第十夜 2

 羽田佐喜夫は笑むと

「それでいい」

 と小さく答えた。


 食事に問題がなかったので将はリストとUSBをカバンに入れて

「じゃあ、取り合えず食事をしよう」

 と食べ始めた。


 省吾も覚悟を決めて食事を口に運んだ。

 どの料理も一流品で美味しく毒は全く入ってはいなかった。ゆっくり運ばれてくる料理を1時間ほどかけて堪能し、将はリストとUSBを翼に渡すと

「俺と根津は羽田さんと一緒に岩手県警本部へ行く」

 と告げた。

「天童は頼む」


 翼は頷いて

「わかった」

 と応え

「ホテルで落ち合おう」

 と告げた。


 将と省吾は羽田佐喜夫と共に先に店を出て岩手県警本部へと向かった。羽田佐喜夫はルームミラーを動かして将と省吾に後ろの車が見えるようにして

「やはり付けられていたようだ」

 と呟いた。


 将は少し考えて

「もしかして、春川奈々子さんはまだ店の中に?」

 と聞いた。


 省吾は驚いて

「え!?」

 と将を見た。


 羽田佐喜夫は笑むと

「君は頭がいい」

 と答えた。

「ああ、君がもう一人の人物としたことと同じことをした」


 将は「なるほど」と答えた。

 春川奈々子は土地売買のことを知り、且つ故郷で何かするかもしれないと警戒を持たれていた。見張りはついていただろう。だが、と将はミラーに映る車を見ながら目を細めていた。


