東大路将と根津省吾の二人が迎えに来た船で鹿児島港に戻ったのは午後3時であった。
将と省吾は港からタクシーを拾うと出水早田病院へと向かった。由衣から何者かに襲撃を受けて翼が自分を庇い意識不明の重体だと連絡が入ったのである。
二人が出水警察署で三田研吾と波田隆一の事故の調書を作成した古峰政雄から話を聞いてホテルへ戻る際中でのことであった。
将と省吾は出水早田病院に到着すると俯き個室へ案内する由衣の後に付いて中へと入ってベッドの上で眠る翼を見て拳を握りしめた。瀬田祥一朗と松村当二の指示だろうと将は考えた。
そして、将は省吾を見ると
「もしかしたら、また襲撃があるかもしれない」
と言い
「根津は天童の側にいてくれ。明日からの林間合宿は俺一人でやる。まさか林間合宿の最中に襲撃はしてこないだろう。例え狼が何人か紛れていたとしても半数は村人だからな」
と告げた。
「菱谷は直ぐに東京へ戻って今回のことで手に入れたものを桐谷課長に渡して指示を受けて欲しい」
由衣は頷いて
「わかったわ」
と応え、パソコンを開いてUSBメモリのコピーを作ると将に
「これを一件だけだけど……隠ぺいの証拠が入っているわ」
と告げてメモリと紙を渡した。
「それから、これを聞いて欲しいの。犠牲になった者の身近な人の思いを」
将は頷いて受け取り
「わかった。ありがとう……頼む」
というと待たせていたタクシーに乗り込み、鹿児島グランドホテルへと戻った。
四面楚歌である。正に敵地に一人である。将はタクシーの中で流れる景色を見ながら拳を握りしめた。
鹿児島グランドホテルに戻ると既に太陽は落ちて夜の闇が広がっていた。街の灯りは明るかったが空も海も闇に沈み将はホテルからその光景を見つめて
「明日は……何があっても鹿児島県警の新芽に紛れ込んでいる狼を排除する」
と呟いた。
組織の息がかかった新人として目しているのは松村当二の口添えで県警本部刑事課長になった佐々木壮一の息子の翔太である。彼を占い師にして他に繋がりがあるかどうかを見ようと思っていたのである。
しかし。
松村当二の魔手は将が考える以上であった。
翌朝、将が鹿児島港で8名の林間合宿の出席者を待っていたが参加しに姿を見せたのは組織の息がかかっていると目している佐々木翔太ともう一人の相羽咲良の二人だけであった。
他の六人は10分過ぎても現れなかったのである。つまり参加しないということであった。
佐々木翔太は将を前に敬礼し
「昨夜、鹿児島県警の本部長から参加すれば退学にすると連絡があり……現在、学校で訓練を受けています」
と告げた。
将は息を吸い込み吐き出すと
「何故、君たちは?」
と聞いた。
相羽咲良はチラリと佐々木翔太を見て
「俺は……迷って翔太に相談したんですが……翔太が鹿児島県警はいま警察として機能していないと言って警察官を目指すなら例え鹿児島県警から目を付けられても参加するべきだと言われました」
と告げた。
「警察庁からの指示であり、もし参加しない場合でも行って今回の合宿の意義を確認してからの方が良いと言われたので」
佐々木翔太は息を吐き出して
「父が……本部長の後ろ盾で刑事課課長になり本部長には恩義があります。でも……父はその後ろ盾を得たことで反対に苦しむことになりました。警察官として……出世を急ぐあまりに俺に間違っていたと言ってました」
と告げた。
「俺のようにはなるなと、正義を見極めろと言いました」
将は目を見開いた。
佐々木翔太は固唾を飲み込むと
「父は垂水警察署で刑事課の係長をしていた時に……出世と引き換えに部下の死を隠蔽したんです。父のその部下は猿が城温泉のホテルの女中の自殺に疑惑を持って調べ直していたんです」
と視線を伏せて告げた。
将は驚いて佐々木翔太を見た。そう、組織の人間だと目していた人間が正しい行動をとっていたのである。
将は笑みを浮かべて苦く笑うと
「わかった、二人には今回の林間合宿の意味を話しする」
と言い
「それらの隠蔽や不正は鹿児島県警だけではなく幾つかの県警で起きていたんだ」
と告げた。
二人は目を見開いた。
将は二人を見つめ
「そして、その後ろにはある組織があり、その組織が警察へ人間を送り込んで組織に都合が悪い、もしくは組織が発展するのに邪魔な事件をもみ消させていた」
と告げた。
「今回の林間合宿はその組織によって送り込まれた新人警察官の排除を目的としている」
……市民を国民を正義によって守る警察官に警察官の姿をした人狼は必要ない……
