第五夜

 酒家美咲が逮捕されて警察庁刑事局組織犯罪対策部内部組織犯罪対策課に少しだけ穏やかな日々が訪れた。酒家美咲は取り調べに自身が行った幾つかの殺人などについて自白したがJNRについては沈黙を守っていた。

 しかし千葉県警の留置所から警察庁へ移動し警察庁刑事局長である赤木勇介が直接話をすると、彼女は全てを話し始めたのである。

 彼女が指示を受けていたのは『十津川朱華』と言う先に逮捕されていた『三津野忠雄』と同じ六家の一人ということであった。

 直ぐに警察庁の方で十津川朱華を取り押さえに大阪へ向かったが屋敷は蛻の殻で彼女の行方はわからない状態になっていた。

 十津川朱華は突然大阪財界に現れた女性でかなりの資産を持っていたのである。


 警察庁長官の鬼竜院闘平はその報告を聞き

「十津川朱華は何れ姿を見せるだろう。今は警察からJNRの人間を排除する方に力を注がなければ六家の一人を落としても警察内部がずぶずぶでは十津川朱華を死なせるか、潜んでいる狼が彼女を逃がすかになる」

 と告げのである。

「内部組織犯罪対策課はこのまま業務を続けてもらう」


 季節は晩秋を迎えて木々は赤から茶色に切り替わり人々の服装も様変わりをしていた。


 東大路将は日頃は警察庁に近いマンションで一人暮らしをしているが、連休が取れた時などは実家に戻ることもある。それは夏であれば夏季休暇……と言ってもお盆で休みが取れることはない。冬は年末年始……と言ってもズレてとることになる。


 そんな10月も終わりを迎えたある日。

 愛知県警が落ち着いて次の鹿児島県警の話が舞い上がった。フロアには桐谷世羅を始め将も天童翼も根津省吾も菱谷由衣も全員が揃っていた。

 将はその話を切り出されて

「鹿児島県警の情報が必要ですね」

 と告げた。


 翼も頷いて

「ああ、俺たちの林間合宿の後を知っていての反対だとしたらきっと何か隠したいことがあるんだろうな」

 と呟いた。


 省吾は手をあげると

「じゃあ、俺は情報収集するよ。鹿児島県警が取り扱っていたコールドケースとかで良いんだろ?」

 と告げた。


 それに由衣が

「それと行方不明者も調べた方が良いと思います」

 と告げた。


 将は考えると「だよな」と呟いた。行方不明者全てが事件に関連しているとは思えないが、その何割かは事件に巻き込まれて人知れず、もしくは隠蔽されて行方不明になっている可能性は否めないのである。


 翼はチラリと由衣を見た。脳裏に尾崎友子が言っていた言葉が残っているのだ。疑いたくはない。だが、だが、翼自身と省吾とを省くとここには東大路将と菱谷由衣しかいないのだ。


