第14話 噂と異なる体験談

 Eランクダンジョンの激闘から二週間後、俺は久しぶりに登校した。


 本当なら翌日から登校してもよかったのだが、一躍時の人になったのもあり、記者に出待ちされて学業に不都合が生じるだろうと鑑みて学校側から出席日数を調整してくれたのだ。


 何せその件では死者が二名出ており、クラスの人気者が先導していた。

 俺たちは偶然生き残ったが、シンは殺人犯として留置所で謹シン処分、シャバに出られても探索者活動は規制されてるとのことだ。


 が、俺が登校したところで何かが変わる事はなかった。

 むしろ人気者なのは要石の方で、俺はおまけ扱いだったりする。

 だよねー。ただでさえ居場所のないクラスで大人気になるわきゃーない。


 俺は勘違いをしないタイプの陰キャなのだ。

 そこら辺はわきまえてるって。

 とは思ってるのだが……一つだけ以前と異なることが起こっている。


「あ、頼っち。聞いてよ、みんなして酷いんだよ!」

「ええい、登校早々ひっつくな! 暑苦しい」


 なぜか要石の距離感が近い。

 距離感バグってんのか? というほどの距離。

 というか、まぁ俺がダンジョンで囮にしてた時の距離感なんだけどな。


 しかしそれを知らない周囲からは白い目が向けられる。


 世間一般では【洗浄】が人権で【+1】の席が用意されなかったことから、全ての功績が【洗浄】に傾いて【+1】は居ないもの扱いされてしまったのだ。


 だから俺に向けられる視線は【偶然その場にいた一般人】

 なんだったら足を引っ張った可能性まであるので、要石カガリはとんでもない超人として注目されていた。


「んで、要件はなんだよ。用事があるから俺なんかに構いに来るんだろ?」

「えー、用がなきゃ来ちゃいけないの?」

「俺は別に困らんが、周囲がそう言う目で見てくるんだよ。今のお前は一躍有名人。落ち目の俺に話しかけたっていい事ないって」

「頼っちはもっと自信を持ちなよー。あの修羅場を潜り抜けた貢献度で言えば、間違いなく頼っちがいたからだよ?」

「そんな事ない気もするが……」

「そんな事あるんだって! もしあの場にいたのが頼っちじゃなく、シン君だったら、あたしきっとこの世にいないと思うもん!」


 あの時離れ離れになったメンバーに「もし自分が含まれていたとしたら?」それを考えられない日はなかったと言うことか。


 確かにそれを思えば、俺でよかったのか?

 ガッツリ囮役にしたので協力関係であったかも怪しいが。

 その話を聞いていたクラスメイトが、途端に俺に興味を持ち始めた。


「飯狗、要石さんの言ってる事は本当か? 俄には信じられないんだが」

「ダメージソースという点では本当だぞ? ただなぁ、みんなは【+1】のステータスを知ってるだろ? サポート役の【洗浄】にすら劣る貧弱具合。これをゲームで例えるとして、みんなならどっちを前衛にする?」

「え、普通にお前を連れて行かないって選択肢になるが?」


 ファッピー

 正論をどうもありがとうよ!


「俺は無理矢理あいつに連れてかれたんだよ! みんなだったらああまでクラスの人気者に“お願い”されて断るって選択肢を掲げられてたか? もしできたとしたら大したもんだ。翌日から軽いイジメの対象だぞ?」

「俺たちからしちゃクラスの人気者と、日陰者のお前が幼馴染であることの方がショックだよ」

「言うなよ、俺が一番ショックでかいんだぜ? 小学校から仲良くしてた奴がだ、学力の差で偏差値高い学校に行かれたのもショックだし、その上で探索者適性は高く、俺はハズレ。普通なら俺をダンジョンに連れてくって選択肢はナシなんだよ。これが世間一般の回答だ。でもあいつは違った。多分俺を亡き者にするのが狙いだったんじゃないか? 今考えるとそんな気さえしてくるよ。実際、道中での俺の活躍の機会は皆無だったしな」

「シン君がそんな事……」

「実際、二人の被害者が出てるんだぜ? なんでそうじゃないって言い切れる」

「それは、急に敵が強くなったからだって……」

「そうだな、俺たち探索者諦め組からしてみれば、序盤の敵ですら強敵。シンだから余裕で対処できたが、1対1で挑めば絶対死ぬ。そんな場所でトラップに引っかかって離れ離れになった。俺はみんなの荷物持ち、その中で唯一ステータスが高いのは雑魚のトドメを刺してレベルが上がってた要石さんぐらいだ。はっきり言って絶望だよ。どう考えても死ぬ。俺はそう思ってた」


