第13話 命の値段

 今回春日井小波、狭間ひとりを蘇生する為に手を挙げたのはオーストリアの『聖女』と呼ばれる探索者、アイリーン・クルセイドその人だった。


 とにかく彼女の噂は良くも悪くもついて回る。

 貧民に施す現代のマザーテレサと呼ばれたり、もう一方で金に汚い守銭奴であったりと根も葉もない噂である。


 だが確かな事は、腕は抜群にいいという事だ。


 ソウルコアの状態さえ良ければ、魂まで補完する。

 故に彼女を聖女と呼ぶのだ。


 だが問題なのは、何を提示してくるかわからないところにある。


 今回は特に将来有望でもなければ、ハズレに分類される一般人の蘇生というのもあって、聖女がわざわざ日本に来てまでする事じゃないと否定的な意見を出す人物が出てきている。


 記者が彼女がどんな額を提示するのか他人事の様に聞く。

 本当に記事が面白くなりさえすれば、人の生死なんて関係ないと考えに反吐が出る。


『こんにちは、皆さん。私はアイリーン・クルセイド。本日は尊い二名の犠牲者の命を救いにやってきました。ですがもちろん無償というわけではありません。お金、はもうたくさん持っているので、今回は珍しいアイテムの提示で手を打ちたいと思います』


 初手金銭でのやり取りを否定されたら、俺が出品したオークションが全て無駄に終わる。

 まるでそれを見透かしていたかの様な薄ら笑いにキレそうになった。


『と、アイテムと一言でいっても当然値打ちものに限ります。私の治療は決して安くありません。ですが今回は特別に、お一人につき金の鍵一本で手を打ちます。相場にしたら2億でしょうか? それで尊い犠牲者が二人救われるのです。私としては随分と安い提示額のつもりですわ』


 確かに最近オークションに出回った。

 その時の最高額が1億だったというのも正しい。


 が、なぜたかが鍵がそこまで高騰するのか?

 要は需要に対して供給があまりにも不足しているのだ。


 対してゴールドボックスの方は上位ダンジョンでも雑魚から落ちる。だが鍵は違う。

 鍵だけボスのレアドロなのだ。


 もちろん上位探索者は何度も手にするきっかけを持った。

 が、すぐに使ってしまう。

 それはなぜか?


 手に入るアイテムがユニークだから。

 みんなが求めてや止まないゴールドボックスの中身は、誰もが手に入れたいユニークアイテム。


 だからこそあればあるだけ使う。

 自分の地位や権力を高く見せればその後の生活も変わってくるから。


 そしてもう一つ、ユニークアイテムをいくら所持してるかで探索者としての箔が付くからだ。

 そしてユニークアイテムは入手したものにしか所持権がないという縛りもあって、金の鍵を高騰させている。


 鉄、銀はせいぜいレア程度だが、金は確定ユニークということもあって市場に流れてたら即座に買い占める探索者は非常に多かった。


 だからこそアイリーン・クルセイドの条件も分かってしまう。


 富も名声も得た彼女が次に望むものは……自分だけのユニーク装備。

 いくつかは持っているだろうが、数は多ければ多いほどいいと考えるのは探索者なら誰でも分かってしまうのだ。


 そして今市場には金の鍵は出回ってない。

 一億揃えたところで現物がなければ購入できないのだ。

 なけなしの一本を提示するか?


 いや、それはやめておこう。

 出したところでどっちを優先するかで揉める。

 提示するなら二本揃えてからだ。


 そしてたかが一般人を救うのに大事な【金の鍵】を無償提供できる人物は残念ながら国内の探索者には存在しなかった。


 なぜそう言い切れるかって?

 SNSで今回のクラスメイトの蘇生に対して否定的なコメントが多いからだ。


 慎に向けての批判に混じって、たまたまソウルコアが綺麗だからって理由で一般人が蘇生させられる事を受け入れられない人が多いのは、過去何人も有能な探索者を亡くしてきた背景があるからだろう。


『私がこちらの国に滞在できる時間は限られてます。一週間だけ待ちます。それまでに二つ揃えて持ってきたら、特別に蘇生してあげましょう。決して悪い取引ではないはずですよ?』


