何やら金縁でゴテゴテと装飾された封筒の中から、同じくゴテゴテした紙が取り出された。
もったいぶった文体で、つらつらと書かれていた内容は
「こっちの勝手で舞姫を替えてごめんね。あと、先代の時は迷惑かけてごめんね」
という、非常に分かり切ったものであった。
今となってはどうでもいい話、であるかもしれない。
なのでロールドは、困ったように白い眉を下げて微笑む。
「謝罪文だけでしたら、郵便でお送りいただいても問題ありませんでしたが……」
「いえ、こちらの不手際で、ご迷惑をお掛けしてしまったのは事実でございますので。是非直接お渡ししたいという、私たっての希望でもございます」
アンシアはきっぱり言い切ると、視線をつい、とケーリィンへ。
「それに、教え子の元気な姿も見たかったもので」
柔らかくなった声色に、ケーリィンもはにかみ返す。それを眺め、ロールドは大きく頷いた。
「そう仰って頂けるなら、こちらとしても大歓迎でございます。朝食がまだお済みでないなら、ご一緒にいかがでしょうか?」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて是非、ご同席させてください」
好々爺の申し出に、アンシアも丁寧にお辞儀する。
が、ここまで知的な教官の姿勢と表情を崩さなかったアンシアも、食卓に並ぶ料理――正確には、中央の大皿に鎮座する肉の塊に唖然となる。
「朝から……随分と全力なお食事なんですね」
「そうですな。そちらのローストビーフは、ほとんど大食漢の護剣士殿のものですがな」
パン切り包丁を用い、バゲットを慣れた手つきでスライスしながら、ロールドは軽快に笑う。
「ま、腹が減っては戦ができねぇもんで」
がしがし頭をかきながら、さして悪びれずにディングレイが弁明する。
アンシアはその内容よりも、言葉遣いにギョッとしたようだ。
続いて不安げに、ケーリィンを見つめる。
聖域では、こんな乱暴口調は存在しない。聖域暮らしの教官としては、当然の反応であろう。
「レイ――ディングレイさんは、とても優しい方です。いつもたくさん助けていただいています」
だからケーリィンは「悪人じゃないんです、全体的にはとても悪人っぽいですが!」という気持ちを言外に伝え、アンシアを席まで誘導する。彼女が放つその気迫に圧され、アンシアもおずおずと椅子に座った。
ローストビーフの塊 (と不良護剣士)がアンシアの度肝を抜いたものの、その後は和やかに食事が進んだ。
「謝罪文までしたためていただきましたが、実のところワタクシ共に、不満は一切ございません。むしろ、この子で良かったと思っております。とても心根が綺麗で、優しい舞姫でございます」
ロールドは穏やかにそう言って、隣のケーリィンの頭を優しく撫でる。
彼女の反対側に座るディングレイも、分厚く切ったローストビーフを飲み込み、うなずく。
「リィンは小動物っぽくて、見てて飽きないな」
「は、はぁ……左様ですか」
褒めているのか軽口なのか分からず、アンシアは首を傾げて曖昧に返す。
しかし、当のケーリィン本人が照れくさそうに笑っていることに気付き、つられて微笑んだ。
「ケーリィンさんは、大事にされていらっしゃるのね」
「はい!」
力いっぱい、ケーリィンはうなずいた。
「わたしも皆さんにお返しできるよう、舞姫として頑張って参ります」
その言葉をしみじみと受け止めたアンシアだったが、
「それは何よりです。ところで踊りの腕前は、その後いかがですか?」
ここで急にぶっこんできた。
「え、はい、そうですね……ふふ……」
袋いっぱいの塩をぶっかけられた青菜のごとき笑みで、ケーリィンはごまかす。
ごまかしが、下手にも程がある。
アンシアは笑ったままだが、目の温度が一気に下がった。
「後でみっちり、練習しましょうか」
「はひぃ……」
「冗談ですよ。シャフティ市の評判が上がっていることは、聞き及んでおります。貴女は今のまま、出来ることから一所懸命頑張ってくださいね」
アンシア教官が見逃してくれた……驚天動地の事実に目を丸くしつつ、ケーリィンはおずおずと彼女を見つめる。
「は、はい。えっと、ディングレイさんに、いつも……舞の練習は、見てもらっています」
一瞬、今朝の凶事が脳裏をよぎるが、慌てて彼方へ蹴り飛ばす。
「……ちょっとずつですが、緊張する原因や、自分の問題点にも、気付けるようになりました」
「まぁ! ディングレイさん、わざわざありがとうございます」
アンシアが両手を重ねて感嘆。次いでディングレイへ深々と頭を下げた。ディングレイはむずがゆそうに、少しだけ顔をしかめた。
「いえ。俺も、護衛対象に飯を賄ってもらってるんで。そこはお互い様だ」
「お料理、ですか?」
つい、とディングレイが視線を落とした先にあるのは、ズッキーニとレンコンのピクルス。
「このピクルスは、リィン謹製だ。もちろんピクルス液から手作りでな」
「ハーブとビネガーの組み合わせが絶妙でしょう? この前はミートパイも作ってもらいまして。いやぁ、あちらも旨かったですぞ」
我が事のように、誇らしげなロールドも付け加える。
あらまあ、とアンシアは自分の皿に乗せたピクルスを見つめる。
「手作りだとは思いませんでした。お料理も上達していて、嬉しいわ」
言葉の裏なんてない真っ直ぐな賛辞に、ケーリィンは頬を赤らめ、はにかんだ。
ただ、
「貴女は上手くやれているようね。本当に安心したわ」
続けて彼女の言った言葉には、何かがつっかえるような感触を覚えた。