第2話

「壬堂(みどう)海尉、何人連れてゆくか上が確認したいとのことです」

 異様なまでの近寄りがたい雰囲気に、伝令官は距離を置いて声を上げた。

 重苦しいとかそのようなものではない。

 ただどこか空間が違うような気がしてならないのだ。

 椅子に長身痩躯の男が鼻歌交じりに片足でリズムを踏みながら座っていた。

 防弾繊維の長衣にずぼん、軍靴を履いている。、鋭い目に短めの髪を後ろに

なでつけていた。

「……いらねぇだろう、他に人数なんてよ」

 御堂はそばにある浸透圧注射器を首筋に当てて打った。

 汲み取った加賀美(かがみ)の池の水から取った成分で、一気に身体が冷え

るかのように鋭敏化する。

 無意識に反応して身体が軽く震えたのが可笑しくて、皮肉に口の端を釣り上

げる。

 伊瑠コミュニティのリンク・チップ等よりも数倍の効果がある。

「俺だけで十分十分」

「……し、しかし、未確認の存在も現れています。今のところ敵意はないよう

ですが、どう転ぶかわかりません」

 御堂は立ち上がり、ロッカーから巨大な厚刃の剣に長い柄のついた武器を軽

々と片手でとりだしてから、伝令官に横目をやった。

「どう転ぶか? わかりきってる。あの子を殺せば敵になる。捕まえても敵に

なる。不満ならおまえらがアレの相手をして散らせばいいじゃないの」

「いや、あの……それではどうすれば……?」

「連絡いれたんだろう? 東久瑠に。俺たちの仕事を何だと思ってるんだ? 

