氷珂は前の犠牲者を埋めたところで、深夜の街を散策していた。
正確には次の犠牲者を探しいていたのだが。
壬酉(みとり)市は、マフィア組織の中でも五指に入る巨大組織の街で、人々が雑多に溢れかえり、象徴というべき巨大な星を空に浮かばせていた。
正確には星ではない。お飾りだが、立派な光球の一つだ。
それは光を反射し、七色に輝いて、壬酉市を彩色豊かに飾った。
壬酉市のランダム・トライ会は、一種の象徴として使っていた。
氷珂には興味がない。
目的は女性。それも人間だ。
気付いたのは先ほど。後ろから、何者かがぴったりとついてくる。
おかしい。まだ、彼は連続殺人鬼として、マークされていないはずだ。
門を曲り、ちらりと後ろを覗く。
相手らしき人物は、無精ひげを生やしてぼさぼさの髪でスーツをきた、サンダルの中年だった。
相手が、のんびりと曲がったところで、店の壁にもたれた氷珂は声を掛ける。
「俺に何か用かね?」
男は、猫背のままで歩いて進もうとした足を止めた。
向きを変えて、氷珂の正面に立つ。
「気付かれたか。まあいい、ちょっと散歩しながらでも話そうや」
サーエンミラーと男は名乗った。
あやしげな目で男の頭から下まで眺めると、氷珂は壁から離れて歩き出した。
「いやぁ、あんたを探し出すのに苦労したぞ」
横に並んだ中年の男は、馴れ馴れしい態度になった。
「何故、俺をつけてきた? というかどこの者だ、あんた」
氷珂は警戒を解かないようにしてつつ、真っ直ぐ前を見ていた。
「ちょっと、政府の仕事している者だがね。まあ、安心しな。あんたの邪魔はしない。むしろ、勝手にやってくれ」
「わかっているのか?」
冷たく、氷珂は確認した。
「もちろん。トリッキー・ハットさんよ」
眉をしかめ、氷珂は苦い顔をした。
「で、わかっていながら、俺に何の用だ」
目でタイトなスカートをはいた、薄着の女性を追った。
だが、彼女は氷珂の好みではない。
「なに、ちょっと仕事してもらう」
「勝手な言い草だな。官庁の連中は、市民を自分の部下か奴隷かと勘違いしているのか?」
「見逃してやろうっていうんだよ、おまえを。大体おれは警察じゃない。いくら、おまえがこれ以上に犯罪を犯そうとしったことじゃない」
「それはありがたいな」
感情のこもらない氷珂の言葉だった。
「で、頼みってのはなウルター・リード会の会長、マトリアス・リーの娘を始末してほしい」
「ほぅ……」
思ったよりデカいものがでてきたなと、氷珂は思った。
「事情は話してくれるんだろうな?」
「無理だな」
「じゃあ、俺に仕事をさせるというのは、あんたの上からの命令か?」
「ちがうな。俺個人の考えさ」
「ようくわかった」
氷珂はズートスーツのポケットに右手を突っ込んだ。
その腕を遮るように、サーエンミラーは、掴んで押しとどめる。
「おっと、どうするつもりだい?」
彼は皮肉な笑みを浮かべて、氷珂に自分の顔を近づけた。
「余計なことを考えちゃ、ならねぇなぁ」
もう一方の手には、数個の光球のが手のひらで転がされていた。
鼻を鳴らした氷珂は相手の腕に構わず、差し入れるポケットを変えた。
その中から、十個ほどの光球を握って取り出す。
そして、空中に放り投げた。
光球は惑星のように、氷珂の周りをそれぞれの曲線を描いて周回する。
サーエンミラーは舌打ちした。
相手から距離を取り、光球を空中に解放する。
氷珂の周りで、が起こる。
二連五十口径二十・三センチの砲塔を四つに、戦闘指揮所を腰の後ろに張り付けて、十三ミリ連装機銃が、そして、硬質の鉄板が数枚、光球から変化して、氷珂を中心として、空中のいたるところに浮かんだ。
「……ほう。意外と軽装備。凪霧(なぎり)だな」
過去の大戦で沈んだ重巡の名前を当てる。
「ならこちらは、スプールアードだ」
かつての日本の敵国であった軍艦を形勢する。