 残った翼はトイレの中で桐谷世羅に電話を入れ、一覧とUSBのことを告げた。


 桐谷世羅は報告を聞くと唯一残っている由衣を見て

「万が一のために一人置いておいて正解だったな」

 と言い

「菱谷、頼む」

 と告げた。


 由衣は立ち上がって敬礼すると

「わかりました」

 と応え

「3時間半ほどですね」

 と告げた。


 桐谷世羅は頷くと

「書類とUSBを盛岡駅で手に入れたらすぐに戻ってこい。急いで情報を精査して動かないとな。こういう時は慎重に考えて動くよりスピードが必要なんだ」

 と告げた。


 翼はそれを聞き

「じゃあ今から」

 と答えた。


 が、それに桐谷世羅は

「いや、そこでゆっくりして30分後にタクシーを呼んでもらって駅に来い」

 と告げた。


 翼は頷くと

「わかりました」

 と応えて、携帯を切った。


 将と省吾は羽田佐喜夫の運転で岩手県警本部に到着すると降り立ち、県警本部長の森宮元三に挨拶をした。

 森宮元三は年配の男性で将と省吾を歓迎し

「場所としては盛岡体育館を手配しています。他の準備については警務部の羽田警部が引き続き担当をしてもらえるということで、お願いする」

 と告げた。


 本部の中の会議室を一つ使って将と省吾は警察学校の面々の一覧を用意してもらい、選任を行って盛岡体育館の中にテントの設置を頼んだ。

 先ほど羽田佐喜夫から貰った一覧に乗っていた二人をメンバーに入れて8人を選出し将は省吾に

「じゃあ、これでチラシの作成を頼む」

 と告げた。


 省吾は岩手県警で借りたパソコンで手際よくチラシを作成しその日は盛岡駅近くのホテルへと戻った。

 羽田佐喜夫は彼らを送り

「では、明日迎えに来ますので」

 と言うと雪の中を車で立ち去った。


 将はホテルの部屋で待っていた翼と合流し

「悪いな。それで課長からは?」

 と聞いた。


 翼は時計を見ると

「菱谷が一覧とUSBを持って戻ったのが3時だったから……ちょうど今頃東京へ戻ったくらいだろうな」

 と言外にまだ結果は分からないと告げた。


 将は肩を動かして

「じゃあ、夕食をとりながら待つか」

 と言い

「場所の確保はしておいてもらってたから、リストの中の二人を含めた8人を選出した」

 と先に選出した8名を見せて、他の面々の身上書を見せた。


 翼はそれを見ながら

「まあ、今回は全員分かっているからな」

 と言いパラパラ捲った。


 そして

「良いと思う」

 と返した。


 将は安堵の息を吐き出して

「天童にそう言ってもらえて良かった」

 と応え

「レストランに行くか」

 と部屋を出た。


 ホテル内のレストランで食事をして、ちょうど部屋に戻った時に由衣から電話が入った。

 翼は「俺にかよ」とぼやきながら部屋のテーブルの上にスピーカー設定をして置いた。


 将はそれに「いや、誰でも一緒だろ」と思いながら

「それで菱谷、USBの中身の確認はしたのか?」

 と聞いた。


 由衣は携帯を置いてパソコンでデータを見ながら

「ええ、スナックの中の映像で音声が無いからわからないけれど映っているのは安積清二代議士と岩手緑化開発社の浅野康太専務ともう一人……恐らく和田秀雄だわ」

 と告げた。


 それに将も翼も省吾も顔を見合わせた。将は慌てて

「そうなのか?」

 と聞いた。


 由衣は冷静に

「安積代議士と浅野専務についてはパソコンでそれぞれの関連サイトで調べたし、和田秀雄については課長が前に撮っていた映像で確認したから間違いないわ。これから岩手緑化開発社の経営を調べていくことになるわ」

 と告げた。

「もしかしたら今回だけじゃない可能性があるから」


 将は「確かに」と答えた。


 由衣とのやりとりを聞いていた桐谷世羅は

「今回の一覧とUSBについてはこちらで処理をしていくからお前たちは当初の目的通りに合宿を進めてくれ」

 と告げた。


 将も翼も省吾も同時に

「「「はい!」」」

 と答えた。


 しかし。

 翌日早朝に、迎えに来ると言っていた羽田佐喜夫は姿を見せず代わりに二人の刑事部捜査一課の人間が将たちを呼び出した。


 御影穂高という刑事部捜査一課特殊犯罪係の係長と海月地可良というその部下であった。

 御影穂高はホテルのエントランスで三人を迎えると敬礼をして

「実は羽田警部補からおかしなメールが届き不審に思って家を訪ねると本人はおらず扉が開いたままになっていたので今日の予定であった皆さんに昨日の様子をお聞きしようと来ました」

 と告げた。

「もしかしたら事件に巻き込まれた可能性があるのでお話しいただければと思います」


 将は翼と省吾を見ると

「まさか」

 と告げた。


 翼は頷くと

「間違いないと思う」

 と答え、御影穂高の名前も海月地可良の名前も一覧になかったので周囲を見回して怪しい人の動きがないことを確認すると二人を部屋へと連れて行き事情を話した。


 翼は最後に

「恐らくJNRの人間に捕まり殺される可能性が高いと思う」

 と付け加えたのである。


 御影穂高は暫く考えて

「そのハルナと言う女性の勤めていたスナックのことは何か聞かれましたか?」

 と聞いた。


 将は目を見開くと

「この人そこに気付いたんだ」

 と心で呟き

「確か、啄木とか言ってました」

 と答えた。


 それに海月地可良は「あ」と言うと

「きっとスナック啄木だ」

 と告げた。

「あそこのシャンシャンちゃん可愛いから俺もたまに行く」


 ……。

 ……。

 4人が全員白い目で彼を見た。海月地可良は冷静さを取り戻すと立ち上がり

「スナック啄木ならよく知っているので俺が案内する」

 と告げた。


 御影穂高は立ち上がりながら

「『よく』は必要ない」

 と言い

「だが案内はしろ」

 と告げた。


 それに省吾が

「え? どうしてその店なの?」

 と聞いた。


 将も立ち上がりながら

「恐らくそこのオーナーかママが二人のことをJNRに報告したんだと思う」

 と告げた。

「その啄木ってところはJNRの配下の店だってことだ」


 翼は腕を組むと

「なるほど、だから羽田が裏切ったことも彼女が防犯カメラの映像を抜いたことも直ぐにJNRに分かり、翼と省吾と羽田が出た後に車が後を追いかけたんだな」

 と言い

「それにJNRがらみの三人がそこでそんな話をしたってこと自体がJNRの配下だからの安心感からだろうな。仲間の店なら聞き込みが来ても防犯カメラの映像を出すことはないからな」

 と告げた。


 将は頷いた。

「急ごう」


 御影穂高は将を見てふっと笑みを浮かべた。ハルナこと春川奈々子が勤めていたスナック啄木は盛岡駅から少し離れた飲み屋街の雑居ビルの2階にあり、開店は夕方の5時からであった。

 本来なら早朝の7時や8時等は人のいない閉まった時間である。それこそ夜中の2時や3時の方が人がいるのだ。周囲も同じようなもので夜の街の朝は静寂が広がっていたのである。つまり、都会の死角と言えば死角なのである。


 つまり、羽田佐喜夫は愛する女性のために本気でJNRを裏切ったのだろう。将はそう考えてあのリストとUSBが間違いないモノだと判断されるだろうことをこの時直感的に感じたのである。