雇われ軍事会社だぞ? 余計なことは考えなくていいんだよ」

 伝令官は思わず黙った。

 御堂は押し殺した笑みを漏らす。

「清々しいまでの高揚。実に気分が良いな。あいつを殺したらさらに良い快楽

を得られそうだ。ほんと、楽しいねぇ」

 上機嫌に呟いて、後部ハッチに向かった。

 伝令官は身体が固まったようにその背を見守ることしかできなかった。




 ザトウクジラから一条の光が降りてきたのを目にすると、悠真はポケットか

ら小さな球を取り出した。

 圧縮可変粒子携帯機である。ロジスティック・ボール、略してロジ・ボール

ともよばれている。

 軽く握ると、途端に刃渡り二尺三寸ほどの日本刀になる。

 鋭利な刃は燈霞の明かりで不気味なほど澄み切った青白い輝きをみせた。

 彼の目の前に、長身で巨大な剣をもった男がゆっくりと地面に降り立った。

 内心、規格外の連続に、呆れ切っていた。

 今度は斬馬刀をさらに巨大にした武器をもった人間が目の前に現れたのだ。

 拳銃から刀にしたのは、弾数が限られている物に不安感を覚えたからだ。

 御堂は悠真だけを睨むようにして笑む。

「さてと、ぶち殺すけど覚悟はいいか?」

 醒めた目で電子タバコを咥えつつ、悠真は鼻で嗤う。

「……なんか、いきなりでわかんないけどさぁ。おまえの最後になるんだか

ら、もっと気の利いたセリフとかないのかよ?」

「おまえが最後に聞く言葉にふさわしいだろう? 平凡で陳腐な挽歌で死ぬん

だよ」

「勝手に言ってろ」

 付き合いきれないとばかりに煙を吐く悠真に、突然、御堂が身体をねじりな

がら間合いをつめてきた。

 何の迷いも無ければ余裕も与えないかのように。

 だが、同時に悠真はあえて前に跳んだ。

 すぐ眼前まで迫られた御堂は構えていた振り被る前の状態の剣の柄をそのま

ま上に撥ね上げる。

 御堂の右側に避けつつ、悠真は日本刀を横薙ぎにする。

 だが、恐るべき速さで御堂の剣が下からすくい上げられて、火花とともに刃

が交差する。

 凄まじい重量感が伝わって必死に塚を握り踏ん張るが、吹き飛ばされそうに

なる。

 逃れるようにそのまま脇をぬけようとする悠真だが、御堂が顔面を狙った蹴

りを放ってきた。

 電子タバコを無意識に口から落とした悠真は、とっさにしゃがんだ勢いで相

手の後ろに回る。

 渾身の袈裟斬りは、踵を踏んだ力をつかって真っすぐに避けた御堂に、空振

りに終わる。

 悠真は追撃の片手突きを放つが脇にかわさるも、振り回してくる御堂の剣を

同軌道に弾いてのける。

 二人は一旦、距離を取り、動きを止めた。

 悠真は泰然としているが、相手がとてつもない脅威を実感していた。

 燈霞で強化した身体なのに、全力を出し切って能力オーバーのギリギリで対

処していてこの状況である。

「何、恰好つけて抵抗してるんだよ! さっさと死ねよ、おめーよー!?」

 御堂は睨むような目とは反対に笑みを見せる。

「……うぜぇなぁ。ちょっとは察しろ?」

 わざと急に緊張を解いて、悠真は電子タバコを片手で拾う。軽くスーツの裾

で拭くとそのまま口に咥えた。

「あー?」

 悠真の視線で促され、上空の燈霞にちらりと目をやる。

 そこには遠距離で小さくみえる多数の人影が、無言でこちらを見つめてい

た。

「っんだよ、あれ。ホントにうぜぇじゃねぇか」

 御堂は苛ついた様子を隠しもしないで、ゆっくりと楽な姿勢にもどった。

 一つ息を吐く。そして、再び悠真を睨んだ。

「興覚めだわ。やってらんね。だがな、必ず殺すからな。絶対にだぞ。マジで

おまえは俺が殺す」

 言うと、急にクジラから降りてきた光りの柱で、浮くように一気に上に昇っ

て行った。

 適当なカマをかけて、なんとか追い払い、悠真は一息ついて肩の力を抜い

た。

 あんなのとやりあうなど、冗談ではない。

「……大丈夫か、深羽?」

「あー、ビックリしたー。しっかし、悠真ってすげー強いんだな!」

 むしろ、憧憬の視線を向けてくる。

 悠真は苦笑するしかなかった。