サーエンミラーは三連装砲の五十口径二十センチのが三つに、艦橋らしきものが後頭部から離れた位置にあり、二十五ミリ三連装機銃が五つだった。こちらも、防御用に鉄板が現れて、光球の間とサーエンミラーの全部に敷き詰められる。
互いに距離を取って、ライト・エグディスティングをみると、互いに不格好にずれた姿の軍艦に見えた。
「やる気はねぇ、納めな。正面からの光球晒合いは、相互に自滅するだけだぞ」
人気の少ないとはいえ、ライト・エグディスティングを前面放出している二人を見ると、通行人は走って逃げて行った。
「……その代わり、ほしいものがある」
氷珂は手の平を上に伸ばした。
「なんだよ」
「軍の階級だよ」
サーエンミラーには、意外だったらしく眉をくねらせた。
「……欲しいならやるよ。一般の歩兵隊のだがな。少尉でいいか?」
「かまわない」
「じゃあ、後で送っておくよ」
氷珂は、満足したように手を引っ込めた。
「依頼は受けた。あとは任せてもらおうか」
互いにライト・エグディスティングを解くと、光球が次々と彼らの手の中に納まっていった。
夜も更けた時刻、事務所に戻ってくると、深名と芽羽凪が待っていた。
深名はともかく、芽羽凪は退屈しまくっていた様子だった。
「だってあの子、全然喋らないんだもの」
楓李はまだまだ深名のような人間の扱いがなってないと、内心で優越感に浸った。
「ちょっと、調べものしてから、芽羽凪に話がある」
ジュードローカは言って、ソファに座った。
「楓李、疲れてるとこと悪いんだけど、リーンカーミラが祭りに遊撃仕掛けた時の装備をピックアップしてくれないか」
「あいよ、まかせて」
若干眠そうな彼女は、彼の隣に腰かけて浮遊ディスプレイを開く。
次々と、武装がデータとともに映り出す。
ジュードローカは、ふむと唸った。
南アメリカ連邦の二千年代初頭の軍艦の物だ。たぶんライゼンズ型。
幾ら、多国籍国家の南戎踊島とはいえ、襲撃者としてふさわしくないと思わざるを得ない。
あの人見御供の祭りは純日本的なものだからだ。
「俺の考えが古いのかなぁ」
思ったことを口にしていたジュードローカに楓李は、頷いた
「自分だってユダヤ人じゃない。まったくもって時代錯誤だよ」
「んー、それ言われたらなぁ……」
ジュードローカは苦笑いするしかない。
「それに、最初に会ったとき、佐枝霧の処理どうにかしようとしてたよ」
「なんだ、顔見知りだったのかい」
「ううん、ちょっと見て話しただけ。珈琲取ってくるね」
楓李は立ち上がってキッチンに向かった。
「あー、俺と深名はブラックだよ」
「分かってる」
楓李の背に声を投げかけると、ジュードローカは向きを変えた。
「さて、芽羽凪」
「なに?」
声は刺々しい。
彼女には怒りが溜まっているのはわかるが、ジュードローカにどれほどかは分からなかった。
「どうして、自分が人身御供に選ばれたか、わかるか?」
「わかるわけがない。あたしは一人暮らししてたんだけども、急にパパがきて、おまえが今回の祭りの主役だと言われただけだわ。それから、あっという間に準備がされて、きづいたら、あの神社にいた」
「……んー」
ジュードローカは唸ってこちらでだめなら、行動に移すしかないかと、嫌々ながらおもった。
そこに、人数分の珈琲カップをトレイにのせた楓李が戻ってきた。
一人一人に配り、自分は再びジュードローカの隣に位置して、暑い液体のコップを両手で持って、息を吹きかける。
「所で、ジュードローカ、今日面白いものが見れた」
芽羽凪が珍しく自分から声をかけてきた。
「何だと思う?」
「さっぱり。なんだい、それは?」
「軍艦二隻が空を浮かんで、ゆっくりと街を通り過ぎたの」
「……御霊か」
南戎踊島には、光球の影響もあり、あらゆる物に魂がある。
もちろん、茶碗にもあるし、紙にもある。そして、軍艦にも。
「どっちの方にむかかって行った?」
芽羽凪は首を振った。
「それが、街の郊外のあたりで消えたのよ」
