数カ月前から、
『中央都市アリシア』に『魔解放軍』が潜んでいると言う噂があるらしい。
人魔騎士団のリーダーは特殊な方法でその情報を掴んだ。
だからこそ、この中央都市アリシアへ人魔騎士団を集合させ、炙りだす作戦を考案した。
大事なキーは『魔王の遺言書のコピー』と『雑貨屋コーディー』と言う店の名前だ。
魔王の遺言書。
それは数百年前の戦争で、
結果、勇者に封印された悪の化身『魔王グルドラベル』が残したものだ。
数百年前の戦争とは、この世界では絵本とかになっていて有名な話になっている。
人族と魔族の戦争。
その終末、それは人間側の交渉と魔王の失脚による人族と魔族の和解と言う結果となった。
魔族側は統率が取れていた、だがそれは魔王の暴挙による恐怖の支配。
魔王はそのカリスマ的思想と残虐な行為で魔族を無理やり操っていたのだ。
だからこそ、魔王は味方の寝返りを予測していなかった。
最後に残されたのは“北の最果てに存在する魔王城跡地”だけで、
魔王封印後、魔王に関する全てのアイテムは行方不明となっていた。
行方不明。そう、所在が今も分かっていないのだ。
魔解放軍は封印された魔王を復活させようと狙う集団。行方不明な事を知らないわけがない。
実は魔王に関するアイテムが行方不明なのは、嘘だ。
魔王の遺言書は実在している。
その遺言書は四大国が、遺言書を四分割して各自で厳重に保管している。
それが真実だ。
保管すると言う事は、それほど重要な内容なのかもしれない。
なんにせよ、それは魔解放軍からすると喉から手が出る程欲しい物なはずだ。
「――――」
それをどうして人魔騎士団が知っているのか、それは聞き出せなかった。
だが、俺の予想だが、この組織のリーダーは。
王族の中で特別な地位だったり。
あるいは、四大国の王様に近い位置に居る者なのだと思う。
じゃなきゃ、説明がつかないからな。
こうして俺は、作戦の全貌を聞いたのだった。
――――。
「ここが雑貨屋コーディーね」
と、ナターシャさんに案内され。
俺は小汚いその店舗の中へ足を踏み入れた。
木造で、汚い看板には『コーディー』と書かれている。
街の中心部から離れたその場所は廃れた場所で、貧民街と近いらしい。
これは作戦前の下見であり。
アーロンは別行動だが、現在は自らの配置をサリーに教えてもらっているらしい。
そして、肝心な作戦とは。簡潔に言うならば。
「その魔王の遺言書のコピーで人狼を釣るのは理解したが」
「何か疑問でも?」
ナターシャさんは店に置かれていたウサギ? の置物に目を輝かせながら言った。
魔王の遺言書で『人狼』をおびき寄せる。
人狼とは人に紛れる狼、要は人狼=魔解放軍って事でいい。
数日後、この雑貨屋コーディーに『魔王の遺言書』と呼ばれるものが流れ着いたと中央マーケットで噂を流し。
それに引っかかった奴を、片っ端から捕まえ聞き出す。
それこそ、リーダーが考案した『人狼炙りだし作戦』だ。
「そんな物事がうまくいくとは俺には思えない。魔解放軍は、一筋縄では行かないと思うぞ」
一度接触したことがあるから分かる。
あいつらは俺らが想像するそれを超えてくる。
皮を被り、人に成りすますのもおちゃのこさいさいにこなしていたんだ。
「それは承知の上です。我々も、幾度となくあの連中らに出し抜かれてきたのです」
「一体、どのくらい魔解放軍と戦ってるんだ?」
俺がそういうと、ナターシャさんは考えてから。
「……そうですね。7年程でしょうか」
「……7年前からあのメンバーでか?」
「いえ、最初こそは私とアリィとソーニャとリーダーだけでした。
ですが、時が経つと共に仲間が増え……死に、今の人数に落ち着いたわけですね」
「死……やはりあいつらは、人を殺す事を躊躇しないのか」
キャロル・ホーガン。
彼女も、殺されてしまった一人だ。
魔解放軍は人の命を何だと思っているのだろうか。
「奴らは目的の為なら、人の命を殺めるどころか弄びます。それほど狂っている連中なのです」
「……だよな。俺らは人を簡単に殺せる奴らと戦うのか」
まぁだが、人魔騎士団も強い筈だ。
彼らは7年の間情報を集め、力を蓄え、研磨してきた。
そう簡単に勝てないのはそうだが、そう簡単に負けないと俺は思う。
きっと人魔騎士団は、何度も魔解放軍と戦闘をしてきた手練れで――。
「ちなみに、我々が魔解放軍と相対し、衝突したのは7年間で一度しかありません」
「え? そうなの?」
「彼らは本気を出したら我々でも見つけ出すのは困難です。
七年も追いかけて、一度しか正面から戦った事がないのですから」
「へ、へぇ」
あれ? これって、魔解放軍と俺らが接触できるの随分先になったりする?
俺の寿命のうちに頼むから出会ってくれよ……?
