第十一夜 2

 将は頷くとカバンから

「一つはこの二人について」

 と告げた。

「この二人の配属時期とかがおかしいのでその辺りで知っていることがあったら」


 古屋悠也は二枚を見ると

「あ、ああ……この二人は警務部の田中さんの縁故だって聞いたな」

 と告げた。

「まあ、君らも内情は大体わかっていると思うけど縁故はないと言いつつもあるんだ」


 将も翼も省吾も、平岡政春ですら顔を見合わせて苦く笑むしかなかった。


 翼は将に

「ってことはやっぱり」

 と告げた。


 将は冷静に古屋悠也を見て

「この二人と警務部の田中と言う人物はJNRの可能性があります」

 と告げた。


 古屋悠也は驚いて

「え!? まさか」

 と告げた。


 将は息を吐き出すと

「その辺りはちゃんと調べないとわかりませんが、この人事はタイミング的にも鎌谷夕一さんの見張りにはうってつけの配属ですし、これまでの経験上JNRは主に警務部……つまり人事を操作できる部署に人を送り込んでいることが多い」

 と告げた。


 古屋悠也は蒼褪めながら

「……確かに……わかった、俺も調べて置くし、この3人に関して夕一に注意するように言っておく」

 と告げた。


 将は頷いた。

「ただ、気になったのが恐らく俺たちのことやJNRの進出を考えても今回の鎌谷夕一さんの件は向こうが起こそうとして起こしたと思うので彼と狙われている組織犯罪対策課の課長にはJNRに狙われてる理由があるんじゃないかと思います」


 翼も省吾も平岡政春も将を見た。それに関しては自分たちは考えていなかったのである。


 古屋悠也は腕を組むと

「課長に関しては思い当たる節がある。青森県で最近急に外国人の移住が増えた場所があって……それが一か所だけ突出して反対に住んでいた住人が転出していったりいなくなったりしていて、その内偵をしている最中だからだろうな」

 と呟いた。


 平岡政春はハッとすると

「もしかしたら今別町の方では?」

 と告げた。


 古屋悠也は頷くと

「何故?」

 と聞いた。


 平岡政春は手帳を見ながら

「いや、鷹司さんが県データの転出と転入のチェックしていた時に気にかかると言っていた場所の一つだったので……あそこは近くに幾つもの津軽海峡に面した漁港があるし半島でも奥まった場所で何かしていてもわかりにくいが外部へのアクセスは悪くないとか言ってました」

 と告げた。

「あと仲泊と……大鰐です」


 古屋悠也は息を吐き出すと

「あの人は何者だ」

 とぼやきながら

「そこは二つとも課長も気にしていた」

 と告げた。


 そして暫く沈黙を守った後に

「これは関係ないかもしれないが」

 と言うと

「鎌谷は隠しがっていたがまああまり評判は良くないんだが二代前の警察庁長官の息子なんだ。鎌谷元警察庁長官のな」

 と告げた。

「浜中前警察庁長官の時に海外の組織と繋がって麻薬ルートを開発して逮捕されて刑務所で自殺したなるみ礼二元警察庁長官官房審議官を伸し上げた人で金で繋がっていたって話があってな……鎌谷自身も『否定はできない』と言っていたが、まあ、だからあまりそれを言いたがっていないんだ」


 将は「ああ」と言うと今回のJNRのできた経緯を思い出しながらも

「その事件は俺たちは知らなくて」

 と告げた。


 古屋悠也は苦く笑うと

「だろうなぁ、まあ一つの禁忌みたいなものだからな」

 と言い

「まあわかった発端は逮捕劇の13年前に警察庁のソタイの知り合いの両親が火事と見せかけられて殺されていたって話からだ。俺もその辺りはよくわからないが、赤木刑事局長配属されて直ぐのことだからもしかしたら赤木刑事局長の知り合いなのかもしれないが、それでその出回っていた麻薬ルートを調べるとその知り合いの両親が殺された島が中継地点になっていてなるみ元警察庁長官官房審議官が逮捕されたって話だ。その時に娘も一緒に逮捕されたらしい」

