「何か食べたいものはあるか? そうか無いか。なら、しばらく横に座っていよう」
男はズートスーツを着崩して、彼女の側に立った。
呆っと立つ、ワンピースでロングヘアーの女性を丁寧に、肩と腹部を押して、ソファに座らせる。
「飲み物なら、いるだろう。今、ウィスキーを持ってくる」
部屋は間接照明の鈍い明かりが灯っている。
リビングからキッチンに彼が向かうと、女性はいつのまにかソファに倒れ込んでいた。
「おやおや、リラックスしてるんだね。いいよ、そのままで」
八祐理氷珂(やゆり ひようか)は、自分だけロックのタンブラーを持ってくると、女性の頭の方に座り、片膝の上にその頭をのせた。
「いい匂いだ。シャンプー何を使っている?」
氷珂はタンブラーを傾け、明らかに意識のない女性の髪をなでた。
デッキから、空中に映像を映す浮遊ディスプレイで、ニューズを付ける。
『今回行方不明になったのは、南碑市在住の理容師、渓琉理彩(けいり りさ)さん二十一歳で、仕事が終わったにもかかわらず、ハンドバックを路上に置いたまま、家にも帰っていない様子です』
「ニュースはつまらないね。何かバラエティにでも変えよう」
髪がほつれ、首からビー玉ほど光球の着いたネックレスが、ソファの上に転がる。
氷珂は、それを手に取ると、ネックレスのヒモ部分を引きちぎり、目の前に掲げた。
「いい輝きだ。君はこれで、どうしていたのかな? 星空満点の空? 太陽の照りつける青いビーチ?」
より、詳しく知ろうとして、光学コンタクトを入れた目で、光球を見つめる。
「……おやまあ、これは……」
急に興ざめしたように呟いた、氷珂は手を伸ばして、光球から手を離した。
「君は悪い子だねぇ。理容師の傍ら、夜にバーで客を取っていたとは。もちろん、何をしようと、君の自由だ。だが……」
理彩の身体を蹴飛ばす風にしてソファから突き落とした。
「商売女は嫌いでねぇ」
意識のない理彩は、寝ころんだままになった。
急に光球が鈍い光を灯す。
「おや今頃、警備体制かい?」
中から、ゆっくりと、チェーンソーを持った巨躯の汚れた格好の男が球の中から巨大化しながら、近づいてくる。
ライト・エグディスティング。纏う光の存在。
氷珂は光球を放り投げた。
「ボディガードが、今頃かね」
タンブラーの氷を鳴らし、軽く傾ける。
その口の中の舌の上に、光球を一つ置いていた。
彼は、持っている女性の光球から、男がゆっくりと、等身大になってくると、部屋の暖炉の側に放り投げた。
そして、口の中の球の光が強く発すると、姿を変えて形状を取り始めた。
氷珂はテーブルから、もう一つ光球を取り出すと、これにも光を灯した。
形状は長く内側に反った鉈で、氷珂は右手で、くるりと回転させた。
やがて、チェーンソーの音が部屋中に響き渡るようになると、巨躯の男が、一歩、煉瓦造りで、サンドライトの光に、その姿が映し出された。
「うるさいな。おまえみたいな量産型に用は無いんだよ」
ソファから跳び込むようにして、男に近づくとチェーンソーを持つ、振り上げられた両手を、下から掬うように鉈を振り上げる。
チェーンソーをもった腕は二本、勢いよく部屋の片隅に転がり、床を削った。
「あーあー、この床の樹、高いんだがなぁ」
フローリングで、一部えぐれたさまをみて、氷珂は不機嫌に呟いた。
「期待はしてなかったが、この女、普通だな」
氷珂は、牙のできた上下の歯を晒しながら、寝転がった女性を見下ろした。
「……しかし、まあいい」
彼は女性の上半身を横から抱えるように持ち上げて、長い髪を優しく払った。
そこには、白磁と言っていいほどの白い血管の通った首が現れる。
「がぁぁぁぁぁぁ!」
両手を失った男は、顔面を突き出しながら、しゃにむに突撃してきた。
氷珂は鉈を振り上げると、容赦無く、その頭を割った。
男は打撃の衝撃に床に突っ伏し、うごかなくなった。
やがて、光が彼を包み、縮小して、砕かれた光球となって床にばらけた。
もう関心をまったく向けないで、女性の首筋に集中すると、氷珂は上下の牙を四本突き立てた。
一口啜ると、顔を上げて女性から手を離す。
彼女はそのまま、頭を打つ鈍い音とともに床に倒れた。
「……違うか」
チェーンソーの男はどうせ、どこかの映画から拾ってきたに違いない。
それにしては安直すぎる。
テーブルの一つの光球を灯し、理彩を明かりの中に納めると、ゆっくりと収縮してゆく。
