盛岡駅で東大路将を捕まえたのは青森県警本部組織対策部組織対策一課第一係の係長である古屋悠也と言う男であった。
彼は驚く将や側にいた天童翼や根津省吾に
「助けてもらいたい」
と告げたのである。
元々次の合宿の開催場所は青森県警であったが、はっきり言って何の準備もしていない。つまり、行ったとしてもどうしようもない状態なのだ。しかし、なぜ彼が盛岡に将が来ていることを知っていたのかが将本人も含めて三人ともが思ったのである。
驚く将と省吾を見て、最初に冷静さを取り戻した翼が
「取り合えず、そこのレストランに行こうぜ。この状態じゃ新幹線乗って東京って雰囲気じゃないからな」
と構内にある軽食だけしか置いていない小さなレストランへと全員を誘った。
将も頷くと
「だよな」
と言い、古屋修也に
「お話はお聞きしますが、落ち着いた場所で聞きたいので」
と歩き出し、照明がそれほど明るくない落ち着いた雰囲気のするレストランに入ると一番奥の席に腰を下ろした。
古屋悠也の隣に将が座り、正面に翼と省吾が座った。レストランは先にチケットを買って注文する形なので全員がコーヒーを買ってそれをテーブルの上に置いた。
店員が水をそれぞれの前に置いてチケットを千切り立ち去ると直ぐにコーヒーを持って
「どうぞごゆっくりと」
と定番の言葉を告げて立ち去った。
少し混乱した頭が落ち着き将は息を吐き出すと古屋悠也に
「それで助けてほしいというのは? それから俺を訪ねてきたんですか?」
と聞いた。
古屋悠也も落ち着いたらしく
「ああ、JNRの組織を専門に対処している部署があってそれが君たちだと聞いたので」
と告げた。
それに間髪入れずに翼が
「誰に?」
と聞いた。
古屋悠也はフゥと息を吐き出し
「鷹司警視正だ」
と告げた。
三人は顔を見合わせて
「鷹司……??」
と呟いた。
知らない名前である。だが、警視正とついているので署長か県警本部長辺りの人間なのだろう。将はう~んと唸りながら
「青森県警本部長が俺達にヘルプを求めさせたのなら」
と言いかけた。が、それに古屋悠也は冷静に
「いや、青森県警の本部長は斉藤君夫青森県警本部長だ」
と否定した。
「鷹司警視正はいまは弘前駅前交番で駐在をしている」
……。
……。
将は思わず
「え!? 駐在員?? 警視正で??」
と声を上げかけて抑えた。
翼も省吾も思わず息を飲み込んだ。通常はあり得ない。勿論、降格人事で左遷されたのならあり得るが、そういう警察官は大抵直ぐに辞めてしまう。しかも警視正のままなどありえない。
古屋悠也は疑惑の視線を向けられて
「いや、弘前駅前交番に来たのは2週間前で、その前はここの盛岡で交番勤務をしていたらしい……」
と告げた。
将は顔を顰めると
「益々あり得ないだろ」
と呟いた。
翼は目を細めて
「その前は新潟でその次が山形とか言わないだろうな」
と告げた。
古屋悠也は困ったような表情で
「そこまではしらん」
と言い
「その鷹司警視正が今なら盛岡に警察庁の内部組織犯罪対策課の人間がいると思うから、今の窮状を知らせた方が良いと言ってくれて……この顔写真を見せてくれたわけだ」
と携帯に写真を映した。
将はそれを見て
「これは警察内のデータベースにある身上書の写真だ」
と言い
「まあ、警視正ならアクセスできるけど……」
と携帯を手にすると
「課長に話を通しますのでヘルプの理由をお聞きしたい」
と告げた。
古屋悠也は頷くと
「同僚の刑事部捜査一課第二係長の鎌谷夕一がJNRに脅されて俺の上司であるソタイの課長を殺すように迫られている」
と告げた。
「内部でばらせばすぐに分かる。その場で彼の妹の真理奈ちゃんを殺すと言ってきている……奴は見張られているみたいで万一のことを考えてネットゲームを通じて俺にヘルプを出してきた。その時に偶々本部に報告書を出しに来ていた鷹司警視正が声を掛けてくれて内部は危ないから一番信用が出来る君たちに知らせるようにと言ってくれたんだ」
将は腕を組んで
「つまりその鎌谷夕一係長がソタイの課長を殺す前にJNRに知られないように妹の真理奈ちゃんを助けてほしいということですね」
と告げた。
古屋悠也は頷いた。
「だが、青森県警本部内は信用できない」
翼も省吾も将を見た。将は頷くと携帯を出して桐谷世羅に電話を入れた。桐谷世羅は直ぐに応答に出ると
「青森県警の話だな」
と告げた。
将は驚いて
