ロボットの脅威

 

 翌日、シェリー達は凛九達の拠点に呼ばれた。


 十分に揃った武器やトレーニング装置はどれも使い込まれていて、手入れも行き届いている。昨夜は見なかったメンバーもいて、二人と一匹は、彼らとも互いに自己紹介した。



「なるほど。元研究者と元豪族か。つまりロボットを倒すようになったのは、最近……と」


「ええ」


「西へ行くなんて、本気か?移動基地の強化は賢明だ。だが西は、戦時中どれだけ功績を上げた武人でも、帰ってこなかったと聞く。冒険家もな」


「それでも行く。そうでなければ、きっとまた私は生きる理由に迷い続けてしまうから」


「私も。これ以上、なくすものはない。どんな悪魔が待っていたって、かすり傷ひとつでも付けることが出来たら、それは収穫になるから」



 翡翠の言葉に、青年達は目をまるくした。

 悪魔の正体を暴くだけでなく、彼女は懲らしめることまで視野に入れている。彼女の温室育ちの見た目からは、想像つかない発想だろう。



「翡翠。もし本当に悪魔なら、シェリーとモモカも、そいつを懲らしめるのです」



 青年達が頷き合った。部下の無謀な目標や、根拠のない自信を信じてやる上司を想わせる呆れ顔で、彼らは話を今からの作戦に切り替えた。


* * * * * * *


 毎晩、ザーズは縁側から平屋の裏手に降りて、道端にこしらえた小さな墓に手を合わせるのを日課としている。そこには以前、家族として暮らしていた猫の名前が刻んであった。


 戦時中、身内はほとんどこの世を去った。唯一の肉親だった娘も中部の村へ働きに出たが、ここ数年は音沙汰がない。郵送屋が配達中に襲われるのは日常的によくあることで、通信機を持てるだけの余裕もない。唯一、ミケと呼んでいた利口な猫が、夜の話し相手だったのに。………… 



「人と人が争わなければ、妻や妹は今でもここにいたかねぇ……」



 黄色い花を添えた墓石から、返事はない。



「お前も妻も、妹も。生きたくても生きられなかったやつらの分まで、俺は生きていかねばならん。そのために武器を持って、人もたくさん傷付けてきた。全力で生きて、何が悪い……」



「おーじーさん」



 つと、子供特有のソプラノがザーズを呼んだ。すぐ隣の平屋の窓から、十歳の少年が顔を出していた。



「ケント。こんな時間に灯りを点けたら危ないと、いつも言ってるだろう」


「おじさんだって、外に出ているじゃないか。危ないのー!」


「俺はいい。強いからな。それに、ミケにおやすみを言いに来たんだ」


「ミケ……いい子だったね……」



 ケントの顔が、瞬く間に覇気をなくした。


 彼が八歳だった頃、ザースはよく近所の子供達を連れて、ミケと川へ遊びに行った。ミケは子供達によく懐き、彼らも村一番の頑固親父の同居人を気に入っていた。



「おじさん、また川へ行こうね。ロボットや野犬が出てからは、行っちゃダメって言われているけど、きっと凛九くん達が、悪いやつらをやっつけてくれるよね」



 もし言葉が目に見えるなら、自分はケントのそれの眩しさに目を焼かれるのではないか──…とザースは思う。

 子供は無邪気だ。夢見ることに臆病ではない。もし彼とザースが同時に平和を願えば、若者時代に鍛えた身体を今でも扱いこなせている自分より、彼の方が先に成就させるだろう。行動しない人間より、する方がよほど夢に近付くのだから。



 ケントがいなくなったのは、突然だ。



「……?!」



 今まですぐそこにいたザースの小さな友人に、崩れた木材が雪崩れていった。



「ケントっ!!…──ぐぬっ?!」



 およそ十体のロボットが、ザースの行く手を遮った。ケタケタという笑い声に似た機械音を発する彼らは、連日、村を荒らしている連中だ。


* * * * * * *


 シェリー達の追いかけていたロボットの群れが、民家に入った。随分と前に壊れたような塀の向こうを覗くと、点灯した窓の見える裏手にひとけがあった。



 バキューーーン!!……ドォォォォオオオン!!



 シェリーのレーザーガンが三体のロボットを制止して、翡翠の放った弾丸が、最後尾の機体を撃ち抜いた。


 だが、数が多すぎる。



「シェリー、ドローンの様子は?!」


「ロボット達を追跡してる。凛九達が森林におびき寄せたやつらから、砲弾で一気に片付ける!」



 作戦は、こうだ。

 当初は山から出てくるところを迎え撃つという算段だったが、シェリー達が動き出した時、既に数体が村に出ていて、被害を防がなければいけなくもなった。一同は数組に分かれて、ロボット達を再び山におびき寄せることにした。人が滅多に踏み入らない平地の数ヶ所に、ドローンを配置している。各々に大砲を積んでいた。



 ガランッ!!がらがらがらがら……ばきんっ……ボキッ!!



 裏手からけたたましい音がした。


 嫌な感じに急き立てられて、シェリー達は裏手に走る。


 すると、昨日、斧で襲いかかってきた男が膝をついていた。死にものぐるいで、盛り上がった木材の山を掻きむしっている。



「ケント!返事をしろ!ケント!ミサさん!」



 ズシュッ!バンッ!バンッ!



 シェリーは、男に迫っていたロボットの数体を狙撃した。部品をなくして転倒しても、辛抱強く手脚を動かし続ける機体には、もう一発食らわせる。


 するとどうにか、ここに逃走してきたロボット達は、ぴくりともしなくなった。



「お……おお……あんたら、は……!!」



 ザースは、彼を包囲していたロボットを消した人物を確かめるや、目を見開いた。黒く焼けた頬には涙が伝っている。



「ケントが埋まった!助けてくれ!ケントが……その子の母親もだ!」



 男がシェリーに縋ってきた。泣きながらケントという名を呼ぶ彼。


 翡翠が木材の山に駆け寄って、それらを手早くどかしていく。



 その時、彼女の通信機が鳴った。


 野犬が出た。ギルドの数人が腕や足に噛みつかれて、ロボットを追える状態ではなくなった、という知らせが入った。