 誰かが……第三勢力の可能性がある。


 将は翼の表情に気付くと

「どうした?」

 と聞いた。


 翼は首を振ると

「いや」

 と答えて

「確かに行方不明者のリストは良いと思うけど、詳細まで調べるとなると時間的にも人的も無理だと思ってな」

 と告げた。


 将は頷くと

「それはそうだと思う。だから、リストだけで良いと思うけど」

 と言い

「今回のメインはやっぱり林間合宿だからな」

 と告げた。


 桐谷世羅は将たちの会話を黙って聞いていたが

「そうだ、資料収集は前段階の敵を知るだ」

 と言い

「東大路と天童と根津は今回も林間合宿メインで動け」

 と告げた。

「菱谷は」


 言いかけた時に桐谷世羅の内線が音を立てた。桐谷世羅は息を吐き出し

「なんだ?」

 と聞き、僅かに目を細めると

「わかった、持ってきてくれ」

 と通話を切ると将たちを見つめた。


「いま多々倉から連絡があって東京駅で東尾達彦という人物が急に倒れて死亡した」


 それに由衣が僅かに表情を変えた。将はチラリと彼女を見たが声を出すことはしなかった。


 桐谷世羅は更に

「そいつの荷物の中に鹿児島県警の事故調書の一覧が入っていたそうだ」

 と言い

「その一覧のコピーを持ってくる」

 と告げた。


 10分ほどして多々倉聖がコピーを持って姿を見せた。フロアの中央にある机に置かれ将はそれらを手にパラパラと見た。同じように翼や省吾、そして、由衣も見た。


 将は彼女の手を掴むと

「菱谷、ちょっと」

 というと同じように声を掛けようとしていた桐谷世羅に

「桐谷課長、少し話をしてきます」

 と告げると動きかけた翼と省吾に

「二人は後でな」

 と驚く彼女を引き摺ってフロアを出た。


 将は廊下に出ると

「話を聞きたい。東尾って人知り合い?」

 と聞いた。


 由衣は僅かに顔を顰めて視線を伏せた。将は息を吐き出し隣の空き部屋に入ると机や周りを見回して盗聴器などがないことを確認すると

「俺は菱谷に隠し事があっても良いと思ってる」

 と告げた。

「全てを知る権利もないし誰にだって言えないことの一つや二つあるから」


 由衣は顔を上げて将を見た。

 将は厳しい表情で

「だけど、仕事に関わることで……この内部組織犯罪対策課に関わることで秘密を持つことは許さない」

 と告げた。

「それは信用問題になるからだ」


 ……信用できない奴と仕事はできない……


 由衣は唇を噛み締めた。それは正論だからだ。警察という正義であろうとする団体だからこそ風通しが必要なのだ。そして、このようにはっきり言ってくれる人間は大切なのだ。


 将は彼女を見つめ

「俺は菱谷を信用している。まあ、天童はちょっと疑っているけどな、菱谷のこと」

 と笑って

「天童はきっと迷っているんだと思う。あいつも言っていないんだよなぁ、何があったのかを」

 と腕を組んでぼやいた。

「それも聞く」


 由衣は将を見つめ

「貴方を信用します」

 と言い

「皆さんに話をします」

 と告げた。


 将は笑むと

「良かった」

 と告げた。


 由衣は初めて綺麗に笑むと

「私もです」

 と答えた。


 隣の部屋では翼に桐谷世羅が

「菱谷に関しては東大路が説得するだろうが、お前も隠していることを言わねぇとな、俺たちの組織で一番大切なことを互いの信用だ」

 と言い

「狼を追い込むのに信用が無ければ誰が狼かわからなくなる」

 と告げた。


 翼は頷いた。その時、将が扉を開き由衣とともに姿を見せた。将は全員を見て

「話がある」

 と告げた。


 その前に翼が息を吸い込むと

「実は尾崎友子が殺される前の電話で……俺と省吾の近くに第三勢力の人間がいて俺たちの命を狙っていると言われて菱谷を疑っていた」

 と告げた。


 省吾は驚いて

「翼! 何でそんな大切なことを」

 と声を零した。


 将は笑むと

「そうなんだ。でも、言ってくれてよかった」

 と言い、由衣を見た。


 由衣は息を吐き出して

「半分は本当です」

 と言い、驚いて見た全員を見回して

「私はJNRと対抗する組織の人間です。私の父は鹿児島県警の警察官でJNRに殺され死を隠蔽されました。その時、鹿児島県警に所属していた数名とJNRの破壊を誓い組織に入りました」

 と告げた。

「今、内部組織犯罪対策課が私たちの組織の願いを果たしているので所属してこの組織が『本当に』そうなのかを内偵していました」


 桐谷世羅は息を吸い込み吐き出し思わず

「おいおい、反対に内偵されていたのかよ」

 と呟いた。

 そこまでは想定外だったということである。


 将も驚いて

「……マジか」

 と呟いた。


 彼女が個人的恨みで……と思っていたのである。が、第三勢力の力が働いていたとは、である。


 由衣は彼らを見つめ

「東尾達彦は私たち組織の一人で組織の下地を作るために散った仲間の中でただ一人鹿児島県警に残った人間です。私が彼に連絡を取りJNRが関わっている内部資料を持ってきてもらうように頼みました」

 と告げた。

「恐らくそれが分かって……」


 将は桐谷世羅を見て

「ということは他殺」

 と告げた。


 桐谷世羅は息を吐き出すと

「わかった、その件に関しては俺が対応する」

 と言い

「お前たちはこの資料と根津、お前はこのままデータバンクから情報を引き出せ」

 と指示し

「東大路と天童と菱谷は鹿児島県警をどうするかを考えろ」

 と告げた。


 ……菱谷についてはお前が所属する組織の全容を話してもらうぞ……


 由衣は敬礼した。

「はい」


 翼は彼女を見ると

「その……」

 と言いかけた。

 が、由衣は笑むと

「天童さんも根津さんも今は仲間です」

 と告げた。


 翼は笑むと

「改めて、宜しく」

 と告げた。


 将は安堵の息を吐き出し

「よし、警狼ゲームを仕掛けるために情報を精査しよう」

 と告げた。


 それに全員が頷いた。


 鹿児島県警も先の愛知県警と同じで上層部にも組織の手が回っていると考えても良いということは東尾達彦が持っていた一覧と省吾がデータベースから収集した事故、行方不明者などデータから分かった。