「何故?」
と聞いた。
桐谷世羅は肩を竦めながら
「まあ、その話は後でするが……お前たちはそこから青森へ向かってくれ。こちらから岩手青森秋田の順で回っていると話を付けて置く」
と告げた。
「だが、青森県警の中にJNRの人間がいる可能性があるから十分注意してくれ」
将はそれに
「あの」
と言うと
「ここで試してもいいですかね?」
と口元に笑みを浮かべた。
……秋田県警……
古屋悠也は驚いて
「え? 青森県警がダメだから秋田って……それはやめてくれ」
と告げた。
そこにもJNRがいるかもしれないのだ。将は彼に
「話では秋田県警は特別らしくJNRの人間がいないと思われる県警本部です」
と言い
「恐らく東北にいる六家を瓦解させようと思うとそこの力を借りなければならない」
と告げた。
桐谷世羅はそれを聞き
「許可する」
と告げた。
「俺から隼峰県警本部長に話を通しておくからメールで送る電話番号へ連絡して話をしろ」
将は頷くと
「わかりました」
と応え、電話を切った。
古屋悠也は祈るように
「頼むぞ」
と呟いた。
将は送られてきた番号に電話をして直ぐに応答があると
「警察庁組織犯罪対策部内部組織犯罪対策課の東大路将です」
と告げた。
落ち着いた声が返り
「話はあらかた聞いている。青森県警には知らせずこちらで動ける人間を私服と一般車で協力する」
と告げた。
「いま選任して集めているので写真を用意してもらいたい」
……聞き込みも難しいから防犯カメラや高速のカメラの収集とかが主になると思うが……
切れ者である。将は承諾すると直ぐに古屋悠也から鎌谷真理奈の写真と彼女の住んでいた住所を受け取りそれと同時に和田秀雄の写真も付けて送った。
「違うかもしれませんが今各地で事を起こさせている人物です。JNRの人間と六家の一人とを繋いでいる人物です」
隼峰統県警本部長はそれに
「了解した」
と応え、集まってきた面々を見て
「今から携帯に送る女性を救出する。場所は青森全般だ。先ずは彼女の住んでいた場所から足取りを追ってもらいたいが、青森県警は現在関与できないので、防犯カメラと高速のカメラから頼む」
と呼びかけた。
「何かあれば直ぐに連絡を入れてもらいたい」
……人質の命が掛かっている、頼む……
それに全員が敬礼して立ち去った。
隼峰統は軽くメガネのブリッジを上げて
「……少し前に鷹司警視正から新潟、山形、岩手、青森と……あと宮城県警からの出入りについての警告は受けていたが……こんな形で協力することになろうとは」
と呟き、整った容貌に鋭い表情を浮かべた。
それに隣に立っていた北上友視が
「鷹司警視正って……警察庁刑事局の赤木刑事局長の懐刀だろ? その人が何であっちこっち動いているんだ? しかもここでは角鹿南駐在所で駐在していたし」
と告げた。
隼峰統は笑みを浮かべるともう一人隣で立っていた立花孝一と二人に
「鷹司警視正は県警本部長になると警察庁から巡回駐在員として受け入れの拒否をしてはならないと言われている」
と言い
「警察庁からの各県警本部の偵察員だと思う」
と告げた。
「前の県警本部長から話を聞いていたが今回は一人でなく二人だったが……恐らく今回の東北でのJNRの動きを読んで各地を回っているということだ。西日本で赤木刑事局長が動いてから即効で東日本に乗り込んだと言っていたからな」
……まあ今回はそれだけじゃないけどな……
それはシークレットと言うことである。
将は新幹線のチケットをキャンセルして直ぐに新青森行きのチケットを取り、その足で青森県警へと向かった。ただ、先に古屋悠也を青森へ戻るように言い、時間差で青森へと向かったのである。
自分たちと彼が一緒に青森に行くと動きが悟られる可能性があったからである。それだけ被害者が殺される可能性が高いということである。
新幹線に乗り将は翼と省吾とボックス席にして向かい合い
「とにかく、向こうで全てを手配するという流れで行こう」
と告げた。
「流れはこれまで何度もしているからわかっているし……リストも向こうでアクセスして用意しよう」
翼は頷いて
「そうだな」
と答えた。
省吾もコクコクと頷いて
「わかった」
と告げた。
緊張して新青森駅を降り立った時に彼らを出迎えたのは見知った人物であった。
「久しぶりだな、東大路教官に天童教官に根津教官」
平岡政春であった。
彼は警察官の制服を着て敬礼をすると
