警察のバッシングを煽るようにテレビでも報道を始めた。
警察庁と警視庁のみならず大阪府警や兵庫県警、愛知県警など大都市を管轄する警察本部に報道記者やJNRから支援を受けた市民団体が押しかけて騒ぎ立てていた。
ただ秋田県警の周りには人っ子一人おらず騒ぐ人間はいなかった。新潟県警も意外と騒ぐ人が少なかった。スナック佐渡のりりこママや幾人かの市井の人たちが冷静な対応を呼び掛けて落ち着いていたのである。
実際のところ地方の県警はそれほど大きくはなかったのである。ただ、大都市圏は大きな騒ぎとなっていた。
警察庁長官の鬼龍院闘平はその騒ぎを17階の警察庁長官執務室から見下ろし駆け込んできた次長の水村修一郎が「代議士先生がどういうことかと聞かれているんですよ!」と言うと冷静に「直ぐに収まる。我々が落ち着かなくてどうする!」と喝を入れて東京の街を見つめていた。
「このままではJNRの思うつぼだ。だがここで警察が腐っては日本の国民を守ることは出来ない……みんな、頼むぞ」
秋田から東京に戻った東大路将は実家に戻り母親と姉の茉莉と夕食の席で向かい合いながら
「瀬田祥一朗って人を知っている?」
と聞いた。
茉莉はチラリと母親の茉代を見た。茉代は息を吐き出すと
「そうね、知っているわ」
と答えた。
将は表情を厳しくすると
「教えてもらいたい」
と告げた。
彼女は冷静に
「知ってどうするの?」
と聞いた。
将は真っ直ぐ彼女を見つめて
「その瀬田祥一朗って人は犯罪組織の人間で罪を犯した人だ。だが、俺の知り合いであることを知った方が良いと言われた」
と言い
「身内であることで迷うかもしれないと思われているかもしれないけど俺は身内でも犯罪者なら逮捕する」
と告げた。
彼女は少し苦く笑って
「そうね、難しい問題だわ。確かに罪を犯しているなら逮捕することは正しいと思うわ」
と言い
「将、私が貴方に警察官になって欲しいと思ったのは利也さんの後を継いでほしい気持ちもあったけど……もう一つあったの」
と告げた。
「でも、今の貴方じゃその願いは到底叶えられそうにないわ」
将は「え」と声を零した。
彼女は将を見ると
「瀬田祥一朗はJNRの組織の六家という事でどんな罪を?」
と聞いた。
将は「それは」と言い
「今は分からないけど、必ず暴いてみせる」
と答えた。
彼女は息を吐き出して
「お父さんは弟を信用したわ」
と告げた。
「正義の心を信用しなくてはならない時もあるわ」
……JNRの人間になると言った時にそれでも正義の心は失わないと言った弟を信用したわ……
将は翼の言葉を思い出した。
『俺もJNRの人間だった……でもお前は仲間として受け入れてくれた。でも六家は別か?』
将は俯き
「瀬田祥一朗が何故六家になったのか……何のために六家になったのか」
と呟き
「俺は六家の人間は全員私利私欲のためだと思ってた。天童やJNRの組織になった人間の中には生きるために入ったものや本当の正体を知らずに入ったものの正義を捨てきれずに心を入れ替えて生きようとした人間もいると分かったから受け入れた」
と言い
「そのまま私利私欲のまま罪を重ね続ける人間がいるのもわかったからそう言う人間は逮捕した」
と告げた。
「六家は始まりだから……全員騙されたりしたわけじゃなくて自分から全てが分かっていて欲の為に入ったんだと思っている」
茉代は笑むと
「祥一朗さんの妻は私の妹でなるみ礼二が開発した密輸ルートからばら撒かれた麻薬に侵されて自殺したの」
と告げた。
将は目を見開いて茉代を見た。
彼女は視線を伏せ何処か憂いを乗せて