「…っ……」
「……どうしました?」
「ここにも、あるのかよ」
「……それですか。その情報が事実だとは、我々も思っていませんでした」
雑貨屋コーディーの壁に張られていた張り紙。
『死神』に関する全ての情報が記載されたその張り紙は、
どうやら昨日から今日の朝にかけて配られたものだと聞き込みで判明した。
俺やアーロン、サリーにも関係している重要な情報だ。
何も張り紙について調べないと言うのはあり得ない。
一体だれが、どんな目的で、極秘になっていた死神の情報を公開したのか。
死神本人か、それとも。
俺の予想は、グラネイシャ王様、アルフレッド・グラネイシャだとふんでいる。
死神本人が自らの情報を流し行動しにくくするとは思えない。よって、消去法だ。
だとすれば、
やはり、グラネイシャの方で死神関連の進展があったと言う事なのだろう。
どんな進展があって、どうなったかも気になるが。
今はとにかく、それをグラネイシャの連中に任せるとするか。
「噂は確か、中央マーケットで流すんだよな?」
「ええ。その手筈ですね」
「いつぐらいから始めるんだ? 色々準備は整っている様に見えるが」
「今日の夜にもツテを使い流させます。後は信じて、ここで待つだけですね」
ツテって、用意周到だな。
「俺はどこに待機だ?」
「ケニーさんは屋根裏ですね。
隙を見てターゲットを抑え込めばこちらの勝利ですから、
いつでも出れる場所で待ってもらいます」
「そいつが魔解放軍じゃない場合は?」
「それはごめんなさいと少々慰謝料を払って仕切り直しですね」
あ、そこはお金で解決するんだね。
――――。
「お前はここらへんで、逃がした場合の予防策として待機してもらう」
「ここで待てばいいんですか?」
「まぁそこは任せるよ。見つからない場所にしな」
サリーさんがそう教えてくれた。
僕は外で、ターゲットが逃げた時の保険として待機するらしい。
ここでいつ来るか分からないターゲットを待つのは少し不安だけど。
店の中にはご主人様もアルセーヌさんもナターシャさんもいるそうだ。
きっと、取り逃がすなんて無いだろうと思う。
「サリーさんはどこで待機なんですか?」
「俺は店から一番近い小屋だな。俺は君の様に保険ではなく、抑える時に加勢する係だよ」
あ。そうなんだ。
じゃあ実質、四人で取り押さえることになるのか。
ならまぁ、心配ないかな。
でも。
「サリーさん。聞きたい事があります」
「ん? なんだい」
「サリーさんは、どうしてサザル王国に居て、あのタイミングに出くわせたんですか?」
まずまず不自然なのだ。
団体行動が基本の人魔騎士団から離れ、一人で単独行動していた事。
他の目撃者が居なくって、人気のなかったあの廃工場にどうして居合わせたか。
もしかしたらご主人様も気づいているかもしれないけど。
あの場面に出くわすのは、偶然と言う言葉じゃ片付けられないくらいの奇跡なんだ。
「そうだね。あれは、仕事だよ」
「仕事?」
「そう。人魔騎士団の仕事、って感じかな」
「どうゆう仕事だったんですか?」
「………」
「?」
「なんて言えば良いんだろうね。そのまま伝えるなら」
『サザル王国で魔解放軍が動く、“サリー・ドードだけ”でサザル王国へ迎え』
僕が聞かされたのは、信じられない程。
不思議で、不自然な内容だった。
そんな意味の分からない言葉を、
「リーダーの指示だよ」
人魔騎士団のリーダーは、サリー・ドードへ命令したのだ。
「……え? それって、どうしてですか?」
「俺にも分からないけど。多分、リーダーは最初から織り込み済みだったんだと思う」
「……織り込み済み……?」
「魔解放軍が潜んでいるのも、君らがサザルに向かった事も」
「――!?」
まさか。
僕らがサザル王国へ向かっていた事も。
サザル王国に魔解放軍が潜んでいるのも。
騎士団のリーダーと呼ばれる存在は、知っていたと言うのだろうか??
そんな事、あり得るの?
僕みたいな子供でも分かる。
そのリーダーは、とんでもない人なのだと。
もし本当に織り込み済みなら、サリーさんが僕らの力になる事も、あの結末も。
全部全部、織り込み済みなら。
……人間じゃ、ない。
ただならぬ能力に、アーロンは戦慄した。
――――。
「よっ」
「お、お前は……」
月光が覗くベランダ。藍色空が良く見える場所で俺は風に当たっていた。
そんな時。
カウボーイハットを取り、
くせっ毛の黒髪の男。アルセーヌが俺に話しかけてきた。
「おぉーいおい! そんな敵意丸だしな視線を向けるなぉ。俺はただ、一緒に飲もうと誘いに来たんだ」
「飲もうって、こんな時間からか?」
「お前知らないのか? この時間に飲むからこそ、酒は化けるんだよ」
確かにこんな時間に、こうゆう外で飲むのは初めてかもしれないな。
俺が酒を飲むときは、決まって酒場だ。
だからだろう。
こんな気持ちい風の中で、俺はアルセーヌの手を取った。
「うまいな」
「外で人と飲むと、酒も化けるだろ?」
「そうかもしれないな」
意外とアルセーヌは人と話すタイプなのだろか。
初対面の時こそ少しギクシャクとしたのだが。そうゆうのをチャラに出来る男なのだろうか。
ま、別に悪い事ではないか。
「お前、どこ出身だ?」
「俺か? 俺はグラネイシャだ」
「やっぱグラネイシャか。懐かしいもんだ」
「グラネイシャに行った事があるのか?」
アルセーヌみたいな魔力主義者なら、グラネイシャと相性がいいのかもなぁ。
「行った事は無いが。憧れてる人がそこに居るんだ」
「憧れてる人? 誰だ」
「そこまでは語るつもりはないが。俺を助けてくれた人だ」
なるほどな。
憧れてる人かぁ、俺は父さんくらいだな。
つうか、グラネイシャって意外と凄いよな。
四大国と良い感じの友好関係を築いてるし、序列と言う優秀な連中もいるしな。
なんか、誇らしいよ。
これでも俺、グラネイシャ貴族でもあるからな。
こうして、作戦一日目が終了した。
準備が整い、噂は流れ、大きく物事が動いたのは。
――翌日だった。
余命まで【残り151日】