クロードは部署の皆に自分の変わり果てた右手を見せた後、籠手に意識の上で語り掛ける。すると右手はゆっくりと元のヒトの手へと戻っていく。しかしながら形は元に戻っても、赤い葉脈のような筋は残ったままだ。クロードはこの赤い葉脈のような筋を見ながら、心の中に不安という寒さを感じずにはいられなかった。
「これ、ヒビが入ってるわけじゃないんッスね」
「わいの見立てだとサインとかコードの類に見えますなあ」
クロードの右手は今や部署のおもちゃになりつつあった。恐る恐ると言った感じでクロードの今の右手の状態を見る者。つんつんと指先でつついてくる者などさまざまな反応だ。そのなかでも興味深くクロードの右手を観察していたのが魔法使いのヨン・ウェンリーであった。彼は赤い葉脈のような筋を人差し指の先で何度もなぞり、この謎の現象を解明しようとしてるようにも見えた。
「ヨン、何かわかりそうか?」
「読むことまでは無理やわー。でも、何かを示していることだけは確かなんやけどなあ、呪文のようでありながら、規則性がさっぱりわからん」
魔法使いのヨンでもお手上げといったところであった。クロードはこの呪いを解く鍵があるのではないかと期待したが、それは叶いそうにもなかった。ヨンはこんな閑職に飛ばされた身ではあるが、実のところ王宮魔術師会のひとりであった立派な経歴持ちである。それゆえにヨンがわからないと言えば、この王国でこの右手に刻まれた呪いを解くことは相当難しいことになる。
ここでクロードはマリーの父親であるカルドリア・オベールの言っていたことを思い出す。カルドリア本人もこの呪いを解くためにいろいろと手を尽くしたということを。伯爵の位であるカルドリアだ。王宮魔術師会にも相談していて当然だ。呪いを解くには至らず、ごまかすという手法に至ったのだ、彼は。クロードはそう簡単にいくわけがないよなとため息をつく。
そんな様子のクロードたちにとある仕事が舞い込む。閑職と言われる部署なだけはあり、雑務が数件、依頼されたのである。この第10機動部隊の隊長であるマリーは渡された依頼書に目を通す。そして、矢継ぎ早に部署の面々に指示を出していく。
ある者は王都の警備の補充員として。ある者は冒険者ギルドの人気の無い依頼を受けるために。そしてある者は貴族が飼っている
今、この部署に残されたメンバーと言えば、マリー隊長とその補佐官3人であった。彼女らは残された依頼書を手に取り、どうしたものかと思い悩む。
「突然、空から大岩が降ってきて、王都へ続く道のひとつを塞いでしまったと。あのーーー、これってあたしたちの仕事に入るのかしら?」
「マリー。言いたいことはわかる。土木作業員を雇えばいいじゃないって言いたいのは」
「でもッスよ? 腐っても第3騎士団所属の第10機動部隊に頼んできたんッスよね」
「ふむ。勘が良いガキは嫌いだよって言われそうやんか。こりゃその大岩を土木作業員には頼めない事情があるってことやな」
きな臭いものを感じながらも、マリー隊長を先頭に4人は現場に直行する。するとだ、ヨンの予想通りのことが起きたのである。王都へと続く道を塞いでいた大岩は意思を持っていた。4人が現場に到着し、大岩へ近づくと、その大岩はみるみるうちにヒトの姿へと変形していく。
体長4ミャートルはある大きなヒトであった。その姿からはっきりとわかるのはこの大岩は大岩ではなく、魔法で作られた人造のヒトであったのだ。その名は土くれのヒト。またの名をゴーレムといった。
「そんなヲチだと思ってたよ! マリー、こっちへ!」
クロードは破片をまき散らしながら変形していくゴーレムからマリーを助けるべく、マリーの左手を右手で引っ張り、自分の身体へとマリーの身体をぴったり密着させる。そうした後、左手で背中のマントを大きく広く翻し、空から降り注ぐ破片がマリーに当たらないようにする。
