第14話

 荒れ狂う猛吹雪の中を突き抜けるように、三台のバイクが一列縦隊を成して疾走していく。先頭はガルディン、真ん中はアイラ、そして最後尾にはハルとリーヴがそれぞれ乗っていた。

「リーヴ、寒くないかい? 寒かったら、無理しなくていいんだよ?」

「……うん、大丈夫。ハル、ワタシ、寒いの、平気……」

 ハルがリーヴに寒くないかと問いかけると、リーヴからは小さな返事が届いた。バイクの座席の前に設置された子供用のシートに小さく腰掛けるリーヴの姿は、どことなく愛らしい雰囲気を感じさせるものがあった。

 ガルディンが用意してくれた防寒着のおかげで、リーヴも一定程度寒さをしのぐことはできているだろうが、それでも、この猛吹雪に当たるだけで寿命が削り取られていくような感覚をハルは禁じ得なかった。

「ハル、しっかり付いてきているかい? もうちょっとこっちのスピードを落とした方がいいかい?」

「あっ、アイラさん。いえ、俺の方は大丈夫です。リーヴも、今のところ俺にしっかり掴まってくれていますから」

 途中でアイラからハルとリーヴを気遣うような通信が入った。ハルは今のところは心配ないと返事をしながら、二人に遅れてしまわないようにハンドルを再度握り締めた。

 ここで二人を見失うことは、リーヴをこの猛吹雪の中に取り残してしまうことを意味する。そうなってしまっては、はっきり言って地上の秘密を暴くどころの問題ではなくなってしまう。

「ハル、聞こえるか。間もなく目的地に到着する。そっちも準備をしておいてくれ」

「あっ、ガルディンさん。はい、分かりました」

 さらにしばらくバイクを走らせ続けていると、今度は通信機からガルディンの声が発せられた。どうやら、さほど時間もかからず、目的地となる集落跡に着くことができそうである。

 途中、巨獣の襲撃を受けるのではないか、という不安もあったが、今のところその心配は必要ないらしい。となれば、今はその集落跡の調査に意識を集中させることを考えなければならない。

 そして、先頭を走るガルディンのバイクが、あるところで停止した。アイラが続けて停止したのを見たハルは、二人の後部に近接する形でバイクを止めた。

「着いたぞ。ここが、目的の集落跡だ」

 そう言いながらガルディンが指差した先には、まるで城壁のような巨大な壁がそびえ立っているのが見えた。猛吹雪の中からでもはっきりと確認することができるほどに、その存在感は異様なものだった。

「ここですか。随分と大きな壁ですね」

「あぁ、かなり規模の大きい集落だったみたいだからね。ここなら、きっとなにかしらの情報が得られるはずだよ」

 その巨大な壁を見上げながら、アイラとハルは交互に言葉を交わしていた。改めて目の前の壁に視線を向けると、それはかなり分厚いコンクリートで出来ているらしく、この猛吹雪にも全くびくともしていなかった。

 ハルの傍らでは、相変わらずリーヴが寄り添うようにしながら彼の防寒着を握り締めていた。よほどハルのことが気に入っているのだろう。それを理解していたハルは、すでに無理やり引き離そうとする意思を出すことをしなくなっていた。

「よし、行くぞ。まずは入口の様子を確かめる」

 調査用の荷物をまとめていたガルディンが、それらが入った大型のバッグを抱え、ハルとアイラを促した。ガルディンが進むのに従い、その後を付いていくアイラとハル、そしてリーヴ。少し進むと、なにやら入口らしきものが彼らの前に姿を現した。

「ここか。ふむ、思っていた通り、セキュリティロックが掛けられている」

「しかも、これって、随分古いタイプのセキュリティロックみたいですね。ここまで古いと、今はもう使われていないタイプのロックコードが採用されている可能性もあります」

 入口のすぐ脇には、セキュリティロックが掛けられていることを示す装置が取り付けられていた。その装置を見たガルディンとアイラの表情が、にわかに険しさを帯びていった。

 ハルも二人に若干遅れてそのセキュリティロックを見てみた。確かに自分が見たことがないタイプのロックだったが、なにか問題があるのだろうか。

「あの、これ、なにか問題があるんですか?」

「うむ、これからそれを確かめてみる」

 ハルが問題点を尋ねると、ガルディンはおもむろにセキュリティロックのマスターコードを取り出した。確か、どんなロックも解除することができる、特別なコードが埋め込まれたキーだ。

