平成三十年のとある日に、私は警察のお世話となりました。
なんのこともない気軽な犯罪ですと笑い飛ばしたくなるくらいの、惨たらしく凄惨な犯罪の加害者として、私は連行され裁かれました。その時の事は後悔しています。反省、しています。
まあ、とは言いましても、勿論のことながら、そんなの口だけで言えるコトバでありますから、あなた達の視線が冷めている事について、私はとやかく不満を漏らしません。だって反省しているのですから。反省しているならば、態度で表すべきでしょう。
それで、私は数年後にお役目を終え、晴れてシャバの空気を吸う事が叶いました。愛知県にある名古屋刑務所からついに解放されて、弟が、随分老けた顔で私の出向かいにやってきました。昔にテレビで「良い老け方」という物について言及した物を見た事があったのですが、弟はそのテレビでいう所の「良い老け方」というものになっていて、昔は「良い老け方」だなんてあるわけない。老けるなんて、どれも悲劇。と思っていた私が、弟を久方ぶりに見て思わず、「良い老け方」を迸るように理解したので、何だか嬉しいような悲しいような、複雑な感情が芽生えました。
弟は昔からとても元気な輩でした。私と比べ物にならないくらい出来た人間だったことを覚えています。幼少期に、私に触発されて多少の非行に走った事はありましたけども、それからしっかりと品行を見つめ直し、後に更生、次に勉強、結果、それなりの学校へ進んで行き、気が付くと、めっきり私と遊ばなくなってしまって、あの寂寥感からにじみ出た絶望を、昨日のことのように覚えているのです。
まあ、昔噺でありますので、さほど踏み込んで話す必要は、ないでしょう。
して、弟が私を開口一番叱りながら、出向かいにやってきてくれて、私はその思いやりに感動しながらも、弟の車に乗り込みました。因みに、車は新車の匂いがしていました。
それで、弟は聞いてきます。
「刑務所ではどうだったんだ」
あの頃とは違う口調でした。
刑務所に来てから数年が経過していたので、接し方と言いますか、心の距離、そう! 親密度と言いますか。とりあえず、関わり方が分からなくなるには充分すぎるほど離れていたので、弟もそう、そっけないような口調で私に言ったのでしょう。
何とも言えない寂寥感から、あの絶望の味が口に染みます。
なんて苦虫を嚙み潰したような顔で、私は言いました。
「ああ、それなりにいい子にしていたよ」
「ほんとうか?」
「なに、本当さ。なんせ周りはゴクアクニンの方々が雑草みたいに沢山生えていたんだから、いい子にしなきゃ喰われていたよ」
と冗談めかしく言ってみると、弟は全く笑わずに。「相変わらず、兄さんは肝が座ってるな」なんて真に受けられてしまい。にわかに寂しくなりました。
と言いつつも、そこから会話は弾んでいき、今では故郷のみんながどうしているのか、弟が結婚した話や、あのクソについてのお話も聞くことが出来て、いつのまにか会話に娯楽を見出し、ウキウキとしていました。
弟の提案で帰り道に、私が名古屋の都会に出て来た時からのお気に入りのラーメン屋に行こうと誘われ、快諾しました。弟を連れて何度か来ていたラーメン屋で、そこの癖のない平坦なラーメンの味に、心が洗われるような激震が走りました。溢れてくる涙はラーメンの味を変えてしまう程の降水量で、弟からはティッシュを受け取り、それを静かに拭き取りました。
ふと、その時、私は自分の使命を思い出したのです。
それを伝えるために、私はラーメンを食べ終わった後に、駐車場にある車へ帰る途中、弟の名前を口ずさみ、呼び止めて、振り返らせました。
次の瞬間に、私は土下座しました。
「何度も迷惑をかけて、ごめんなさい」
「…………」
「ごめんなさい」を言う旅。
私は出所してからやろうと決めていた、使命の一つでした。
決めていた。反省して、だからどうする。証明? いらない、いらない。必要なのは、行動だ。反省していて後悔しているなら、迷惑をかけた人にお詫びする。どうすれば、誠意が伝わるか、考えた。五体投地、泥水一気飲み、道路を舐める、三転倒立。でも、そんな大袈裟な物よりかは、やっぱり、言葉で伝えるのが一番誠意があるような気がした。それと、謝礼と言わんばかりのお金でも手渡そうと、私は考えている。無論、今はそんな現金はないので、弟への金銭的謝罪は、またの機会とする。