「青森県警本部へお送りします」
と告げた。
将は驚きながら
「平岡……」
と告げた。
平岡政春は黙ってパトカーまで彼らを連れて行くと運転席に座った。助手席には男性が座っており人好きのする笑みを浮かべると
「間に合ってよかったよ」
と言い
「秋田県警も動き出してくれたし、助かった」
と告げた。
そして肩越しに振り向き
「初めまして、現在弘前駅前交番で彼と駐在をしている鷹司陽であります」
と告げた。
将は目を見開くと
「あ、あの……どうして警視正で駐在を? それに何故俺たちのことを? それから」
と言いかけた。
平岡政春はゆっくりパトカーを走らせながら
「こいつもこんな慌てるんだな。おもしれー」
と心で突っ込みつつハンドルを動かした。
鷹司陽は息を吐き出すと
「ある人からJNR……なるみ礼二の負の遺産が動き出したと聞いたからね。西日本は落ち着いたし、十津川朱華は逃げたし……だったら次に向こうが固めようとするのは東日本東北方面だろうと思ってね」
と言い
「元々、俺は定期的に日本の駐在所を回っているからそのまま進路を北に向けただけだ」
と告げた。
「今はその人と赤木の連携役だな。向こうで言えば和田秀雄みたいな立場だ」
将はあっさり全てを応えられて息を吐き出しふと平岡政春を見ると
「その、平岡は何故?」
と聞いた。
あの時、自分の手を弾いてリベンジすると去っていったのだ。なのに。嬉しいし……安心したが何故? と思ったのである。
それに鷹司陽が
「彼は東北でJNRの情報収集をしていたから俺が拾ってある人に紹介した。ああ、勿論、彼の制服は正式のモノだから安心してくれ」
と笑って
「俺が赤木に用意させた」
と告げた。
翼も省吾も
「赤木、赤木って……赤木刑事局長だろ?」
と思っていたのである。
翼は息を吐き出し
「その、赤木刑事局長と貴方の関係は?」
と聞いた。
鷹司陽は静かに笑むと
「同僚、仲間……そして相棒だな」
と言い
「それにこれは俺やあの人や赤木のケジメの戦いだ」
と告げた。
「だから君たちの協力をしようと思う」
将も翼も省吾も顔を見合わせた。
平岡政春はそれに
「俺のケジメでもある」
と告げた。
「JNRに染まっていた決別の戦いだ」
将はそれを見ると笑みを浮かべた。
「すごく嬉しい。一緒に戦おう、平岡」
翼も省吾も言われて
「「俺たちもだな」」
と呟いた。
パトカーは青森県警本部の駐車場に止まり平岡政春は車を降りると、鷹司陽に会釈して前を行くと三人を連れて斉藤君夫県警本部長の元へと連れて行った。
鷹司陽は4人を見送り
「さて、俺も今回は動き回らないとな」
と言うと赤木勇介に
「瀬田祥一朗との連絡が昨日から途絶えているから俺はそっちを追うことにする。鎌谷元警察庁長官の息子たちの方は彼らに任せておいて大丈夫だろう。秋田県警も動き出したからな」
と報告すると青森県警本部の重厚な建物を見て背を向けると立ち去った。
将たちはフォローを弘前駅前交番に臨時で来ていた平岡政春巡査につけて準備を進めるように青森県警本部長に言われて敬礼をして会議室へと向かった。
突然の方向転換だったので受け入れ側の青森県警も受け入れ態勢が全く取られておらず会議室は良くある長机と椅子だけの状態であった。辛うじてホワイトボードはあったが、流石にパソコンやプリンターがないと警察学校にいる新人警察官の選別ができない。
平岡政春はそれを見越したように二台のパソコンと印刷用のプリンターを用意して
「一台は警察官データベースにアクセスできるようにしている」
と言い
「これで人狼ゲームの参加者が選べるだろ」
と告げた。
「もう一台は」
そう言って立ち上げると画面が4分割されており、そこに警察内部の映像が映っていたのである。
「青森県警には狼がいる……見張っておく必要があると思ってな」
将は笑むと
「やっぱり平岡は切れ者だったな。それに冷静さも持ってる」
と告げた。
平岡政春は肩を竦めると
「人狼ゲームではあっさり負けたけどな」
と応え
「他に必要なものがあったら言ってくれ」
と告げた。
将は警察内部の防犯カメラの映像を見てその一つに映る人物を見ると
「いや、今は大丈夫だ」
と答えた。
「ちゃんと鎌谷夕一が映る映像を引っ張ってくれているからな」
人質の問題もあるので早々長引かせることが出来ないだろう。鎌谷夕一が妹の命をとるか、組織犯罪対策課の課長の命をとるか、どちらかを選んで行動するだろう。