ウルター・リード会の物じゃない。
だとしたら、やはり御霊か操っている者がいるのか。
「深名、明日ちょっと付き合ってくれ」
窓際に黙って胡坐をかいていた少年は、ただ一度、頷いた。
「えー、あたしも行くー!」
楓李は、軽くジュードローカの腕を引っ張る。
「芽羽凪を独りにしておくわけにはいかないだろう。それに連れて行く訳にも」
「うーーーー……!」
少女は芽羽凪にちらりと目をやった。
どこか冷めきった表情。
覚えがある。孤児時代にジュードローカに拾われる前の楓李と同じも物だ。
「わかった。芽羽凪と仲良くして、イチャイチャしてる」
そういって飛ぶように駆け寄ると、迷惑そうな顔をする芽羽凪を無視して、横から思い切り抱きつく。
「好きにしてろよ」
ジュードローカは苦笑した。
ジュードローカのホンダは古く、捨てられていたのを、改造して走れるようにしただけのポンコツだった。
それが、たまにエンストを起こしたりしつつ、貧民窟に近い彼の事務所から、むしろきらびやかな街の中央を走る。
まるで似合わない風景だった。街は雑踏にまみれているとはいえ清潔感溢れているというのに、埃まみれで余計な機械音までする車が通るのだ。
深名は刀を抱くようにして助手席で足をシートにのせてしゃがんだ格好をしていた。
ウルター・リード会のビルは、反対側の郊外に経っていた。
三十分も運転して、そのコンクリートで出来た建物の前に停車する。
階段を上り、二階部分にある玄関口でインターフォンを鳴らす。
「……はい。どちら様で?」
低い男の声がした。
「ジュードローカ事務所のものだ。リー会長に会いたい」
扉はすぐに開いた。
そこには、爽やかを絵にかいたような男が立っていて、さっそく、会長の元へあんないされた。
マトリアス・リーは、リビングで部下たちとだべっているところだった。
「おや、ジュードローカに深名じゃないか。どうかしたのか?」
真っ向からすっとボケたような言葉を吐く。
「何って、頼まれごとを処理したじゃないですか。忘れました?」
ジュードローカは急に力が抜けたようだった。
周りの部下たちは、それぞれが暇つぶしに自己の世界に入っている。
だれも、二人の少年に関心を示す者はいなかった。
「あー、そういえば。上手くいったらしいな。さすがだよ」
額に手をやって、今思い出したというような恰好を取った。
「……。で、芽羽凪はどうすればいいんですか?」
「ふむ。このまま、姿を隠しておいてほしい」
「そんなに大事なら、どうして人身御供になんてしようとしたんです?」
ジュードローカは意気が削がれる思いだった。
マトリアスは適当さがにじみ出た態度の男だった。
「無事、助け出されたじゃないか?」
何を当然のことを。
マトリアスはそう言いたそうだった。
「助け出されたんじゃなく、助け出したんですよ。俺たちがね」
この辺、強調しておかなければ、後でまた恍けられても困る。
「祭りはやり直すよ。その時は、おまえらは別に動かなくてもいい」
「サイロイドを使うんですか?」
おやまぁ、とわざとらしくマトリアスは驚いてみせた。
「耳ざといな」
「それで、どうして、二体造ったか聞きたかったんです」
「どうしてだと思う?」
逆に聞いてきた。
「そんなことより、俺が娘を犠牲に出す方に興味はでないのかい?」
「自明ですからね」
ジュードローカはあっさりといった。
「ほぅ。どういうことかな?」
「貴方が娘を差し出せば、以後、他のマフィアが同じことをしなければならなくなる。後継者殺しには丁度いい。といったところでしょうか」
目の前で、伸ばした手をぱちぱとマトリアスは叩いた。
「ご名答」
だがなと、彼は続けた。
「何でもおまえに教えてやらなきゃならない義理はないんだよ」
急に鋭い目と口調になっていた。
ジュードローカは内心気圧された。
「噂何ですが、マトリアスさんは末期肝臓病とか」
