「よし、どうやら上手く入れたようだな」
「そうですね。ここは幸い吹雪も届きませんし、外に比べれは、大して寒くもありませんしね」
集落跡に入った一行は、外とは全く違う景色を前に、思わずため息を漏らしそうになった。ガルディンとアイラは終始冷静に集落内部の様子を見渡していたが、ハルはリーヴを肩車しながら、その光景の前に圧倒されそうになった。
「す、スゴイですね。こんなに広い上に、建物がこんなに。しかも、全然寒くないなんて」
ハルも我に返った様子で集落内部の様子を見渡していた。今まで地下シェルターでの生活しか知らなかったハルにとって、これほどの建造物が林立する光景は、それだけで十分驚異の対象だった。
「そうだね。見たところ、あの壁だけじゃなくて、ドーム状の空気の幕が天井を覆っているようだね」
アイラが淡々とした口調で説明をしていった。すでにある程度の調査を済ませていた上での発言であることは知っていたが、実際にこの目で見るまでは若干信じられないというところだったのだろう。
「よし、では調査を開始する。とはいっても、これほどの広大な集落だ。手分けして調査した方が良いだろう。私は向こうを、アイラはあっちを頼む。ハルはリーヴと一緒にそちら側の調査を頼む」
ガルディンの指示に従い、一行はそれぞれ調査に向かっていった。ハルはリーヴを肩車から一旦下ろすと、手をつないで集落の一角へと足を運んだ。
「リーヴ、大丈夫かい? ちゃんと歩けるかな?」
「……うん。大丈夫、だよ……」
ハルの問いかけに、いつも通りの返事をするリーヴ。先程自分があのセキュリティロックの解除コードを偶然発見したことなど、すでに忘れているかのようだった。
「さて、どこから調べるか……。これだけ建物が多いと、調べるだけでも一苦労だな……」
周囲にそびえ立つ無数の建物を見渡しながら、ハルは若干途方に暮れる思いだった。ガルディンから調査を指示されたとはいえ、具体的にどうすればよいか、というところまでは聞かされていない。
とはいえ、このままなにもしないでいるよりは、たとえ適当でも色々調べて回っていく方がマシだろう。ハルはまず手近にある建物に入り、内部の調査を始めた。
「うーん、さすがにちょっと暗いな。どこかに灯りはないかな……?」
ハルは薄暗い建物内部で、手探りえおするように照明のスイッチを探した。ただ、仮にあったとしても、すでに放棄されて長い時間が経っているこの集落跡に、電気が通っている可能性は極めて低い。
そして、スイッチらしきものを発見したハルだったが、案の定、そのスイッチを入れても照明が点灯することはなかった。
「やっぱり、ダメか。そりゃそうだよな。放棄された集落に電気を通す理由なんてないものな。それじゃ、仕方ない」
ハルは用意していた荷物袋から携帯用の照明を取り出した。スイッチを入れ、点灯することを確認すると、照明を集中モードから拡散モードに切り替えた。
「よし。これで、とりあえず周りの様子は見えるようになったぞ。リーヴ、俺から離れないようにしてね」
「……うん。ワタシ、離れない……」
リーヴはハルの手を握り、決して離れないという意思を彼に伝えようとしていた。ハルも小さなリーヴの手を優しく握り返し、その感触を確かめながら建物内部を進んでいった。
「ここは、昔どういう風に使われていたんだろう……? 見たところ、ちょっとしたオフィスのような気もするし……」
携帯用の照明で部屋の様子が一部ではあるが見通すことができるようになった。内部は机と椅子が理路整然と並べられており、ここがなにかの事務所として使われていたらしいということを知るのは容易だった。
「とりあえず、調べてみるか。ここでどういう仕事がされていたのか、そこから手がかりが分かるかも知れないし」
リーヴの手を握りながら、ハルは部屋の中を歩き回り始めた。あまり速く歩き過ぎると、リーヴが付いてこれなくなる可能性があったため、できる限りリーヴの歩調に合わせる形で部屋の様子を見て回っていった。
しかし、ここにはめぼしい手がかりとなるようなものを発見することはできなかった。どうやら放棄される際に、ここにあったものは机と椅子を除いて全て処分されたか持ち出されたかしたらしい。
「うーん、この部屋はハズレ、だな。よし、別の部屋に行こう」
ハルは携帯用の照明で前方を照らしながら、途中で転んだりしないように慎重に歩いていった。リーヴにも気を遣わなければならない今のハルは、より一層慎重に事を進める必要があった。
