雪は深く肌寒かった。
ここ数日の大騒ぎで疲れ切っていた東大路将は目を覚ますと時計を見て目を見開いた。
「うげっ」
携帯の時間が7時を過ぎていたのである。遅刻の時間ではないが寝坊の時間ではある。急いで準備すれば間に合うと将は布団を押し退けてベッドから飛び降り、服を着てホテルの部屋を飛び出した。
朝食バイキングの会場であるレストランに降りると既に天童翼と根津省吾が食べており
「寝過ごした」
とスクランブルエッグとパンを取ってかじりついた。
翼は苦笑しながら
「まあ、間に合うから大丈夫だろ。喉詰めるなよ」
と言いゆっくりとコーヒーを口に運んだ。
頷きながら将は食べ終えると2人の後を追うように食事を終えて部屋へ戻って準備を整えた。秋田県警本部に着くと三人は直ぐに本部長の執務室へ通されて秋田県警のトップ三人と向かい合った。
東北でも強固な県警本部である。
将は青森県警の事件で協力してもらった隼峰統秋田県警本部長と初めて対面したのである。
整った顔立ちに眼鏡をかけ、何処か理知的な雰囲気のある容貌の人物であった。彼は将たちを前に笑みを浮かべると
「ようこそ、秋田県警本部へ」
と告げ、ソファへと勧めた。
両脇を固めるのが北上友視と立花孝一であった。向かい合うようにソファに座り、隼峰統が唇を開いた。
「それで和田秀雄というJNRの六家の一人と繋がる人物を捉えようとする方法を教えてもらいたい」
将は腕を組むと
「そこなんですが……」
と呟いた。
正直、彼を釣るには秋田県警は強固すぎるのかもしれないと改めて考えたのである。協力は絶大だが相手にとっても強固な壁なのだ。
北上友視がそれに笑いながら
「相手を釣るにもここにはJNRの人間がいつかないからなぁ」
と告げた。
「寄り付くための餌がない」
言い方。と全員が彼を見た。それに隼峰統は眼鏡を軽く押し上げて
「その前に三人に合わせておきたい人がいるので」
と立花孝一を見た。
彼は立ち上がると部屋を出て一人の女性を招き入れた。
スラリとした体躯に綺麗な容貌をした女性であった。彼女は深く頭を下げて
「初めまして、鎌谷夕一の妹の真理奈と申します。助けていただき、ありがとうございます」
と告げた。
将は驚いて彼女を見つめ
「あ、いえ……」
と顔を赤くして
「俺こそ、お兄さんがあんなことをする前に解決できなくて……す、みません」
と告げた。
彼女は首を振り
「兄も皆さんに感謝しております」
と言い
「秋田県警の皆さんや鷹司さん、それにあの方には本当に」
と告げた。
将はハッとすると
「あの、鷹司さんが助けたとお聞きしたんですけど……何故、居場所を」
と聞いた。
隼峰統も北上友視も立花孝一も彼女を見た。彼女は笑むと
「最初に私を見つけ下さったのは年配の男性の方でした。父の知り合いの方で私たちが狙われるかもしれないと訪ねて来られていたそうです」
と告げた。
将は腕を組み
「そうですか」
と答えた。
恐らく三つの勢力がうごめいているという事だけは理解できた。その一つの警察の間に立っているのが恐らくは鷹司陽で彼の部下となっている平岡政春なのだろう。
しかし。
「菱谷の組織じゃないよな」
と呟いた。
それに翼は彼の横顔を見て
「東大路は誰が救急車を呼んだか知らないんだ」
と心で呟いた。
将が撃たれた時に救急車を呼んだのは自分ではない。まして、彼でも彼に守られていた新人警察官でもない。彼らにそんな余裕はなかったはずである。あの時、自分が見間違いで無ければ……JNRの六家の一人である瀬田祥一朗だ。
翼だけが知っていることである。
彼らの様子を見た隼峰統は眼鏡を軽く押し上げて
「真理奈さんの身柄は暫くの間このまま秋田県警の方で保護しておこうと思っています」
と話を進めた。
「今はまだ青森県警も落ち着いてはいないし、鎌谷夕一係長も入院しているのでその方がよいと判断している」
将は頷いて
「はい」
と答え
「真理奈さんはそれで?」
と聞いた。
彼女は微笑んで頷くと
「はい、悠也さんもその方が安心できると言っていたので」
と答えた。
そして、彼らに再度頭を下げると
「ご迷惑をおかけいたしますがよろしくお願いいたします。ありがとうございます」
と告げた。
立花孝一が立ち上がると彼女を連れて席を外し、それを見計らって隼峰統が
「話は逸れましたが昨夜、桐谷課長と……赤木刑事局長と今回の一連の事件のことで報告をいただきました」
と告げた。
将も翼も省吾も彼を見た。
彼は息を吐き出し
「この事を知った方が対策は立てやすいと判断したので話しておきます」
と告げた。
「なるみ礼二長官官房審議官については粗方知っていると思います」
それに将も翼も省吾も頷いた。駐在員時代に海外の犯罪組織と結びつき麻薬ルートを使って巨額の金を手に入れ警察機構の中でのし上がった人物である。その彼が選んだ駐在所の選任がJNRの六家で彼らが政財界と結びついて組織として各地で警察内部に人を送り込み犯罪の隠ぺいなどを行い、勢力を拡大していった。
そう言う事だ。
隼峰統は軽くその説明をした後で
「JNRの大きな転換点はなるみ礼二長官官房審議官の逮捕と彼の娘の天海礼華の逮捕です」
と告げた。