「いいじゃねぇか。悪くない人生だったよ。酒もドラックも女もやりたい放題。地獄行は間違いないが、天国の聖人より地獄の悪人の方がずっと面白い奴らであふれてるよ」
元の軽薄な適当さで、マトリアスは答えた。
これ以上、ここにいても、必要なことは聴けないとおもったジュードローカは、帰ることにした。
「おつかれさまでした。マトリアスさん。また何かあったら、ウチの事務所に声をかけてください」
「おうよー」
氷珂はサーエンミラーと別れた後も、街に残っていた。
ネオンや店の明かりで照らされた歩道の中を、彼は黒い傘をさして、黒いベレー帽に、黒いフリル突きのワンピースを着た、少女をみつけた。
彼女は街の一郭で、ただ、立っていた。目立たない、店と店の少し奥で。
氷珂には、直観的に何かを掴んだ。
それが何かはわからない。だが、彼女は別物だ(・・・・・・)。
ポケットから数個の光球取り出し、自身の周囲を回転させると氷珂は少女に近づいて行った。
「そんなところで何しているんですか?」
少女は傘の端から、満面の笑みを浮かべた青年を見上げた。
「……待ってるんです」
「あー、友達か誰かと待ち合わせかな?」
少女は軽く首を振った。
大体十代後半だろう。少女の肌は白く、黒い服とともに良く映えていた。
「……友達と言えば……確かに古い友達になりますね」
曖昧な言い方が引っかかった。
「君、名前は?」
また、首を振られた。
だが、意味が違っていたらしい。
「名前は、まだないです」
サイロイドか。
氷珂は一気に興味を失いかけた。
「昨日から今日のことが抜けてて、ついでにという感じで名前も思出せません」
「ほう……」
「たしか、ここにいたはずなんです」
「それでね。こんなところで、立っていたわけだ。で、その古い友人といいうのは?」
その時、歩道を駆けてくる音が聞こえた。
見ると、水色のTシャツに七丈のズボン履いた少女が、彼女のところまで来た。
「遅れて、ごめん!」
「ああ、ココル。久しぶりね」
ナツミは気付いていた青年に顔をむけた。
すぐに表情が変わり、ナツミは少女の手を取って走りだした。
氷珂は自分を避けて逃げたナツミという少女の考えが分かった。
ばれているのだ。
人ごみの中、邪魔な人物をどけながら急いで、氷珂は二人を追う。
だが、何故ばれた?
氷珂は思いめぐらせる。
今迄の犠牲者の関係者か?
それとも、目撃者か?
警察には、彼はまだマークされていないはずだ。
それが、あんな小娘といっていい相手が、自分を知っている。
こんな脅威は、氷珂に今までなかった。
二人をなんとか捕えなくては。
せっかくサイロイドを使い、二人が合流しようとしたのに、いきなりあんな殺人鬼にあたるとは運が悪い。
偽名もまあ、いずれ役にたつとして、黒燈はココルを引っ張って、街をジグザグに駆け抜けた。
すっかり別人になっているココルは、まだサイロイドとうまく同期していないようだった。
彼女らがわき目も降らずに歓楽街を通っていくと、ボロボロの車と危うくぶつかるところだった。
「なんだぁ? 急いでるのか? 乗っていくかい?」
車内には運転している少年ともう一人の同じぐらいの年の男の子が、助手席に座っているだけだった。
「お願いします!」
黒燈は急いで後部座席にココルを奥に乗せて、自分もシートに座るとドアをしめた。
「どっち方面に行けばいい?」
運転している少年には危機感がなかった。
「適当に。追われてるんです。なんとかまきたいんですけど」
「わかった」
ホンダはすぐに走りだし、歓楽街を適当に周回した。
「おれはジュードローカ。こいつは深名。無理に名乗れとは言わないが、宜しく」
「突然のお願いを聞いてもらい、ありがとうございます」
黒燈は名乗る代わりにお礼の言葉を口にした。
「事件屋やっているもんでねぇ。まあ、今度のはタダにするけど」
事件屋とは、穏やかじゃない。黒燈は警戒する。
