第6話:仕事仲間

 クロードの心配を余所に馬車は無事にハーキマー王国の王都:カーネリアンへと到着する。ハーキマー王国はブラッドストーン大陸の東側に位置していた。この大陸には他にいくつかの国があるがハーキマー王国はその国々の中で2番目に大きな王国であった。その王都:カーネリアンに到着したクロードとローズマリーは馬車の運転主にお礼を言った後、自分たちが所属する第3騎士団のとある部署へと向かう。


 とある部署の名前は第10機動部隊というなかなかに物騒な名前がつけられていた。しかしながら、この部署に配属されるということは左遷されたと同義である。この部署の基本的な仕事と言えば、雑事がもっぱらであったからだ。第10機動部隊に配属される前は何かしらの字名あざなをもらえるほどの活躍をした者ばかりだ。


 クロードは【100人斬り】という字名あざな持ちである。だが同時に100人の部下たちを死なせた【死神デス・ゴッド】というあだ名もつけられている。そういう経緯もあり、クロードがこの部署に配属された当初、クロードはかなりやけっぱちになっていた。


 クロードは、過去に部下を全員失ったことから、心に深い傷を負っていた。彼は当初、部隊に配属された時、誰とも深く関わらないようにしていたが、マリーとの出会いとこの部署に配属されていた面々の性格が良い方向に働き、彼の心を少しずつ溶かしていった。今のクロードはすっかり丸くなっていた。


「マリーちゃん、おかえり~~~。久しぶりの帰省はどうだったんだい? もちろん、お土産も期待してるぜ?」


「ただいまー、レオンさん。パパから果物の詰め合わせをもらってきたから、みんなで食べましょう」


 マリーが見るからに尻軽そうな優男にただいまの挨拶をする。優男はかごいっぱいの果物をどれどれと品定めしていた。クロードがマリーの隣に立っているというのにまるでそこに存在していないかのような扱いをしている。それを見かねてか、この部署の机のひとつに着席していた魔法使いのいで立ちをした男が立ち上がり、クロードの方へと歩いて向かっていく。


「レオンくん、クロードくんを無視するのはあかんのやで。マリーちゃん、クロードくん、おかえりなさいやで!」


「お、おう、ただいま。てか、レオン、まだ怒ってるのかよ」


「そりゃそうだ。職場の華のマリーちゃんと実家にご帰省だ。普通なら3日は口を聞いてもらえなくても文句を言えない立場だ。な? そうだろ? ヨン」


 第10機動部隊の隊長とその補佐3人が一同に揃うことになる。隊長はローズマリー・オベールでありその補佐官として、100人斬りのクロード・サイン、軽業師かつナンパ師のレオン・ハイマート、魔法使いのヨン・ウェンリーであった。この補佐官たちは誰も彼も一癖持っており、それが原因でこの部署に飛ばされてきたのである。


 そんな彼らであったがマリー隊長という存在のおかげか、基本、仲が良かった。しかしながら、レオンの言う通り、抜け駆けのようにマリー隊長をさらっていったのがクロードである。ナンパ師のレオンから見れば許されざる行為をしたのだクロードは。


「あーあー。クロードにかっさわれるくらいなら、俺っちが先に手を出しておきゃあよかったッスわ。愛想が悪いクロードだから安心してた俺っちも悪いんだが」


 クロードへの嫉妬心からのからかい方が可笑しかったのか、マリーはクスクスと笑いを零す。果物が大盛りになっているかごを机の上に置き、改めてレオンとヨンに無事にこの部署へと戻ってきたことを報告する。クロードはそんなマリーを目で追いかけつつ、自分の机へと着席する。するとだ、クロードのの正面に座るヨンが何か他に報告することがあるんじゃないかとウインクしてくる。クロードはやれやれとひとつため息をついた後、部署にいる面々に聞こえる声で告げる。


「あー、無事にマリーの父親に俺との交際を認めてもらった。だが、俺はそれを自慢げにここで披露することはない。仕事は仕事、プライベートはプライベートでしっかり分ける。そこは安心してくれ」


 クロードがそう宣言するや否や、クロードの隣の席に座るレオンがヒュゥ~~~! とからかいの口笛を吹く。クロードはイラっとしたが、ここでレオンの挑発に乗ればガキ丸出しだ。クロードはマリーを託された身なのだ。ナンパ師のレオンの挑発に乗っていられるほど暇じゃなかった。しかしながらレオンはクロードの机のほうへと身体を思いっ切り寄せてくる。そしてあろうことにか、クロードが装着している獣の腕を象った右腕の籠手をつんつんとつついてくる。