 俺の言葉を聞いて、当時がどれほど切羽詰まったものなのかを全員が理解した様だ。

 同時にチャイムが鳴り、担任が出欠を取る。

 その日はそれで1日が終わると思ってた。

 みんなの中でのヒーロー像は要石カガリで揺るがないと思っていたからだ。


 だが、俺の言葉でようやくその時の状況が明るみになり、急に俺への興味が湧いたのだろう、昼休憩にも関わらず俺の席の周りに人垣ができた。


「ずっと不思議だったんだ。【洗浄】って正直戦力になり得ないって思ってた。でもあんたの【+1】のおかげで化けたのだとしたら、やっぱり違ってくるのかなって」


 開幕独白を告げたのは、スキル【疾風】を持つFランク冒険者の“葦葉あしはやいこ”さん。


「正直な事を言うと、俺は要石さんを囮にしてバックアタックで殴ってただけだ。手持ちの武器は別れる前に俺の荷物にパンパンに積まれた狭間さんの産業廃棄物……もといお手製の合成薬品のみでさ。途中で破棄すべきか迷ったけど、最後まで持っていってよかったよ。普通の人なら見向きもしない、微妙な確率の状態異常効果でも俺の幸運値なら、高確率で相手を状態異常にさせられた」

「いいこと言ってる風だが、やってる事はゲスいなお前」


 やっぱそこ気にしちゃうか?

 まぁその通りなんだから言い訳はできないな。

 普通ならパーティ追放されてもおかしくないし。


「全くもってその通り。でもそうでもしなきゃ俺のステータスで敵を葬る事は土台無理だった。どうせ俺の攻撃じゃ、相手の物理防御を抜けないのは明白。だったらあとは状態異常に頼るしかないだろ? そうやってシャドウバットを毒殺するのにかかったのは優に1時間」

「それでも泥試合だったんだな」

「要石さん可哀想。その間ずっと囮にされてたんでしょ?」


 言うなや、俺だって酷いことしたって思ってるんだから。


「で、レベルが上がって俺のスキルに【+2】が現れた。こいつは行動の度に効果が2回判定されるビックリスキルだ。生憎と発動率は【+1】の時より低い25%、だがその時の俺の幸運値は200! 25%でも余裕で発動させることができた。これを手に入れてから劇的に討伐速度が上がったな」

「【+2】なんてスキル聞いた事ないぞ?」

「【+1】持ちがそもそもレベルアップにまで至れてないんだ、聞いてなくたって当たり前だろ?」

「そりゃそうか。でもレベル2の時の幸運以外のステータスは?」

「そこ聞いちゃうか?」

「そりゃ気にはなるだろ」

「オール2、と思いきや精神が少し上がったな。筋力とかは全く、一ミリも上がらなかったのに不思議なこった」

「草」


 笑うなよ。正直俺も笑うしかなかったんだけどさ。


「でも、レベルアップにこぎつけたんなら話は分かるわ。お前も要石さんも成長して、ダンジョンボスも倒せたんだろ?」

「レベルだけであれが倒せてたかは正直なところ微妙だな」

「え、違うのか?」


 ここにいる多くはまだ探索者になったばかりのペーぺーか、ハズレを引いて夢を諦めた一般人。

 探索者への憧れが強すぎて、話が荒唐無稽になりつつある。

 実際にあいつは強敵だったからな。


 正直なところ二度と戦いたくない。

 あれからシルバーボックス開いても、なかなか出ないんだもん、ラックアクセルの矢。

 あれがダメージソースだったからなぁ、ゴブリンオーガ戦。


「お前らダンジョン舐めすぎ、ボスともなればスキルだって使ってくるし、取り巻きの指揮も取るんだぞ? 正直デカブツの相手だけでも厄介だったのに、前哨戦で物量によるゴリ押しを仕掛けられた時は参った」