 それらを机の上に将は東尾達彦のリストに書かれていた事件と事故の調書のプリントアウトしたものを時系列に並べた。明らかにある一時からおかしな事故調書が増えたのである。


 将は省吾を見て

「根津、悪いけど2年前の人事を調べて貰える?」

 と告げた。


 東尾達彦のリストは全て2年前からのモノであった。しかも、調書の内容をパラパラとみても2年前から確かに疑問符の残る事故扱いが多発しているのだ。2年前に就任した誰かによってそうされ始めたと考えるのが妥当だということである。


 翼が端的に

「移動とか就任だな」

 と告げた。


 それに省吾は頷くと

「了解」

 と応え、パソコン上で指先を動かした。


 2年前の鹿児島県警で新しく移動、もしくは就任したリストを出した。


 彼はプリントアウトした紙を手に

「序に推薦者が分かるものは推薦者も追加しておいた」

 と告げた。


 将はそれを見て目を細めて直ぐに

「あ、あのさ」

 というと

「全国のこの年の人事見せてもらえる?」

 と告げた。


 翼も由衣も将を見た。将はリストを見ながら

「考えたらさ、愛知県警の三叉もそうだった気がしてさ」

 と告げた。

「もしかしたら、この年の人事に何かあったんじゃないかと」


 三人は目を見開いて顔を見合わせた。


 桐谷世羅も少し考えて

「鬼竜院警察庁長官が就任したのは1年前でその前は浜中警察庁長官だ」

 と呟き

「だが、あの人は堅物だ……ありえん」

 とハッとした。

「いや……あの人は次長には恵まれない人だったな」


 桐谷世羅は腕を組んだ。それを見て将は

「桐谷課長、何か思い当たることが?」

 と聞いた。


 桐谷世羅は頷くと

「鬼竜院警察庁長官の前の浜名勝彦警察庁長官が就任して直ぐの頃に同じ人事で次長になった“なるみ礼二”という人物が海外の麻薬ルートがらみで殺人を行ってそれを隠蔽し続けたということで逮捕されたってことがあってな」

 と告げた。

「その次長は前の警察庁長官を買収していて伸し上がりその麻薬ルートで利用していた島の駐在員に自分の息のかかった人間を次々と送り込んでいたんだ……ちょうど20年くらい前になるか。その中の数名がその後に同じように離島を利用して海外から金になる犯罪組織の人間を密入国させて島の人間と入れ替えて密輸ルートを作っていたことがあった」


 将は目を細めて

「20年くらい前に駐在員ってことは……」

 と呟いた。


 翼も省吾も由衣も顔を見合わせた。20年くらい前にもしもキャリアもしくは準キャリアで警察に入ってきたとしたら今頃はかなり高い地位にいることになる。年齢的には50前だ。

 省吾は慌てて2年前に鹿児島県警本部長に就任した松村当二の身上書と経歴を印刷して将に渡した。

 将はそれを見て

「もしかして……この島の駐在ですか?」

 と机に置いて指をさした。


 桐谷世羅は目を細めると

「ああ」

 と短く答え

「これは愛知県警の山坂と三叉、それに大阪府警や警視庁で更迭された人間たちの経歴を調べる必要があるな」

 と呟いた。


 将は松村当二の身上書を見ながら

「その時の駐在員は島で繋がり……組織を作っていたとしたら」

 と呟いた。


 翼は息を飲み込むと

「ってことは、大本は警察官だったってことか?」

 と告げた。


 桐谷世羅は息を吐き出して

「その麻薬ルートで稼いだ金はかなりの金額だったらしい……それを元手にして警察に残らずに先言った犯罪組織と結託して島を乗っ取るために島の有力者に成り上がった者もいる」