将は大きく頭を下げると
「佐々木巡査、実は俺は君を疑っていた。申し訳ない」
と告げた。
佐々木翔太は首を振ると
「いえ、当然と言えば当然です」
と言い敬礼すると
「ですが、俺は正義によって人々を守る警察官になるためにここにいます」
と告げた。
相羽咲良も敬礼して
「俺もですし、佐々木は本当に警察官であろうとしてます!」
と告げた。
佐々木翔太は驚いて見て笑みを浮かべた。
将は笑むと
「よし、では……人狼ゲームでない警狼ゲームをしようか」
と言い、驚いて首を傾げる二人に
「警察学校へ連れて行ってもらいたい」
と告げた。
将は三人で警察学校へ行くと学校長に直ぐに学生全てを体育館に集めるように指示をした。
学校長は笑って
「幾ら警察庁配下と言えど、そんな権限が」
と告げた。
「今すぐ立ち去れ!」
その時、大阪府警でゲームに参加していた石原和則が姿を見せると将に敬礼をして
「東大路教官、お久しぶりです」
と告げると携帯を学校長に渡した。
「鬼竜院闘平警察庁長官に繋がっております」
学校長は蒼褪めると震えながら携帯に出ると「はい、はい」と返事を返して直ぐに通話を切って体育館に学生を集めた。将は石原和則に笑みを浮かべると頷き、佐々木翔太と相羽咲良の二人と共に体育館へと移動した。
そして、壇上に立ち集まった学生に
「今日、林間合宿を行う予定だったがここで林間合宿の代わりに全員に選択してもらいたい」
と言い
「今日、出席しなかった6名は右の壁に立て」
と告げた。
参加しなかった6人は顔を見合わせた。が、将は強い口調で
「早くしろ!!」
と怒鳴った。
6人は直ぐに立ち上がって壁へと走った。
将は頷いて
「これから全員に林間合宿を行うが、それに参加しないもの、参加するもので分かれてもらう」
と言い
「今から20分間だけ時間を渡す。その間に決めろ」
立ち歩きは自由だ、と告げた。
「では、はじめる!」
将はじっと生徒たちの動きを見つめた。同じように将の横で石原和則もその動きを見つめた。彼は鬼竜院闘平と桐谷世羅から一時配属先として選任された時に話を聞いていたのである。あの時の自分たちと同じ立場にいる学生たちを見て、狼を見つける。
その実地訓練だと判断して全体の動きを俯瞰してみることを自身に課していたのである。
参加しなかった6人の一人が
「県警本部長は参加する必要はないって言っていた」
と告げた。
「参加したらクビになるぞ」
その人物の隣に立っていた人物も同じように
「そうだ」
と告げた。
誰もが顔を向けた。戸惑う人々に6名とは違う4人がそれぞれ近くの人間に声を掛けて
「半分が参加しなかったら警察庁でもクビにはできないさ」
と告げた。
将は時計を見て20分経つとマイクの前に立ち
「よし! では参加しないものは6人のいる右の壁へ参加するモノは左の壁に、移動!!」
と叫んだ。
今回参加者でなかった40名の面々が分かれた。21名が右の6名と合流した。左の壁には10名であった。残り9名は中央に立っていた。その一人が敬礼をして
「俺は……迷っています。なのでお聞きしたい! 林間合宿の意味を!!」
と僅かに震えながら叫んだ。
石原和則はこの状況で将の考えを理解すると身体を僅かに震わせていた。正に心理戦だったのだ。
「教官は……怖い人だ」
彼はそう心で呟きチラリと将を見た。
将は笑むと
「全員その場に立ったままでいろ」
と言い
「先ず、右側にいる27名はクビだ!」
と告げた。
「例え全員でも俺はクビにするつもりだった。半数が残ったのは俺からすれば上出来だと考えている」
誰もが驚いて顔を見合わせた。
将はマイクに携帯を近付けると菱谷由衣が録音した三田研二の音声を再生した。息子が事故に見せかけられて友人と共に殺され警察へ掛け合っても取次もされない悲痛な言葉であった。
「確かに……この自殺が本当の自殺なら三田研二を説き伏せるしかない。辛い事実であっても事実を変えることは出来ない」
将はそう言い
「だが、この事故は他殺でその証拠も揃っている。何より、事故調査の最初に血液中に服用して直ぐに効きだす睡眠薬の成分が見つかっていて初動段階で殺人か自殺かを疑う事案だった」
と告げた。
それに誰もが固唾を飲み込んだ。
将は更に
「まして、この事故を起こす30分前の段階で自動車には死亡した三田研吾と助手席の波田隆一以外にもう一人乗っていることが分かった」
と告げ、動画を印刷した紙を見せた。