将は些か焦ってはいたのである。どちらの命も助け、且つ、犯人を捕まえる必要がある。きっと鎌谷夕一の近くにJNRの人間がいるはずである。
そう考えると将は顔を上げて翼を見た。
「天童、平岡、根津。JNRの人間って普通の人間とどこが違う?」
三人は同時に将を見た。将は彼らを見て腕を組むと
「いや、例えばさ、お前らが警察に入った後にJNRから資金が振り込まれるとか……そういうのあるのかなぁと思ってさ」
と告げた。
「あれば金の流れを追って調べることが出来るかもしれないと思って」
翼は冷静に
「まあ、俺らみたいな下っ端は就職して色々いうことを聞いていれば出世が早いって感じで金はない」
と告げた。
「元々俺たち自身が就職が難しいというのもあったし出世していくってことが最大の魅力だったからな」
省吾も平岡政春も頷いた。翼は腕を組むと
「そうかぁ、と言うことは青森県警の刑事部捜査一課の中で出生に違和感がある人間を探すとヒットするかもしれないな」
と告げた。
「根津、悪いけど新人警察官のリストと後刑事部捜査一課の面々の身上書を出してくれ」
省吾は「了解」と言うとパソコンの上で指を走らせながら右手で時々マウスを手際よく動かした。そして、暫くするとパソコンと繋いでいるプリンターが動き始めた。
将は防犯カメラの映像を見ながら
「とにかく今は怪しい奴を見つけないとな」
と呟いた。
省吾はプリンターから紙を取ると
「これが刑事部捜査一課の身上書。口利きとかはやっぱり人に聞かないと書類には載っていないよ」
と告げた。
翼はそれを見て
「後は突然の移動だな」
と何枚かを選んで置いた。
「この2人は怪しい」
全員が2枚の身上書を見た。将は顔を顰めて
「交番勤務1年で2か月前に刑事部捜査一課第二係に移動?」
と呟いた。
平岡政春はもう一枚を見て
「こっちは先月だな。同じように交番勤務1年半ほどでこっちは第一係だな。つまり鎌谷夕一の部下か」
と告げた。
翼は頷くと
「交番勤務は通常短くても2年だろ? まして刑事部の捜査一課に新人だ。その上、10月とか9月っていうのがな。普通は来年の4月とかじゃないのか?」
と告げた。
「でも、今回のことを何が無くても計画していたとしたら見張りとしては良いポジションだ」
将は「確かに」と呟き
「画面を見ながら、こいつと、少し離れていてわかりにくいが……写真の感じからこいつだな」
と告げた。
翼は頷いた。
「東大路が言わなかったら気にもしていなかったな」
将は肩を竦めて
「でも俺じゃぁこの二人に目を付けなかった」
と言い、平岡政春に
「悪いけど、組織犯罪対策課の古屋さんに話をしたいことがあるって伝えてもらえるか?」
と告げた。
平岡政春は笑むと
「了解」
と敬礼をすると部屋を後にした。
将は翼と省吾を見ると
「じゃあ、本業の方を進めよう」
と告げた。
青森県警での合宿である。場所の選定も必要であった。雪が深いので屋内で行うことは必須である。それには省吾がネットで屋内施設を調べ
「この盛運輸サンドームはどうかな? 値段も安いし広いから問題はないと思うけど」
と告げた。
将は施設の内容を見て
「よし、ここに決めて設置依頼だな」
と言い、翼に省吾が出し新人警察官の一覧を見せた。
翼はJNRの人間の可能性がある人物を2人ほど選び出し
「後は誰でも良いと思うけど」
と答えた。
将は残りの6人を選んだ。その時、平岡政春が戻ってくると
「今夜、居酒屋『弘前』で会おうと、って言ってきた」
と告げた。
将と翼と省吾は顔を見合わせた。どこだ? そこは。の世界である。それに平岡政春は苦笑して
「安心してくれ、俺が知っている」
と返した。
いわば先に青森で交番勤務をしていたのだ。それなりに土地勘が働くようになっていた。もちろん、その店に行くこともあったのだ。居酒屋『弘前』は青森駅前の賑やかさから離れた徒歩20分ほどのホテル街に入り込んだ場所にある居酒屋であった。
二階建ての日本家屋で総菜がカウンターに置かれた小料理屋に近い名前だけ居酒屋の店である。
色々な手配を済ませて夕方の6時になると将は翼と省吾の二人と平岡政春の案内を受けてその店の二階の個室へとたどり着いた。既に古屋悠也が待っており
「申し訳ない。それで話と言うのは何だ?」
と座って注文を通してから直ぐに話しかけられた。