暫くして、街で騒ぎが起こるような気配がなくなった頃、ジュードローカは車をとめた。
「そろそろいいだろう。お二人さん、気を付けてな」
「本当にありがとうございました」
黒燈は頭を下げた。
ココルはまだ呆っと辺りを眺めている。
二人を車から降ろすと、ホンダは再び車道を走った。
そのボンネットに派手な音がした。
ジュードローカは訝し気に四方を見渡せるミラーで確認した。
前髪を垂らし、うしろの髪を編み込んだサロペットズボンを着た少女が、上に乗かってきて、後部の開けているウィンドウから中に入ろうとしていた。
「今夜はお客さんが沢山くるなぁ」
彼女が中に入るまで待つ間、ジュードローカは呟いた。
「おい、今乗せてたの、どんな奴らかわかってたか?」
「わかるはずないだろう?」
リーンカーミラは短い息を吐いた。
「都市破壊の常習者だ。といってもサイロイドだがね」
「サイロイドが自分の意志でそんなことするのか?」
「外部から中に入って動いているんだよ。まさか、ここに現れるとはね」
「もう、探せないぜ? とっくにどっかいっちまった。それに追ってたってのはおまえか? リーンカーミラ」
「違う。あたしはたまたま、いただけ。追ってたのは男だよ」
「男の方を探してみるかなぁ?」
「少し、そうしてみよう」
車を街に回しす。
「ところでおまえ、どうして、供養降豊祭を破壊しようとしたんだ?」
何気なくハンドルを手にジュードローカは問う。
「人身御供で、過去の英霊たちの魂が慰められると思うか? しかも今度のはサイロイドだ。ただでさえ、軍艦すら成仏していないでフラコラしているというのに、完全に舐め腐ってる」
「なに? サイロイド? 芽羽凪がか?」
リーンカーミラは、冷たいジト目を彼の横顔に向けた。
「気付かなかったわけ?呑気だねぇ」
「呑気とはよく言われる。だがそれだと、リリアナが言ってた話と違う」
「リリアナ? 興明会の?」
ジュードローカは頷いた。
「あれはかなりの曲者だけど。あんたの所のリーって奴も狸よ」
「わかってたつもりなんだがなぁ」
リーンカーミラは、余裕の含み笑いをした。
「わかってなかったねぇ」
「そうだなぁ」
暫くして、リーンカーミラが声で合図を送った。
「いた。あいつよ」
男は、コーンロウの頭髪にズートスーツを着ていた。
ホンダは、彼の進路を遮るように急停止した。
車の中から飛び出した二人は、すでに光球を身体の周りの軌道を幾つも回っている。
「どこに行くんだい、お兄さん?」
氷珂も光球が彼の軌道を回っていた。
「おっと、何の用だい? 人間違いだったらタダじゃすまないぞ?」
彼はできるだけ大人しくいった。
目立つのは好きじゃない。
だが、すでに野次馬がポツリポツリと集まってきている。
「おまえが追っていた奴らの頃を訊きたい」
氷珂は最初、最高レベルまで警戒していたが、その質問に若干緊張がほぐれた。
奴らは、俺を知らない。
「それはいいけどな。これじゃ、目立ちすぎじゃないか?」
軽く両手を上げて、周りをわざとらしく見回す。
「なら、車の中でもいい」
ジュードローカは言って後部座席を示した。
「俺は、反サイロイド派の普通のサラリーマンだ。サイロイドは面倒くさい。狩っても刈ってる、核さえあれば、部品が形をとって動きだす。正直あれは人間の変わりじゃない。人間を駆逐するものだ」
氷珂は舌が滑るように語った。
ジュードローカはゆったりとした風に笑った。
「それなら、人間も似たようなもんだ。光球をつかって、身体を分離し、それぞれが、勝手に動くのだから」
「君はシンサイロイド派かね?」
氷珂は後部座席から身をおこして、わざとジュードローカの耳元で尋ねた。
ジュードローカは、気配に攻撃的な印象を受けなかったので、気にしない。
「どっちでもいい派さ」
氷珂はその間、サイドウィンドウを眺め続けていた。
「おっと、済まないがここで下ろしてくれ」
「ああ、わかった」
