ルコレト村をおびやかしていたロボット達の消滅は、早くもネットニュースになった。彼らの脅威から解放された村人達は、貧しいながら、陽気な雰囲気を取り戻したようだ。
午後、凛九達は約束通り、採掘場へ出かけていった。
彼の帰りを待つ間、シェリー達は、ヒロタやデュースのいる病室も訪ねることにした。
「三人は、西へ行くんだよね?凛九達が戻ってきたら、基地を増強して、しばらく会えなくなるってこと?」
「そういうことになるわ」
「この際、村の集会所を使えばどうだ?駐車場がある。誰も使っていないから、静かで作業も捗るだろう」
デュースが話に加わってきた。
だが、シェリーは彼らの厚意を辞退した。
変わり果てた眺めでも、元いた場所には思い入れがある。千年眠ったあそこには、かつて研究所があった。大切な仲間達と過ごし、両親との最後の日々を送った。西へ発つまでの数日間だけ、もう少し感傷に浸りたいと思う。
「ところで、シェリー。凛九達が戻るまでに、コンピューターをアップデートするのです。OSのソースを書き写して現代に合わせられるなら、これだけ良心的な人達のいる村に来ているのです。このチャンスを逃さない手はないのです」
モモカの提案に、シェリーは頷く。いつまでも翡翠の通信機を頼ってばかりいられない。それというのも、現在の通信環境と移動基地のコンピューターは、相性が良くない。インターネットも、サーバーによっては繋がりにくいことがあった。
「だったら、ケルトくん達に聞いてみるのはどうだ?」
ヒロタが彼らの入院している病棟を見た。
「今朝、奥さんが松葉杖をついて挨拶に来たんだ。息子を助けてくれて感謝する、とな。旦那さんが生前大事にしていたコンピューターも、無事だったと言っていた」
「配偶者の方、他界されていたなんて……」
「よくあることだ。戦争の──…西に棲む悪魔のせいでな」
「…………」
シェリーはいたたまれなくなった。時代や状況は違っても、身内との別れは、こうも日常に溢れているのか。中部で数日過ごしたカケルも、そしてザースも、それぞれの未来へ進んでいた。それでも彼らに共通していたのは、深い悲しみ。シェリーが眠って十数年後、目覚めの延期を余儀なくされた両親は、どんな思いでいたのだろう。
「そうと決まれば」
スカートの裾を押さえながら、翡翠が腰を上げた。
「さっそく、ケントくんのお母さんに会いに行こう」
所内の回廊を歩く途中、シェリーは翡翠に、今日までにも幾度となくいだいていた疑問をぶつけた。
「大丈夫?」
「私?」
シェリーは頷く。
「凛九達が戻ってきたら、数日後には東部を出るわ。前より長旅になるでしょう。お別れを言っておきたい人とか、……翡翠を心配しているお友達とか、いないの?」
本当は、実家に一言入れなくていいのか問いたかった。翡翠はあまり家族の話をしない。
ややあって、翡翠が笑った。
「友達はほとんど亡くなったよ。今の私には、シェリーが一番の友達」
「…………」
やはり彼女は、家族の話題を避けている。
それでも話してくれるまで、シェリーは彼女を待つしかない。
* * * * * * *
ケントの母親は、ミサと名乗った。彼女は検査から戻ったところで、息子の看病をしていたところだ。シェリーと翡翠、そしてモモカが訪ねると、深々と頭を下げてきた。
「顔を上げて下さい。ケントくんが怪我したのだって、私達が遅れたせいで……」
「いいえ。通報して下さったばかりか、応急処置も適切だったと、お医者さんが話していました。私は脱出が精一杯で、気が動転して、息子を守れませんでした」
四人と一匹が話していると、数人の村人達が訪ねてきた。彼らは母子に、集会所の宿泊部屋が準備出来たと伝えに来たのだ。
ロボット達に家を壊された人々は、集会所に寝泊まりしている。村人達にケントを任せて、シェリー達はミサを手伝って、そこに彼女達の所持品を運び入れる作業をした。おそらくこの村では珍しいだろう電化製品の一式が、荷物の中には揃っていた。彼女の実家が裕福なのか。それなら何故、ぼろぼろの平家で暮らしていたのか、その矛盾も解けないまま、引っ越し作業は完了した。
「こんなことまで手伝わせて、申し訳ないわ」
「怪我をされているんですから、当然です。他にも何かあれば言って下さい。夜には出ないといけませんが、ここにいる間だけでも」
「本当に有り難う。あとはお世話になっている方達に頼みます。何かお礼出来ることがあれば、シェリーさん達こそおっしゃって」
ローテーブルを囲ってほっと息をついたところで、ミサがそう切り出してきた。
願ってもなかった申し出だ。
シェリーはモモカと目配せし合うと、さっそく、ミサに願いを打ち明けた。