市庁舎は、神殿から車で三十分ほど離れた、シャフティ市の北端にある。
ケーリィンは現在、市庁舎へ向かう車の中にいた。
他でもないディングレイから「可愛い」と言ってもらえたので、自身の外見への気後れは、今のところない。
今日はエイルの厚意でドレスに合うよう髪も結い上げられて、薄っすらと化粧も施されている。
どこから見ても「舞姫」の名に恥じぬ出で立ちだ、と思えた。
またレーニオの流血騒動以降、舞の失敗も頻度が激減していた。
とはいえ、市庁舎に待ち構えている相手は市長だ。おまけに、新聞記者に囲まれての対談だ。
気後れ材料が二つ減ったところで、彼女は起床時から青ざめている。
それは頬に朱を重ねたところで、隠せるようなものではなかった。
「大変だ。ケーリィンちゃんが、瀕死のイカみたいだ」
隣から、心配か冗談か判別しかねる言葉を投げかけたのは、
市庁舎までディングレイが運転するため、後部座席で代わりの護衛役を務めてくれているのだ。
それもこれも、神殿と竜神様の利害が一致した結果である。
ロールドの運転は下手を通り越して命の危機に値するため、ディングレイが運転せざるを得なかった。
一方のリズーリは、無事にウロコも生え変わり、湖の周辺も平穏そのものであり、手持ち無沙汰であった。
暇な竜神様と人手不足の神殿は、こうして結託に至ったのだ。
リズーリの麗しい顔に、ケーリィンは引きつった笑みを返す。
「大丈夫、生きている、わたし」
「ちょっとちょっと、ディングレイ君。ケーリィンちゃん、原始人みたいになっちゃっているよ」
「聞こえてる! 座席をいちいち揺らすんじゃねぇ!」
運転席を鷲掴みにされた上、無遠慮に揺さぶられ、ディングレイががなる。ちなみに彼がこうやってリズールに怒鳴るのは、これが初ではない。
なお、
「レイさんって、本当は八歳なんですよね? 免許は……」
とケーリィンが彼に問うたところ、
「訓練学校で叩き込まれた。肉体年齢は成人済みってことで免許も取ったし、戦車とクレーン車と耕運機も動かせるぜ」
誇らしげに意外性十分な特技が明かされた。特に戦車を使う機会など、この街ではなかろうに。
人材の無駄遣いではないのか。
叱られたリズーリはさして堪えた様子もなく、再度後部座席に座る――が、背中が座席に触れた際、わずかに美貌をゆがめた。
いつも泰然としている彼には珍しく、ケーリィンも自身の不安を忘れてその顔を覗き込む。
「背中、どうされたんですか?」
「うん……この前さ、フォーパー君に無理やりウロコを剥がされたんだよ……そこがまだ、ヒリヒリするんだよね。やんなっちゃうよ」
生え変わったばかりの新品ウロコを、無慈悲に剥ぎ取られたらしい。
御年千歳オーバーの彼にとっては、フォーパーもロールドも「君」扱いである。
「……は?」
と、
「なぁ、リズーリ。あんたがウロコ生えてるのって、竜の時だよな?」
「そうだよ。人間の時に生えてたら、温泉入れないからね。絶対訊かれるんだよ、『途中で茹で上がりませんか?』って」
魚扱いされるらしい。竜神も大変なのか、とケーリィンは黙して考える。
そして一拍遅れて、ディングレイが訝しんだ理由にたどり着いた。
「それじゃあフォーパーさん……竜のお姿の時に、ウロコを剥いじゃったんですか?」
垂れて来た水色の前髪をかき上げ、こくん、と竜神は頷く。
「いきなり湖に素潜りでやって来て、容赦なかったよ。何か喋ってたけど水中じゃ聞き取れないし、パンツ一丁だし、余計に怖かったんだよね」
悲しいかな、容易に想像できた。
「あのオッサンに、怖いものはねぇのかよ」
ため息混じりのディングレイに、ケーリィンも思わず笑って同意する。
二人 (とフォーパーの非常識さ)のおかげで、途中から緊張感を忘れて市庁舎へ赴くことが出来た。