付き合っていると、都市の中心部から近い地点まで来ていた。
影が動く。
それを見逃さなかったココルは、歓声を上げた。
「生き残りっ!」
彼女は急に駆け出す。
それより先に、空名が追い抜いて行った。
左手に持った鞘の柄に右手を添えて。
影が止まった。
その姿は焼けただれ、表面も崩れて、もはや人間の形をしただけといっていい、サイロイドだった。
その周りに五体は、同じような者が集まっている。
「貴様ら、何しに来た……!」
憎悪の塊のような視線と口調で、サイロイドの一人が言う。
「え、あ、えーと……」
足を止めたココルは、困惑気に一歩さがった。
彼女の前面で空名が立ち止まる。
サイロイド達は一斉に、二人に襲い掛かった。
空名はこちらに向かってくるサイロイドたちに向かって走りだした。
間合いまでくると、鞘から刀を抜きざま、横薙ぎに一体のサイロイドの首を斬り飛ばす。
重心が後ろに来たのを利用して、さらにやや下段から次の相手の胴体に刀を振る。
相手は、上下真っ二つにされて、倒れた。
さらに跳ぶと、一体のサイロイドの喉に切っ先を突き貫いた。
一瞬で、三人もやられた残りのサイロイドは、怯えて別方向に逃げ去った。
「あ、ありがとうね」
まだ動揺しているのか、ココルは硬い笑顔で空名に礼をのべた。
刀を鞘に戻すと空名は、軽く手を上げただけで返答する。
「まー、これは事故だわなぁ……」
ジュードローカは、斬られたサイロイドを見下ろしていた。
サイロイドにも人権というものがこの島にはあるのだ。
特にうるさいのが、興明会だ。
「完全なね。正当防衛よ」
楓李が慰めるような口調で、断定した。
「ほら、ココル。まだ危ないでしょ?」
たしなめる黒燈に、ココルは反省の色もなく、死んだサイロイドを写す。
「危ないったって、ジュードローカさんたちがいるし」
ココルは目で、彼に合図を送る。
「まー、やれるだけのことはしますよ」
ジュードローカも危機感無く、のんびりしている様子だった。
「……なんか、頼りになるのか不安になるべきか迷うなぁ」
彼を見た黒燈は呟く。
「俺がいる」
戻ってきた空名が短くそれに答えた。
「まぁ、あなたがいるなら心強いけど」
黒燈は空名に言ったが、相手はもう関心がないといった様子だった。
彼らは、また移動するココルについて行った。
「待って……」
楓李が言った。」
写真を撮る瞬間だった。その反対側で、小さな破片が焼けたコンクリートの壁の上から、落ちて来る。
「久しぶりね」
光球を回転させて、五十口径二十・三センチ連装砲を二つ肩から離れた横に浮遊させ、
二十五ミリ機銃を腰の下に添えた、リーンカーミラが座っているのだった。
ライト・装備だったので、何も用意していないジュードローカ達は匕首を喉に突きつけられているのと、一緒だ。
早速一番奥に隠れていた楓李が、具現化した光球に干渉する。
うまくいけば消滅までもっていけるはずだが、リーンカーミラの支配権が強く、中々にてこずっていた。
集団から一人、いつの間にか空名は離れた場所にいた。
「よぉ、リーンカーミラ。何か用か?」
呑気な様子で、ジュードローカが声を掛ける。
「用があるのは、あたしじゃないよ」
クスクスと笑う。
悪意のこもった声は、瓦礫の風景に響いた。
「あんたがジュードローカか……」
ズートスーツにコーンロウの頭髪をした青年が、壁の一つから出てくる。その視線は鋭く、殺意に満ちていた。
体にいくつもの光球を旋回させている。
「どちらさん?」
答えを聞く前に、ジュードローカはベルトにぶら下げていた光球の連なりの紐を、指で切った。
すぐにハニカム防弾装甲が彼らの前に連なり、頭上に二十五センチ連装機銃が二基現れる。
「さて、誰かな。名乗るほどのものでもないさ」
ジュードローカのライト・エグディスティングを前にして、余裕ぶった口調だった。
「教えてやるよ」
横から、リーンカーミラが言ってきた。
「そいつの名前は、八祐理氷珂。ちまたじゃ、トリッキー・ハットで通っている」
「あの殺人鬼か……!?」
呟いたジュードローカに、氷珂は舌打ちした。
余計な情報を与えられと、あとあと困ったことになる。
大体、殺人鬼というものはだれがそうかとわからない段階で、活動できるものだ。
それが、表立って出てきてしまったら、意味がない。
「俺の事なんか関係ない。それより、芽羽凪の居場所を知りたくないか?」
頬を吊り上げながら、氷珂は言う。その名前に、彼らが明らかに動揺した。
「貴様、芽羽凪をどうした!?」
ジュードローカが大声を上げる。
「さーてなぁ」
氷珂は口だけで、ジュードローカからのむやみな攻撃を阻止していた。
だが、空名だけは違った。
彼は氷珂がジュードローカに向かってしゃべっていた隙に跳ぶように近づき、抜き打ちの一太刀をあたえようとした。
光球の一つを刀とした氷珂は、間一髪で、その一撃を受け止めた。
重なった刃を倒した空名は、そのまま刀を柄近くまで滑らせて、氷珂の首に横から振り込む。
のけぞって逸らしたが、重心が後ろに回った分の勢いで、胸に向かって突きを繰り出された。