渓琉理彩は、そのまま光球の中に閉じこめられた。
氷珂の好みのタイプは、すらりとした体型にロングヘアー。都会の片隅にいる、クールな大人の女性だった。
それが、今度は商売女とは、まったくもって失敗したものである。
彼は不機嫌にウィスキーで喉を焼くと、乱暴にタンブラーをテーブルたたきつけた。
この、トリッキー・ハットが失敗など、矜恃が許さない。
コーン・ローの頭に、ズートスーツを着て、ワイシャツの襟元を大きく開けている。
足も元はスリッパだ。
光球に閉じこめた理彩を氷珂は、外に出た。
明るい夜空は、半月の月が鮮明に浮かび上がったいた。
氷珂は、適当な車をみつけて、光球に命令を込めると、高速道路に向かっている車道を走っていた日産の車に投げつけた。
光が輝く。
フロント部分に首が。両サイドのドアから腕が、リア部分から腰からしたの足が伸びた、グロテスクな車が一台できた。助手席には腕のくっついたチェーンソーの男が、不気味に哄笑しながら、座っていた。
その噂は、朝一番でニュースになり、犯人はトリッキー・ハットと警察が断定し、冒涜もいい限りである事件に出演者は声もでなかった。
「いた。リーンカーミアだ。ジュードローカの言う通りだ」
楓李(ふうり)は岩場の隅に隠れながら呟いた。
彼女はショートカットにツインテールという髪型で、タンクトップにデニム製のサロペットスカート、スパッツと言った格好だ。足下は軍靴である。十六歳だ
まだ砂場の場所にいた深名(しんな)は、やや長めの黒髪に、華奢で小柄だが、左手には鞘の入った刀をぶら下げていた。楓李と同い年。
合図に、ゆっくりと岩を削った平面の通路を近づいてくる。
楓李の視線の先には、岩場を降りたところに少女が一人、上ってきたところだった。
青白く透き通った姿は、比喩ではない。実際透明で、彼女を透けて、海の波間が見えるのだ。
前髪を目の半分でぱっつり切り落とし、長いもみあげは巻いている。後頭部の髪も何本ものお下げにした。どこに荷でもあるような、青色の袖のないワンピースだった。
リーンカーミアが、無表情に斜め上に楓李を見上げると、突然小さな光がその首もとから灯り、三つの鋼鉄の塊が、上空に飛び上がった。
それは巡洋艦に乗せる三連砲塔で楓李と、深名を空中で三方から狙い定める。
深名は小柄な身体に似合わない跳躍力で跳んで、三連砲の一つを、鞘から抜いた勢いで、真っ二つに切断した。
もう一つの三連砲が、彼の方を向く、射撃の轟音と、跳び移るのは同時だった。
左下段から構えた深名は一刀閃かせると、砲身を竹の用に切断した。
「と言う訳だよ、お嬢ちゃん。おとなしく光球を渡すんだね」
楓李は八重歯をむき出しにして、笑みながら、彼女にソードカットショットガンを向けた。
「あんたら、何?」
砕けた二つの光球が破片となって、七色の光をまといながら、岩場に落ちた。
前髪を目元で真っ直ぐ切って、短冊のような長めのあとの髪も、長さがバラバラに房ごとに斬り揃えている。
白いシャツに蒼いボレロ、水色のワンピースを着ている。
「ライト・フォース。別名、球収集屋」
楓李はにこりとした。
ナノテクと量子重力制御装置とを使い、光に近い物質を作り出した。中には物体がは容量だけはいるようになっており、命令すればすぐにでも形に表す。
「ただの幽霊収集家でしょ?」
少女は感慨もなく訂正した。
深名は三つ目の砲塔の上にいる。
「ちなみにな、ここは巡洋艦佐枝霧(さえぎり)の聖地だぞ。物騒なことして、あの艦が報われると思っているのか?」
リーンカーミアはもう、姿をはっきりさせていた。
首にはまだ、光球が三つ連なっている。
「三千万の犠牲の上に立ち、最後まで米軍とやり合った艦だ。それを貴様ら、ライト・フォースごときのおもちゃに鳴っていいはずはない!」
「おもちゃじゃない、供養だ。確かに、使える部分は使わせて貰うが、必要有ってのこと。戦争はまだ終わっちゃいない」
怒鳴った少女に、楓李は冷静に淡々とした態度をみせた。
「それにあんた、その佐枝霧の全パーツもって、入水しようとしてたんだろう? それは供養かな?」
「立派な供養だ」
「こいつはまだやりたくて堪らない様子だよ」
三連砲の残りを一瞥して、あごで示した。
「所詮、戦闘艦だ。だが、もうそろそろ引退させてやってもいいんじゃないか」
リーンカーミアは言って、階段を上ってきた。
潮風が急に彼女のワンピースをふくれ上げさせる。