 最初は恐ろしげに警戒心を持っていたレオンであったが、だんだんいつもの慣れなれしい感じを持って、いやらしい撫で方で籠手を触り始めた。クロードはギョッとした顔つきになってしまう。


「やめろっ! これに触るんじゃねえ!」


「うおっと! クロード、どうしたんだ!?」


 クロードはつい声を荒げてしまった。しまったと思うと同時に自分の右腕を左手で抑える所作を取る。自分でも気にしすぎだと思ったが、仕事仲間に何かあっては一大事だという懸念もあった。自分の右腕に装着しているこの籠手はマスク・ド・タイラーの遺物だ。この遺物は呪いが宿っている。その呪いが自分以外の誰かに伝染するのではという不安があった。しかしながら、いやらしい手つきでこの籠手を撫でまわしたレオンに呪いが伝染したような雰囲気はなかった。それゆえにクロードはほっと安堵する。


「どうした、どうした。その見るからにいわくつきの籠手になんかあんのか? 俺っちが相談に乗るっスよ」


 クロードはレオンの身を案じているというのに、おかまいなしとばかりに余計にこちら側の席に身を乗り出してくるレオンであった。こいつのこういうグイグイくるところにクロードはけっこう助けられている部分があったが、それでもレオンを巻き込みたくない気持ちがあった。クロードは左手でレオンの横っ面を押し、無理やりに自分の身から距離を開けようとする。


「レオンくん。魔法使いのわいの見立てだと、クロードくんが装着している籠手は呪物の類みたいやで。あんま触らんほうが良さそうや」


「やっぱそうッスか! 魔力をほとんど持たない俺っちでもヤバそうって感じるッスもん! でもダメだと思うと余計に詮索したくなっちまう! なあなあ、クロード。その籠手、どこで拾ってきたんだ?」


 ヨンがクロードに助け船を出してくれたというのに、まるで逆効果であった。話してくれるまで、クロードにまとわりついてやる! と言わんばかりにクロードのほうへとグイグイ来るレオンであった。クロードはどう言えばいいのか悩む。悩みながらマリーの方へと視線を向ける。クロードが視線を送った先にいるマリーは困ったとばかりに苦笑していた。


 しかしながらマリーはクロードと視線が合うと、うんとひとつ頷いてきた。それを受けて、クロードの不安は少しだがやわらぐこととなる。クロードは打ち明ける決心を固めた。クロードは今から説明させてもらうから、身体を元の位置に戻せとレオンを促す。レオンは待てをされたワン・シャンのように期待いっぱいのキラキラした目をしていた。レオンはそんなに景気の良い話じゃねーよと思いながら、マリーの実家であった出来事を告げる。


「おおお! マスク・ド・タイラーって、まじであのマスク・ド・タイラーなのか!? 良いっスね! 百人斬りに箔がつくってもんじゃないッスか!」


「おまえなあ……。この右手を見てもそれが言えるか!?」


 クロードは底なしに明るい感じを醸しだすレオンに向かって、むき出しの自分の右手を見せる。そして、籠手に語り掛けるようにぶつぶつと何かを呟く。するとだ、クロードの右手はまたたくまには黒く変色し、赤い葉脈がより際立つようになる。肌はまるで甲殻に覆われたかのように固く見え、爪は鋭く尖っていった。


「これでも箔がつくって言えるか?」


「お、おお……」


 クロードは変わり果てた自分の右手をレオンのほうに差し出す。クロードはこの変わり果てた右手を見ると、心の奥底に冷たさを感じた。しかしながら、冷たさを感じると同時にどうしようもない獰猛な獣の鳴き声が聞こえてくるような気がしてならない。暴力のあかしでもあるのだ、変り果てたこの右手は。


 レオンは直接、手でこそ触れてこなかった。さすがに触れるのは怖いと言ったところなのだろう。いろんな角度から見ようと顔の位置を変えに変えまくる。そして、ひとしきり見終わった後に一言、レオンは言う。


「かっけええええッス……」


「ああん!?」


 レオンの一言にクロードはつい喧嘩腰な声を口から漏らしてしまう。しまったと思いながらもレオンはクロードの気も知らずに言葉を繋げていく。


「俺っちも『お前のためなら、俺っちがどうなろうがかまわねえ……。この手でお前を守ってやるっス!』って言いたいすわっ!」


「おまえなあ……」


「俺っち、言葉に説得力ってーもんがないせいか、すーぐ女の子から縁を切られるッスから」


 ちょっとばかし照れてるレオンの言葉を聞くや否や、クロードは脱力してしまう。妙に緊張していた自分がバカだったかもしれんとすら思えてくる。レオンのいつも通りの反応に今回も救われたなと思えてならないクロードであった。