 と告げた。

「とにかく、その次長に選任されて島で駐在をしていた人間については俺が追いかける。もしかしたらこれで組織の全容が見えるかもしれないからな」


 将は頷き

「6人」

 と告げた。


 全員が将を見た。

 将は酒家美咲が言った言葉を思い出し

「酒家美咲は六家と言っていた。つまり主要人物は6人だと思う」

 と告げた。


 桐谷世羅は頷いて

「わかった」

 と答えた。


 将は翼と省吾と由衣を見て

「今回は東尾さんの一覧の再調査と警察学校の林間合宿を同時に行う必要があるな」

 と告げた。


 翼が手をあげると

「東大路、悪いが俺は今回抜ける」

 と告げた。

「菱谷とこのリストの再調査の方に回る。量もそれなりにあるし菱谷一人では大変だからな危険も伴うし」


 将は驚いて

「え!」

 と声を漏らした。


 翼は笑むと

「省吾、東大路とやってくれるよな」

 と告げた。


 省吾は頷いて

「ああ、これでもずっと同行しているから要領は掴んでる」

 と告げた。

「翼ほど勘は良くないけど、その分情報収集は得意だから」


 由衣は翼を見ると

「宜しくお願いするわ」

 と頭を下げた。

 そして将を見ると

「こっちは安心して任せて。合宿の方に専念して」

 と微笑んだ。


 将は頷いて

「わかった、二人ともくれぐれも無理をしないようにな」

 と言い、省吾を見ると

「根津、宜しくな」

 と告げた。


 省吾は頷いて

「俺こそ宜しく」

 と答えた。


 11月二週目の12日から14日にかけて行うことを鹿児島県警本部に通達を出したのである。場所は桜島に隣接する新島であった。現在は民宿一軒だけなのだが、そこを経営する家族にはその三日間だけ鹿児島県内で宿泊をしてもらうように手配をした。


 将と省吾の二人は疑惑のある事故の再調査に乗り出す由衣と翼から鹿児島県警本部長の意識を逸らせる必要があったので、その全ての手続きを鹿児島で数日間宿泊して行うように決めたのである。

 鹿児島駅前グランドホテルに二部屋借りてそこから鹿児島県警本部へと出向いた。鹿児島県警本部長の松村当二県警本部長は二人を前に

「警察学校への伝達はこちらで行いましたので宜しくお願いします」

 と告げた。


 将は笑みを浮かべて

「ご協力感謝いたします」

 と平然と答えた。


 今の将たち内部組織犯罪対策課にとって鹿児島県警は敵地である。まして、松村当二県警本部長は55歳で将は駆け出しの巡査である。階級も年齢もはるかに松村当二の方が上なのだ。だが、警察庁からの出張なのだ。


 将は松村当二に頭を下げて

「では、我々は新島での林間合宿に利用するテントの設置に立ち会うので」

 と踵を返しかけて、何かを思いついたように振り返り

「もし宜しければ、警察学校のこれからの面々が何処でどんなことをするかご覧になられますか?」

 と告げた。

「ご説明いたしますが」


 松村当二は目を見開いた。

「もしかしてこれまでも同じように?」


 将は首を振り

「いえ、本来はするべきだったと少し反省しています。どんなところでどんな風にするか知れば我々のしようとしていることに理解していただけたかと今気づいてお声を掛けたのですが」

 と告げた。


 松村当二は少し考えたものの

「わかりました。同行させていただきます」

 と答えた。


 将は笑むと

「では、明日の朝に鹿児島港でお待ちしております」

 と告げて立ち去った。


 県警本部を出ると寒い風が吹き抜け将は軽く肩を竦めて鴨島駅に向かい、そこから鹿児島駅へと向かった。鹿児島グランドホテルに戻って林間合宿で行う新しい人狼ゲームの内容を考えなければならないのだ。


 ホテルでは省吾が待っており、将は戻ると彼に

「明日、設置現場に松村当二本部長を連れて行くことにした」

 と告げた。


 省吾は目を見開くと

「え!? ええ!!」

 と叫んだ。

「だ、大丈夫なの?」


 将は頷いて

「ああ、考えたらゲーム自体は疚しい所が無いからな。それに翼と由衣の動きを察知されない目くらませにもなる」

 と告げた。


 省吾は頷いて

「確かに、そうだね」

 と答えた。


 本音から言えば組織の人間排除のためのモノだが建前上は観察力と洞察力などのためのモノだ。相手の心理を読み隠しているものを見抜く力を養うためということになる。


 将は笑みを浮かべて

「俺たちはいつも通りに松村に松村自身を調べていることを悟られないように頑張ろう」

 と告げた。


 省吾は大きく頷いた。


 二人から一歩遅れて翼と由衣は極秘に鹿児島へ乗り込むと東尾が由衣に渡そうとしていた一覧の中で鹿児島県警本部から一番遠く且つ本土よりの場所で起きた事件の極秘再調査を開始した。