 と説明した。

「詳しくは赤木刑事局長に聞いたらいいと思う。あの当時のソタイで残っているのは赤木刑事局長くらいだからな。みんな勇退しているからな」


 将は頷いて

「はい」

 と応え、鷹司陽の言葉を思い出していた。


『同僚で仲間で……相棒だな』


 もしかしたら彼のその時に赤木刑事局長の側にいたのかもしれないと考えたのである。


「でも、鎌谷元警察庁長官は利害関係があったけどなるみ元警察庁長官官房審議官を警察庁長官にしなかったのは事件が発覚したからですか?」


 古屋悠也は首を振ると

「いやいや、事件発覚は鎌谷元警察庁長官が辞めた後だ。浜中前警察庁長官になって暫くしてからだな。その間はなるみ元警察庁長官官房審議官が下についていたから」

 と告げた。

「まあ、話では浜中前警察庁長官にしたのは最後の良心だったんじゃないかなんて言われている」


 翼は冷静に

「ってことは、そのなるみって奴は鎌谷元警察庁長官を恨んでいた可能性があるよな。裏の繋がりがあったら後釜の警察庁長官になれると思っていたと思うし」

 と告げた。


 将は小さく頷いた。

「ただ、亡くなっているからな」


 省吾はそれに

「でも、JNRで恩があると思っている人たちだったら?」

 と告げた。


 可能性はゼロではない。最後に裏切った鎌谷元警察庁長官の息子を序に陥れようとしたと考えられる。不思議そうに見ている古屋悠也に将は頭を下げると

「貴重な話をありがとうございます」

 と言い

「最後に真理奈さんが行方不明になる前のことでわかる範囲を教えてもらえますか?」

 と告げた。


 古屋悠也は頷くと

「あの日は真理奈ちゃんと俺と夕一で食事をしようって話になっていて…夕一のLINEに『早く終わったのでそっちに向かいます』って入って県警本部の前で待っていたんだが、恐らく向かっている途中で」

 と首を振った。


 つまり。

 将はハッとすると

「わかりました! 古屋さんに連絡を取る方法を教えてもらえますか?」

 と聞いた。

「俺達の方でも何か分ったらご連絡します」


 古屋悠也は携帯を出すと

「直ぐには出れない可能性はあるが」

 と告げた。


 将は頷いてアドレスの交換を行った。古屋悠也を見送ると食事をして平岡政春に

「平岡が繋げてくれた防犯カメラの動画なんだが日付と時間を指定してみることって出来るか?」

 と聞いた。


 翼がそれに

「もしかして県警本部でと思っているのか?」

 と聞いた。


 省吾は驚いて

「まさか、目立つし直ぐに足がつくと思うけど」

 と呟いた。


 将は頷いて

「でも、鎌谷さんには本部内に目があるから県警本部に知らせるなって言っているだろ? それに同じ警察の中の人間がすると思っていないから……ある意味において死角だと思うんだ。まして、妹さん自身が信用しているとしたらこっちで待っていてくださいって案内されたら付いて行きそうだと思わないか?」

 と告げた。


 平岡政春は息を吐き出すと

「出来る。明日するか?」

 と聞いた。


 将は首を振ると

「今すぐ」

 と答えた。


 そして、将は秋田県警の隼峰県警本部長に電話を入れると

「これは可能性の問題なんですが彼女を誘拐した人間が警察の人間かもしれません」

 と告げた。


 それを聞き隼峰統は眼鏡を軽く上げながら報告を手に

「それなら、報告で一台気になるパトカーがあると入っていました。しかしパトカーなのでと考えていたところです」

 と言い

「青森から岩手との県境を抜けて宮城へ抜けようとしていたパトカーです」

 と告げた。

「今回のように県越えの応援要請がない限りパトカーが県を越えるというのはないので」


 将は「宮城県か」と呟いた。

 もし、そうならば動くのが難しい。ここで自分たちが合宿を辞めて移動を始めたらそれこそ分かっています。まして、鎌谷夕一もそろそろ限界に来ているだろう。


 その時、古屋悠也から電話が入った。将は携帯を取ると

「あの」

 と言いかけた。

 それに被さるように彼の声が響いた。

「直ぐに来てくれ!! 本部の……屋上だ!!」


 全員が「「「もしや!」」」と考えると立ち上がって支払いを手早く済ませると走り出した。


 間に合え! 間に合え! 間に合ってくれ!!


