「ケニー!」
「っ!?」
サリーの必死な声で俺は飛び上がった。
その瞬間、目に写り込んできたのは。
「え?」
さっきまで俺らが居た。雑貨屋コーディーが、燃えていたのだ。
黒煙が上がっていた。
匂いがきつかった。
意識が朦朧としていた。
だが、そんな事より俺は。
「アーロンは?」
「……分からない。今はとにかく、ティクターを追っている」
「ティクター……どこへ行った?」
「分からない。ティクターを抑えていたら、入口に置かせた鞄が大爆発をして」
「ば、爆発?」
「あの中には、大量の火の魔石があったんだ。それも、遠隔操作で爆発できるように加工もされていた」
「………」
「――ティクターは魔解放軍だった。こちら側の作戦が、全て敵に筒抜けだったんだ!!」
サリーの怒気が籠ったそんな言葉で、やっと状況を理解できた。
ティクターが入口の棚に置いていたあの鞄には、大量の魔石が詰め込まれており。
抑えつけた瞬間、一番扉から近かった俺が吹っ飛ばされ。
その爆発に乗じて、ティクターは逃走。
現在ナターシャとアルセーヌが後を追っていると。
「………」
「……もう大丈夫だ」
「ほ、本当か?」
ま、まだ背中がヒリヒリするがな。
だが、ここで俺が足を引っ張るのは嫌だ。
強がりでもいいから。
せめてサリーを加勢に行かせたい。
「今ナターシャはどこらへんに居る?」
完全に俺は立ち上がり、サリーに向かってそう言うと。
「走れば間に合う場所だ。だが、問題が……」
「お取込み中の様だけど申し訳ないねぇ」
刹那、炎上しているコーディーとは反対側から。
渋い声で長身、茶色を基調とした上着から赤色のシャツが見えてる。
髭を蓄えたいかついおじさんと、
「フンガフンガ」
肌が緑色の、大型な魔族――ゴブリン族。
ゴブリンは巨大な俺くらいの棍棒を引きずりながら、
髭を蓄えたおじさんは長物の銃を持ちながら。
「サリー・ドードと、ケニー・ジャックだなぁ。唐突で申し訳ないがぁ、死んでもらうぜぇ」
「フンガ!」
その宣言と共に、ゴブリンの男は大きく地面を蹴って、まるで威嚇するかのような視線を向けた。
「……ふっ、俺たちだけ名前が割れてるのかよ」
「そこぉ? ま、名乗ってもいいが、それは『確殺宣言』として受け取ってもらうぞぉ?」
「随分とやる気満々じゃねぇか、どこからどこまでが仕組んであったから知らねぇけど」
俺は自分の腰から短剣を取り出し、サリーも剣を取り出し。
――戦闘態勢と取れる陣形へ変わり。
「――狩り屋、ダドリュー・サモンズ」
「――ゴブリン、グレゴリー・ドラベル。フンガ!」
「――人魔騎士団:幹部。サリー・ドード」
「――人魔騎士団:構成員。ケニー・ジャック」
全員が名乗り終え、先陣を誰が切るかと硬直状態のその時。
「俺が教えた剣技、そしてゾニーさんが教えた剣技の見せ所だぞ」
「最近お前に教えてもらった技を試す機会じゃねぇか。お前も負けるなよ」
「ふん。こっちのセリフだ」
「ウオオオオオオオオオオ――!」
先陣はゴブリンだった。
大きな声で地面が揺れ、それと同時に巨大な足音を出しながら飛び上がってきた。
引きずっていた棍棒が宙を浮き、それを。
グレゴリー・ドラベルは棍棒を投げた。
「避けろ――!」
「――っ!」
巨大な打撃音がする。
棍棒は地面に一度跳ね返り、炎上している店に突っ込んだ。
その衝撃的な行動を見てから俺らは気づいた。
「ケニー! あれは囮――」
「フンガアァ!!」
その瞬間、サリー・ドードは巨大な緑の拳を顔面に喰らっていた。
「サリーイイィ――ッ!!!!!」
「ヒャッハ!」
俺が飛ばされたサリーを見届けたと同時に。
劈くような銃声が俺の脇腹を掠った。
掠っただけだと思っていたら。
「――カァ……!」
溢れ出たのは血の噴水。
――左肩を銃弾で射抜かれていたのだ。
「あれ、心臓狙ったんだけどぉ」
「オレハ頭ヲ潰シタ。フンガ」
悪魔のような笑みだった。
ダドリューは髭を歪ませ、楽しんでいるような笑みを浮かべた。
グレゴリーは血の付いた拳を払いながら、そう煽るようにダドリューへ言う。
“血が付いた拳”
「――――」
瞬間、流れてきたのは激痛だった。
イタイ。痛い痛い――。
咄嗟に俺は左肩を抑えるが、血の勢いは止まらなかった。
さっきまで意識が朦朧としていたからだと思うけど、
この戦いが身体的にも精神的にも辛い物になっていた。
苦しかった。
息がうまく、
出来なくなっていた。
戦おうとしたのに、もう俺らは全滅寸前だ。
どこで間違えた?
どこでミスった?
俺はここで死ぬのか?