首に巻いたネックレスを、楓李に渡し、彼女は黙って岩場に作られている道を歩いていった。
南戒踊(なんかいよう)島。沖縄のさらに南にあるこの土地は、一時米軍の小さな駐屯地だった。二次大戦も終わったが、そのまま米軍が支配し続け、その後返還もされず、米軍事態も撤退して、独立国としての未来を行くことになった。
主に海軍を整備した南戎踊島は、二次大戦の終わった数年後に勃発した第三次大戦に巻き込まれた。占領は免れ、独立を保ったが、海軍は全滅。
だが、位置的に交易の中継点として、そして東アジア独自の錯綜した外交関係の仲介役として、一気に復興していった。
西暦二千年も半数が過ぎ、島は人口の埋め立てで、陸地が百倍になった。それでも、台湾と同じぐらいだった。あらゆる国籍の人物があつまるようになると、各地の地下組織が、島を支配しだした。
各国の組織は、そのままマフィアと呼ばれて、街は混沌とした様子を呈していた。
「やほーーー!」
楓李は無邪気に、ジュードローカに駆け寄ってきた。
島の中央付近にある山の麓である。
生い茂った木は金網で囲まれ、歩道のない車道は、曲がりくねりながら、ガードレールに挟まれて伸びていた。
ジュードローカは年齢不詳だった。ただ、ひょろりと伸びた高い背の割に、アジア系でまだ幼さの残る容貌をしているところからみて、十代後半と見ている。本人も年齢など気にしてはいない。
柔らかそうなウエーブかがった髪で、中国の民族衣装の長衣とパンツを掃いて、頭に布を巻いていた。
楓李は側までくると、彼の腕をとって、半回転し、勢いを削いで止まった。
にこりと彼に笑いかけて、手を離す。
遅れて、深名も現れた。
どういう事か、ガードレールをまたいで。
道を進まず、半ば崖のここまで上ってきたというのだろうか。
いうのだろう。だが、息も切らさず、この暑い昼間から夕方にかけての時間帯にあせも書いていなかった。
彼ら三人は、今夜の供養祭のための準備をしている山頂へと向かった。
「……待って、なにこの険しさ。始めてくるけど、都会のど真ん中にこんな原生林が有ったわけ?」
すぐに根を上げたのは楓李だった。ジュードローカの服の端をつかみ、木で階段部分の壁を添え付けられた、永遠にもつづくかのような道に、前のめりで荒い息を吐く。
「まー、ちょっと休むかぁ」
ジュドローカは楓李の様子を見て立ち止まり、その場にしゃがんだ。
木柵の向こうはかなり低い土地で、小川が流れている。
「さて、もう少しだ。行くとしよう」
ジュードローカは足を伸ばすと、両手を上げてきた楓李を抱えて立たせる。
「こりゃ、楽だわ」
進んでいると楓李はいつの間にかジュードローカのバックパックに上半身を乗せていた。
青いきれが立ち上り、木の葉が風に揺られる中を、彼らは小一時間で、ようやく山頂にでた。
そこには、鳥居が何重にも並び、奥には日本様式の社が有った。
鴨居の外には、櫓が何本も平行して建てられ、広場には、露天の準備が行われていた。
「本当にやらかすの?」
楓李はジュードローカに確認した。
「やらなきゃなぁ。やりたくないんだけどなぁ」
彼はぼやき、頭をかいて、答える。
「楓李、早速頼むわ」
大きく頷いて、彼女は櫓の奥に姿を消した。
まだ、支度のととのっていない、屋台のおでんやに腰掛けて、ジュードローカは、冷や酒を一本頼んだ。
「しかし、毎年のこととはいえ、気が滅入るね」
屋台のオヤジはそう言いながら、下準備の終わった材料を、大鍋に放り込んでゆく。
「同感だ」
島ではそう言われ、年に一回行われる、いわゆる人身御供だった。
満十歳になった男女の子供が、新たな社を造るため、人柱になるのだ。
この夜、輿露天満宮は、年に一度、破壊されて、新たなる姿で一年間、南戒踊島を見守る。
そう言われてきた。
だが、今度の祭りには、予想しない出来事が含まれていた。
人身御供に選ばれた少女が、南戒踊島屈指のマフィア「ウルータ・リード」の会長の娘だということだ。
ことは伏せられていて、今こうしている祭りの準備の作業員にも、知られていない。
だが、ウルタ・リードの会長マトリアス・リーは激怒したという。
そこで、巡り巡って、ライト・フォースとして事務所を構えるジュードローカのところに話しが回ってきたのだ。
島の住民は、供養祭を大事にし、本気で信仰している。
三千万人が犠牲になった地上戦の魂が未だに、地上に跋扈するなか、平和を保てるのは、供養祭の霊験と信じている。