「この印刷した動画は事故現場から30分前に通り過ぎる車を偶々撮影した釣具店の防犯カメラのモノだ。そして、この動画は事故当時に提出されていた」
……これは右側に移動した人間をさり気なく誘導した俺の目から見て最低人数として6人の人間が所属する組織によって隠蔽されたものだ……
誰もが蒼褪めて立ち尽くした。が、そこに鹿児島県警本部長の松村当二が部下を連れて入ると
「警察庁直属の部署であってもこれ以上の鹿児島県警への侮辱と混乱は許さない!」
逮捕しろ!! と叫んだ。
それに石原和則は前に出て
「ここで正義を守らなければ鹿児島県警は本当につぶれるぞ!! 悪の圧力に屈せず闘う気持ちを守れ!!」
と叫んだ。
大阪府警で警察組織が他の組織に浸食されて行く様を見たのだ。正義が崩壊するかもしれないそれを一度味わっているのだ。そこで感じたのは踏み止まるために踏み出す力だ。だからこそ、鹿児島県警にも踏み止まってほしかったのである。
将は石原和則を見て
「彼をここに選任したのは課長と長官だな。あの時負けたものの、その己の失点もきっちり受け入れ更に成長していける人材を選んだんだ」
と全てを理解して笑みを浮かべると、すっと紙を出して
「この後部座席に座っているのは松村当二県警本部長、貴方ですね。貴方が二人を事故に見せかけて殺した」
と言い
「貴方は18年前に当時なるみ礼二警察庁次長だった人物から島の駐在員に推薦されて任務に就いていた。そこは麻薬ルートで利用され多額の汚れた金を生む島だった。その上、なるみ礼二によって出世も出来るという特典付きで貴方は正義を捨てて汚濁に手を伸ばしたんだ」
と告げた。
「そしてその汚濁を鹿児島県警へと流し続けた」
……それでも懸命に綺麗な水を求めて泳いでいる警察官は多くいた……
「この警察に提出された防犯カメラの映像は1年前のもの普通は残っていないし、貴方に知られたらきっと店の映像も全て消されていた」
でも残っていた。
「出水警察署の古峰警部が最後の良心を振り絞って店主に残すように頭を下げて頼んでいたんですよ。『いつか真実を求める警察官が現れた時に渡してもらいたい』そう言って」
将は立ち尽くす警察学校の面々に
「警察は鹿児島の善良な市民を、日本の善良な国民を、守る正義の盾であり、最期まで正義を貫く組織でなければならない!! だから、金や権力に腐心する狼は一人も必要ない! 正義を腐らせるだけだ!!」
と告げた。
「君たちがいまするべき行動はどれだ!!」
それに佐々木翔太と相羽咲良は顔を見合わせると壇上から飛び降りて鹿児島県警本部長の松村当二に立ち警察手帳を見せた。
「貴方を殺人容疑及び背任の罪で逮捕します!」
松村当二は蒼褪めると
「お前は! お前の父親を取り立ててやった恩を忘れたのか!! お前の父親がしたことも知らんと!!」
と叫んだ。
佐々木翔太は真っ直ぐ見つめて
「確かに俺の父も貴方と同じことをした。だから、俺は逮捕します」
と言い
「父は後悔していた。でも、でも、取り返しがつかないんだ!!」
と叫び
「だから、俺は……例え、全てが明らかになってクビになっても最後まで正義を貫く」
警察官の誇りを捨てたくはない! と告げた。
「俺は警察官になって人々を守る……その父に憧れて警察官になったのだから」
松村当二の後ろに立っていた刑事は深く息を吸い込むと
「松村県警本部長、お話をお聞きしたいと思います」
と告げた。
松村当二は振り向き
「俺を誰だと思っている」
と言いかけて現れた人物に息を飲み込んだ。
「……鬼竜院警察庁長官……」
警察庁長官である鬼竜院闘平と桐谷世羅と天童翼と菱谷由衣と根津省吾が姿を見せた。もちろん、後ろには警察庁配下の警察官がついていたのである。
鬼竜院闘平は松村当二を見て
「松村県警本部長、君には直ぐに警察庁へ来て全てを話してもらう。他の鹿児島県警内の所轄全てにいま査察が入って隠蔽した事件等の再調査と隠蔽に関わった人物を更迭して取り調べるように手配をしている」
と告げた。
「君が所属する警察以外の組織のメンバーについても全て更迭し排除する」
……警察には正義を忘れた人間の居場所はない……
「鹿児島の正義が『ある特定の組織だけの欲』で成り立っているとは俺は思わない。それによって身内を殺されその死因すら隠蔽されることはあってはならない。それは正義では絶対にない」
松村当二はがっくりと座り込むと同じ鹿児島県警の刑事に連行されて立ち去った。
鬼竜院闘平は佐々木翔太を見ると