そんな考えが生まれるほど、状況は最悪を極めていた。
とにかく俺は、そいつらを睨むしかできなかった。
飛ばされたサリーを視認することすら出来なかった。
どこまで飛んで行ったかすら分からなかった。
「お前らぁ、ザコくねぇ?」
「………黙れ」
「……あっそ」
「………」
「そろそろ時間だ。遺言でもあれば残しなぁ」
一瞬過ぎた。
決着が付くのも、どん底に堕とされるのも。
俺らならやれるんじゃないかって思ってた。
甘かった。
奴らはいつも予想外から攻撃をしてくる。
それを知っているから何だったんだろうか。
アーロンは無事なのだろうか。
ただ一つ浮かんだのは、そんな考えだった。
分からない。けど。
あの子なら、何とかなる気がする。
でも、だからと言って。
これが最悪な結果なのは変わらないか。
『―――――――――――、――――――――――――。――――――――す』
あぁ、これは。
なんつうかな。
走馬灯? だっけ。
そっか。俺、死ぬのか。
『―――よう―――暗闇に、――――指して―――のが。―――さまなんです』
誰の声だ。
少し、聞き取りにくいな。
でも何だか、物凄く落ち着く。
あ、これ。アーロンだ。
『どうしようもない暗闇に、強い光を指してくれたのが。ご主人さまなんです』
「………っ」
俺は血が流れている左肩から手を放した。
離して、一旦痛みを無視して。立ち上がった。
とにかく悲観的になるのはやめよう。
今、俺は何をしている。
戦っているんだ。
誰の為に?
みんなの為だ。
「――【剣技】」
まずやらなきゃいけないのは、信じることだ。
信じる。仲間をだ。
一人でも仲間はいるんだ。
俺はずっと、生まれて来てからずっと誰かに支えられてきた。
ずっと、ずっとだ。
ずっと助けられてきた。
――今度は、俺の番だ。
「――【剣技】
ゾニーから教わった技のうち、その一つを俺は使用した。
魔力が無くなった俺の体だが、剣技を使えた。
――簡単な話、魔石を利用すればいいのだ。
そして、俺の宣言と共に。
「死ねぇ、ケニー・ジャアアァク――ッ!!!」
銃を再度構え、引き金に指を掛けたダドリュー・サモンズ――。
の首元に、確かな光が一瞬だけ姿を現し。
刹那の一瞬。
「――【剣技】
虚空から姿を現した、頭から血を流しているサリー・ドードが。
ダドリュー・サモンズの首元を切ったのだった。
赤い鮮血、はたまた人殺しの血が空に放射した。
「ナ――ッ」
「信じてくれてありがとう! ケニー!」
「――貴ィ様ァ!!!」
血を流しダドリューは地面へ倒れ、
巨体のグレゴリーは鬼気迫る様な顔で拳を振り落とした。
元々あの棍棒はブラフで、このゴブリンの本領は格闘術なのだろう。
それはさっきの、サリーへの一撃で理解した。
だから俺は。
「ハァ!?」
「――甘いぞ、魔解放軍!」
サリーの前に、俺の剣技が生み出した“瞬間的な剣”が生成され。
その剣に向かい、グレゴリーは拳を振りかぶった。
刃がある物に拳を降りかかれば、こうなるよな。
グレゴリーの拳には、その剣が刺さっていた。
【剣技】
空気中の魔力を一時的に操り、疑似的な物質を生み出す事が出来る錬金魔法。
元々は錬金術に分類されるが、錬金術と剣技のハイブリットがこの技だ。
乱は文字通り暴れ狂い。
守は人を守る盾を生み出せる。
それがゾニーの師匠から代々と受け継がれてきた。
錬金魔法――すなわち【剣技】だ。
「敵の一番の弱点は弱みや金的や頭じゃない。『油断』だ」
「それ、金的入ってなかったら素直にすげぇって言えるんだがな」
「俺は手段を択ばない人間だ。実際、それはヘルクも同じだった」
「知ってるよ。見てれば、分かる」
魔石を使えば、魔力消費の少ない魔法と剣技が使える事に気が付いたのはつい最近だ。
確かに俺は魔力を失った。だが、“失っただけ”なのだ。
魔力と言う動力源を失っただけで、技術は消えたわけじゃない。
コツを掴むまでは難しかったが。
魔力の結晶である魔石を器用に使えば、一応魔法も剣技も使用可能なのだ。
だが、これには回数制限が存在する。
魔石も無限じゃないし、中に入っている魔力も有限だ。
俺は今回、わりかし消費の多い剣技を使用した。
あの技だけで、魔石二個分の魔力が消えた。
「あと、魔石は……」
腰に付けた大き目のポーチを開く。
そこには出来る限りの純度の高い
残りの魔石ストックは二個引いて13個。
出来るだけ節約していきたい所だ。
「………」
「どうしたゴブリン。お前、ダドリューに何してる?」
「治癒魔法ダ。今ノ俺ヲ狙イタクバ狙ウガイイ。文句ハ言ワナイサ」
サリーの問いに、グレゴリーは真面目に返した。
確かに、さっきサリーが切った首元。あ、もう血が止まっている。
グレゴリーの腕に刺さっていた剣は既に魔力へ戻っており。大きな傷口からは血が流れていた。
……一応、仲間想いって奴なのだろうか。
まあだが、仕掛けてきたのは奴らだ。
あいつらの経験不足と言う奴だ。
敗因は、俺らを侮り油断した事。
自業自得だ。
「……勝チ誇ッテイルナ」
「………まあな。形勢逆転したんだ。誇るだろ」
まあ誇らしいと言えば誇らしいな。
煽っている訳じゃないぞ。
「オ前ラノ名言ラシイサッキノ言葉、ソノママ返スヨ」
「……?」
【敵の一番の弱点は弱みや金的や頭じゃない。『油断』だ】
「悪イナ」
その瞬間、気づかされた。
黒い物を見ながら、俺らは戦慄した。
とにかく、言えることが無いくらいの恐怖だった。
それは、悪夢だった。
それは、地獄だった。
そして、始まった。
「――時間稼ギノ、成功ダ」
中央都市アリシアの上空に、禍々しい黒い幕が張られた。
そして、中央都市アリシアの中心部で。
男は、笑った。
「さあ、始まりのファンファーレだ」
余命まで【残り●▲■日】