「ありがと、クロード! ヨンさん、魔法でゴーレムの動きを止めてもらえますか!?」
「今やってる最中や! しっかしすごい魔力耐性や! わいの静止命令をいっさい無視しようとしやがってるんやで!」
ヨンは右手に持っている
(これはただの野良ゴーレムじゃないな……)
ヨンは額に汗を浮かべ、魔力をさらに注ぎ込もうとしたが、ゴーレムの魔力に対する耐性に驚きを隠せなかった。
「おらおら! こっちを見ろッス!」
ヨンが四苦八苦している中、そのヨンをサポートすべく、軽業師のレオンが動く。ヨンがゴーレムに狙われないようにしなければならない。レオンはゴーレムの注意を引くために動く。
レオンは軽く体を動かし、素早く5本の
「俺っち、自分で自分の技術力を褒めたくなるっスわ!」
レオンに注意が向いたゴーレムは顔面に
「うおっと! 軽業師相手に地面を揺らすのは反則っスよ!?」
地面が揺れることでレオンはゴーレムから距離を離すのに難儀してしまう。ゴーレムが右手を開きながらレオンを薙ぎ払おうとする。しかしながらゴーレムの右腕はヨンが放つ魔力の鞭によって捕らえられる。
ヨンは魔力の形を魔法によって変えていた。先ほどまでは波であったのに対し、今は鞭にしていたのだ。ゴーレムは自分の右腕の動きを止めた魔法使いの方へと振り返る。
ゴーレムは振り返った後、大きく口を開ける。さらにはその空いた口にめいいっぱい空気を吸い入れる。そして吸い込んだ空気を外に吐き出すと同時に腹の中のこぶし大の石を大量に吐き出す。
「こりゃ相当に訓練されたゴーレムやんけ! 誰や、訓練済みのゴーレムを不法投棄したアホは! 犯人を見つけたら、どついたるからなぁ!」
ゴーレムがヨンのほうに向いた時点でヨンは魔力で作った鞭をすぐさま消していた。次にゴーレムが攻撃をしてくる先は自分だとわかっていたからだ。ヨンは新たに唱えた呪文で
ヨンの読み通り、ゴーレムはヨンを攻撃してきた。ヨンは額からさらに汗を垂れ流し、必至の形相になりながら、
「マリー、いけるか!?」
「うん! 任せて!」
マリーは目を閉じ、深い呼吸をした。風の精霊の声が耳に響く。
「風の精霊よ……。あたしの望むままにあたしとクロードを運んで!」
マリーの言葉に応じ、空気が静かに震えた。目に見えない風が彼女とクロードを包み込み、まるで風そのものと一体化するかのように、二人は空へと舞い上がる。
マリーは精霊と会話が出来る特殊な人間であった。魔法は詠唱と魔力をもってして自然界に働きかけて魔法を放つ。しかし、マリーは自然界の代表ともいえる精霊と直接的にヒトの言葉そのままで精霊と通じ合える。いわゆる『精霊使い』である。
精霊使いは単なる魔法使いとは異なり、精霊たちと心を通わせ、共に戦う者たちのことを指す。そしてこの世界に片手で数えるほどしか精霊使いは存在していなかった。そんなマリーが風の精霊に頼み、空高くへとクロードと共に昇る。
クロードは自分の背丈ほどもある
「クロード、頼んだわよっ!」
「いいぜっ! いつも通り、俺をぶっ放してくれ!」
この一連の流れはマリーとクロードの
その巨大な矢と化したクロードがゴーレムの斜め上からゴーレムの顔面目掛けて解き放たれる。ゴーレムはヨンが張る
「これが俺とマリーの力だ!」
クロードによって振り下ろされた
ガキーン! という鋼鉄の刃がゴーレムの頭に食い込む音が盛大に辺りに響き渡る。ゴーレムの顔面中に大きな亀裂が縦横無尽に走る。しかし、次の瞬間、クロードの手は跳ね返ってきた強力な反発力に耐えきれなかった。ゴーレムの頭を完全に砕ききる前にクロードは武器を手放すことを余儀なくされた……。