「ヒロタ、デュース、苑夜!」
シェリー達が拠点に戻ると、真っ赤なシミの広がる包帯を巻かれた青年達が、横たわって呻吟していた。
メンバーらの話によると、彼らは野犬の対処に慣れていないらしかった。ロボットとは、習性から違う。突然の遭遇に思考停止している内に、牙に皮膚を破られた。
また、翡翠の通信機が鳴った。
「はい」
『翡翠さんか?一旦、俺達は撤退する。シェリーさんの言ってた仕上げ、そろそろ頼めるか?』
「どれくらい集まってるの?」
「半分以下だ。でも頼む、時間稼ぎも限界だ……』
シェリーは、メンバー達が身の安全を確保したかを翡翠に確認させると、大砲を遠隔操作した。ドローンに積んだ大砲は、命中すれば、数秒の電気ショックが一定範囲に広がるよう調整している。一点に集められたロボット達は、確実に壊れているだろう。
だが、凛九達の本命は、全ての機体の壊滅だ。
「残りのロボットを片付けてくる」
「何体いるかも分からないんだぞ?!」
武装を解いて仲間達の看病に徹していたメンバーらが、口を揃えた。
シェリーは白衣のポケットから、鋳鉄色の欠片を取り出す。ザースの家で拾ってきた残骸だ。
「ロボットの材質を分析した結果、森林の奥で採れる鉱物に近いことが分かった。村を襲うようプログラムされているようだけれど、鉱物自体は、地球から三日月の見える位置に引き寄せられる性質がある。平面に置けば、ミリ単位で少しずつ移動していく過程が見られるわ。軽量なのが特徴。欠点は、磁気に弱いところ」
「つまりプログラムをバグらせれば、進行方向を統一出来る……?」
「もしくは森林の麓に磁気を仕込めば、今後の村への侵入が難しくなる。バグれば始末も容易いでしょう」
村は、森林から見て東に位置している。磁気のフィールドを張っておけば、材質に備わる習性が、彼らを村から遠ざけるだろう。
* * * * * * *
翡翠達が磁気を圧縮した小石を撒きに森林へ向かうと、シェリーは移動基地に搭載していたGPS装置を使って、拾った破片と同類の物体の所在を探った。そうして見付けたロボット達に、磁気を仕込んだ弾丸を放つ。素早い動作を叶えていた軽量の機体は、一撃で穴が空くほど脆い。一発でも当たれば内部の精密機械が損傷して、彼らは使い物にならなくなる。
やがて、GPS装置のモニターから、獲物の位置を知らせるしるしが全て消えた。
「まじか……」
「やったぜ!やったぞー!」
凛九達が、解放感溢れる様子で喜び合う。止血して安静にしていたヒロタ達も、作戦の成功の知らせを受けると、その瞬間だけ痛みも忘れた顔で手を取り合った。
シェリーは翡翠とモモカと並んで、凛九達が拠点を片付けるのを眺めていた。
「怖くなかった?翡翠」
「平気。シェリーのくれた小型バリアもあったしね。今回は使わなかったけど、腕にしてるだけで心強かった」
「そう。良かった。悪魔と戦うなら、それくらいたくましくなっておけないとね」
「……頑張るー」
うなだれる翡翠。
それでも間違いなく彼女は強くなっている、とシェリーは思う。ロボットに遭遇しても、震えてばかりでなくなったのが、何よりもの証だ。
翌朝、シェリー達と白亜の暗部の数人は、村の診療所を訪ねた。
検査入院したヒロタ達の怪我は、早急な処置が奏功して、重症化は免れたという。昼には退院出来るらしい。
別室に、ケントという少年も運ばれていた。頭に包帯を巻いて、三角巾に腕を吊るした小さな彼は、シェリー達が現れると、弱々しく笑った。寝台脇の椅子に腰かけて、ザースが付き添っていた。
「うっす」
歳の離れた友人達に、凛九が気さくに話しかけると、老いた方が顔をしかめた。
「よぉ、英雄さん。とんだ長期戦だったねぇ。お前達がのろのろしていたせいで、こんな子供が大怪我したじゃないか。らしくない」
「反省してるよ。東部一のギルド集団だなんて持ち上げられて、いい気になってた。評判に甘んじないで、もっと鍛えることにしたよ」
「で、よそ者の助けを借りたってか。……妙案だった。時代も人間も変わる。俺も自分の強さを鼻にかけていたところがある。若い頃は、喧嘩で負け知らずだったんだがねぇ……シェリーさんには負けて、ケントも守ってやれなかった」
それから、ザースがシェリーに顔を向けた。二日前の件を詫びて、ロボット殲滅の礼を伝えてきた彼は、第一印象とは随分と違う。
「生活が苦しくて、つい、見苦しい真似を……。これからもよそ者が入ってくる度、俺は強奪に出るだろう。こんな時代だ、ああでもしなければ生きていけない。だが、シェリーさん達には心から申し訳なく思っている。本当に有り難う」
「あんなことはやめて欲しい。今後、村に来る人達に対しても。翡翠は、あなた達のような人のせいで、さんざん怖い思いをしてきた。最近まで一人で出歩くのを怖がって、酷いトラウマを抱えていたわ」
「そうだろうよ。翡翠さんのようなお嬢さんなら特に、金品を持っているのではないかと誰でも思う。戦後の格差は過去最悪だ。貧しい者は搾取されて、金持ち達に蔑まれる。裕福な者は、金で安全さえ買える。俺達からすれば、憎くも羨みたくもなる」
「ザースさんのおっしゃりたいことは、分かります」
聞き手に徹していた翡翠が口を開いた。遠い日を振り返るような目で、彼女が続ける。
「恵まれた境遇に生まれ育つと、違う環境にいる人達の現状を理解出来ないんです。良かれと思ってした行動も、裏目に出ます。動機が欲や悪意なら、尚更です。私の実家は貧困した人達の支援をして、しくじりました」
「私も、裕福層の人達にいい印象はなかった。でも翡翠に逢って、生まれ育った場所が違っても、話せば同じ人間なのだと分かりました。彼らには彼らの事情もあったと。だから、そうしなければ苦しいなら、あなた達に強奪をやめるよう指図するのも、正しいことではないんでしょうね」
「おじさん……?お姉ちゃん……?」
きょとんとしたケントの目が、シェリーとザース、翡翠を行ったり来たりしていた。
「ごめんね、話し込んでしまったわ」
「ケントくんのお見舞いに来たのに、私達ったら……!」
「しかし今の時代、争いのない未来を信じて待って、果たして報われるのか……」
初めから諦めて覚悟しておけば、落胆せずに済むのではないか。
ザースは、そうしたことが言いたかったのかも知れない。