 将は心で叫びながら懸命に走り、平岡政春が本部に着くと

「こっちだ!」

 とエレベータに案内し、それに飛び乗って最上階まで行くと飛び降りて屋上へと続く階段を駆け上がった。


 そこに2人に取り押さえられて倒れている鎌谷夕一の姿があった。将は駆け寄ると古屋悠也と知らない男性を見て

「ま、さか……間に合わなかった」

 と呟いた。


 それに男性が

「いや、俺は無事だ」

 と言い

「それより、鎌谷捜査一課一係長が」

 と呆然と告げた。


 古屋悠也の腕の中で苦しそうに

「救急車は……呼ばないでくれ」

 と告げた。

「俺は良いが真理奈は」


 将は携帯を手にすると

「救急呼びます」

 と救急車を二台呼び、男性を見ると

「貴方が組織犯罪対策課課長ですね」

 と聞いた。


 男性は頷いて

「ああ、和泉という」

 と告げた。


 和泉晟組織犯罪対策課長は顔を顰めて

「彼に呼び出されて飛びかかられた時は焦ったが、刺したのは彼自身だった」

 と言い

「それで遅れてやってきた古屋に話を聞いて……まさか妹さんが」

 と呟いた。


 古屋悠也は頷いて

「君たちに言われてあの二人を見張っていたら一人が階段で上から駆け下りていくのが見えて……」

 と顔を歪めた。


 将は頷くと

「時間はありません」

 と言い

「天童はその辺りにまだ誰か潜んでないか見張っていてくれ」

 と指示し、血に濡れたハンカチを手にすると和泉晟の胸元につけて

「倒れておいてください」

 と告げた。

「それから、古屋さんはきっと本部長などに聞かれると思うので和泉課長を刺して自分も刺したと話してください」


 三人は直ぐに理解するとその通りに動き出した。将は息を吐き出すと

「それから」

 と言いかけて平岡政春の姿がないことに顔を顰めた。が、今はそれどころではなかった。


「根津は一緒に付いて行って状況説明を」


 省吾は頷いて人々とともに上がってきた救急隊員を迎えた。古屋悠也は救急隊員に

「二人の手当てをお願いします!」

 と言い駆け寄ってきた本部長達を遮るように

「鎌谷が突然課長を刺して……俺が駆けつけたら自分自身も……」

 と涙を拭った。


 省吾は血に濡れて倒れている和泉課長を手当てしようとした救急隊員に近寄り

「このまま急いで搬送お願いします。これは警察庁からの指示です」

 とそっと呟いた。


 救急隊員は頷いてタンカーに乗せると騒めく人々の間を下へと運んだ。省吾は心で「俺、怖いこと言った助けてー」と叫びながら和泉晟と共に救急車に乗り込んだのである。


 将は見当たらない平岡政春を気にしつつも鎌谷夕一の救急車へと乗り込んだのである。鎌谷夕一は手当てを受けながら将を見ると

「真理奈は」

 と呼びかけた。


 将は冷静に

「今、調べています」

 と言い

「生きてください。そうでないと妹さんは地獄の苦しみを味わう」

 と告げた。

「貴方が死んで助かっても彼女は貴方の命の分だけきっと苦しみ続ける。生きるんです。絶対に」


 鎌谷夕一は唇を噛みしめるとそのまま意識を手放した。

 緊急手術が行われ和泉晟も救急車の中で事情を説明し表向き緊急手術となった。将が省吾と合流したときに隼峰統から着信があった。


「いま部下が鎌谷真理奈と思われる女性を保護した。秋田県警本部の方に向かって貰っている」


 将は安堵の息を吐き出すと

「ありがとうございます」

 と答えた。

「しかし、県を越えていたので……心配していましたが良かった」


 それに隼峰統は窓の外を見ながら

「宮城県のある人物の別荘に監禁されていたのを鷹司警視正が保護し、連絡をして秋田県の県境で引き渡してもらった」

 と告げた。

「彼女には身の安全のために暫く秋田県警の方で保護しておこうと思っている」


 将は頷くと

「それでお願いいたします。ここでやるべきことが終わったら次は秋田へ行きます。そして、お願いしたいことがあるので」

 と告げた。


 隼峰統は頷くと

「了解した」

 と答えて通話を切った。


 将は隣で立っていた省吾に