つまりは、ジュードローカはジョーカーを引かさせたのだ。
電柱と街燈が照らすしたに、反対に向かい合ったベンチが二つあるだけだった。
片方には少年と少女が座り、もう片方にも少女が座っている。
「本当に良いのですか?」
少女が振り向きもしないで訪ねた。
「決意は変わりません」
少年が答える。
「失敗すれば光球のネットワークから永遠に彼女は外れることになるのですよ?」
「決意の上です」
今度は少女がハッキリとした声を出した。
「わたしにはわかりませんね。どうして離れ離れになるのか」
「考えた末の結論です」
少年の言葉に迷いはない。
「ならばよいでしょう。我々は邪魔はしません。やれるところまでやってみることですね」
背後のベンチに座った少女がが挑発するまでもなく、淡々と言葉にした。
街燈の明かりが消え、暗闇だけが残った。
太鼓の音が鳴り響き、浴衣姿の男女が、鳥居の周りにまで伸びた露天を、楽しげに見て回る。
午後八時を過ぎた頃、祭りの来場者はピークになった。
十時を過ぎれば、儀式が始まる。
それまで人身御供にされる二人は、神官に大事に隠されて、姿を見る物はいない。
「うぅう……ぉうぅううう……うぅぅおおお……おおおぉぉ……ぉぉぉぉぉ……」
猿ぐつわをされ、布団の簀巻き状態で、部屋の隅に置かれた神主は、うめき続けていた。
「いやぁ、悪いねぇ。この嬢ちゃんだけは、ここで犠牲にすることができないんだよぉ」
ジュードローカは足下の神主にいった。
そこは神主の家であり、場所はリビングだった。
彼は、十歳になる少年少女をみた。
二人とも、艶やかな着物を着て、簪を大量に付け、首から鏡を手首の一方には光球と一方にはパワーストーンをじゃらじゃらと何重にもかけていた。
少女の方は眠そうで、今にも飾り付けられた格好を分投げて寝てしまいそうだった。
惟瀬芽羽凪(いせ めばな)という。妾の子だ。だが夫婦に子供がいないので実子扱いされている。
少年は畏まったまま動かずに、しゃんとしている。ローフートマーという名前だ。
ジュードローカは、改めて、芽羽凪を見た。
気のせいだろう。
そう自分に言い聞かせてる。
「二人とも、普段着に着替えろ。さっさとこの場から出てゆくぞ」
その時、外で悲鳴が上がり、混乱した足音が鳴り響いた。
ジュードローカが窓の隙間からのぞくと、前髪を伸ばし、後ろ髪を細かく編んだリーンカーミアが、光球を三連装を二個とガトリング砲を、肩から離れた位置に浮遊させ、レーダー版に垂直発射形式のミサイル発射装置を後頭部後方に、鳥居の前まで駆けていくところだった。
「ライト・エグディスティング装備か……」
ライト・エグディスティングとはそれは光球の装備を身体周辺に浮遊させるものだ。
「深名」
ジュードローカは、傍で沈黙しながら胡坐をかいていた少年の名を呼んだ。
深名は、その姿勢からすぐに駆け出し、ドアをくぐる。
半ば狂乱の場となった祭り会場では、光学武装した少女が足を止めないで、真っ直ぐ進んでいた。
その時、鳥居群の姿が、鈍い光を放ってぼやけた。
それぞれが、人の形を取り、時代錯誤な武者姿になる。
リーンカーミアは走りながら、光球を一つ取り中、鋼鉄の刀を引い抜いた。
武者達は槍をしごき、少女に殺到する。
ガトリング砲が唸った。
先頭の武者たちは、血まみれになり身体をバラバラにされた。
だが、彼らは怯むところなく、リーンカーミアに槍の間合いまで近づく。
リーンカーミアは、一本の槍の鉾部分を叩き斬り、構わず、刀の届く範囲まで跳んだ。
一本の槍が彼女の頬をかする。
胴体を狙われて突きを放たれると、半身になって蹴り上げる。
槍を浮かされた武者に、リーンカーミアは、刀の曲線を使って、落とした腰から相手の右脇に切っ先を突き込ませた。
肩を貫いた刀を引き抜いて足の裏で相手を後ろに押すと、たたらを踏んでその場に膝まづいた。
そのまま、横薙ぎに刀を振るうと、隣の鎧武者の首が跳ね跳ぶ。
それぞれが、砕けた光球となって、地面に散った。
残りの武者をそのままに、リーンカーミアは本殿に向かった。
だが、そこには誰もいなかった。
一瞬だけ呆然とするリーンカーミアは、追ってくる武者たちに、三連装砲を放った。
巨大な爆発が鳥居の列を作っていた長い道に起こり、彼らは一瞬のうちに吹き飛ばされた。
三連装砲は、光球となり、リーンカーミラの周りを周回始める。