ジュードローカは狂信者でも見るような視線をバックミラーで一瞥し、車を止めると、氷珂を下ろした。
あとはもう、関心がないとばかりに、車を再び走らせる。
「おれは、ウルター・リードにいって、ちょっとリー会長に会ってくる」
「好きにしな。それなら、あたしも降ろして」
車内は存在感を消していた深名と、ふたりきりになった。
時間は二十二時時半。
彼らにとっては、昼も同然だ。
コンクリートのビルの前で、インターフォンを鳴らし、招かれるがままに中に入っていく。
サーエンミラーは、いつものと同じ場所で、鳥のから揚げを肴にビールを飲んでいるところだった。
「どういうことですかねぇ? ちょっと別室に来てくれませんか?」
ジュードローカは内心激怒していようが、せいぜいが叱るような口調だった。
「あー、ここでもいいだろう?」
相変わらず、構成員十名ほどがリビングにだべっている。
「それに若いやつらは、もう寝かせたか、帰らせた。ここにいるのは幹部連中だけだよ。安心しな」
言って、から揚げを頬張った。
「なら、言いますよ。芽羽凪のサイロイドを二体造ってどうするつもりなんです? しかもウチに匿っているのは、本物じゃないサイロイドじゃないですか!?」
「リリアナも意外とおしゃべりなんだなぁ」
灌漑深く、ビールの缶を煽る。
「で、真面目に聞く気ある?」
真面目層ではない中年が言う。
ジュードローカは頷いた。
「あー、そこの空名っていったか。適当なところに座って食ってろ。ながくなるか、短くなるか知らんけど」
日本刀の鞘をぶら下げた空名はジュードローカに目をやり、うなづくのを確認して、堂々と無言で、二人の間のところのソファに座った。
これには、サーエンミラーも声を出して笑い、そのままでいることを許した。
「いいか、ジュードローカ。供養降豊祭って、いつから始まった?」
突然の常識と思っていた質問に、ジュードローカは答えられなかった。
「あれは、戦後五年たってからはじまったものだ。はじめは人身御供なんてなかったさ。
だがな、時間が経つにつれ、今の形になった。なぜだと思う?」
説明というより、設問を幾つも出されている気分のジュードローカだった。
「さぁ……」
サーエンミラーは、ポケットの中に手を入れた時に、深名が緊張して鞘を握る手にちからがはいったのがわかった。
「勘違いするなよな。これだよ」
光球を一つ取り出した。
「こいつだ。いや、こいつらだ。あらゆるもの、特に兵器に宿る魂が、鎮魂もされずに、この南戎踊島に漂っている。そいつらを沈めるために人を犠牲にすることにした。だがな、供養降豊祭がそうした方向に向かってから、もう百年近くたっているんだ。いい加減成仏してもいいとおもわないか?」
「そうですねぇ」
「だが、奴らは、相変わらずはびこって、うちらの争いの道具に成り下がっている。これは、簡単な答えだ、ジュードローカ。いいか、俺たちは、間違ってたんだよ」
マトリアスは手のひらで光球をくるくると回した。
「あいつから欲しいのは、これだよ」
「光球ですか?」
「正確には、違うが似たようなものだ。サイロイドと言っていい。それも完全に人間に似た形をとっているな」
「どうしてサイロイドなんかを?」
「光球を扱える同類が欲しかったんだろう。それも、一体で済むとは思えない。たぶんなぁ、百、二百はほしいんじゃないかなぁ」
「サイロイドを百体!?」
「それで、今回実験用に、芽羽凪のサイロイドをつかってみようとしたんだが」
サーエンミラーは空笑いした。
「へんな嬢ちゃんに邪魔されちまった」
ジュードローカは超然としてるが、対応に内心で対応に困惑していた。
「どっちにしろ、そんな百体だの何百だのを奴らにくれてやるつもりはないんだよなぁ。とんでもないことになりそうだから」
「どうするんです?」
「どうすると思う?」
顔を近づけて、酒臭い息を吐いてくる。
「わからないです」
