第四夜

『私、組織に殺されるわ。本当よ……お願い助けて……埠頭へ来て……その代わり貴方と根津省吾を狙っている……組織が掴んだ第三の組織の人間のことを教えてあげるわ』


 ……私たち組織を恨む第三の勢力の人間が貴方と根津省吾を狙っているわ……それが誰か知りたくない? ……


 天童翼の元に警察から排除された尾崎友子から連絡が入ったのだ。信用できなかった。だが、組織を知っているだけに彼女が消される可能性は否定できなかったのだ。その上で根津省吾を狙っている人間がいると聞いて心が揺らいだ。


 一応、向かったが周囲にJNRの人間がいるかどうか気配を伺って用心には用心を重ねて時間になると電話を入れた。

 彼女は明らかに怯える声で

「ご、ごめんなさ……本当よ! 殺される! 私、殺されるわ!! 助けて! 助けてぇ!!」

 いや、いやぁあ!! と悲鳴が響き乾いた音と共に消えた。


 驚いてその場の近くに行きかけた瞬間に背後からの衝撃と共に意識を失った。

「東大路……俺……罠にはまった……」


 ……省吾、頼む……


 尾崎友子の遺体発見と天童翼の消息不明は警察庁刑事局組織犯罪対策部内部組織犯罪対策課にほぼ同時に知らされたのである。


 東大路将は内部組織犯罪対策課のフロアで蒼褪めて立ち尽くす根津省吾を見て視線を移すと目の前に立つ桐谷世羅を瞳に映した。

 もう一人の仲間である菱谷由衣も息を吸い込み吐き出すと

「天童さんの行方不明と尾崎友子の殺人はきっと関りありますね」

 と冷静に告げた。


 省吾はそれに

「翼はやっていない、絶対に」

 と告げた。


 桐谷世羅は軽い口調で

「まあ、そうだろうな」

 と応え

「恐らく誘き寄せる材料に尾崎友子が使われた。奴等にとって失敗した人間は用なしの駒だ。最大限利用して捨てる」

 と告げた。

「冷酷だがそれが事実だ」


 将は拳を握りしめ

「だったら、まだ天童は無事だ。助ける方法を考えないと」

 と告げた。


 省吾は顔を上げて

「東大路……本当に……」

 と言いかけた。


 桐谷世羅はそれに

「役に立たなかったら同じ場で殺してる。まだ利用価値があるから生かしているんだ」

 と言い

「根津、天童が何もなく信じているのはお前だけだ。今回は働いてもらうぞ」

 と笑みを浮かべて

「きっと狼軍団から取引を持ち掛けられる。良いか、お前たち次第だ。天童を救えるかどうかも、お前たちが生き残るかどうかも決まる」

 と告げた。


 ……根津、どんな些細なことでこれからは報告してくれ……


 省吾は頷くと

「はい!」

 と敬礼して答えた。


 将は省吾の肩を叩き由衣と顔を見合わせて同時に頷いた。

 警察庁刑事局組織犯罪対策部内部組織犯罪対策課にとって初めての試練の時であった。


 将は桐谷世羅を見ると

「尾崎友子が殺された現場近くの天童を写していたという防犯カメラの映像をみたいんですけど」

 と告げた。


 桐谷世羅は頷くと

「わかった。直ぐに用意する」

 と答えた。


 20分ほどで多々倉聖がDVDを持って姿を見せると

「これだ」

 と桐谷世羅に渡した。

「興味深いモノも映ってる」


 そう言って捜査へと戻っていったのである。将は桐谷世羅がパソコンでその映像を写すと省吾と由衣と共にそれを見つめ、一瞬目を細めると

「……これが多々倉さんの言っていた興味深いモノかも」

 と呟いて、顔を上げた。


 一緒に見ていた省吾と由衣は首を傾げた。将が唇を開きかけた瞬間、省吾の携帯が震えた。着信である。将も由衣も桐谷世羅も彼の携帯を見つめた。

 こんな時に彼の携帯に連絡があるということは自ずと相手が分かる。

 将は彼に

「スピーカーで」

 と告げた。


 省吾は頷いて相手の声が周りに聞こえるようにして着信ボタンを押した。携帯は天童翼のモノであったが、声は女性であった。

「皆さん聞いているかしら?」


 将は冷静に

「だろうな」

 と、相手も情報共有するだろうと分かっているのだと理解した。


 省吾は息を吸い込み

「翼は無事なんだろうな」

 と僅かに震えながらも強い口調で告げた。


 女性はクスクス笑いながら

「無事よ」

 と言い

「……話しなさい。でないと信用されないから」

 と告げた。


 しかし、沈黙が続いた。

 省吾は息を吸い込み

「俺は大丈夫だから、翼。声を出して」

 と呼びかけた。


 それに応えるように

「省吾……良いな! 来るな! 誰も来るな! 俺のことは忘れろ」

 と翼の声が響いた。


 女性は笑いながら

「ね、無事でしょ? 彼を救いたければ午前10時に袖ヶ浦海浜公園の塔に着てちょうだい」