「この部屋はどうだろう? カギは掛かっていないみたいだし、とりあえず調べてみるか」
続けてハルは隣の部屋に足を踏み入れた。カギが掛かっていないドアはなにも抵抗なく開いた。その直後にハルが部屋の内部を照らしてみると、そこは先程の部屋と似たような光景だった。
「ここもやっぱり事務室みたいだな……。多分、さっきの部屋とは違うのかも知れないけど、一応調べてみるか」
ハルは隣にリーヴがいることを確認しながら、その部屋に入っていった。リーヴもハルの手を握りながら、なにも言わずに彼の後に付いていった。
そして、先程と同じ要領でその部屋を調べていったハルだったが、ある本棚を調べていた時、ふと彼の手の動きが止まった。
「んっ? なんだ、これ……? なにかのファイル、かな……?」
それは、どうやら資料をまとめるためのファイルのようだった。かなり分厚いファイルになっているらしく、一目見て大量の紙が挟まっていることが分かった。
「このファイルに、もしかしたら地上の秘密を知る手がかりが隠されているかも知れない。詳しく見てみるか」
ハルはそのファイルを本棚から取り出し、近くにあった机の上に置いてそれを広げてみた。どうやら保存状態はかなり良く、普通にめくる程度では破けてしまうことはなかった。
しっかりと本棚の中にしまわれていたこと、この集落全体があの外壁や空気の幕に覆われていたこともあり、風雨にさらされることがなかったことが幸いしたようだった。
「リーヴ。キミも見てみるかい?」
「……うん。ハル、ワタシ、見たい……」
ハルがファイルの中身を見てみたいかどうかリーヴに尋ねると、リーヴは小さな声で頷きながら返事をした。ハルはリーヴをすぐ目の前の椅子に座らせると、彼女にもよく見えるようにしながらファイルの中身を調べ始めた。
「これは……、なんだろう……? 大昔の地上の様子、なのか……?」
そのファイルに記載されていたのは、ハルが見たこともない都市群の姿だった。大小様々な建造物が立ち並び、街道を行く人々の喧騒の光景がはっきりと映し出されている。
もしかしたら、これが今の極寒の大地になる前の、地上の姿だったのだろうか。ページをめくるたびに、ハルの目には想像もできないものが次々と飛び込んできた。
「……ねぇ、ハル。これ、なぁに……?」
「えっ? うぅん、なんだろうね……? ごめん、俺にもちょっと分からないや……」
リーヴがファイルに記載されている写真を指差しながら、これはなにかとハルに尋ねてきた。なにかの鉄塔のようにも見える建造物だったが、さすがにその正体はハルには分からなかった。
その後も、ハルはリーヴと一緒にファイルの中身を見続けていた。これらの写真から、かつて地上が大いに繁栄していたというガルディンの言葉に嘘はない、ということが証明される形になった。
この地上を雪と氷から取り戻すために、自分はあの地下シェルターを出たのだ。かつて地上がこうだったのであれば、今のようになってしまった理由は必ずあるはずだ。
「……ハル。後ろ、なにか、ある……」
そうしてページをめくり続けていた時、リーヴがなにかを発見したようにハルに声を掛けた。
「んっ? どうしたの、リーヴ……、んっ? これは……?」
リーヴに促される形でファイルの最後のページを見てみたハルは、そこで一枚のメモリーチップがビニール袋に収められているのを見つけた。
「メモリーチップか。もしかしたら、このメモリーチップの中に、もっと詳しい情報が記録されているかも知れない。よく見つけてくれたね、リーヴ」
「……エヘヘ。ハルに、なでなで、された……。ワタシ、嬉しい……」
ハルがリーヴを褒めるように頭を撫でると、リーヴは照れ笑いを浮かべるようにしながら嬉しいという言葉でこれに応じた。
そういえば、リーヴの笑顔を見るのは、これが初めてかも知れない。今だ謎の部分が多いりーヴではあるが、こうして自分に懐いてくれているのを見ると、この関係をもっと大事にしたいという思いが静かに湧き上がってくる。
「よし。それじゃ、このメモリーチップの中身を調べてみるか。こういう時に備えて、この携帯端末を持ってきたのは正解だったな」
そして、メモリーチップをビニール袋から取り出したハルは、記録されている内容を確かめるべく、用意していた携帯端末にそれを挿入した。