 自分のユニーク装備か、はたまた他人の一般人の命か。

 天秤にかけたら残念ながら前者に傾く。


 他人より自分というのは探索者に限った事じゃない。

 胸糞の悪い報道番組に悪態をついてると、親父が俺の頭に手を置いた。


「せっかく頼忠が救った命をこうも見せ物にされるのは辛いよなぁ」

「別に、ただこっちの事情も知りもしないくせに悪様に書き込みする奴は死ねばいいって思う」


 親父も心では思っていても、口には出さない。

 大人はこういう時、辛いよなぁ。

 親父はいろんな人からの悪意から、息子の俺を守ってくれてる。

 今まで普通に暮らしてきたのでさえ、あり得ないことなんだ。


 世間の【+1】に向ける視線。噂。

 他の探索者仲間からもなんて言われてるかわかったもんじゃない。

 けど、親父は俺の前でも親父で、そんな噂もものともしなかった。

 親父がいなきゃ、今頃俺も慎みたいにグレていたんだろうかと思うと少し怖い。


「そうだなぁ。でも父さんは、そのクラスメイトを悪様に書き込む人の気持ちも少しはわかるんだ」

「親父もそっち側なのかよ!」


 裏切られた気持ちになりながら追求すると、親父は申し訳なさそうにしながら口を開いた。


「そちら側、と聞くのは卑怯だな。頼忠、探索者にとってダンジョンてどんな場所だと思う?」

「? そりゃ一攫千金を狙う人のためのフロンティアだろ?」


 親父は俺に何もわかってないなといいたげに首を横に振った。

 もちろん、危険を伴った上で手に入れるからこそのお宝。

 途中で死んでしまう人が多いのは知ってるさ。


「そう言ってるのは大手企業だけだよ。実際はいつ自分が死ぬかわからない地獄だ。ご近所さんの漆戸さんのお父さんもな、かつて父さんたちのパーティメンバーの一人だったんだ」

「知ってる。でも、災害に巻き込まれて死んだって」


 今から4年も前のことだ。いまだにあいつの顔を忘れられないよ。


「父さんはな、まだあいつが死んだなんて信じられないんだ。まだソウルコアを見つけてないからそう思えるかもしれないんだけどな」

「つまり、そのチャンスを自分の大切な人に変わってもらいたいって人が世の中にたくさんいるってことなのか……」

「そうだな。そう思ってしまう人は多いよ。ダンジョンはそれだけ多くの人の命を奪ってる。ただし、蘇生のチャンスにありつける人はそう多くない。だから今回の例外中の例外は、当たり前だと思ったらダメなんだ」

「そうだよな……鍵さえ渡せば蘇生してくれるっていうのは、普通頼み込んでも無理なことなんだろ?」


 親父はなんとも言えない顔をした。


「そもそも、鍵を手放す物好きがいないのさ」

「俺は手放したが?」

「周囲からしたら、価値も知らない子供のしたことだと、そう思われているな」

「そんなわけねーじゃん。ちゃんと調べたんだぜ? その中で一番価値があると思ったのがこれだったんだよ」

「それは誇れることだが、早まった真似をしたな」

「俺、なんかやばいことしたのか?」


 俺の発言に、親父はやれやれと肩をすくめる。


「これはあまりお前に言わないようにしていたが、世間は【+1】の活躍を快く思ってない人がほとんどだ。俺はもちろん、お前はやる奴だと思ってる。でもな、自分より能力が劣る奴に活躍されるだけで気分を害するような器の小さいやつも少なくないんだよ。悲しいことにな」

「なんだよそれー、自分の実力を上げもしないで、あぐらをかいてる奴の言い訳じゃんかよ」

「そうかもな。でも、過去の亡霊に縛られ続けてる人も多いのさ」

「シンみたいに?」

「漆戸家に関して言えば、奥さんも同様にだ。亡くなったことを認めず、まだ蘇生の目があるからと、働いた金のほとんどをソウルコアの捜索に当てている」

「えっ」


 おばさん、そんなことしてたの?

 幼いシンを放っておいて?

 稼いだ金のほとんどをソウルコア捜査費用に貢いでいた?

 それ、一番勘違いされる奴じゃね?

 通りでうちの親父を毛嫌いしてるわけだよ。


「その依頼を受けてるのって?」

「俺だ。断れるわけないだろう? 馴染みの顔だ。それに、まだ小さい子供がいる家庭だ。父親がいないだけで不利だってのに、稼いだお金のほとんどを探索に注ぎ込むなんてどうかしてる。なんとかしてやりたいとは思うが、こればかりは運も絡む。宝箱なんてのは。本当に稀にしか出ないんだ。それもソウルコアなんて、稀中の大稀。狙って出せるようなもんじゃない。その中から、さらに特定人物のものを引き当てるなんてのは、至難の業だ。奥さんにもそう話したよ。けど耳を傾けてくれなかった」

「そうだったんだ……」


 だからシンは両親に恵まれてる俺を憎んだのか?