「それでいいんじゃね?」
かれは足で拍手した。
馬鹿にされたようで、ムッとしたジュードローカは、口を開いた。
「ウチにいる芽羽凪は?」
「サイロイドだ。本物は慎重に逃亡させている」
「なら、おれがあの子を守るという契約は無しですね。本物ならともかく、偽物だというのなら」
馬鹿にされた。自分では本物を庇い切れないとでも思われたか。
確実にジュードローカは怒っていた。口調も強く早口になっていた。
「まー、そんなに急ぐな怒るな言い切るな」
サーエンミラーは、ウィスキーの入ったタンブラーを傾けた。
その余裕っぷりが、ジュードローカの怒りに火を注ぐ。
「契約は履行してもらうぞ。こっちにも考えがあるんだ」
「教えていただきたいですね」
「本物の芽羽凪はそのまま。犠牲用のはお前のところ、もう一体は犠牲にした後で逃げたことに対する、連中の反応を見るためだ。これで、追うような奴らがでてきたら、叩き潰す」
ニヤニヤしながら彼は言った。
「たのんだぜ? 供養降豊祭はもう一度やるからな」
もう興味はないとばかりに、から揚げを口に放り込み、マトリアステレビに視線をやった。
事務所に戻るとジュードローカは、一方的に芽羽凪の髪を編みなおしている楓李が、待っていた。
ソファに座るや、ジュードローカは重い息をはいた。
深名は相変わらずだ。
「くそ。リーンカーミラにも騙された!」
まだ憤懣やるかたないとばかりに呟く。
「どうしたの?」
楓李が、ジュードローカの隣に来る。
彼は、今までの経緯を楓李に語った。
「え、サイロイド? しかも犠牲用?」
「ああ」
ジュードローカは、芽羽凪の顔を見ないようにして頷いた。
「そんな。犠牲用だなんて!」
楓李は、声を上げた。
理不尽だとばかりに怒りがこもっている。
芽羽凪は、柔らかに笑った。
「もともとがそうだったから……」
「だが、今回のは実験でしかない。本気で、この島の鎮魂をしようというんじゃない」
少し落ち着いて、ジュードローカは口にした。
「まあ、今夜は遅いし、もう寝よう。明日色々と考えよう?」
楓李が、言うと眠気はなかったが、ジュードローカは賛成した。
翌日、部屋の中に芽羽凪の姿はなかった。
由衣嗣(ゆいしがい)街。
黒燈は、少女の姿を取っていた。
ココルには街の整形工場で、男性のサイロイドに仕立て上げてもらっていた。
はじめていく街には、いつもわくわくさせる。
様々な看板。小物の商店。建ち並ぶ、きらめくビル群。
夜は夜で繁華街のネオンに、雑踏の人々。
だが、彼女らは不審な動きにも気付いていた。
動きは、素人ではない。プロだ。
下手に逃亡を図らないで、知らないふりをしていたのは、そのためだった。
そのかわり、彼らが手を出すような地域には決して近づかない。
だが彼らの気配に隠れて、もう一人の存在に彼女らは気付いていなかった。
氷珂は元来、生身の女性が好みだったが、ジュードローカに言った駄法螺とは違い
カバーのためにサイロイドを狙うこともある。
彼女ら、いや最初につけていたのは、黒燈のほうである。昼間に傘をさして、黒い恰好をしていたのだ。
まるで、西洋の喪服のような。
丁度良い恰好ではないか。
氷珂は思い、チャンスを狙い続けていた。彼女は街を移動して、この由衣嗣街日記ていた。
だが、ここで新たに男のサイロイドが現れて、一緒になった。
諦めるべきかとも思ったが、一方が殺された形にしたほうが、話題性は作れると考え直し、チャンスを待った。
光球を一つ取り、ナイフに変換させて、手の中で握らずに浮かばせておく。
二人は楽し気に喋りながら、歩いてゆく。
信号待ちのとことで、向かいから近づけるように移動した氷珂は、歩道の電灯にかわり、人々が行きかう激しい往来の中を歩いた。真っ直ぐ、二人の方へ。
氷珂は、男性にぶつかったふりをした。瞬間に胸にナイフを突き刺せる。
呻いた彼を無視して振り返りもせず、再び人々の中で歩道を歩いて行った。