そこに、小柄で華奢な髪の毛の長い少年が影のように、気配なく現れた。
「退け」
深名は短く一言だけいうが、左手に持った鞘の柄に手を置いていた。
「芽羽凪はどこだ?」
リーンカーミラは言われた言葉を無視した。
深名は一言も放たなかった。
代わりに、半身の向きで間合いに一気に跳びこんで、鞘から抜きざまの横薙ぎの一閃を放った。
リーンカーミラは、ぎりぎりで勢いを打ち殺すように刀で防ぐ。
噛み合った所で、深名は迷わず刀を横に倒し、根本まで勢いよく滑りこませる。
三歩引いリーンカーミラだが、相手も同時に距離を保ち、その顔面を薙ごうとした。
首を退いて一撃を交わすとリーンカーミラはさらに後ろに素早く下がり、距離を取った。
悔しそうな顔をする。
「クソっ、ジュードローカの連中か……」
リーンカーミラは悔しそうに呟いた。
背中の垂直射撃ミサイルのポットを、離した位置まで移動させると、六基のミサイルw同時発射した。
排熱で焼けそうになるのを、鉄板で防ぎ、ミサイルは夜空にのぼっていった。
だがそこから、リーンカーミラの思い通りにならなかった。
輿露天満宮のあらゆるところに落ちてゆくはずなのに、ミサイルは、空中で次々と爆発して四散した。
「……くそ」
一瞬、呆然となった彼女だったが、形勢不利と判断し、本殿から走りさった。
深名表情も変えず刀を仕舞い、神官の家に戻っていった。
「おかえりー」
浮遊ディスプレイを目の前にして、楓李は深名に言った。
「ミサイルはなんとか、楓李がしてくれたよ、深名」
ジュードローカは頼もし気に告げた。
「……あれは、どうにもならなかった」
深名は壁際に座って、一つ息を吐いた。
「それは、常識から言って当たり前でしょ……」
楓李は飽きれたようだった。
「一基なら、何とか……」
「無理」
言下に否定する。
顔を上げた深名は、ニヤリとした。
「舐めるなよ。あんな花火をデカくしたぐらいの物、斬れないでどうする」
「チャリンコがパワーアップしたら、ムスタングになるわけ……?」
「そんなわけないだろう、馬鹿じゃないのか?」
「ふざけんなよ、コノヤロー!」
正体不明の錫杖をもって、楓李は立ち上がる。
つられて、深名も珍しく胸を張って身体を伸ばした。
「はいはい、そこまで。仕事はまだ終わっちゃいない」
ジュードローカは、手を叩いて、注意を引いた。
「いいか、祭りを台無しにしたのはリーンカーミラだが、俺たちも似たようなものだ。これから街のマフィアどもが、復讐に躍起になる。その間、芽羽凪の安全を確保しなきゃいけない」
「どこでもオッケー、この楓李さんが、すぐに見つけてあげる」
「それなんだが、一か所にいるより、移動していたほうがいい」
楓李は頷いた。道理である。
「だけど、リーンカーミラはどうするの?」
「街の光球使いが処理するだろう。ウチには関係ない」
「そうだね。とりあえず、逃亡用に泊まれるところをピックアップしておく」
「頼む」
「さて、俺には少し用がある。とりあえず、車の中ででも待っててくれ」
ジュードローカは質問を抑え、神主の家からでると、屋台の一郭まで足を運んだ。
そこには、左目が義眼の着崩した背広姿の男が奥で座っている。
「ウィンリーさんよ」
気軽さをだして、男の名を呼ぶ。
サーミンエラー・ウィンリーは団扇で胸元に風をやりながら、組んだサンダルの足を掻いている
「よう、ジュードおまえもいたのか。凄かったなぁ、さっきの」
「恍けないでくださいよ。今度ウルター・リードの会長の娘を御供に選んだ理由はなんですか?」
やくざのような恰好の男が訊かれる質問ではない。彼はこれでも、南戒踊軍の情報部の人間だった。
「君には関係ないだろう」
「また恍ける。どうして俺がここにいるかぐらいわかってるんでしょう?」
サーミンエラーは蚊を追い払うように団扇を振って、横眼でジュードローカをみた。
「見逃してやろうという、俺の親切な心を踏みにじる気かね?」
「理由がわからなければ、今見逃されてもすぐにまた事は起こりますよ」
サーミンエラーは軽く笑った。
関心したようだ。
「それもそうだな。なに、マトリアスの勢力を増強しようとしてやろうとしたのさ。奴が自ら娘を差し出したとなると、他の連中も、それなりの犠牲を強いられても文句言えないからな」
「リー会長は、そこまでしなくとも、十分な権力を持っているとおもいますが」
「なあに、老婆心だよ。ただなぁ、ジュードよ?」