 と告げて通話を切った。


 将は時計を見て

「今が9時ってことは」

 というと、由衣が慌ててパソコンを立ち上げて打ち込み

「車でも列車でもギリギリ」

 と所要時間とルート検索をして告げた。


 将は桐谷世羅に

「パトカー一つ借ります」

 と言い

「行こう」

 と呼びかけた。


 それに省吾も強く頷き、由衣も足を踏み出した。将は桐谷世羅に

「課長は待っていてください」

 と告げた。


 桐谷世羅は頷いて

「わかった」

 と答えた。


 そして、彼らが立ち去ると携帯を手にした。

 電話が通じると

「下手に動くと部下がヤバいからギリギリまで見守るだけで良い。いざという時は行動してくれ」

 と事情を説明して切った。


 同じ頃、将は由衣に運転を頼み携帯を手にして電話を入れた。それは一つの賭けであった。暫くの呼び出し音の後に声が返り軽い安堵の息を吐き出すと

「やはり、応答してくれると思っていた」

 と言い、驚く相手に

「頼みがある」

 と告げた。

「わかっていると思う。だから……俺たちは向かっている。このまま彼を救う行動をとる」


 ……そういうことだ、お願いする……

「もちろん、それが大前提だ。だったら、仕方がないとしか言いようがないけど俺は出た時点で信用している」


 省吾は将を不思議そうに見た。同じように運転しながら由衣もまたミラー越しに将をみた。

 将は通話を切ると二人を見て

「俺たちは翼を救うことを最優先に動こう」

 と告げた。


 余りに端的な言い方に省吾も由衣も将が誰と話し何を頼んだのか分からなかったのだ。いや、今回の天童翼救出劇の何かを頼んだことは分かるのが具体的に何をしてもらおうとしているのかが分からなかったのである。


 海ほたるから木更津へ渡りそこから折り返して直ぐの場所に袖ヶ浦海浜公園がある。それでも彼らのいた警察庁からはほぼ一時間はかかるのだ。つまりそれを読み込んでの時間設定だったのである。


 菱谷由衣は前方に袖ヶ浦海浜公園の入口が見えると

「到着します」

 と告げた。


 将は笑むと

「じゃあ、駐車場に停めて急ごう」

 と告げた。


 時計の針は9時55分である。車を止めて三人は飛び出すと駆け出した。公園の一角に高さ25mの塔が聳え立っていた。中は階段になっており、上に2カ所出ている部分がある。その上の方に縄で括られた天童翼の姿があった。


 菱谷由衣は時計を見ると

「後1分です!」

 と叫んだ。


 将は頷いて

「助けるぞ」

 と駆け込んだ。


 省吾も由衣も中へと駆け込み階段を駆け上った。そして、翼が手足を縛られて倒れている踊り場兼展望フロアに到着すると縄を外した。

 翼は蒼褪めて

「バカやろー!! 逃げろ!!」

 と叫んだ。


 それを袖ヶ浦海浜公園の塔が見える一角から一人の女性が見ており笑みを浮かべると

「さあ、全員さようなら」

 とボタンを押した。

 が、何も起こらず彼女は息を飲み込むと

「何故!?」

 と周囲を見回した。


 塔の上では将が翼を立たせると

「話を聞かせてもらう」

 と告げた。


 由衣も省吾も時計を見ると

「「10時は過ぎているけど」」

 と同時に告げた。


 なぜ何も起きないのか? 意味が分からないといった具合である。


 将は笑むと

「というか、到着する前に10時は過ぎてる」

 と言い、サイレンを鳴らせて公園の入口から駆け込んできた警察官が一人の女性を取り囲むのを上から見つめた。


 由衣も省吾も翼ですら驚いて見つめていた。将は階段を下りてクルリと裏手に回りそこで座っている男性に笑みを浮かべた。

「ありがとう、平岡」


 平岡政春は解体した爆弾を将に渡し

「これはお前たちを助けるためじゃない……尾崎が……可哀想だったからだ」

 と告げた。


 由衣は驚いて

「貴方……警察学校を退学にされた……組織の……」

 と呟いた。

「まさか先の電話は」


 翼も省吾も驚いて見つめた。

 将は頷いて

「一か八かの賭けで彼に爆弾を仕掛けていたら海に捨てるか、解体するかを頼んだんだ。恐らく時間が間に合っても合わなくても俺たちが合流した時点で全員を殺そうと考えていると思って」

 と言い

「天童が映っていた防犯カメラを見ていたら天童の後に平岡が映っていて、もしかしたら尾崎友子と連絡を取り合っていたんじゃないかと……彼女が殺され天童が誘拐されて……恐らく平岡はずっとその後を追いかけていたんじゃないかと想定したんだ。それで電話をかけたら出てくれたから彼に頼んだんだ。すぐ側で隠れて現場を見ていると思ってね」