「うわ、噂以上にエグいのな、そのボス」

「でも頼っちが宝箱で殴って薙ぎ払ってくれたんだよね?」

「まあな、俺の幸運値はその時1100あったから、襲いかかってきた雑魚どもはワンターンキルできたわけだ。シルバーボックスと銀の鍵は結構もらえたよな?」

「「「「「は?」」」」」


 俺にとっての常識。だが、案の定クラスメイトたちは驚愕に目を瞬かせている。


 ついさっきまで倒すのがやっとだと言っていた俺が、ボス戦で雑魚の群れをワンターンキルしたと聞けばそうなるのも無理はない。

 それでも当時のことを思い出して要石さんが喋る喋る。


「その時にシルバーボックスから出した装備を頼っちから貰って今のあたしがいるの。ご飯もいっぱい貰ったし、魔法を吸収して、一時的にステータスが上がるバフなんかも貰えるすごい盾も貰ったし?」

「それ、ユニーク武器じゃねーの? 魔法を吸収する盾なんて聞いた事ねぇ!」


 今まで聴くだけにとどめていた情報通の男子が、それがユニークじゃないかと指摘する。悪いな、探索者になるの絶望的だからって、そこら辺の勉強はおろそかにしてたんだ。

 親父のサポートなんて、所詮雑魚モンスターぐらいに思ってたしな。

 ごめんよ親父、実は親父がそこまですごい奴だなんて全然想定してなくて。


「それがユニークかどうかは俺もわからずじまいだ。それはそれとして、要石さんはとにかく燃費が悪くてな。戦いながらシルバーボックス開けて食料を補填しないとすぐにガス欠を起こすんだ。多分【洗浄】を戦闘に応用したからだと思うんだが、まぁよく食う。最終的には俺の非常食も彼女に渡して戦線を維持してもらってたな」

「アレ? ここまでの流れ聞くと飯狗はちゃんと戦闘に貢献してるじゃんね? 誰だよ、【+1】が使えないって言い出したの!」

「世間一般の評価だからそこはしゃーナシだな。俺だってここまで活躍できるって思ってなかったもんよ」


 正直、自分が一番驚いてるまであるからな。

 クラスのみんなが驚いてる以上に俺が驚いてる。

 何それ知らん、怖ってなもんよ。


「頼っちの武器もすごかったよね? 弓でバンバン向こうの弓兵とか瞬殺しちゃうの!」


 要石が俺の活躍を褒めてくださる。ちょっとだけ嬉しい。


「え、でも飯狗ってステ低いんだろ? どうやって瞬殺したんだよ。武器って割とステ依存のところあるし。宝箱って遠距離攻撃も可能なのか?」

「普通に弓だぞ。まさに俺のために拵えたかの様な弓が手元に転がり込んできてな。ラックアクセルボウとラックアクセルの矢。こいつが俺の新しい武器となった。命中補正についてはラックアクセルボウがいうことナシでな。でも威力に関しちゃ、ラックアクセルの矢が凄まじい。なんせ幸運の半分をダメージに追加付与するんだぞ? 当時幸運が1100あった俺が相手に与えたダメージは幾つだと思う?」

「……550!」

「え、やばっ! 普通に戦えるじゃん【+1】!」

「更に【+1】【+2】の効果で矢一本で、二倍、三倍ダメージを与えられるとしたら?」

「十分ダメージソースになるな!」

「だから言ったでしょ、頼っちの方がすごいんだって! 実際あたしは頼っちが信じて前を任せてくれたから生き残れたんだよ? シン君もすごかったけど、信用とかそう言うのはなかったしね」


 要石がここぞとばかりに毒を吐く。

 言われてるぞ、シン?


「そうだなぁ、まるで自分の凄さを周囲に見せつけるのが目的で、誰かの成長を促すって感じじゃなかったよな」

「そーそー!」


 当時のシンについて語るのは、今留置所に閉じ込められてるご本人に大変失礼だが、実際に当時のあいつはどこかおかしかった。

 まるで何かに固執してる様で、あいつらしくない感じだったのだ。


 と、こんな感じで要石による俺プロデュースの会は終わりを告げる。昼飯は食い損ねたので授業中に食おう。

 どうせ俺は空気の様な存在だし、バレる心配はないのだ。


 とか思っていたのは俺だけみたいで、クラスメイトから噂が二転三転してちょっとした事件が起こったけど、それはまた別の話。


 絶対、このタイミングでのパーティのお誘いとか罠だよな?

 俺は慎重を重んじる男なのだ。


 ただ、ちょっとだけ気分が良かったのは、気のせいじゃない。

 今日はいい夢見れそうだぜ。