準備の時間は掛かった。
だが、その瞬間が訪れるのは一瞬だった。
「あの」
男が雑貨屋コーディーの扉を叩いた。
服装は、妙に畏まっていた。
黒一式のスーツに、シンプルな黒い帽子を被っていた。
持ち物は片手で持てるサイズの鞄だけで。
それ以外は、特に異変は見受けられなかった。
「見た目に不審な点は見受けられない」
『了解した。一応、警戒をしましょう』
俺は屋根裏で、小さい連絡用の魔石を手にしながら言った。
通話先はナターシャさんだ。
ナターシャも同様、この店の中で潜伏している。
俺も屋根裏から覗く形でターゲットを見ている。
「いらっしゃいませ~。何か、お探しですか?」
店員役はアルセーヌだ。
ザ・店員って感じの見た目に、少しぼさぼさな髪の毛。
黄色のインナーカラーをしたくせ毛が片目を覆っており、普通の人とは言えないが。
一癖ある店員、と言った出来になっている。
「噂で聞いたのですが」
「はい?」
「かの、魔王様の遺言書のコピーがあると聞いて。見せていただけませんか?」
来た。
俺たちが狙っている相手が、来たのだ。
作戦開始からたったの一日。
もしあの男が魔解放軍ならば、情報のアンテナが早すぎるんじゃねぇか。
だが、これは好都合だ。
「男が遺言書を話題に出した。所定の位置へ移動する」
『了解です。各位、所定の位置へ移動しなさい』
俺も知らなかったんだが、通信出来る魔石にも種類があるらしい。
通信と言っても、それは魔力の波長を合わせ声を変換すると言う。
言ってしまえば魔道具のような仕組みをしている。
だからか、
“受信と送信がどちらも出来る”魔石と、
“受信か送信どちらかしか出来ない”魔石が存在している。
俺とナターシャさんが持っているのはどちらでも可能な魔石で。
他の外組が持っている魔石は、受信しか出来ない魔石を装備している。
単純に希少だから数がないってのと。
あまりにも変換された魔力が行き来しすぎると、もし客が魔眼持ちなら感知されてしまうらしい。
魔解放軍は魔族を主な幹部として置いていると言う。
魔眼持ちが来る可能性が少しでもあるなら、この選択は間違いではない。
だから、ナターシャさんのその指示は、外組の人にも届いていると言う訳だ。
「見せるのは構いませんがぁ、その前にお名前を聞いてもいいでしょうか?」
「俺の名前ですか? ティクターと言います」
「ティクター様ですか。分かりました」
その男の名はティクターと言うらしい。
聞いたことは無いな。あるわけないか。
まあだが、もし魔解放軍なら。
数分後に、隙を狙ってティクターを抑え込まなければいけない。
「質問に答えたので、こちらからも質問していいでしょうか?」
ティクターははにかんだ笑みでアルセーヌにそう聞く。
「遺言書のコピーは、どこで手に入れたのですか?」
「代々、うちの家系で受け継がれてきたものです。大昔の戦争時、先祖が魔族側の幹部でして」
「どうしてずっと隠していた物を、今になって?」
「たまたま最近、私が見つけたんです。それまで存在すら知らなくって」
ちなみにだが、嘘だ。
こんな明らかな嘘をついても、それを通せる理由がある。
それはアルセーヌしか使えない。そんな作戦。
『魔眼を使った反応がある。ティクターは魔族よ』
「了解した」
魔眼の反応。
魔眼は周囲の魔力に直接影響を及ぼす。
だから、魔力に敏感な魔石さえあれば魔眼であるか見破れる。
そしてティクターは魔眼持ち。
つまり、魔族。
魔解放軍の可能性が、また上昇した。
そしてティクターが魔眼を使用したことにより。
確実な事が一つある。
アルセーヌがティクターに語った話に、信憑性が生まれたのだ。
――魔眼は魔眼同士で共鳴する。
魔眼持ちは相手が魔眼を持っているか、感覚で知れるのだ。
だからこそ、ティクターはアルセーヌが魔眼持ち、すなわち魔族であることを確認した。
これで先祖が魔族で、それ経由で遺言書を手に入れたと言う話に現実味が増す。
信憑性が増した事で、さらに作戦が円滑に進む。
「こちらに案内しますが、念のため荷物などは入口の棚へ」
「あ、不審に思われたでしょうか。変な物は入れていないですが、分かりました」
アルセーヌは「そんな事は無いですよ。ただ、念のため」と申し訳なさそうに言った。
その言葉にティクターは「言葉が過ぎましたね」と言いながら、持っていた鞄を入口の棚へ押し込んだ。
あの中に武器があるかもしれないからな。
一応の安全対策だ。
幸い、アルセーヌは店員と言う設定だ。
店員が言うなら、それがルールだと納得してくれたらしい。
「………」
問題は、こいつが魔解放軍なのか否かと言う事だけだ。
今の所、可能性は濃厚だ。
だが、魔解放軍なら強引な手段で奪いに来そうなものだ。
もしもティクターが本当に魔解放軍なら、わざわざ客として来るのには違和感がある。
もしかしたらただ気になって訪れただけの、潔白無罪の男なのかもしれない。
かと言って、それは捕まえて聞き出さなきゃ分からない事だ。
ここからが課題だ。
ティクターをどう捕まえるか。
『ケニー』
すると、唐突にナターシャから通信が入った。
そしてその言葉で、俺は思わず戦慄した。
『何かが、変だわ』
「何がだ?」
『おかしいのよ――』
『アリィとソーニャ、そしてアーロンが予定の位置に居ない』
「なに……?」
――――。
三人の現在位置が不明。
異変を感じ取ったナターシャさんが外に行って確認。
サリー・ドード以外の、主に子供らが所定の位置どころか待機場所にもいなかった。
「どうする? これは明らかな想定外だ」
『少し考えさせて、アルセーヌには時間を稼がしてほしい』
「稼がせるって……どうすりゃいいんだよ」
『そこは任せます』
くっそが。
こんな事態になるとは俺も予想外だ。
つうか、アーロンも今行方不明なのかよ。
俺は正直この作戦より、アーロンを探したい気分だが。
……きっと、ナターシャが探してくれている筈だ。
サリーは居たんだ。
このチャンスを、逃すわけにはいかない。
「ただ、どうすりゃいい?」
どうすればアルセーヌに伝えられるのだろうか。
時間を稼ぐっつっても難しくねぇか?