「妻が麻薬中毒で自殺なんて……祥一朗さんは警察官であったのに気付かなかった自分の愚かさと愛する妻を助けられなかった自責の念とで葛藤したんでしょうね。警察を辞めるとあの人に話をしてきたわ。それを止めたのが鎌谷元警察庁長官だったの。鎌谷元警察庁長官もなるみ礼二と金で繋がっていたけれど心には捨てきれない正義があったと思うわ。それと彼と本当に利害関係で繋がっていた面々が何か大きく罪を広げるかもしれないという危惧も持っていたのかもしれないわ。祥一朗さんに何時か警察庁長官に信用できる人物がついてなるみ礼二の負債が動き出した時に力になってもらいたいと、あえてなるみ礼二の下に行くように頼んだそうなの」
と告げた。
「その代わり悪の組織に入ることで周囲に迷惑をかけるかもしれない。いえ、たった一人の息子の全てをめちゃめちゃにするかもしれないのであらゆる物を切り捨てる気持ちがないとダメだという話だったの」
将は蒼褪めると
「ま、さか」
と告げた。
母親の茉代は静かに頷いた。
「将、貴方の本当の父親なの。祥一朗さんは」
将は暫く呆然と虚を見つめた。頭の整理がつかなかったのだ。六家の一人でいつか対峙する時がくる敵だと思っていたからである。
茉莉は経緯を知らなくても弟の将が両親の子供でないことは知っていたのだ。父親が連れて帰ってきた弟。それだけは分かっていた。
だけど。
「ね、将」
と彼女は呼びかけて
「私は将を本当の弟だと思っている。今も」
と告げた。
「将の性格もわかっているつもりだわ。その貴方がもしそういう組織に足を踏み入れようとしたら私はきっと『何故?』と聞くわ」
……きっとそこには理由があると私は知っているから……
「きっと貴方に瀬田祥一朗と言う人のことを知れと言った人は身内だと知れと言ったわけじゃなくて『何故その道を選んだのかを知れ』と言う意味で言ったんじゃないかしら」
六家の人びとにも理由はある。
金のため。
名誉のため。
所謂、欲のため。
だが、そうでない時もある。
将は姉の茉莉を見つめた。
彼女は微笑んで
「将は私とお母さんが押し付けて警察官になったけど……あの日から……合宿に出席した日から本当の警察官になったと思う。でも警察官は正義のために悪を捕まえてただ罰するだけなのかしら? 将のお父さんたちはどちらも警察官だったし正義はあったと思う。でもただ罰するだけの正義だったのかしら?」
と言うと
「ご馳走様」
と告げて立ち上がり自室へと立ち去った。
母親の茉代も笑むと
「今は考えなさい。貴方は祥一朗さんの血と利也さんの心を引き継いだ子よ、きっと貴方ならたどり着けるわ」
と告げて立ち上がった。
将は暫く黙って座り込んでいた。確かに瀬田祥一朗や六家に対してはただただ捕まえてやるという気持ちしかなかった。諸悪の根源はなるみ礼二親子と彼らで天童翼や根津省吾や他の下にいた人たちはある意味において騙されて入って逃げようにも逃げられない状況で……という人もいた。
反対に彼らと同じ立場の人間であっても自らの欲のために組織に寄り添い人を殺して罪を犯し続けていた人間もいた。
岩手で詐欺を働くのを手助けしていたクラブのママだった水谷梅子や新潟で教官を身代わりに殺して成り代わっていた佐々木紀夫など他にも沢山いた。
同じ立場であっても人によって正に千差万別だった。
結局、人なのだ。
「六家も……一人一人全てが違う人なんだ」
立場や階級だけを見て決めつけるんじゃなくて
「俺は全然人と向き合っていなかったのかもしれない」
罪は罪だ。
法を犯せば捕まり罰せられる。
だが肩書だけで罪もなく決めつけて罰するのは間違えている。
将は顔を上げて前を見つめると
「相手と向き合って……その行動が正義であるか、法を犯していないかを見極めないと」
と呟いた。
……警察官であってもそうでなくても『相手も人であり自身も人である』ことを忘れちゃダメなんだ……
「相手の立場がどうであれば一人の人間として『どうなのか』なんだ」