一度ティータイムを一緒にしてから、ローズメイとイオネスは自然とティータイムを一緒にする日が続くようになった。
今朝からは、朝食や夕食も一緒だ。
「コットン、私とイオネス様って、もしかして仲が良くみえる……?」
「みえるよ」
庭園にバードハウスを設置しながら、ローズメイは頬をゆるゆると弛緩させた。
「そうよね、そうよね。私もそう思っていたの。女装をお願いしたら、してもらえるかな?」
「あいつ、元気になってきたね。女装を頼むのは、やめておいたら?」
「あいつなんて呼び方は失礼よ。でも、そうね。日ごとに健やかになられているのがわかるわ」
近くで作業を手伝っていた騎士が、会話を聞いて、微笑ましいものをみるような眼をして口を挟む。
「若奥様、坊ちゃんは若奥様に頼もしいと思ってほしいようで、実はがんばって体力作りに励まれていて……」
「おい、ばらすなよ不忠者め」
同僚の騎士があわてて口を塞ぎ、「聞かなかったことにしてあげてください! 男のプライドというものがあるのです!」「女装は勘弁してあげてください!」と言っている。
聞かなかったフリをしたほうがいいのかしら。
プ、プライドは守らないとだめよね。
「がんばって体力作りだなんて……かわ、いい……っ。今度こっそり見学したらだめかしら」
頬を押さえて呟くと、騎士たちは残念そうな顔をした。
「これはもうだめですね」
「可愛いって言われちゃってますよ」
女装はだめなのね、みんな「やめて差し上げろ」と言ってくるわ。
なぜかしら。似合うと思うのに。
ローズメイが「夫を女装させたい願望」を心の奥にしまって蓋をしていると、ぱたぱたと翼の音を立てて、一羽の鳥が飛んできた。
小さくて可愛らしい、青い鳥だ。
「……あ」
妖精だ。ローズメイは目を輝かせた。
「ちぃ、ちぃ……ぴぴぴっ!」
愛らしくさえずる妖精種の青い鳥は、バードハウスに興味津々だった。
ひょこっと中に入って、ちょこちょこと数歩歩いて、翼を広げて屋根に上り。
つぶらな瞳をぱちりぱちりと瞬かせ、ローズメイを見て、再びさえずる声は、楽しげだ。
「ぴ、ぴ、ぴ」
……何か言っている。
コットンが猫耳をぴくぴくさせて、小声で教えてくれた。
「ご主人様。『バードハウスが気に入ったけど、この家は妖精が嫌いだと思ってた』って言ってるよ」
ローズメイは片足を後ろに引き、膝を曲げて優雅にカーテシーをした。
「ようこそ、青い鳥さん。私はローズメイと申します。最近この家に嫁いできた魔女です。お庭はまだ作りかけですが、私は妖精が好きなので、鳥さんが遊びにきてくださって嬉しいです」
青い鳥は翼をぱたぱたさせてから、ちょこんと頭を下げてお辞儀した。
「ぴぃ、ぴぃ♪」
「ご主人様、バードハウスに住みたいって言ってるよ」
「わぁ、歓迎します! ぜひ住んでください」
ローズメイがはしゃぐように言えば、青い鳥は嬉しそうに飛翔して、敷地内を伸び伸びと飛び回った。
「聞いたか。ここに妖精が住むらしいぞ」
「妖精ってイタズラ好きなんだろう?」
「今までは遠ざけていたが……でも、可愛かったな」
「うん。鳥は可愛い」
風を搔き集めるようにして、青い鳥は庭園へと戻ってくる。
そして、未だくたびれた様子のシンボリツリー、ブライド・マートルの幹をつんっと突いた。
「ご主人様。すぐには無理だけど、時間をかけたら癒せるって言ってるよ」
「まあ! お願いできる?」
コットン経由で青い鳥に依頼すれば、青い鳥はこころよく引き受けてくれた。
「木を癒してもらえるらしいぞ!」
「よかったなぁ」
人々が喜ぶ中、ふんわりと風が吹く。妖精の気配をまとった不思議な風は、この場にいない人物の声を運んできた。
神経質そうな、低い男の声だ。
『ええい、あの魔女のせいで計画が台無しだ。せっかく兄と甥を排除してこの家を我が物にできるところだったものを』
使用人や騎士が驚愕の視線を交わし合い、口々に言う。
「この声は、代理当主ハシム様だ」
「今とんでもない発言がきこえたぞ……!」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
部屋の壁に、家族画がある。
高名な画家に描かせた絵には、父と母、そして兄と自分が並んでいる。
「世の中は不公平だ」
アンカーサイン侯爵家の代理当主ハシムは、低く唸るように言い放った。
ハシムは幼い頃から『次期当主は兄である』、『兄を敬え』、『将来は兄を支えよ』と言われてきた。
父も母も、兄をとても大切にしていた。次期当主として厳しく教育しつつも、確かな愛情を感じさせる接し方だった。だが、ハシムに対してはどことなく余所余所しくて、冷たかった。
――弟というだけで、兄と自分とでこんなに格差が生じるのは、なぜか。
ハシムには、自分が兄より優秀だという思いがあった。
当主には能力が高い者がなるべきだ。
兄よりも自分が当主にふさわしいのだ。
その思いを胸に努力を重ねたハシムは、ある時、自分が庶子なのだと知った。
――ああ。だから、愛されなかったのだ。
だから、自分はどんなに努力しても、当主にはなれないのだ。
胸に凍える想いが湧いて、それまで蓄積していた家族への複雑な感情とぐちゃぐちゃになって、歪んで――ハシムは家族を怨んだ。兄を憎んだ。
【この忌々しい家を滅茶苦茶にしてやりたい!】
そう思ったのだった。
「ハシム様、動かないでいただきたい!」
居室に踏み込んできた騎士たちが、剣の切っ先を自分に向けてくる。昨日までの敬愛を感じさせる眼ではなく、罪人を見る眼で。
「アンカーサインの一族で、当主の弟ともあろう叔父上が呪具を買うなんて……」
信じられない、という声は、兄の子――甥のイオネスから発せられた。
呪具で衰弱させ、もう一歩で落命させられたのに、イオネスは回復してしまった。
瑞々しい気配で、凛とした眼差しで断罪を告げるイオネスには、正統な次期侯爵として教育された者特有の威厳があった。
「叔父上、詳しく事情を聴かせていただきます。呪具の入手先や、父の生死、行方。そして、その罪にふさわしい罰があなたに下されることでしょう」
「くっ……」
ハシムはくたりと膝を折り、その場に
悔しい。
屈辱だ。
正々堂々と努力をしてもかなわないなら、邪道で自分の野心をかなえてやろう。日の当たる正道を堂々と皆に祝福されながら進む兄を道から退かして、兄の家を奪ってやろう。こんな家、潰してやる。みんな絶望するといい。
そんな計画が、ぐずぐずに溶けて崩れていく。
「くそおおおおおおおおお!!」
悔しさが、やりきれなさが吠え声となってハシムの喉から迸る。
「……負け犬の遠吠え」
戸口付近で様子を見ていた白猫コットンは、ぼそりとそう呟いた。