「真理奈さんは大丈夫だ」

と告げた。


 省吾は笑顔で

「良かった」

 と答え

「そう言えば、平岡くんがいなくなっていたね」

 と告げた。


 将は頷くと

「ああ」

 と答え

「でも彼女を助けたのが鷹司警視正だから……きっとJNRの凶行を止めるために動いていると俺は思っている」

 と告げた。


 その日の夕方に桐谷世羅と共に警察庁組織犯罪対策部の面々が青森県警にやってくるとJNRの組織員だった警務部警務課人事係の係長と彼によって捜査一課と二課に配属された二人が更迭された。同時に同じように彼が配属をした面々の聞き取り調査が大々的に行われたのである。


 鎌谷夕一の手術は成功し妹である真理奈の無事を知ると全てを話したのである。同時に和泉晟が内偵していた土地の不正売買についても大きくメスが入ったのである。


 将たちは一段落つくと予定外ではあったが行うとしていた合宿を予定通りに遂行したのである。それが終わると隼峰統と約束していた通りにその足で秋田県警へと向かったのである。


 彼らは青森から日本海側へ抜けて秋田へと向かう列車に乗り窓を見つめながら消えてしまった平岡政春のことを考えていたのである。


 何があったのか? まさか、裏切ってJNRの六家の一人に報告に言ったのだろうか? そんな憶測が将の胸の中に過ったが

「今は信じる。あの時の平岡は本当の心を見せてくれていた」

 と呟き、灰色の空の下で荒れ狂う日本海の波を見つめていたのである。


 同じ灰色の空の下で和田秀雄は宮城県の郊外にある大きな屋敷の一角で杉山真也を前に頭を下げていた。

「勝手なことをして申し訳ありません……しかし人質が見つけられずに成功していれば天海礼華さまも杉山さまに一目置かれたとおもい」


 彼はそう言いつつも隠している手で拳を作っていた。

 それを見た杉山真也は一瞬目を細めたものの直ぐに笑みを浮かべると

「新潟や今回やこれまでの度重なる勝手な行動は許してやろう……思わぬ収穫があったからな」

 とチラリと後ろの部屋の戸を見た。

「勝田、松村が捕まり、十津川は白馬に寝返った。お前を使ってあの女に入れ込んでこっちで勝手なことをされては巻き沿いを食らって共倒れになる」

 ……お前も馬鹿な考えを捨てた方が身の為だぞ……


 和田秀雄はそれに視線を動かして

「しかし、天海礼華様は六家を生んだなるみ礼二長官官房審議官のご息女で……なるみ礼二長官官房審議官が愛されていた子だと……白馬さまもそれを忘れてはならないと」

 と告げた。


 杉山真也はピクリと眉を動かすと

「それは奴自身が権勢を誇るための戯言だと気付かないのか」

 と言い

「最初はそうだ……だが十二分にその恩を返したし……あの女は六家を滅ぼす女だ」

 と立ち上がり

「とにかく俺は裏切り者の瀬田を白馬に渡して縁を切る」

 と告げた。


 和田秀雄は頭を下げて

「わかりました」

 と呟くと屋敷を後にした。

 が、少し離れると携帯を手に連絡を入れた。


「瀬田祥一朗を捕獲いたしました。それを引き渡して六家から抜ける算段をしているようです」


 ……え? 鷹司という者もですか? 天海さまがそのようにおっしゃっておられると、わかりました、白馬さま……


 和田秀雄はそう答えると携帯を切り宮城県警本部に向かって

「鷹司、陽と言えばあの時に鎌谷真理奈を連れて逃げた駐在か」

 と言うと車を走らせた。

「ちょうど良い、俺も先の礼をさせてもらわないとな」


 その時、一台の車がすれ違うように走って過ぎ去ったのである。


 将は秋田駅に降りたち、迎えに来ていた隼峰統の片腕である北上友視にホテルへと案内されたのである。


「もう7時だから、今日は秋田名物でも食ってゆっくり休んでくれ」


 彼はそう言うとホテル内のレストランへと三人を案内して食事を終えると

「では、明日秋田県警本部で」

 と立ち去ったのである。


 将も翼も省吾も部屋に入ると流石に疲れが溜まっていたようでバタンキューと倒れるように眠りに落ちた。


 この時、春の前の大寒の風が町を駆け抜けていたのである。