「見つかった?」
疲れきった顔をして公安部に帰ってきた
「あのなあ…… そんな一生懸命になって探さなくてもいいんだよ」
「まあそれはそうなんだけどさ」
「それに、何だかんだ言ったって、ここは奴の都市だ。HALが本当の意味で危険になることなんてない筈だろ?」
コーヒー呑むか、と芳紫はキッチンを指さす。
「あ、いい。自分で入れる」
数分して、朱明はジョッキにコーヒーを入れて戻ってきた。
「だいたいお前、最近特にしつこくないか?」
「しつこい?」
「しつこい、は変かなあ…… じゃあ過敏症」
「いつ俺がそんなに過敏になった!?」
大声で問い返す。彼の部下や、一般市民ならその低音で怒鳴られれば逃げ出すだろう、と思われるくらいの勢いだった。
だが芳紫は平然としている。慣れているのだ。昔から。そしてそういう時の朱明には、芳紫は必ずこうのんびりと返すのだ。
「あー…… いまいち喩えが悪いなあ」
「芳ちゃん……」
「朱明の野生のカンが何か告げてる? 俺、お前のカンは結構信じるけど、何かあった?」
「ああ」
朱明は壁に寄り掛かかってコーヒーを口にする。
「種をまいてあるって」
「え?」
「あれがね、言うんだ。種はまいてある。だけどどう芽が出るか花が咲くかなんて判らないって」
「お花作りなんてそんなもんでしょ」
無論芳紫はそれが何かの比喩だということは気付いている。だがそれを顔には出さない。
俺もコーヒー呑もう、とキッチンへ飛び込む。
「あーっ!!!」
突如としてキッチンに、特徴のある高い声が響きわたった。その声を友人達は「隣のガキんちょの声」と敬意をもって評する。
「何だよ、うるせえな」
「朱明、全部入れたろ! あんなにまだあったのに!」
「全部? いや上手く入らないから」
「確かにこぼれてるな」
そういうところは全然昔と変わらない、と芳紫は思う。
この男は、妙なところに神経を使うのだが、基本的には雑なのである。特にこういった日常茶飯事のことには。
「また入れればいーだろ?」
「そうだね」
日常茶飯事なのだ。
「で、朱明、話の続き」
「ん? 俺、何処まで言ったっけ」
「お花がどーのこーのっての」
「ああ」
朱明はジョッキを棚の横に置く。めざとくそれを見つけた芳紫はそっちは駄目、狭い、こぼれる、とすかさず怒鳴る。怒鳴ってももちろん迫力はないのだが。
「判った判った、テーブルに置けばいいんだろ?」
「そ!」
そう言いながら彼はそう言えば藍地も似たようなことを言っていたな、と思い出す。確かそれは……
「朱明、お前さあ、
「藍の奴に? いや別に? 最近あいつ忙しいだろ?」
「あ、そ」
ではこいつではないということか。芳紫は言葉を飲み込む。
「何かあったのか?」
「んにゃ。別に。それよりお前、話の続き」
「面倒になってきたよ」
と本当にだるそうに言う。
「どーせ言ったんなら言ったんさい。ロバ耳!」
「笑い袋の方が合ってるくせに」
では誰だろう、と芳紫は考える。自分の身体を苗床にして花が咲けばいいなんて考える奴は。
「だからさ、結構それが…… HALが言った言葉が珍しく重みがあるように感じられたから」
「朱明くんは不安になった、と?」
「まあ、そういうことだな」
「種ねえ」
心当たりはなくもない。が、確信もない。
「芳ちゃん判る?」
朱明は訊ねる。彼は意外とこの、子供のような顔をした公安長官は、食えない奴だということを知っている。
「どおかな。それだけじゃ判らないよ」
「確かにな」
朱明はそう言ってジョッキの中身を一気に飲み干した。
「まあ休みなよ。朱明お前、結構疲れてるようだし」
「そうだな」
ジョッキをキッチンに置いて、朱明は仮眠室へと向かった。
広い公安部の建物の中で、実際に使われているのはほんの一区画にすぎない。実質的に働いているのは、ほんの少しの人間にすぎないのだから。
足音が聞こえない程度になった時、行ったよ、と芳紫は何気なく言う。すると、隣の部屋から藍地が出てきた。
「隠れたいことがあった訳? 朱明に隠したいことで俺なら大丈夫なことなんてあったかな」
「昨夜あれがこっちへ来てさ」
やや腫れぼったいまぶたをこすりながら藍地は切り出す。「あれ」が誰のことを指しているのかは芳紫にも判る。
「『これ少し壊れてるトコがあるから直して』だと。しゃらっと言ったよ。それでまあ、それはオーバーホールの方へ出したけど。今日は代わりをやった。そんな時間かかるコトじゃなかったけど、今日はそれで何処かへふらふらしているんじゃないかな」
「罪な人だなあ」
「そう。未だに俺はあれのことはよく判らん」
お手上げ、と両手を上げて藍地は露骨なポーズをとる。OH,MY GOD!と叫ばないたげマシだった。
「あれと一番長いのは、藍地なのにな」
「時間の長さは関係ないさ」
藍地はため息をつく。
「そおか?」
「そおだよ。その理屈から言ったら、俺に一番長いのは、芳紫先輩、あんたでしょ?」
「おやおやまた珍しい言い方を」
「だぁってねえ。中学高校で先輩だった人は、一生何処かにそういう意識があるんだよ。悲しいけどさ、俺はどーしたってあんたに完全に同等だって意識は持てないよ。ホント。一生」
「まあいいけどさ」
とん、とカセットテープを一つ取り出すと藍地はソファに座る芳紫の膝へと投げ出す。長すぎる足は、何処に置かれたらいいか判らないようにも見えた。
「何」
「例の情報の流れ具合。電波塔の方で収集できたから」
「へえ。ガセ情報をわざわざ流さなくてはならない?」
「別にガセじゃあないさ。それに考えたのは俺じゃない。あれだよ」
「へえ」
芳紫は驚きもしない。
「それはまた」
「何を奴がしようとしているのか、聞きませんかね。先輩」
「今更何よ。それに朱明も言ってた。種はまいてある、ってことじゃない。そろそろそれが芽を吹き出したってことじゃない? だったら俺は下手に邪魔せん方がいいだろうな」
「もの分かりのいいことで」
「まあね。ところで藍地」
「何」
「お前にお花がどーのと言ったのはあれ?」
藍地は困ったように笑った。