 そのマスターコードをセットし、セキュリティロックを操作し始めたガルディン。しかし、すぐに首を左右に振り、マスターコードを外した。

「ダメだ。やはりなにも反応しない。どうやら、ここのセキュリティロックは、このマスターコードでも解除できないほど古いタイプのものらしいな」

 その言葉が意味するところを、ハルはすぐに察知した。マスターコードでも解除することができないということは、なにか別の方法でロックを解除する必要があるということだろうか。

「そうですか。困りましたね。せっかく手がかりが目の前にあるかも知れないのに、このまま帰らないといけないなんて……」

 防寒着を着込んでいるため、詳しい表情を窺うことはできなかったが、アイラの表情は、恐らくなにもできないもどかしさに包まれていることだろう。

「……ねぇ、ハル。あれ、なに……?」

 その時。ハルの傍らで様子を見ていたリーヴが、セキュリティロックを指差して尋ねた。ハルが説明すると、リーヴは少し考え込むような態度を見せた後、こう言った。

「……ワタシ、見たい……。ちょっとだけ、いい……?」

 リーヴがセキュリティロックに興味を示すような言動を示した。そのことに少し驚く様子を見せたハルだったが、見せるだけなら特に問題ないだろうと、彼は考えていた。

「えっ? あ、あぁ。それはいいと思うけど、ガルディンさん、アイラさん。ちょっとだけリーヴにあれを見せてあげてもいいですか?」

「んっ? あぁ、構わん。我々はその間に、ここのロックを解除する方法を探してみる」

「そうですね、リーダー。ハル、その子のこと、ちゃんと見てあげていてくれよ」

 ハルが許可を求めると、ガルディンとアイラは特に反対する素振りを見せなかった。どの道すぐには対策を講じることができないのであれば、ここで立往生しているよりはマシだろう。

「ありがとうございます。それじゃ、はい、リーヴ」

 ハルはリーヴを肩車する格好で持ち上げ、セキュリティロックの前まで歩いていった。そして、腰を落としてリーヴの目線がセキュリティロックの高さと同じになるように調整した。

「見えるかい、リーヴ?」

「……うん、ちゃんと、見えるよ……」

 リーヴがこのようなセキュリティロックに興味を示すとは意外だったが、これももしかしたら睡眠学習プログラムのおかげなのかも知れないと、ハルは密かに思っていた。

「んっ? どうしたんだい、リーブ?」

 しばらくセキュリティロックをジッと見つめていたリーヴだったが、突然なにかを思い立ったかのように、隣にある端末に向かって手を伸ばしていった。

 まさか、その端末を操作しようというのだろうか。しかし、解除コードが分からなければ、いくら端末を操作しても、セキュリティロックはなにも反応しないはずだ。

「……これと、これと、それから、これも……」

「ハハッ。そんなところにまで興味を持つなんて、リーヴは将来、有能な科学者になれるかもな」

 無邪気な様子で端末のボタンを押していくリーヴに視線を向けながら、ハルは小さく笑い声を上げた。解除コードが分からないからといっても、すでに放棄された集落のセキュリティロックまで管理の対象にされているとは考え難い。

 しかし、そんなハルの笑い声は、すぐに驚愕のそれへと変貌を遂げることになった。

「んっ? な、なんだ……?」

「どうした、ハル? ……こ、これは? ロックが解除された……?」

「こいつは驚いたねぇ。ハル、一体なにをしたんだい?」

 目の前の扉が静かに開かれていく。それは紛れもなくセキュリティロックが解除されたことを示すものだった。驚きのあまり言葉を失うハルに対し、ガルディンとアイラが何事かと声を掛けてきた。

「……あっ、い、いえ。リーヴがこの端末に興味があるらしくて、適当に操作させていたんですが、そうしたら……」

 ハルがなんとか説明しようとするが、その言葉には明らかに困惑の色が強くにじみ出ていた。解除コードを知らないはずのリーヴが開けてしまったのだ。驚くなという方がむしろ無理な相談だろう。

「なんと、不思議なこともあるものだな。これから我々がロックの解除方法を色々試してみようと思っていたんだが、どうやら、その必要はなくなったようだな」

「まだ幼いが故の、大人にはない直感力ってヤツかねぇ。まぁ、ともかくこれで中に入れそうだよ」

 話を聞いたガルディンとアイラは、やはりハルと同様驚きを隠せない様子だった。アイラは科学者なりに結論を導き出そうとしていたが、もしかしたらこれでリーヴに興味を持ってくれたかも知れない。

「よし、では早速入ろう。いつまでもこんなところでモタモタしているわけにはいかん」

 そして、ガルディンを先頭に、一行は集落跡へと入っていった。ハルはリーヴを肩車したまま、バランスを崩さないように気を付けて歩いていった。