「誘拐?」
めずらしく土方が素っ頓狂な声で聞きかえした。
「どういうことですか」
新選組隊士たちは任務があけた後、そろって中隊長に呼び出されていた。
中隊長はタブレットを放り投げるようにして机に置いた。動画が再生されている。隊士たちは雁首をそろえてタブレットを注視した。うしろで平助が「おれにも見せろよ」とぴょんぴょん跳びはねているが、まったくそれどころではなかった。
――ミューが、橙色の服を着せられて砂地に座らされていた。
ほかにも二人の白人男性が、同じように座らされている。みな虚ろな表情をしていた。背後にはAKを持った兵士が不気味に突っ立っている。
映像は淡々とミューたちのすがたを映していたが、やがて音声が入り始めた。
『神聖な土地を汚す異教徒ども。お前たちの夜に安息はない。首都を落とされようとも、我々は戦って戦って戦い抜く。期限は一週間後だ』
そして唐突に、映像が終わった。
『ついさっき、カリフ国の残党が義勇軍に送りつけてきた動画だ』
中隊長は淡々と事実を告げた。
「……期限とはなんの期限ですか?」
青ざめた表情の山南が訊いた。
中隊長はすこしの沈黙のあと、
『カリフ国は身代金を要求している。その期限だ。だが、おそらく日本政府は身代金を払わないだろう』
「なぜです?」
『一緒に捕まっているのはアメリカ人だ。かれらは決して身代金を払わない。一度払えば、次々に自国民が襲われると考えているんだ。そして日本政府が誰の顔色をうかがっているのかは言うまでもないな』
「おれたちのせいか」
と、やや唐突に土方が言った。
みな、沈黙している。沈黙がこたえだった。
「おれたちがカリフ国と戦ったから、同じ日本人のミューが狙われた」
歯を食いしばって、なにかに耐えているかのように土方は言った。
「……ひでえ」
平助のつぶやきが漏れた。
「正々堂々と勝負できねえのかよ」
「私たちの論理が通じない相手もいます」
山南がたしなめるように言った。
「でもよ土方っつあん」
頭の後ろで手を組んだ左之助が、口をはさんだ。
「こいつらんとこ行って全員蹴散らしてミューたち助ければよくねえ? そういうの無し? なあアンジー」
『名前で呼ぶな』
中隊長が冷たい目で左之助をにらみつける。
『ミューたちの居場所がわからないから誘拐が成立しているんだろうが』
絶望的な沈黙が降りた。
ややあって土方が、
「おれたちに、なにか出来ることはありますか?」
と訊いた。
『何もない』
中隊長が淡々と言った。
中隊長室を辞して、大通りに出た土方は、立ちどまって周囲を見わたした。
廃墟だった。近代的なつくりのビルも、中東式の石造りの建物も、ほとんどが半壊していた。内部が露出して階段が見えていた。この占領した首都に、人が住めるようになるには時間がかかりそうだった。
「……仕方ねえな」
土方はぼそりと、覚悟を決めるようにつぶやいた。
「なんだって?」
左之助が訊きかえした。
「仕方ねえ、と言ったんだ。あいつを利用する」
「誰だよ」
「イーアドに決まっている」
土方が決然とあるいていく。あわてて隊士たちが付いていく。
治安維持部隊の捕虜収容所、そこにまだイーアドがいるはずだった。