半身になって、そのまま空名の首を叩き斬ろうとするが、少年はそのまま素早く通り抜けて、距離を取った。
「待て、空名! そいつを殺るのは、芽羽凪の話を聞いてからだ!」
ジュードローカが叫ぶ。
空名は、頷きもせずに、刀を鞘に戻した。
「……見た目に寄らず、やるじゃないか」
言ったのは、リーンカーミラだった。それも相手は楓李だ。
光球の一つ、左の三連砲塔がモザイク状になっていたからだった。
「あんたこそ、随分なものね」
落ち着いて楓李は、ニヤリと笑った。
全力でライト・エグディスティングを解除しようとしているが、漸く、ここまでできたのだった。彼女の腕は悪くない。それどころか、一級品だ。なのに、光球一つで手間取っていた。
リーンカーミラの支配権が尋常ではないのだ。
「なんか面白くないなぁ」
彼女は言った。
「いい事おしえてやろうか、ジュードローカ」
氷珂に目をやりつつ、ジュードローカはリーンカミラの声に意識を向けた。
「おまえのところに行った芽羽凪は、偽物だ。ただの孤児で、マトリアスとは全く関係がない」
「なんだと!?」
ジュードローカは思わず、声を上げる。
「本物は行方不明の二体のサイロイドのウチの一体だ。いや、二体と言った方がいいか」
「どういうことだ?」
「二体で一体なんだよ。中身半分づつ。それも、陰と陽、女と男だ。さらに言えば、女の方はサイロイドじゃない。そして、最初の出所不明の女の子は、そこの氷珂のところにいた」
「いた?」
過去形なのが気になった。
何しろ相手は殺人鬼だ。
基本、殺人鬼は自分より弱いものを獲物にする。
あの子なら、丁度良いのではないか。
二体で一体という話も驚いたが、ジュードローカは芽羽凪と名乗った少女のほうが気になった。
彼は改めて氷珂に集中した。
そこの頃にはもう、氷珂はライト・エグディスティングを装備していた。
四十五口径三十六ミリ連装砲を、上部と左右、やや離れたところに三基。後方にはミサイル垂直発射装置(VLS)。レーダー装置。前面には、ハニカム装甲の盾。
「まー、あのガキは、鬱陶しいといえば鬱陶しかったなぁ」
氷珂が頬を吊り上げる。
「貴様、殺したのか!?」
ジュードローカの言葉に氷珂は何の反応もしなかった。
彼は、前面のジュードローカより、リーンカーミラの反対側にいる空名のほうを警戒しているのがわかった。
その隙に、ジュードローカも光球を変化させる。
ミサイル垂直発射装置(VLS)を二基後方に、上部には、ハニカム装甲の合間から、四十五口径三十鹿ミリ砲を並べた部分を、左右に展開した。
そして、六十一ミリ魚雷発射管を八基、サイドに置く。
楓李は、ターゲットを替えて忙し気に浮遊ディスプレイに向かう。
なんとか氷珂のライト・エグディスティングを分解しようとしていた。
すでに黒燈とココルも一緒に邪魔にならないよう、三人はジュードローカ達から見えないところまで避難している。
ジュードローカが走った。
回り込むように、氷珂も駆ける。
砲のために距離を取るのと、狙いを定めさせないようにするためだ。
リーンカーミラは、その様子を楽し気に見下ろしている。
互いに、周るように、百メートル近く離れたか。
もちろん、空名も移動しているのだろうが、姿が見えない。
まず、氷珂の三連装四十五口径が、放たれた。
ジュードローカの近くの瓦礫が吹き飛び、爆発する。
彼は、冷静に狙いをつけているのか、まだ攻撃をしてこない。
その間に、氷珂の砲撃が続く。
楓李からハッキングを受けているが、どうにか対処できていた。
彼が、ジュードローカに集中している時、左脇から突然、刀を上段に上げた空名が、飛びだしてきた。
刀は、四十五口径砲塔の砲身を、竹のように、斬り落とした。
「クソガキ!?」
氷珂は驚きとともに、激怒した。
右の砲塔を旋回させて、空名を狙い、砲撃する。
だが、巨大な装置の鈍重さは、燕並みに早い空名にあっさりと避けられた。
そこに、ジュードローカが連続で砲撃してきた。
一発目が足元に落ちたせいで、爆風に氷珂の身体は後方に飛ばされる。
空名の姿はすでに見えない。
さらに砲撃は続き、ハニカム装甲が粉砕される。
氷珂は垂直発射装置で、ミサイルを六基、ジュードローカに放った。
だが、ミサイルは途中で迷走し、次々と自爆していった。
楓李が干渉したのだった。
代わりに、ジュードローカのミサイルが四基、放たれてくる。
レーダーを放つと、迷走して、なんとか自滅した。
「ジュードローカよ!」
氷珂は、己が劣勢であることを自覚して、相手に呼びかけた。
「見せてやる。本気の俺の力を!」
「ジュードローカ、そこから離れて中心部から離れるように移動し続けて!」
楓李が叫ぶ。
ジュードローカは言われた通りに走った。
氷珂が両手を広げる。
楓李の浮遊ディスプレイが、歪んだ。
とたん、頭上から一条の光が唐突に立ったかと思うと、詫護市の真ん中で大爆発が起きた。
爆風は、彼らのところまで届き、塵や埃があたり一面に漂う。
煙の中、何が起こったかわからないジュードローカだった。
視界が無くなったので、レーダーで氷珂を探すが、リーンカーミラとともに、その姿は捕えられなかった。