さあ、ごめんなさい。弟よ。きっと兄がこんな事をしでかして、さぞかし迷惑を被っただろう。ごめん。本当に申し訳ないと思っている。私の様なダメな兄が、お前の様な真面目な人間の人生を揺るがしたことを、深く謝罪する。全てを、籠める。本当に、すまなかった。
私は長い間、頭をあげなかった。弟が何かしら言うまで、私は顔を、一センチもあげない。すると、弟は私から離れるように歩き出していく。
「……」
私はまだ頭を下げている。
車のエンジン音がする。
途端、ブウン。という音と共に、車が私の頭の手前まで一気に急加速し、停止した。その間、私は一度も頭をあげていなかった。
車から誰かが出てきた。そしてその人は、私を見下ろすように横へ立った。
「ひかれるよ」
声色が弟だったが、聞いた事がないくらいの低音になっていて、心臓をガッと掴まれたような心地におもわず身震いした。弟は私の言葉を待っているようだった。渋々、私は私の要件を告げた。
「構わない。ただ、命だけは許してほしい」そう這いつくばって言うと、次は矢継ぎ早に弟の地面に落ちた声が私の背中に伸し掛かって、
「そんな事を言えるんだね」
にわかに瞠目した。
「ああ」
何か言い訳を述べるつもりは毛頭ない。だが、私が命を許してほしいという言葉を発したのは理由がある。それは単に、「ごめんなさい」を言う旅を、まだ終わらせてはいけないからである。だが、それを弟に伝えるのは、野暮だ。それは私の都合であり、相手に理解を求めるモノではない。
弟は私を車で轢こうとするくらい、私を憎んでいたのだ。そんな気持ちを真正面から受け止めたい。真の謝罪とは、そういうものだ。相手の憤りをこちらが見て、認めて、謝る。言い訳を述べる謝罪は、その奥底に『許してほしい』という責任逃れの真意が隠れているのだから。
私が求める「ごめんなさい」を言う旅は、私の為にするのでない。私が迷惑を掛け続けた方々へ行うのが通りであろう。だから、例え殺されようとも、私は文句を言えない。それほどの事をしでかしたのは、私であるのだから。
「どういう気持ちなの、今」
弟は続けた。
「申し訳ない心でいっぱいだ」
私は震える唇で、なんとか言った。
「でも命乞いはするんだ」
どくん、心臓が強く波打った。
「ああ」
「人を殺したくせに?」
「…………ああ」
そう。
私は誰かを殺しました。
私は、彼の名前を、知りません。いや、知っていた筈ですが、それでも思い出せません。どうしてだか分からないのですが、その時の事がまるで抜け落ちたかのように、事件の全てを忘れているのです。
随分と都合のいい事で、まあ、都合がいい男として有名な私としましては、それも私らしくてとても愛らしく思えてしまうのですが、それもある種の業なのかもしれません。とはいえ、はっきりと殺意を抱いて、名前を忘れたその方をぶっ殺した覚えはありますので、名前を忘れているからといって、冤罪であるだとかそういうことはなく、私が殺しました。
どうして殺したのか、覚えていません。そうです。私は、記憶がないのです。すっぽりと、あの恐ろしい夜の記憶がなくなっている。男の名前も、女の名前も、覚えちゃいない。
「ごめんなさい」を言う旅は、私の記憶を取り戻すための旅でもあります。
そこで一つ、矛盾が生まれました。
それは謝罪に誠意があるのかどうかという、この旅において最も重要な項目についてです。忘れている事について、心の底から謝罪が出来るのか。もちろん出来るわけがないじゃないですか。だからもうその時点で、私のこの「ごめんなさい」を言う旅というのは、破綻している。でもじゃあどうすればいいんでしょう。謝ること以外、私に何が出来るでしょうか。迷惑かけた方へ、全てを忘れた事をはっきりと伝えて、何か教えでも乞えばよいのでしょうか? 否、それは違います。私が思うに、私は自分の罪をはっきりと自覚するべきなのです。他者から教わってはならない。私は『本当のごめんなさい』を言うために、「ごめんなさい」を言う旅をしなくてはならない。謝るためにやらなければならない。