 翼は省吾から将が明日一日松村を連れて新島でのレクチャーをすることを聞き由衣に伝えた。現在、二人のいる場所は八代海に面した海岸沿いの378号線の脇本という小さな漁村であった。

 そこから鵜瀬鼻と呼ばれる海岸を進み長崎鼻を経て阿久根へと向かう道の途中で車がガードレールを突っ切って海側へと転落し運転手、同乗者とも死亡という事故があった。1年前の話である。運転手の血中から多量の睡眠導入剤の成分が検出され、薬による居眠り運転の末に事故ということであっさり幕引きがされたのである。


 翼はその調書のコピーを手に

「睡眠導入剤を摂取する場所がないんだよな」

 と呟いた。

 由衣は頷いて

「そうね、成分的には比較的発現時間が短いモノだから飲んで直ぐ効果が出るってことは態々途中で止めて飲んで走ったか、走っている最中に飲んだってことになるわね」

 と告げた。


 事故を起こした場所は二人がいる事故現場からすれば一番近い漁村集落でそこから30分ほど走った場所が事故現場だったからである。

 通常の導入剤でも1時間から3時間以内には効果が出る。車を走らせるのに態々飲む理由がないのだ。しかも、同時に亡くなった同乗者については血液すら調べている様子がなかった。

 もし二人の血中から同じ成分が出てきたとしたら事故ではなく、他殺もしくは自殺になる。


 翼はその時の事故で亡くなった運転手の三田研吾の父親でその漁村で暮らしている三田研二を尋ねた。三田研二は二人が訪れると最初は不思議そうに怪訝そうにしていたが事故の再調査を極秘にしているというと泣きながら

「漸く」

 と言い、再三警察へ事故ではないと言いに行っていたことを告げた。


「息子は睡眠薬を常用していなかったし病院にも行っていない。まして、大切な親友を乗せる時にそんなことをするわけがない」


 そう言って

「それに、何度もこれも言ったんだが……あの日、息子は亡くなった波田君と松村という奴も乗せていたんだ。警察に言ったんだがそういう人物は乗っていなかったと一点張りで俺の言うことを無視して」

 と告げた。


 二人は顔を見合わせて息を飲み込んだが、翼は自身を落ち着かせながら

「松村……その人物の下の名前は?」

 と聞いた。


 三田研二は首を振ると

「松村とだけしか。波田君の知り合いらしくて息子と波田君が関わっていた錦江湾の埋め立て地の強度の不正について話をするためにと……なのに」

 と唇を噛み締めた。


 翼は彼の話を録音して

「わかりました。再調査のために来ているので分かりましたらご報告いたします」

 と応えて、由衣と共に立ち去った。

 彼女は三田家を出ると

「この三田研吾と波田隆一、そして、松村……まさか鹿児島県警本部長の……かしら」

 と呟いた。


 翼は頷き

「可能性はある。先に事故現場へ行くか」

 と告げた。


 二人は翼の運転する車で三田家を後に378号線と交差する漁村の終端に位置する釣道具屋の前を通りかかった。

 由衣はその店を見ると

「ここはきっと通っているわね。1年前も」

 と告げた。

 翼はブレーキを踏むと

「そうだな」

 と答えると駐車場に入れて中へと入った。


 中にいた店主を見ると

「すみません」

 と警察手帳を見せた。

 彼は三田研二も息子の研吾も良く知っており

「実は」

 と唇を開いたのである。


 二人は店を出ると378号線を南下し木々が両側に茂り、右手に海が見える海岸沿いに接近した事故現場に差し掛かり翼は再びブレーキを踏んだ。


 写真では分かりにくかったが……現場は緩やかな下り坂のドン突きだったのだ。


 翼は由衣を見ると

「かなり緩やかだが……下り坂だ」

 と告げた。


 彼女は険しい表情で頷いた。そのままドライブに入れてアクセルに足を乗せるだけで容易に事故になる場所である。そう、眠らせた後に放置してもである。

 二人はその松村という人物が何故二人を殺さなければならなかったのか。恐らくは三田研吾と波田隆一が埋立地の不正を訴えようとしていたからだと判断はできたが、其れを阻止して誰が得をするのか。 それを見極める必要があると二人は考えていたのである。