今度は顔を向け、口だけ笑んだ。
「人身御供を与えないと、過去の怨霊どもが賑やかになる。わかっているんだろう?」
「今回の人選は、人を怨霊にして賑やかにするものでしたよ」
サーミンエラーは今度は本気で笑ったようだった。
「いつも思うんだが、君は面白いなぁ」
「何一つ冗談も言わずに、そうは言われたくなかったですねぇ」
ジュードローカーは、言いながら彼の屋台のカバブーを頼んだ。
従業員が鮮やかに袋の中に材料を収めてゆく。
「今年に限って、リー会長の犠牲を求めるというのは?」
かれは食い下がった。
同時にカバブーもできて、彼は小銭を払って受け取る。
「しつこいねー、君も」
「これから、狙われる身ですから。命には変えられませんでしょ」
「それなら、俺に芽羽凪を寄越しな? そしたら万事解決だ」
「ほら、怖いお兄さんが、独り目の前にいる」
サーミンエラーはまたククッと笑い越えを堪えた。
「興明会(こうめいかい)ってところに行ってみな。サイロイドを保護して、社会に進出しやすくしている団体だ」
「わかりました」
サイロイドというのは、アンドロイドを越えた、より人間らしいAIの搭載された人造人間といっていい存在だった。
実際、サイロイドの社会貢献である何パーセントかの労働で、経済のいくらかは回っている。
夕日も落ちかけた頃、黒燈(くろひか)は鼻歌を歌いながら、樹の太い枝に結んだロープで出来たブランコに座っていた。
細い華奢な身体に黒いTシャツ、黒いプリーツスカートで、小麦色に焼けて、男の子のように刈った頭髪に良く似合っていた。
山の中は辺りが木々で覆われ、ちょっとした微風にも葉が擦れる音が頭上から鳴る。
頭上をみながら、枝の揺れる木々の葉の浮き沈みをみて、まるで海の波だと少女は思った。
やがて、山道の向こうから、ずた袋を抱えた女性が現れた。
長髪で緋色のサマーセーターを着た、黒のプリントラインのロングスカート。足元はスニーカーだった。
黒燈は、ブランコを跳ぶようにして降りて、彼女の元に歩いていって迎えた。
「疲れたでしょう、ココル」
少女は女性に並んで、ずた袋を受け取ろうとするが、軽いめくらばせで制された。
「いやぁ、もう大変だった……」
汗だくで、ここルは息を切らしていた。
「だから、車で行けって言ったのに」
少女はやや、ふざけた説教口調で言う。
「あれ、苦手なのよ。知ってるでしょ? あたしが乗れば、自動車じゃなく自動事故車よ」
やれやれと、黒燈は首を振った。
「ご飯できてるよ」
日はすっかりと落ちていた。
スポットライトが一つだけ点けられた小屋が、ぼんやりと浮かび上がる。
古い木材やトタンなどを重ねて作った壁に屋根は、お世辞にも家とはいえない。
だが、このおんぼろ小屋が二人の住居だった。
ポーチまで来て、鍵も掛っていないドアを黒燈が開ける。
とうとう腰を折り、ヨタヨタとココルがスポットライトに照らされたテーブルまでくる。
明かりはそれだけで他の部分は真っ暗だった。シチューと焼き魚の置かれているのが照りだされている。
「あら、美味しそう。さすがね」
いい匂いに心底、お腹が減ったようなココルが感動する。
「あんたが、料理できなさすぎるんだよ。こんなのだれでもつくれるぞ?」
ココルは、それをスルーして、ずた袋をテーブルの脇に置くと、キッチンに行った。
「あちー……!」
サマーセーターがリビング? と言えるかどうかのところに飛んでくる。
「こっちは丁度、肌寒かったんだ」
言って、黒燈はサマーセーターを拾うと、椅子の上で着て、立てた両膝も中に収めた。
ココルはブラジャー姿で、冷蔵庫からジンの瓶を取り出してきた。
テーブルに着いたココルは、遠慮なしに、瓶から直接ジンを喉に流し込んだ。
「で、収穫はあったの?」
黒燈は魚の骨を取りつつ、訊いた。
「これが、あったのよねー!」
シチューをスプーンで一口食べると、美味しいと言って、ニコニコした。
ココルは、ずた袋から、様々なものをテーブルに置いた。
壊れた基盤。ただの小石。明らかに不燃ごみの袋。どっかから摘み取ってきた向日葵の花。
「へー、いろいろあるねぇ」
黒燈は慣れた調子で合わせた。
「都会も捨てたもんじゃないよね」
「写真とか撮った?」
「いっぱいあるよ」
ココルはまた一口、ジンの瓶を煽って、携帯通信機をとりだした。
写真には、廃墟と化した街の様子が写り込んでいた。
それが、約二十枚ほど記録されている。
