そこで第一の手記は終わっていた。
私は読み疲れていたのでまた腕をぐぐぐと伸ばし、その場で一息ついてから、思わず耐え切れなくなって、ホテルの販売機にあった贅沢のタバコを一箱すくい、喫煙室で氣を飛ばした。久方ぶりにしては苦く思えたが、その苦さも口直しには丁度よかった。
友人がこんなに凄まじい闇を抱えているのは、知らなかった。
というのは前にも話したことがあるように思うけど。
何だかこう、私と同じような思考をしているので、驚いた。私は自分が最低と思っている。自分が酷い男だと思っている。そして、とても、阿保だとも思っている。愚かだとも思っている。私はしきりに酷い男だ。
「……」
それは過去の経験から、そう思うに至っています。病んでばかりで、他人からしたらすこぶる面倒臭い男なのだろうなと思うので、私は人の事を考えることがあるならそれは「いい人」でありたかったからなので、私は人に気を遣ってきた。でも、理想は、叶わなかった。
私は自分の僻みに気が付いていなかったのです。
僻みは私の性格に顕著に反映されていたくせに、当事者には全く感知できやしない。みんな知らないだろう。自分がとんでもないクソ野郎だった後に、クソ野郎だったと気づいたときの絶望を。普通なら知り得ない。いいや、私のそういう思考は少し偏っているから、もしかしたらそうではないのかもしれないが、少なくとも、私は、そう思っています。だって、そうじゃないですか。自分がクソ野郎と思った事がない人ほど、他人をよく貶してきますから。
貶される感覚と、汚れているという自覚がない頭ぱっぱらぱーは、私の僻みとか関係なしに、間違いなくこの世にいます。再度言おう、これは僻みではない。そんな奴が普通の皮を被っているのは、由々しき事態だ。でもこれは人の業で、そういう不快な罪を罰する存在がいなければ、運が悪いと、罪を罪と問いただす他人がいなかったりする。結局ヒトは、全員なにか欠けているのです。それを埋めるために別のピースを無理やりねじ込むから、パズルは一生とけない。みんな違ってみんないい? みんな壊れていてみんな変の間違いでしょう? ヒトは、欠けている。何が欠けているかで、ヒトの運命は決まる。
神様はさぞ不良品をみて楽しいでしょうね。
ヒトの完璧を嫌う精神はきっと神様譲りだ。
まあ、持論ではありますけども。
正直に言うと、とても辛かった。読めば読むほどメンタルを削ってくる。それはきっと、私も彼と同じような不束者で、そして一そう阿保だからでしょう。その文の端々から感じる小さな絶望と、謎の他人を責められない自己価値の低さがやけに焦げ臭く、鼻に入ってツンとした痛みが滲んで、それが心に届いた。
何にせよ、刺激が強すぎた。私が今この日記を読んで、本当に耐え切れるのでしょうか。
否。難しい。では、もうやめておきましょう。せめて、「ごめんなさい」を言う旅を終わらせてからに、しましょう。
私は日記をバックの奥底へ仕舞ってその日は寝た。
◇
タクシーで数時間、東京の中でも端っこのその地区で、私は昔の記憶を頼りにいきます。
彼女は幼稚園・小学校・中学校・高校と同じで、フリーターになってからは別れましたが、一度だけ彼女の東京の家に遊びに来たことがありました。遊びに行くほどの仲、であったのは今説明しましたが、彼女は私の人生の中で一二を争うほど面白い性格をしていて、男勝りというか、下品というのか、言い難いような、形容しがたいような魅力がある方なんです。美人かつ、粗暴。それを地でいくのが、幼馴染の彼女でした。彼女にも謝らなければならないので、私は今日、その家へとやってきたのです。
見覚えのある公園を見つけて、そこで降ろしてもらい。そこからは記憶を頼りに徒歩で移動しました。そして、にわかに震えます。懐かしい場所が、潰れていたのです。
彼女の家はありましたが、その横で経営していたとあるラーメン屋が、潰れていました。私も彼女もそのラーメン屋のラーメンが大好きでしたので、私はその事実にショックを受けます。まあでも、それほど時間が経過してしまったのだと思い、苦みを唾液で流すように固唾を呑み込み切り替えました。そしてついに、家のインターホンを押したのです。
その家は変わっている様には見えませんでしたが、どこか昔とは違うオーラを醸し出していて不吉でした。いや、オーラが不吉ではなく、出ているオーラの正体がわからない事が不吉で、なので、はっきりとはその正体がわからなくて、少し胃もたれするような不安を抱きましたが、それも同じく固唾を吞み込んで構えました。
インターホンから応答がありました。知らない女性の声でした。
玄関が開いて、そのオーラは一そう強くなったのを肌で感じて、玄関を笑顔で眺めると、出てきたのは知らない女性でした。
ボサボサの髪の毛に鼠色の寝巻を着ていて、見るだけで陰鬱な感じがあり、近寄りがたいといった印象でした。私は予想外の人の登場に途端に怯え、家のオーラも相まってかどっしりと構えるように、また固唾を呑み込んだのです。そして、その女性は裸足のまま外に歩いてきて、私に近づいてきて、言いました。
「ひさしぶり」
「……え」
なんと、彼女が幼馴染でした。
豹変っぷりに腰が抜けるような脱力感が精神に走り、私はその事実を全く信じることが出来ないでいましたが、その声色からは当時の彼女の面影が確かにあるような気がして、でも信じられなくて、顔を二度横に振りますが、でも、そのボサボサの彼女の目元がチラリと見えたとき、煮え切らない確信が走ったのを感じました。
「お前なのか?」
「うん」
彼女は平然と言いました。そして、右足で左足を掻くような動作をしてから、髪の毛をポリポリとかき混ぜます。その動作には、あの幼馴染の「男勝り」が漂っているような気がして、また煮え切らない確信が迸りました。ついに私は観念しました。
「……なんというか、変わったね」
「そうかな? まあ、不潔だよね」
「何かあったの?」
「なんでもないよ。それでいきなり、どうしたの?」
……私は観念したうえで、その結論をまた疑います。
彼女の所作からは確かに幼馴染の面影がありましたが、でも、あまりにも性格が変わりすぎていると思うのです。彼女は元気で活発な人でした。それが、こんなにも、インターホン越しで気が付かないほど落ち込んでいる声色になっているのは、もう心配の域でした。
「何にもなかったのは嘘だろう?」
「……いけないな」
ふと、彼女の声は堕ちたまま、だらしない雰囲気が一変して。
「女の秘密だぜ、それなりのお代が必要なのさ」
彼女はキザなセリフを、格好つけて演じた。そんな彼女からは、元気で活発というイメージがなく、毅然とした冷静で冷徹なソレが滲み出ていた。
彼女はきっと、キザになったんだ。