この街は、もともとカリフ国の首都だっただけあって、監獄には事欠かない。
ウルミスタン義勇軍とG9が運営する治安維持部隊は、監獄を捕虜収容所に改造し、捕らえたカリフ国士官や戦闘員を収容している。いずれ国際軍事裁判所ができれば、かれらは平和と人道に対する罪で裁かれることになるが、それはいまの土方たちには関係がない。
新選組は捕虜収容所に急いだ。
受付の兵士と一悶着あったが、イーアドを捕らえたのは新選組なので、その尋問手続きに
捕虜収容所は近代的な地下施設だった。鉄格子がなければ病院のように見える廊下がつづいていて、カリフ国兵士たちが収容されていた。
隊士たちは、めあての監房を目指してこつこつとあるいてゆく。
士官以上は個室なのか、イーアドが大物なのか。いずれにせよ、イーアドは蛍光灯に照らされた狭い監房に一人でいた。
『よう、トッシー』
「そのあだ名を即刻やめろ。斬るぞ」
土方は、なかば本気で警告した。
『つれねえな。久しぶりの再会だっていうのによ』
イーアドは嘆息し、敷いてあるマットから身を起こした。
「お前のところに来た理由はひとつだ」
土方はきっぱりと言った。
「日本人フォトグラファーがカリフ国残党に誘拐された。あいつらの隠れ家を知らねえか?」
『隠れ家ねえ……』
イーアドは耳に小指を突っこんでつぶやいた。
「頼む。教えてくれ」
土方は鉄格子に近づき、めずらしく懇願するように言った。
『おれが知っていたとして、お前らに言うと思うのか?』
イーアドは小指の先についた耳あかを、ふっ、と吹き飛ばした。
しばらくの沈黙のあと、土方が口を開いた。
「……お前は、クルアーンを曲解するようなカリフ国に、忠誠を誓っているわけじゃねえだろう」
『まあな』
とイーアドは素直に認めた。
「だったら教えてくれ。教えてくれたら、上層部とかけあってお前を出してやる」
『ふむ』
イーアドは興味なさそうにうなった。
『おれは平和な世の中が嫌いだ。それに教えてどうするんだ? 助けにむかうのか?』
「当たり前だ」
『運良く助けることができても、また日本人が狙われる。そうしたらまた助けるのか?』
「無論だ」
『やめとけ』
イーアドはまたごろりと、敷きっぱなしのマットに横になった。
『きりがない。そんなことをしている間に、お前は大切なものを失う。はじめから日本人が首を突っこむべきじゃなかったんだ』
「ふざけるな」
とうとう、土方は鉄格子にしがみついて言った。
「カリフ国の非道を見逃すわけにはいかねえだろう。義を見てせざるは勇なき也、いま戦わなかったら、おれは武士じゃなくなっちまう」
『面倒なやつだ』
「大切なものを失ったのが、お前だけだと思うなよ」
『……またな』
イーアドはとうとう、ごろりと背中をむけてしまった。粗末な囚人服を着た、意外に小さな背中だった。
「はい」
と、沖田が明るい声を出した。手まで挙げている。
土方とイーアドの間に割りこんで、発言したいと言っているのだろう。
「なんだ沖田?」
仕方なく土方が訊いてやった。なんだかんだいって、かれは沖田に甘い。
「イーアドさんを出してあげて、トシさんと正々堂々、決闘すれば良いんじゃないでしょうか。まだ決着はついてませんでしたよね?」
「あのなあ……」
土方があきれた口調で言った。
だがイーアドは、
『面白い』
と、首を沖田のほうにむけて言う。
『小僧、わかってるじゃないか』
「小僧じゃありません」
沖田はちょっと唇を突き出して言った。