その場でうずくまり、血を吐いたココルは、額を地面にぶつけるようにして倒れた。
「ちょっと、ココル! ココルどうしたの!?」
黒燈が彼を軽くゆすって、慌てる。
仰向けに倒した彼の胸に刺さったナイフをみると、黒燈は辺りをみまわした。
だが、犯人らしき人物が見当たらない。
辺りには足をとめて、異常事態を眺める人々が増えて、輪を作っていた。
暫く歩いてゆくと、ジーンズスカートを履いた少女にばったりと会った。
「やぁ、氷珂。昨日ぶりだな」
少女は光球を旋回させながら、人通りの少ない路地の塀の上にしゃがんでいた。
「あんたがそんな奴だったとはね。全部見せてもらったよ」
リーンカーミラは悪い笑みをたたえていた。
氷珂は、舌打ちした。
見られていた。
それも、一人ではない。
これでは、今まで一度も捕まったことのない彼が、証拠を与えることになる。
うそ寒さ寄りも、焦りと怒りを彼は感じる。
焦りはすぐに納まったが。このまま放っておくわけにはいかない。
できるだけ冷静になるよう、自分を落ち着かせながら、彼は少女に身体を向けた。
「ほう。で、どうするつもりだ?」
氷珂は、光球を出すタイミングを計るために話かけた。
「なに、挨拶したまでさ」
クククっと笑い、彼女は続ける。
「ただ、あんたがさっきみたいなことを何度もやらかす相手なら、以降、容赦はしない」
大丈夫だ。ばれていない。
氷珂は、うっすらと吹き出た汗をそのままにして、安心した。
「ところがだ」
リーンカーミラは笑みに喜色も加えていた。
「ちょっと知り合いにナイフを調べてもらった。何の変哲もない、ただのナイフだったが……以前、迷宮入りした事件に一度だけ使われた痕跡があった」
氷珂は、焦った。
あれは、最初この場合と同じく、殺すつもりで使ったわけではなかった。
その後、しつこく追われたため、仕方なく処分した人間相手のものだった。
「貴様、トリッキー・ハットだな?」
名前を呼ばれた氷珂は、瞬間的に、邪魔な感情を捨てていた。
真っ直ぐ立って、光球を六個、身体に周回させる。視線はリーンカーミラに固定されていた。
「余計なことをしてしまったようだな、お嬢ちゃん」
氷珂の声は、感情の一遍もなく、ひどく冷静だった。
「こっちは、おまえのおかげで、面倒が増えたりしたりてるんでねぇ」
リーンカーミラも負けてはいない。
塀から降りて、相手の光球に備える。
光球戦は先に武器を出した方が、不利となる。すぐに対処する者を出せばいいだけだからだ。
逆に防御用も同じ理由だ。
二人とも、ライト・エグィクティブの手前で様子を伺っていた。
さらに言えば街中だ。派手な物は出せない。
そして、光球はその大きさから、変化させるものに条件が付く。しかし、部分なら問題ない。
氷珂は光球を弾いて遊びなっがら、やがて、一本の長い鉈を引き出した。
前のめりで、リーンカーミラにむかっていこうとすると、彼女は光球を、頭上に並べだした。
ニ十個はあるそれは一部一部の形を作り、両手を上げて、笑んだ彼女の背後で、姿を現した。
巡洋艦。それが、リーンカーミラの背後に浮き上がっていた。
光球が部分部分を分担して姿を変え、連結して巨大な存在に仕立て上げたのだ。
まさか、街中で光球を意外な使い方をして、そんなものが出現するとはおもってもみなかった氷珂は足をとめた。
すぐに対艦船砲塔用の防御壁を造る。
三連装砲塔が、氷珂に向かい、機銃も狙いをつける。
冗談ではない。
氷珂は、道の傍にあるベンチのまで逃れた。
刀を抜いたリーンカーミラが彼を追った。巡洋艦は巨大なフェイクだったようだ。
だが、道の端に移動したとたん、傍のベンチが爆発を起こし、彼女の身体は爆風に飛ばされた。
あらかじめ光球の一つを、爆弾として仕掛けておかれていたのだ。
彼女が倒れると、氷珂は止めを刺したかったが、野次馬が増えてきたので、裏通りにはいって逃れることにした。