「まー、いい笑顔だこと」
呟き、スプーンを運びながら、一枚一枚見ていく。
なぜか、どれにもココルの笑顔でピースする姿が写り込んでいるが。
黒燈は呆れたような表情で、スライドさせてゆく。
すると、見覚えのない少女が一人、ココルと一緒にいる一枚があった。
「……この子は?」
「あー、なんか街をフラフラしてたら偶然出会ってね。すぐに意気投合しちゃった」
「どんな子なの?」
黒燈は明らかに少女を疑っている。
「なんか孤児らしいけど、ここの街の子じゃないって。それに、やけに衛星のことに詳しくて」
「衛星? どうして?」
「わからない。でも悪い子じゃなかったよ」
黒燈は納得いかない表情になったが、それ以上は追及しなかった。
「それにしても、派手にやったもんだわねぇ……」
呟いて、最後の一枚を見終わった。
「で、他に誰かいた? サイロイドは?」
「だーれもいない。本当に、人間もサイロイドもどこに行っちゃったんだか」
ココルはつまらないといった風で、ジンを喉に流し込んだ。
「まあ、仕方ないよ。でも、もう勝手にどっか行かないでね」
言葉を誤解したのか、ココルはごめんねと言って、そうすると伝えた。
「御馳走様でした」
「さてと、ちょっとココル、服脱いでくれるかな?」
「毎度毎度だけど、どんな趣味してるの、あんた」
ココルは苦笑する。
しかし、言うことは聞いて、着ている者をすべて脱ぐと、テーブルの脇に立った。
その白磁のような肌を、そっと触れるようにしながら、黒燈は隅々までじっと目で撫でる。
五分ぐらいか。
「オッケー、もういいよ」
「ちょとさむくなったなー。セーター、かえしてよ、黒燈」
ココルは手を伸ばしながら、ショーツとスカートを穿いた。
「ダメーーー。これはあたしが借りた。シャワーかお風呂でもはいってきたら?」
黒燈は暗い光から外れた壁際まで、彼女の手から逃げるように駆けた。
「まったくもう……」
ジンを一口のみながら、ココルは仕方がないといった表情になった。
ジャンク部品でいっぱいの壁の前に座った彼女は、浮遊ディスプレイを開いた。
タッチパネルで、文字を入力する。
七月二十一日
ココル:損傷率 六十九パーセント
黒燈 :損傷率 三十九パーセント
「ところで男はいたー?」
バスルームに向かう途中のココルに黒燈は声を投げかけた。
「見ての通りよ。まったくいない」
「そっかぁ」
妙に納得しながら、黒燈はディスプレイを閉じて、冷蔵庫に入っていたコークを取り出して飲んだ。
ジュードローカは、楓李だけを連れて、ホンダの車を運転していた。
芽羽凪には、彼は困惑した。家に帰ろうとしないのだ。
「あたしを殺そうとしたところのになんて、戻れるか!」
それもそうである。
一応、説得してもダメなので、しょうがなく事務所に置いていた。
都市は栄えている南戒踊島だが、一個の境界を超えると、草木が茂り、木々が密集する大自然が待っていた。
都市部と都市部はこのような感じで点々と自然の中心に突如として造られていた。
百二十キロも走ったところか。途中、三か所の街を抜けたのは確かだが、ジュードローカのホンダは、走行距離メーターが壊れてる。
ようやく、目的の興明市にたどり着いた。
「……何ここ。変な感じ」
助手席で寝ていたはずの楓李がサイドウィンドーから外を見て呟いた。
住宅街歓楽街とあるが、中心付近にある、官庁街はまるで白亜の世界だった。
すべて、大理石などで作られていて、生活臭が全くしない。
人は時々見かけるが、気配がない。
まったくの、無人空間といった雰囲気だった。
興明市は興明会が作り上げた都市だ。当然支配も彼らの手にある。
市長は同時に興明会の会長でもあった。
官庁のカウンターで市長に会いたいというと、受付嬢はニコリと微笑みながら、現在執務中のために誰にもお会いできませんと、きっぱり言った。
「ウルター・リードのリー会長からの者だ」
ジュードローカが関心をみせないでいる相手に、ウルター・リードのバッチを懐から取り出して見せる。
便利だから持って置けと言われて渡されたものである。
その通りに、受付嬢は急に態度を改めて、ヘッドセットの内線を引っ張った。
「お会いになるそうです。こちらへどうぞ」
受付嬢はカウンターから出て、二人を先導した。
エレベーターを使い、二十二階まできたところで止まる。
どうやら最上階らしい。