「君は父親の罪と向かい正義のために奮い立った。それこそ警察官だと思う。そして、上の命に疑問を持ち口にする。何が正義であるかを考え闘う。そういう警察官がまだ鹿児島県警にいることはこれから立ち直る礎だと俺は思う」
これからの新しい鹿児島県警に期待する、と敬礼すると立ち去った。
本当の忙しさはこれからなのだ。崩した後の再建こそが重要で大切なことなのである。参加しないを選んだ27名のうち組織の人間であった6名はクビとなり取り調べを受けることになった。残りの21名については希望するモノのみ特別に再試験及びもう6か月警察学校で勉強することになったのである。
鹿児島県警の上層部でも数名がJNRの人間と判明しこれまで隠蔽した事件の全容解明に口を割ることになった。
石原和則はその鹿児島県警が再び他の組織に乗っ取られないかを見張ろうと決めたと将に告げたのである。
「本当は教官と同じ課で働きたいと思いましたが……俺にはまだ早いようです」
そう言いながら強い決心で笑みを見せた。
将は笑むと
「俺は石原警部補だからこそ鹿児島県警を正しい方へ導けると思う。自分を知り嫌な自分も受け入れながらそれでも立ち向かう力を持っている石原警部補なら」
と告げた。
石原和則は笑むと敬礼をした。
鹿児島県警は大きく刷新されたのである。
また松村当二に三田研吾と波田隆一を殺害させた鹿児島県の土木業者とその利権に絡む代議士もJNRの人間で殺人教唆で逮捕され、他にも幾つかの事件の再捜査をして数名の会社員や代議士が逮捕された。
しかし瀬田祥一朗が関わったという事件はなく、松村当二の口からも出ることはなかった。
将は林間合宿の為に用意したテントなどの撤去作業を翼と省吾の二人と見届けて鹿児島港へと戻る船の中で
「しかし、出水早田病院がよく力を貸してくれたよな」
と告げた。
翼は頷いて
「それはな」
と話を続けた。
そう、翼も由衣も襲われてはいなかったのである。ただそうしなければ松村当二に二人が調べていた全てが奪われ本当に命が危ないと出水警察署の古峰政雄警部が手配をして嘘の報告を上げたのである。
古峰政雄は1年前の事件では正しく報告をしたがそれを握りつぶされ、上からの圧力に屈して隠蔽に手を貸したが苦しんでいたということであった。そして、二人が訪れたことで真実を明らかにしてもらいたいということで手を貸したのであった。
しかし自分が一度犯した隠蔽に加担した罪は重いということで全てを自供し警察を辞めたのである。
正義を持っていても組織の力は恐ろしいモノなのだと将はそれを聞いて感じたのである。
鹿児島港に到着し将は船から降り立つと、止まっていた車から降り立った人物を見て目を細めた。
瀬田祥一朗であった。
瀬田祥一朗は笑みを浮かべて将の前に立つと
「面白いものだな」
と告げた。
将は瀬田祥一朗を見つめた。何が彼にその言葉を言わせたのかが分からなかったのである。そもそも、瀬田祥一朗にとってはひざ元の鹿児島県警が組織の手から離れたのだ。面白いはずがない。
しかし、彼は笑みを深めて
「私は九州の警察に手を出すのをやめておこう。無駄な労力や人員を使いたくはないのでね」
と言い
「だが、警察を狙う組織は我々だけではない。いや、日本の組織だけではない……気を引き締めるんだな……君が君の父に似ていて良かったよ」
とふっと笑って背中を向けて立ち去った。
翼は将を見ると
「東大路、お前の父親って?」
と聞いた。
将は去っていく瀬田祥一朗の車を見つめながら
「俺の父親は確かに警察官だったんだけど……ノンキャリアで刑事課に上がって漸く警部補になろうって時に病気で亡くなったんだ」
と言い
「だから、父親の果たせなかった刑事課で任務を全うするっていうのを俺に果たして欲しいって母さんと姉さんがゴリゴリ押しで警察官試験を受けさせたわけ」
と答えた。
……。
……。
翼も省吾も同時に『ゴリゴリ押しって本当に警察官になりたくなかったんだな』と突っ込んだ。
将は頭を掻きながら
「もしかしたら誰かと間違えているのかも」
とぼやき
「でも……でも俺は好きだったんだけど……困っている人を放っておけない優しい人だったから」
もうずっと自転車で走り回ってたよ。と笑った。
「まあそんな父も後輩からは見下されているところがあってね、だから警察官じゃなくて現代の花形のプログラマーになりたかったんだ」
そして
「じゃあ、帰ろうか。内部組織犯罪対策課に」
と二人に呼びかけた。
二人とも笑むと
「「ああ」」
と答えた。
空には青が一面広がり明るい陽光が街を浮かび上がらせていた。