ここから下のアルセーヌに、どうやって……。
「たのもーう!!!!」
「え?」
「おや。別のお客さんですか」
俺が辿り着いた結論。
俺は自分の最悪なセンスをフル活用し、店の扉を勢いよく開けた。
ティクターはおやおやと言いたげな顔で。
アルセーヌは「おま……なに」とちゃんと暴言が出そうになってた。
だが許してくれアルセーヌ。理由あっての事なんだ。
「おいアルセーヌ! 今日こそ決着をつけるぞォ!」
「け、決着ぅ?」
「おう。お前と俺の、相撲勝負だぁ!」
……三人の間に、微妙な空気が流れた。
そりゃそうだよ。おれ完全にやばい奴だもん。
だが頼む! 俺の乱入で状況を察してくれええ!!
「……」
「………けっ。決着はつけたいが、今はそれどころじゃないんだ」
おーーーーい!!
馬鹿! 分からずや!
なんて察しが悪いんだよこの男!
だから!
緊急事態で!
時間を!
か・せ・げ。
ケニーは出来る限りのジェスチャーでアルセーヌに伝えようとしたのだが。
「………」
「……?」
効果は見ての通り、お猿の踊りと勘違いされていた。
マジで察しが悪いなこいつ。
と、とにかく、何とか話を繋げて。
「お……」
「お?」
「俺は」
「あ?」
「お前が……す、すすきだ」
「はぁ!?」
なぜか頬を赤らめ声を荒げるアルセーヌ。俺だってこんな事をしたくはないんだ。
お前の事を好きとか死んでも言わない筈だった。
だがとにかく、アルセーヌが察してくれないなら強硬手段しか思い当たらない。
「ちょっと待て! まずお前はどうして出て来て」
「好きで好きで溜まらないんだ! 頼む、俺と相撲してくれ!」
「さっきと言ってることがぐちゃぐちゃだぞ!」
俺はアルセーヌに近づき、ゼロ距離で顔面を見つめあう。
もう吹っ切れてるからさ。なんかもう恥ずかしいとかばかばかしいとか無くなって。
「相撲、しよ」
「するかボケ」
演技な筈なのに、何だか悲しくなった。
だが、これも作戦のうちだ。
一連の流れを見て、ティクターは疑問を浮かべた表情になり。
物凄くあたふたとしていた。
だが、その挙動は。
ティクターに隙を生み出させた。
「――ラット!」
「ラットッ!」
「え? ら、ラット!」
裏口から出てきたナターシャが魔法を行使。
入口から勢いよく入ってきた強面の男サリーはティクターへと飛びかかった。
その一瞬に反応したアルセーヌも続いてティクターへ飛び移る。
ラット・ラット・ラット作戦。
順番に飛び出し、ネズミのような速さで対象を捕縛すると言う技だ。
ラット! と大声で叫ぶことにより、対象の注意を逸らす効果がある。
元々、昔にネズミが大量発生した家で、
同時にネズミの軍勢が現れることラット・ラット・ラットと呼んでいたらしい。
余談はこれまでにして、結果を語ろう。
「確保……!」
サリーのその言葉に、みんなが安堵した。
「………」
「さ、質問の時間だぁ。ティクター」
「質問ですか。一体どうして俺がこうなっているか説明すらさせてもらえないと」
「当たり前だ。悪いが、魔解放軍の容疑が掛かっている」
「………なるほど」
これで作戦、成功だと胸を撫でおろした。
だが、
俺らは知らなかった。
知らなかったんだ。
全ては、仕組まれていた事だと。
――――。
―――。
――。
黒煙が上がっていた。
頭が痛かった。
ずっと誰かに、声を掛けられている気がするけど。
俺はその言葉を認識することも理解することも出来なかった。
「――――――!!」
何を言われているか、分からなかった。
でも、とにかく。
起きなきゃと強く思った時。
――雑貨屋コーディーが大炎上しているのが、俺の視線に入り込んできた。
余命まで【残り151日】