 御堂が戻ると、剣を放り捨て、様々な目で見てくる人々の中を強引に進み、

クジラの頭部近くにある部屋のハッチをくぐった。

 大理石の机が置いてあり、そこには両脚を机に載せて投げ出し、椅子にもた

れながら電子タバコの煙をふかしている女性がいた。   

「よっ! 丁度呼ぼうと思っていたところだ、海尉」

 ボブでアンシンメトリーの前髪、服はタンクトップに ハーブパンツと軍

靴。整った顔立ちは、楽し気で陽気な表情をしている。二十二歳である。

「紗宮耶(さくや)さんよー、不満なんだがなぁ。あいつ、俺に殺やせてくれ

ないか?」

 勝手な行動にでた反省の色も説明も無く、御堂は不平たらたらに訴えた。

「いいけど、勝てないよ? そんなお金にならないことにこだわる暇はないし

ねぇ」

 あっさりと、した口調で断言する。

「ちょ、もっと言い方あるだろう? わかってるけど、そんなカネのことばっ

か考えるなよ」

 ラ・モールという軍事会社の社長である紗宮耶の考え方に、御堂はうんざり

した様子だった。

「まぁ、勝たせてあげるけどねー」

 薄く笑う。

「ほう……」

 御堂も我が意を得たりと口元を歪ませる。

「だから余計な心配いらないよ。全部決まってたことだから」

 いつものように、気楽そうだがどこか恍惚とした不思議な雰囲気である。

「……まぁ、だろうなぁ」

 紗宮耶は燈霞と脳を高度にリンクさせている。

 彼女には、未来が見えるのだ。

 御堂が自分の命令を無視することも、悠真を仕留められなかったことも予測

していた。 というよりも、わかっていた。    

「けど、こんな半端なので良かったのかよ?」

 御堂は結果の不満を会社の業務に転嫁させる。

「ああ、大丈夫だよ。ちゃんと戦闘は行ったしそのデータも形としてとれた。

それを送れば先方も納得するだろう。それよりも、だ」

 紗宮耶は、机の引き出しからアンプルと浸透圧注射器を取り出した。

 セットして、御堂に差し出す。

「まだ身体がわめいているんだろう? 少しは楽になるぞ」

「あー、別の事を考えてたんだが」

「女か。それで満足できる状態とは思えないけどね」

「……お見通しだねぇ」

「大体、戦闘前に一度加賀美の水を打ってるだろう、おまえ?」

 苦笑した御堂は、素直に机の上の浸透圧注射器を取って、首筋に打つ。

 だが、パッとした効果は無かった。

 訝し気にする彼に、紗宮耶は笑む。

「用がすんだら、もう行きな」

「ヘイヘイ。約束は頼んだぜ」

「大丈夫だよ。もう決まってる。おまえは勝てるよ」

 紗宮耶は煙を吐きつつ、確信をもってニヤリとした様子をみせた。

 満足したようにうなづいく御堂は、無言で部屋からでた。

「……裏璃(りり)のやつ、覗いてたなぁ」

 今回の唯一不快な点だ。

 多賀見神社の御神体を奉る童子が、社の中でじっと様子を見ていたのだ。

 沙宮耶にとってしても、不気味な存在だった。

「……御堂……様?」

 ハッチのする隣に、女性が立っていた。

 長い黒髪で、フリルのついたシャツと長いスカートをはいた、細身で小柄な

身体付をしている。

 容姿は端麗だが、目元にクマがあり、目はどことなく虚ろだ。

「あの……祝福を与えてくださると思って待っていました……」

 御堂は一瞬驚いた顔になったが、すぐに平静な態度に戻った。

 少々不満だが、良いだろう。

 彼女との関係一度ではなく、相性も悪くない。

 なによりも少々乱暴に扱えば扱うほど喜び狂うようなところが彼のお気にい

りでもあった。

「ああ。部屋に行くか」

 御堂は先に歩き出した。

 だが、急に意識が朦朧と始める。

 不思議に思う間もなく、身体から力が向けて床に倒れこんでしまった。

「……なん、だ?」

 薄れゆく意識の中、彼が見たのは、嬉し気な暗い笑いを浮かべながら顔を覗

き込んで来る少女の顔だった。




 不測の事態にはなれている。

 だが、今回は少し訳がわからな過ぎた。

 大体、どうしてクジラが空を飛んでいるのだ?