 つまり、その埋立地計画がとん挫することで損害を被る人物と進むことで利益を得る人物である。


 翼は調書のコピーを見て

「明日、これを取り扱った出水警察署へ行って調書を作成した古峰警部に会おう」

 と告げた。

 由衣は驚きながら

「でも、危険じゃないかしら?」

 と告げた。


 今は鹿児島県警の誰が狼か分からないのだ。翼はそれに

「大丈夫だ、知られたとしても動き出すのはきっと明後日だ。明日は松村本部長も忙しいだろうからな。東大路たちの協力を最大限利用しようぜ」

 と告げた。


 由衣は頷いて

「わかったわ」

 と応えた。


 翼は車を走らせると二人が宿泊予約を入れているホテルへ戻り、先に錦江湾の埋め立てについての関係者を由衣と共に調べた。


 二人の動きを知らず将は人狼ゲームの流れを纏め省吾に手渡した。基本的には松村県警本部長の口沿いがあった県警本部刑事課長佐々木壮一の息子の翔太を中心に役割を決めるということである。


 将は8名のリストを見て

「全員グレーのつもりで考えないとな」

 と呟いた。

「今まで狼が2人、6人が村人でしたけど……狼2人狂人1人に占い師1人残りの4人を村人に今回するのはどうかな?」


 省吾は目を見開き

「狂人に占い師?」

 と聞いた。

「村人がかなり不利にならないかな?」


 狂人とは村人でありながら狼の味方をする狼陣営の存在である。そのため狼陣営が勝利すると狂人も勝利するということになる。しかし、村人であるために処刑された時には狼ではないということになるのだ。

 その代わり占い師は毎晩一度だけ知りたい人物が村人か狼化を知ることが出来るという能力を持っている。なので、狼が分かるということである。


 将は腕を組んで

「その占い師役を佐々木翔太にさせようかと思っているんだけど」

 と告げた。


 省吾は将の意図を読むと

「う~ん、狼2人に占い師1人に村人5人だとしたら村人が有利になるし、難しい塩梅だね」

 と告げた。


 将は笑って

「確かに」

 と言い

「でもゲームの本題はそこじゃないから……狼2人狂人1人、占い師1人に村人4人で行こう」

 と告げた。

「第一夜は狼の襲撃なし、それから、投票も無し」


 省吾は頷いて

「わかった」

 と答えた。


 佐々木翔太が最初に誰を占うように行ってくるのか。どう立ち回るのかを将は見ようと思ったのである。もし、そこでゲームに沿った動きをしなかった場合に佐々木翔太と繋がっているダークグレーの人物が見えると思ったのである。


 しかし、翌日。

 鹿児島港で将と省吾が松村当二を待っていると彼はもう一人の同伴者を連れてきたのである。

 松村当二はその人物と車から降り立ち

「こちらの方は瀬田祥一朗殿だ。この地域の名士で多くの代議士を支えておられる」

 と告げた。

「警察学校での新しい試みを是非見学したいということで来ていただいた」


 将は笑みを浮かべると

「そうですか」

 と応え

「警察内でのことなので俺の一存では決められないので少々お待ちいただけますか?」

 と告げた。

「上司の許可をもらいます」


 平然と言ってのける将に瀬田祥一朗は笑みを浮かべ、反論に口を開きかけた松村当二を手で制止した。

「当然だろう。こちらが押し掛けたのだ」


 省吾はただならぬ空気に固唾を飲み込んで将を見た。周囲にさり気なく止まっている車からも視線を感じたのである。ここは正に敵地なのだ。下手をすればこのまま殺されて隠蔽なんてことも全くないわけではない。

 将もそれを感じていたもののここは筋を通すということとこの瀬田祥一朗という人物についても調べて貰おうと桐谷世羅に電話をいたのである。

「課長、申し訳ありません。実は今からテントの設置の様子を松村県警本部長に見ていただこうと思って来ていただいたのですが、同行者として瀬田祥一朗氏も是非見たいと来られたのですが動向を許可してもよろしいでしょうか?」