 朝靄と雪の白が交じり合る雑居ビルが立ち並ぶ一角に止まっている車を見つけて海月地可良は前を阻むようにギリ付けして降り立つと

「ここの二階だ」

 と駆けあがった。


 そこにスナック啄木のママである水谷梅子と二人の男が春川奈々子と羽田佐喜夫に猿轡をして運び出していたのである。


 御影穂高は警察手帳を見せると

「岩手県警察刑事部捜査一課特殊犯罪係長の御影穂高だ」

 と告げた。


 それに男の一人が懐に手を入れた。が、まるで豹のような身のこなしで海月地可良が前に飛び出すとその手を掴んで廊下に叩きつけた。


 御影穂高ももう一人の男が慌てて反撃に出ようとしたところを懐に飛び込むと背負い投げをして廊下に叩きつけた。

 将は羽田佐喜夫と春川奈々子を助けながら、翼が逃げようとした水谷梅子を捕まえるのに笑みを浮かべた。

「サンキュ」


 翼は頷いて

「まあ、これくらいはな」

 と答えた。


 その時、外でエンジン音が響くのに省吾が慌てて階段を降りるとバイクが急発進をして消え去ったのである。


 和田秀雄が報告を聞いて本当に始末できるかを見に来ていたのである。

「まさか、羽田が密告して裏切るとは……このままだと俺の身が危ない」


 ……もうクズクズさせている暇はない……


 省吾は慌てて戻り将たちに

「今、バイクが去っていった!」

 と告げた。


 将はそれに

「まさか、和田秀雄……」

 と呟いた。


 水谷梅子は蒼褪めると

「もうおしまいだわ……」

 と呟き、岩手県警に連行すると彼女だけは全てを話した。


 集落の人間に安い値段で都会の一等地のマンションを用意すると持ち掛けて金を払わせてドロンをして、借金を抱えた人々にそれを救済する形で安積代議士が土地を岩手緑化開発社が高く買い取ってくれると持ち掛ける詐欺を行おうとしていたのである。


 その相談を店でしていたことを告げたのである。


 安積清二と浅野康太は沈黙を守っていたが桐谷世羅が預かった一覧とUSBから岩手緑化開発社が異常なほど安く幾つかの山間の集落を買い取り高額で海外のペーパーカンパニーに売っていたことを調べ上げると全てを自供したのである。


 同時に羽田佐喜夫が不正をして岩手県警に入れた面々も更迭して聞き取り調査を行うことになったのである。羽田佐喜夫は全てを明らかにして警察を辞め、行く行くは春川奈々子が待つ彼女の故郷である普代村へ行くことになるのである。


 羽田佐喜夫が御影穂高に連絡を入れたのは強い権限を持ち、且つ、JNRに全く関係がないことが分かっていたからだということであった。そして、動いてくれる人物だと分かっていたようである。それに彼は応えたということであった。


 将と翼と省吾はそれに安堵の息を吐き出して合宿の準備をそのまま行い、将は人狼ゲームを通じて

「この岩手県警でも同じ状態になっていたことは全員が分かっていると思う。狼は甘い言葉や甘い条件で近付いてきて騙そうとする。人を見て、人と言葉を交わして、その奥の真実を見抜く目が必要だとゲームだがゲーム以上のものを見つけることを期待する」

 と最初に宣言して盛岡体育館で行ったのである。


 もちろん、JNRの新人警察官は更迭済みだが、将たちもまた一人一人の様子を見て第三の勢力や他の組織などの人間が悪意を抱いて入り込もうとしていないかを見つめていたのである。


 合宿を終えて盛岡駅へ御影穂高と海月地可良に送って手を振り別れた後に駅の改札を抜けようとした瞬間に一人の男性と省吾がぶつかった。


「申し訳ない!」


 省吾は首を振ると

「いえ、俺の方がよそ見をしていて」 

 と言い、前を言っていた将と翼を見て

「ごめん」

 と立ち上がった。


 将は踵を返して

「大丈夫か、根津」

 と言い、男性を見ると

「そちらはケガは?」

 と聞いた。


 男性は将をじっと見ると

「……君は……東大路……将……巡査ではありませんか?」

 と聞いた。


 翼は慌てて前に出ると

「誰だ、あんたは?」

 と睨んだ。


 男性は彼らの手を引っ張って柱の陰に行くと警察手帳を見せた。

「俺は青森県警本部……組織対策部組織対策一課の古屋悠也と言います」


 ……助けてもらいたい……


 それに将も翼も省吾も顔を見合わせた。

 外では雪が降り出し白い幕が街を包み始めていた。