 父親を無くしたことには同情する。

 けど、そのあとおばさんがおかしくなったのは、死を受け入れられない、縋るべき存在があったからだろう。


 それがソウルコア。

 ダンジョンが現れてから発見されたダンジョンに囚われた魂が縛られてる石。

 要石が【洗浄】によって綺麗にできることに注目が当たったが、こんなものがあるから蘇生を望む。

 しかしその蘇生率は恐ろしく低く、運良く聖女に取り掛かってもらっても蘇生できないことの方が多いという。


 今回来日してくれた聖女は、相当の腕利きという話だ。

 本当なら大統領とか内閣総理大臣、天皇様の素性を優先的に引き受ける人物が、特例で一般人を見るというのだから騒ぎが大きくなるのも無理はない。

 可能であるなら、自分の身内を蘇生してほしいからだと親父の発言で理解した。


「じゃあ、SNSで否定的なコメントしてるのって?」

「身内や仲間をダンジョンで亡くした人達だろう。そいつらからしたら、一般人よりも家族や仲間を返してくれって感情が強いのかもしれん」

「でもそれって、自分たちの過失も大いにあるんだろ? 春日井や狭間を非難する材料にはならないだろ」


 俺にとっては少し一緒にいただけのクラスメイトだが、要石にとっては親友なんだ。あいつは俺に冷たい態度をとったが、最終的には少し仲良くなった。

 あいつが囮役を率いてくれなきゃ、俺は今ここにいないかもしれない。

 そういう意味では恩人なんだ。

 その恩人の救いたい奴を救いたいと思うことの何がいけないんだよ。


 憤慨する俺の頭を親父は撫でた。

 撫でてなんとか気を落ち着かせようとしてるのがわかる。


「そういう奴はだいたい過去に囚われてんのさ。本人たちに悪気はないんだ。他人より身内と考えてしまうのもわからなくもないだろ? 無理だと分かっててもタラレバを期待してしまうんだ」

「よくわかんないけど、みんながみんな春日井や狭間の復活を望んでないのってだけは分かった。考えたくもないけど」

「あまり一人で背負うなよ頼忠。父さんにも頼っていいんだぞ?」

「じゃあ金の鍵二本、特急で」

「悪いな、頼忠。ソウルコアひとつ探しきれない俺に、その依頼は荷が重い」

「使えねーなー」


 親父は万年Dランク探索者。

 最初から無理なお願いであることはわかっていた。


「だが、こう見えて顔は広いんだ。募集くらいならかけられるさ。任せておけ、親父の威厳を見せてやるさ」


 どこまでが本当かわからない。ただの虚勢かもしれない。

 家では本当にダメな親父って感じだし、ランクだって低い。

 シンが親父を舐めるのはランクのこともあるが、親父さんを失った時に、一人だけ逃げてきた臆病者だからだ。


 親父はそれを肯定もしなければ否定もしなかった。

 だが、その日から定時帰宅は無くなったし、ボロボロになるまでダンジョンに潜っているのを知っている。


 稼ぎは悪く、暮らしは一向に良くならない。

 だから、俺も内心で親父はダメな奴なんだと思っていた。


「お疲れ様です、飯句さん。今日は探索ですか?」


 最寄りのダンジョンセンターで、受付と軽快なトークを交わす。


「そんなところだ。支部長はいるかい? 少し要件を頼みたい」

「とうとうランクを上げる気になったか?」

「そんなんじゃないよ。ただ、息子の願いを叶えたくてね。少し父親はすごいんだって見せつけてやりたいだけさ」


 ダンジョンセンターの支部長といえばそれなりのランクの経歴がある人物がなるものだ。そんな人が、親父に対して侮辱するでも、嘲笑するでもなく接してるのを見て、俺は少し頭を混乱させた。


「坊主、お前の親父がなんでこの歳までランクをDで維持してるか知ってるか?」

「えっと、実力が伴ってないからですか?」


 ありきたりな質問だ。

 だが、支部長は顔を横に振って、俺の回答を否定する。


「違うよ。こいつは好きでこの地位にいるんだ。本当ならとっくにBになっててもおかしくないほどの功績を出してるのに関わらず。うちの地域のランク詐欺とはこいつのことを指すんだぜ? リザード相手にナイフ一本で立ち向かえる人物を、俺は何人もしらねぇ」

「リザードってそんなに強いんですか?」

「強さでいえばそんなでもねぇな。だが。本来はパーティを組んで重武装で行くもんだ。だがこいつは金がねぇの一点張りで単独で赴くし、普通に勝ってくる。素材の殆どはダンジョン災害で不自由している家族へのサポートに回してるっていうねっからのお人よしでさ。家ではどうか知らないが、うちのセンターの守護神だなんて呼ばれてるぜ。音はそれに見合うランクを掲げりゃいいんだが……如何にもこうにも頭が硬くてね」


 知らなかった。親父はそんなにすごい人だったんだ。

 それなのに俺ときたら、シンに賛同してダメダメな奴だって思い込んでた。

 周囲の情報を鵜呑みにして、蔑んでるなんて俺もSNSの住人と同じじゃんか。

 そう思うと、先ほどクラスメイトたちを叩いてる奴らを悪くいえないなとなる。


「それで、要件は?」

「金の鍵を二本、なんとかしちゃくれねーか?」

「おいおい、そりゃまた無茶な要件だな。だが、情報は入ってきてるぜ。そうか、お前の息子が例の【+1】か。ダンジョンセンターでも随分と噂になってたぜ?」


 どっちの意味での噂だろうか?


「そりゃ話が早いな。で、どうだ?」

「一応掛け合ってみるが、期待はするなよ? ただでさえ金を積んでも手に入らない代物だ。特定個人のソウルコアなんかより数段値の張る、な?

「わかってる。それでも俺は子供の自慢の親父でありたい」

「子煩悩め。だが、そうじゃなきゃここら一帯は今でも瓦礫の山だ。お前の名前はそれなりに広いと俺も思ってる。どこかの物好きが興味を持ってくれたらいいんだがな」

「そうあることを願うしかないさ」


 それだけ言って会話は終了。

 俺は親父を見直した。