 桐谷世羅はなるせ礼二が麻薬ルートに使っていた島の駐在所に送り込んだ駐在員のリストを見ながら

「瀬田祥一朗……か」

 と呟き

「松村当二もその瀬田祥一朗も離れているが名前がある。そいつはかなりの大物だぞ」

 と言い

「許可する」

 と告げた。


 将はその言葉に目を細めると

「わかりました」

 と応え通話を切って松村当二と瀬田祥一朗に

「許可をもらいましたのでご一緒にどうぞ」

 と警察の船へと誘った。


 彼らを乗せた船は鹿児島港を出ると40分ほどかけて新島に到着し、降りるとその足で10個のテントを設置している現場へと進んだ。


 テントが10個で他には何もない。


 将は視線をせわしく動かす松村当二とスーと見まわして直ぐに将に目を向けた瀬田祥一朗を見比べて

「肝が据わってるな」

 と心で呟くと

「ここで行います」

 と言い

「人狼ゲームはご存じですか?」

 と聞いた。


 瀬田祥一朗はふっと笑うと

「村を崩壊させるために潜入した人の姿をした狼を暴き出すゲームということは」

 と意味深に告げた。


 将は笑顔で

「そうです。ゲームに参加してもらう8人にはこちらが用意した携帯以外は持ち込み禁止としています。また不参加者は退学、規則を破った者も退学、またゲームの成績が悪かったものも退学にします」

 と告げた。


 瀬田祥一朗は苦く笑って

「中々厳しい」

 と告げた。


 将は冷静に

「そうでしょうか? 不参加及び規則を破った者は警察官となって任務についても同じことをする可能性がある。職場放棄に……職務規定違反、もしくは不正」

 ときっぱりと告げた。


 松村当二は目を見開くと

「それは失礼だぞ!」

 と告げた。


 将は肩で息をすると

「そういう可能性があるので任務に就く前にチェックをするためのモノです」

 と返した。


 省吾は三人を交互に見て冷や汗を掻きながら周囲に目配せをして

「そして事件に関わったものの真偽を見極める目と冷静さと判断力を見るためのテストになるので成績の悪いモノをチェックすることは必要だと思い現在各都道府県警察の学校で順次行っているのです」

 とごっくんと固唾を飲み込み付け加えた。


 将は目を見開いて省吾を見て笑みを浮かべた。

「根津巡査の言う通りで、この林間合宿は各都道府県で順次行い警察内部で不正や規律違反などを行いそうな芽を厳しく取り除いていく予定です」


 ……警察に自己の利益のために隠蔽や不正をするものがいれば人々を守ることが出来ない。なので、俺は見逃しません……


 強い視線を将は瀬田祥一朗に向けた。瀬田祥一朗は笑みを深めると

「東大路将巡査……だったな」

 と言い

「君を見ているとある人物を思い出すよ。君はよく似ている」

 と笑った。


 ……期待しているよ……


 そう言って、蒼褪める松村当二に向くと

「いや、中々警察もしっかりしてきたじゃないか」

 と言い

「松村県警本部長……君も考えないと」

 と笑みを浮かべて

「中々良い企画だと理解した」

 と踵を返して船着き場の方へと足を進めた。


 そして、不意に肩越しに振り向くと

「そうそう、鹿児島と言う村から見れば君や『彼ら』は村人か狼か……どちらなんだろうなぁ」

 どっちにしても人狼ゲームは狼同士の縄張り争いかもしれないと思うんだがね、と言い、いつの間にか接岸していた船に乗り込み立ち去った。


 松村当二は蒼褪めながら

「林間合宿の趣旨は理解した」

 と言い

「私も失礼する」

 と告げた。


 将は敬礼をすると戻ってくるように指示を出して送り出した。そして、息を吐き出すと小さく震えた手を拳にして

「恐らく……松村当二だけじゃなく瀬田祥一朗は六家の一人だ」

 と省吾に小声で告げた。


 省吾も感じていたように小さく頷いた。


 将は更に

「それにこのゲームの本当の意味も理解したと思う」

 と言い

「その上で俺たちを狼だと……」

 と言葉を止めて目を見開いた。


 ……君や『彼ら』……


 将は息を飲み込んで

「しまった」

 というと携帯を取り出して翼に電話を入れたのである。


 あの言葉は後で侵入した天童翼と菱谷由衣の動きを知っているという警告だったのかもしれないと思ったのである。しかし、呼び出し音が響くだけで応答はなかった。