 と告げた。


 平岡政春は息を吐き出すと

「東大路教官の言う通りだ」

 と言い

「俺は尾崎に今回の件を誘われたんだが、断った。失敗した俺達みたいな駒をどうするかは何となくわかっていたから逃げた方が良いと思ってな。そう言った。そうしたら尾崎から電話があって今から報復するのを見せてあげるってあの埠頭に呼び出されて行ったら……案の定、組織の人間に殺されて……だから使い捨ての駒にされるって……言ったのによ」

 と瞳を僅かに濡らし

「そいつが捕まるのも目撃して何をするのか後をずっと隠れながら追いかけたらこの塔の上に縛って放置して降りてきて、その隙を狙って上に登ったら爆弾があったって訳だ」

 と告げた。


 ……まあ、どうでも良かったけどこんなことのために尾崎がただ殺されただけだって思うとさ……

「そうしたら教官から電話があって、こいつ恐ろしい奴だって思うのと同時に……何でだろうな。殺された尾崎の姿がちらついて……悔しくて……手を貸した」


 将は笑むと

「平岡がいなかったら、きっと死人が出た」

 と言い、手を出すと

「俺たちと一緒に組織と戦わないか?」

 と誘った。


 それに由衣と翼と省吾は目を見開いた。

 将は笑って

「俺達は狩人だけどさ、半分以上はそういう組織に入っていた人間ばっかりだしな」

 と告げた。

「でも上の……一部の人間だけの欲に塗れた組織は不幸を生むだけで組織の中の人間も外の人間もそいつらには欲を生み出す錬金術の道具でしかない。使い捨ての駒だ」


 ……そんな組織は潰れた方が良いし警察に一滴も放置することは出来ない……

「ここにいる人間はその組織に大切な人を殺されたり、大切な人を守るためだったり、理由は色々あるけど全員が警察という正義の組織をその汚れた組織から守ると誓った人間ばかりだ」


 ……だから一緒に戦って欲しい……


 平岡政春は目を見開いて将を見つめた。

 そして笑うと

「ったく器が違う」

 と言い

「俺は組織に戻るつもりはない……逃げ切ってみせる」

 と将の手を握り返すと

「だが、教官の手を取る訳にはいかない」

 と手を放した。


 そして笑顔を見せると

「……覚えてろ、あんたは俺のリベンジ対象だ……」

 と告げて、足を踏み出すと警察が酒家美咲を捕まえた方向とは反対側に姿を消した。


 翼は「おい」と言いかけたが、将は手で止めて

「いいさ、平岡はきっと大丈夫だ。尾崎を可哀想だと思う心も持ってたし……今は何が正しく何が過ちなのかを見極められるようになってる」

 と笑みを浮かべて見送った。


 酒家美咲は塔から将たちが歩み寄ると警察に逮捕されながら

「こんな……こんなことで捕まるなんて……でも私の後ろには六家がいるのよ、舐めない事ね。今に見ていなさい、報復してやるわ」

 と言い立ち去りかけた。


 将はそれに

「あの」

 というと

「つまり、六家というのが組織の上層部なんですね」

 と笑みを浮かべた。


 ……だったら、六家を壊して組織も壊します……

「情報ありがとうございます」


 酒家美咲は驚いて肩越しに将を見ると

「貴方……まさか……」

 と呟きながら立ち去った。


 波が引くように警察官も立ち去り、取り残された将たちは全員安堵の息を吐き出した。

 そして、省吾は翼を見て

「あのさ! 一言言っておくけど……翼が俺を大切に思ってくれているように俺も翼が大切だからな! 翼が危機の時は絶対に絶対に助けに行く!! だから来るなっていうな!」

 と泣きながら告げた。


 由衣は微笑み

「同じ課の仲間ですから!」

 と敬礼した。


 将も笑って

「そうそう、きっと、酒家美咲を捕まえるために千葉県警に連絡を入れてくれたのは桐谷課長だろうし……天童、お前、注意されるぞ」

 と言って

「帰ろう」

 と告げた。


 ……そう、帰るんだ……

「俺たちの課へ」


 翼は目を見開き笑みを浮かべると

「ああ、ありがとう」

 と言い言葉を続けた。


 ……ごめん……


 全員が笑顔でそれに応え、パトカーに乗ると警察庁へと戻った。翼は警視庁に戻り桐谷世羅から注意を受けた後に将や省吾、由衣たちに笑みを見せて不意に尾崎友子の言葉を思い出した。


『私たち組織を恨む第三の勢力の人間が貴方と根津省吾を狙っているわ……それが誰か知りたくない?』


 警察庁刑事局組織犯罪対策部内部組織犯罪対策課に潜む第三の組織の人間……フロアには夕刻の赤い夕陽が窓から射し込みまるで血に染まるように赤く赤く全てを染め上げていた。