 悠真は深羽を連れて、階段を下ると、無言のままリンゴ飴を一つ買って与え

て一緒に車に乗る。

 シボレーは迷うことなく、来た道を高速で取って返している。

「何かわかんなかったけど、お祭りは楽しかったな!」

 深羽は意外と上機嫌で、りんご飴をかじっていた。

「……それは何よりだ」

 短く答えた悠真は、山腹の神社でのことを気にしていなさそうな深羽を訝し

んだ。

 電子タバコは咥えたままである。

「今って、お祭りの季節?」

「そうだな」

「じゃあ今度、浴衣着て別のところにも行こう!」

「あー、それもいいな」

 あまりの無邪気さに呆れ気味になる。実際、追われている身である自覚はな

いのだろうか。

 浴衣というのは、祭りの客たちの姿を見た時に説明して覚えたものだった。

 アパートにつくと、祥無が夕飯に三種類のポタージュを作って待っていた。

「スープばっかりかよ」

 すでに奥で着ぐるみのような部屋着に着替えていた深羽は、鍋に用意されて

いる状態の料理を覗いていた。

「ああ、一つはチキンとかたっぷり入ってますよ?」

「問題なし!」

 すぐに納得する。

「祥無、話がある」

 イマジロイドの少年は、うなづいた。

「食べながらでも良いでしょう」

「……まぁ、いいなら」

 ちらりと深羽を見るが、彼女は普段通りの態度でポタージュを汲み、テーブ

ルに並べているところだった。

 悠真は神社での出来事を一通り、祥無に説明した。

 横では、普段の過剰な元気さとは反対に、上品に深羽がスプーンで食事を進

めている。

 祥無は理解したとばかりに、一つうなづいて見せた。

「まずクジラの一団ですが、ラ・モールという名の軍事会社です。東久瑠コミ

ュニティと関係があり、当然燈霞の影響下にあります。特に社長の紗宮耶とい

う女性はかなりの上位同調者ですね。しかし、加賀美神社に深羽を連れて行く

とは、大胆なもんですねぇ」

 淡々としているが陽気なリズムを刻む口調だ。

「……あー、ちょっと確かめたかったんだよ。あそこ燈霞の影響をかなり反映

させた場所だろう?」

「つまり、まだ信用できなかったわけですね?」 

 ニヤニヤする悠真に悪びれた様子はない。

 祥無は祥無で温和な微笑みを浮かべているだけだった。

「まぁ、信用はした。池ごとこいつに襲い掛かるとは思わなかったが」

「慎重にお願いしますよ? 燈霞自身はギリギリで自制したようですが」

 軽い調子で、逆に納得しているかのような言い方をする。

「あーね。まぁ任せとけよ。で、クジラな、飛んでたんだけどわかるように説

明できるか?」

「ラグランジュ・ポイントを捻じ曲げているんです。磁気単極子を使って」

「わからん。それ以上はいらないわ」

 即答だった。

「そうですか。ただ、普通に空飛ぶ技術なんてあるじゃないですか、規制され

ているだけで」

「……それはそうだけどなぁ」

 納得がいかないと煙を吐きながら、悠真は立ち上がった。

「あれ、どした? 食べないのか? チキンわけてやろうか?」

 不思議そうな目で深羽が見上げてくる。

「ちょっと出かけてくる」

「忙しいなぁ……」 

 眉を寄せた深羽は、不満そうだ。

 悠真は無言でアパートを出た。




 時間は二十二時四十八分。

 伊瑠コミュニティ本部は、煌々とした窓の明かりで、暗い路地を照らしてい

た。

 異様な雰囲気はさらに強調されている。

 黙って湖守の執務室に入ると、彼は何やら難しそうな様子で机についてい

た。

 すぐに悠真に気づき、驚いたような表情になった。

「……こんな時間に珍しいな?」

「色々あったんでね。詳しい話は端折るが」

「出来ればその端折った部分を聞きたい」

 無言で、悠真は電子タバコの煙を吐いた。

 入り口前で立ったままだ。

「とりあえずガキどもを確保した。後は勝手にこちらでやらせてもらう」

「おやー?」

 湖守は興味深げな目で、見つめてきた。

 立ち上がって、サイドボードからスコッチとグラスを取り出すと、少々乱雑

に中身を注いだ。

「一杯どうだ?」

 悠真は、グラスを一気に仰ぐと、勢いよく机を鳴らして机に置いた。

「助けるとき、東久瑠の連中を数名殺した。幾らか貰いたい」

 グラスを片手に持っていた湖守は苦笑して、サイフを出すと、また五十万を

差し出す。

「……舐められたもんだな」

 蔑むように見下ろしながらも、受け取る。

「まぁ、しばらくは様子をみよう。好きにするがいい」

 ニッコリとして、湖守はうなづいた。

「ついでに、ラ・モールとかいう会社の奴にも襲われた」

「ラ・モール? それは災難だ。こちらも対処しよう」

「頼むぜ。五十万じゃ割にあわねぇんだわ」 

 湖守はうなづいて、ウィスキーを軽く飲むと、今度は百万の束を差し出して

くる。

 内心、ケチさに舌打ちしつつも受け取った。本当なら何千万単位を出しても

おかしくはないのだ。

「最近、頭の痛いことだらけでね」

 湖守は愚痴を吐きはじめる。

「そら、おまえの立場ならそうだろうよ」

「最近現れはじめた連続猟奇殺人を知ってるか?」

「ヴィジョンは観ないんでね」

「ニュースも読まないとな」

 楽し気に笑う。

 残りを飲み干して、机に着くと浮遊ディスプレイという空間に映像を出すウ

ィンドウを 悠真の前に広げた。

 そこには、張り付けにされて、裂かれた腹から内臓が地面に垂れている男性

の姿が映っていた。

「釘打ち事件というらしいな。これがウチのシマで起きている。さっさと犯人

を見つけて始末しなければしめしが付かない」

「……ご苦労なことだ」

 素っ気なく言ったが、それは以前悠真が見た死体と同じ姿をしたものだっ

た。

「どうだ? 手を貸してくれるなら、弾むぞ?」

「それどころじゃないんでね。わかってんだろう?」

 即答すると、湖守は苦笑した。

「まぁ、それもそうだ。仕方ない」

「ラ・モールの件は頼んだぞ、アレは本当に面倒で鬱陶しい」   

「大丈夫だ。私がおまえの頼みを無視したことがあったか?」

 悠真は鼻で笑っただけだった。

 出て行こうとする彼に、背後から声がかかる。

「ちゃんと祥無とかいう奴を守ってやってくれよ?」

 肩越しに振り向いて、悠真はニヤリとした。

「俺が、あんたの頼みを無視したことあったか?」