三人は頷いた。確かにそれが無ければもっとそのルートは存続して六家以外にも同じ駐在員が増え本当に警察はその温床になっただろう。下手をすれば警察庁長官がなるみ礼になった可能性もあるのだ。
隼峰統は彼らを見て
「その転換点に存在したのが鷹司警視正と赤木刑事局長です。彼らと当時の警察庁刑事局組織犯罪対策部が動き全てを暴いたということです」
と告げた。
「その13年前にいち早くそれに気付き殺された夫婦がいました。それが鷹司警視正の親友のご両親でした。始めは火事だと隠ぺいされていましたがそれを全て明らかにしたのが鷹司警視正であり相棒である赤木刑事局長とソタイです。なるみ警察庁長官官房審議官と娘の天海礼華は逮捕され、その後になるみ警察庁長官官房審議官は獄中で亡くなりました」
……鷹司警視正は駐在員として主に離島などの異変を見張っておられた……
「そう言う経緯があったんですよ」
将はこれで鷹司警視正がその階級のまま駐在員と言う立場で動いている理由を理解し、またJNRと自分たちの動きを把握していたことが分かったのである。
「なるほど」
そう言った彼の隣で翼が
「その、瀬田祥一朗はJNRの六家だけど……」
と告げた。
その時、隼峰統が手で制止すると
「申し訳ない」
と携帯を取り出すと着信相手を見て
「少し失礼する」
と立ち上がり廊下へと姿を消した。
将は翼に
「六家の瀬田祥一朗がどうかしたのか?」
と聞いた。
翼は腕を組んで
「いや、結局……鹿児島で瀬田祥一朗の犯罪が明らかにならなかったから気になってな」
と誤魔化した。
JNRの六家で敵だと思っている将に『お前を助けたのは瀬田祥一朗だ』とは言い難かったのだ。
廊下から隼峰統が戻り
「申し訳ない、実家からの緊急の連絡で」
と苦く笑った。
北上友視はチラリと彼を見て
「そうか」
と答えた。
こいつの実家が緊急連絡などしてくるかよ、と内心突っ込みつつ
「まあこれは秋田県警のみの暗黙の了解だけどな」
と沈黙を守った。
隼峰統はソファに座り
「それで」
と言いかけた。
その時、立花孝一が扉を開けて
「あー、話しの最中に申し訳ないが先に急ぎの来客が来られたのでお通しした」
と告げた。
全員が戸口を見た。そこに黒縁の眼鏡をした男性が制服を着て敬礼をした。彼は厳しい表情を浮かべて
「隼峰秋田県警本部長に急ぎ話があり参りました」
と告げた。
「宮城県警本部長の小宮山であります」
将は驚いて腰を浮かしかけた。が、それを隼峰統が手で制止して立ち上がると
「お急ぎとのことで」
と言い
「どうぞ、先にお話をお聞きいたします」
と告げた。
そして、将たちに
「申し訳ないが少し席を外してもらえるだろうか?」
と告げた。
が、それに小宮山忠司は
「内部組織犯罪対策課の皆さんだと思いますので一緒にお聞きいただきたい」
と返した。
……JNRのことです……
「実はJNRのこの地域でかなりの力を持っている杉山真也という人物の居場所を突き止めたのですが……そこに……見知らぬ男と警察官が出入りしておりまして、我々だけで確保しようと思ったのですがどうやら銃などを持っているものがいるようで力を借りたいと恥を忍んで」
全員が顔を見合わせた。隼峰統は頷くと立ち上がり
「ちょうど我々も東北で動いているなるみ礼二の後を継いだJNRの中核の六家の一人を捕獲しようと計画を練っていたところでした」
と告げた。
「重要な情報を感謝します」
……ただ相手の反撃もありますので綿密な計画を立てない事には……
「先ず場所と地形を教えていただけますか?」
小宮山忠司は頷いて胸元から地図を出すと
「部下から受けた報告ではこちらです」
と告げた。
将も翼も省吾もテーブルに広げられた地図を覗き込むように見た。そこは山裾の一角で隼峰統は
「なるほど、たしかに隠れ家には良い場所かも知れませんね」
と告げた。
小宮山忠司は頷いて
「ええ、人を配置するにも山側は難しいのでこの三方から取り囲むしかないと」
と告げた。
隼峰統は頷くと
「そうなると盾で身を守りながらの人海戦術になるので機動隊を動かすしかないな」
と呟いた。
小宮山忠司は全員が地図を見つめるのを目に
「あと、これは確認が必要なのでこの屋敷の攻略が受けてもらえたら調べに行こうと思っていたのですが……杉山真也は別荘があるようで数日前まで人が出入りしていた様子があったと」
と告げた。
将はハッとすると
「もしかして、鎌谷真理奈さんを監禁していた」
と心で呟いた。
それに関しては全員が同じ意見を持っていた。隼峰統は小宮山忠司を見ると
「そこをこれから?」
と聞いた。
小宮山忠司は頷いて
「はい、別荘については私が内偵だけなので……危険はないかと思いますが」
と告げた。
「ここです」
隼峰統は彼を見ると
「しかし県警本部長が1人で危険だと思いますが」
と告げた。
小宮山忠司は息を吐き出すと
「はっきり言うと今は県警本部の誰を信じて良いか分からない状態で……もしご助力いただけるのなら偵察に先にご協力いただけたらと思います」
と告げた。
全員が顔を見合わせた。
それに立花孝一が頷き
「我々の要の本部長を動かすわけには行かないので俺と刑事部捜査一課の数名が」
と告げた。