生きるとは、そういう事だと思っています。罪の清算、それが生。
「その、豪胆な姿勢は、なに?」
弟はとたんに、呆れたような態度でいいます。
「そうじゃ、ない」
「お前の心は何を思ってんだよ」
「申し訳ないという……」
「お前がそんなんだったから、俺はこんなにも苦しんだんだぞ?」
ついに、わあっと叫んだ。私はその一喝に寒気が走る。とても、苦手な感覚だった。
「……ごめん」
私はたまらず、もう一度謝ります。ですが、それは火に油を注ぐような行為であったと、数秒後に理解するのです。
「もうごめんじゃダメなんだよ」
弟は語彙を強めて言います。また私はたまらなくなって、言います。
「……でも、ごめんしか伝えられない」
「だったら死ねよ」
「………」
「死んでしまえばいい。お前はきっと、さほど世間を考えていないんだろうが、人殺しが家族だって知られたときのあの感覚を想像できるのか? 出来ないだろう?」
「出来ない」
「じゃあ何知ってるように言ってるんだよ。どうせお前は何にも思ってないんだろ? 結局お前は人のマネ事してるだけで、本当は! なんにも思っていないんだろ⁉」
霹靂のような声が迸った。私は、耐え切れず、小刻みに震えた。
……何にも思っていないなら、どうして私の心臓は、こうも痛い?
罪悪感を知らないと言うなら、何故私は、謝っている?
こんなにも唇が震えて仕方がない。こんなにも腕が震えて仕方がない。お前こそ、知っているような口で物を言っているじゃないか。どうせその程度なんだよと私を計るじゃないか。便利だろう。人をこの程度だと区別すれば、理解する事を放棄できるだろう。理解してる? 分かってる? 見て来たから知ってる? 舐めた事いっているんじゃない。何も知らないのはどちらだ。私を分かった気になって、私を見下して、全て私のせいにして、この期に及んでお前は関係ないというのか? ……そうだろうな。結婚して自分が正しいと思ってるんだろうな。さぞお前を肯定する輩が周りにいたんだろうな。だからお前は簡単に人を否定できるんだろうな。驕っているのにも気が付かないんだな。お前は、私を、誤解している。そして!
…………。
そこまで言って、やめた。
弟の語彙の強い暴言に、私は不満を覚えた。なにせ弟は、弟の中で全てを観測しているからだ。昔からそうだった。弟は、自分の中の他人と会話をしている。本当の他人とは全く会話しない。誰かとコミュニケーションをとっていると思っているが、実際は違う。まるで弟が病気だと言いたげだがそうではない。何か、こう、自分の中で、自分が一番だと思っている節があるということだ。自分が間違えていると思わない。自分がやる事は全て正しい。それは、全て、阿保の所業である。しかし、弟は、道を外している私よりかは、客観的に偉いのだ。
だから私は黙する。結局は、阿保が阿保を阿保と言っているだけだと知っているからだ。
この思考に、意味はない。
「……」
私は、私が嫌いだ。
分からない。もしかしたら本当に弟は、私の全てを理解しているのかもしれない。人間のフリをしているというのは、事実としてある事なのかもしれない。私ですら私が分からない。私は何者なんだ。この胸の痛みは嘘なのか? この苦しみは嘘なのか? 結局、弟の言葉に納得して、私が悪かったとなる。分からない。相手の心が分からない。どう思ってどう生きて、私をどれほど理解しているのか。私は、私を知らない。だから、他人から言われて初めて気が付く。そんな絶望を数々と思い知って来た。これは私の治らない悪癖。もう板についてしまった思考の穢れ。
確かに、私はもう、人ではないのかもしれない。
そう悟ったとき、自然と小さな雫が頬を伝ってみせて、何かが口からぽろりと転がった。
「……ごめんなさい」
それは謝罪だった。無様な謝罪が、ふいに零れた。もうたまらない、我慢ならなかったんだと思う。私は、別に、強い人ではない。口論が強い訳でもないし、気が強い訳でもない。
弱者である。
「……肝なんて据わってないじゃないか」
弟は、更に呆れた脱力感でそう吐き捨てて、弟は私の横から、離れた。
「兄さん。お前は、ただの臆病者だ」
と言い、私は弟の車に乗り込んで、その日は弟にお金を出してもらいホテルに泊まりました。