そこは余計な部屋はなく。一つだけ大きな扉がある入口が構えているだけだった。
「ジュードローカ様方をお連れしました」
ノックして声を中に伝える。
「入れよ」
女性の声だが、やけに面倒くさげな口調だった。
受付嬢がドアを開く。
二人の前には、ホテルのスィートルームと見紛うような空間が開けた。
ドアから真っ直ぐ行ったところに、ソファがテーブルを挟んで並び、その奥に板のような足元に何もない執務机がある。
袖口を縛ったブラウスを着ていて、黒いスカートはショルダーベルトで止めている。 長い灰色の髪は後ろで下の方で二つに縛っていた。
丸顔に近いうりざね型の容姿は、白い肌に冷たく覚めた蒼い瞳の目つきは半開き。
机にもたれた彼女は姿勢を正そうとはしなかった。
リリアナ・フルージュ。たしか、まだ十七歳のはずだ。だが、まだまだ、若く見えるほどに、小柄で華奢だった。
「マトリアスが、人身御供の邪魔をおまえに頼んだって聞いてから、待っていたよ。まあ、座れ」
眠たげな口調だ。面倒くさそうに手の指でソファを差す
だが、これが普段の彼女で、大抵の人間は拍子抜けする。
だが、彼女の態度がいくら怠け者そのものでやる気が見えなくとも、その言葉だけではなく、行動も躊躇い。マフィアも恐れる興明会の一面だ。
席を勧めたが、机に頬をつけたままだらりとしたリリアナは、動く気配がなかった。
ジュードローカ達も、向かいのソファに座る。
「何も出さないで悪いな。さて、話と行こうか」
余計な部分をリリアナはすべて省く。
「で、俺たちには、なにがなんだが、さっぱりわからないんだけどな」
ジュードローカは、頭を掻きながら上目遣いで、リリアナを見る。
「実は、マトリアスとの話がちょっと遅れていてな。本当は、もっと前、ニ三か月ぐらいになるはずだった」
「なにがだ? ウチに関係あるのか、それ?」
のんびりと構えているジュードローカに、リリアナは頷いた。
「芽羽凪そっくりのサイロイドを造ってくれとな、マトリアスが」
「遅いな」
「だが、ひな形はとっくにでき、もう完成している。問題は、二体造れと言われたことだ」
「二体? 人身御供でサイロイド一体を遣えば、いいんじゃないのか?」
「それなんだが。なにか聞いていないか?」
ジュードローカは難しい顔をした。
「全く聞いていない。おれは、リー会長から、人身御供から救い出して、暫く潜伏していろと言われただけだ」
リリアナはふむと呟いた。
「受け取りだが、丁度昨日、ウルター・リードの人間と名乗る奴に、部下が渡してしまってな」
「追跡できないのか?」
楓李を一瞥して、ジュードローカは尋ねる。
「そんな機能つけててみろ。そこにいる嬢ちゃんはデッキの腕は立つようだが、マトリアスのところにもいる。変な疑いはかけられたくないもんだろう」
「受付に映像があるんだろう? 特徴は掴めないか?」
「あー、あるっちゃあるが、どこにでもいるテンガロンハットを被って背広を着たおっさんだったな」
「まるで手掛かり無しかよ。リー会長を問い詰めるしかないじゃないか」
ジュードローカはぼやいた。
「意外と、芽羽凪がしっているかもな。こっちも困っているんだよ」
「何を困る?」
「下手にウチのサイロイドが犯罪めいたことをしてくれたら、評判がガタ落ちだ」
知ったことかとジュードローカは思った。
「そこで、おまえの所でこの二体を探してほしい」
「ほー……高いぞー?」
半ば冗談のように答える。
「大体、おまえのところにゃ、いくらでも人がいるだろう」
「一応、情報部は動かしてるよ。その上でだ」
ジュードローカはニヤリと嗤った。
ソファにゆっくりと背を伸ばすようにもたれかかる。
「んー、そういう事なら、前払いでそれもそれなりの金額じゃないと、見合わないねぇ」
リリアナは、自分の組織で見つからなかった場合、公的に契約を結んだジュードローカに全責任を負わせようというのだった。
「構わんよ。ウチのクレカを渡して置こうか」
服のポケットから意外とリリカルなピンクとリボンが付いた財布を取り出して、中から黒いクレジットカードを、机の上に置いた。
「よし、話は成立だな」
素直と言っていいほどあっさりと、ジュードローカは承諾した。
芽羽凪のサイロイドでのデータを、持って来させ、楓李の小型デッキに記憶させる。
「さて、契約はなった。俺たちは帰るよ」
「見送りにはいけんが、まぁ、成功を期待している」
「うそつけよ」
ジュードローカは鼻で嗤った。