「今日からイーソン・Z・ベイカー、カーソン・Z・ベイカー様の護衛の任に付きました。ゾニー・ジャックと言います」
と、僕は簡単な自己紹介を済ませ。騎士流のお辞儀を見せる。
すると、相手の使用人も笑顔で微笑みかけ。
どうぞと、屋敷の中へ案内してくれた。
「粗相のないように行くよ」
「分かっていますよ」
僕がそう気を引き締めるように言うと、後ろに立っていた二人の影。
否、金髪美女のナタリーさんと。
赤毛の少女エミリーさんは口を曲げながらそう言う。
――死神候補防衛作戦。
そう名付けられた作戦は、
数人の序列や事情を理解している騎士達が分かれて遂行する作戦である。
死神が新たな宿主に選ぶ可能性のある人物を護衛し、
死神を打倒する事を目的としている。
当初僕は、この作戦の前提に少しだけ疑問があった。
死神は確かにグラネイシャ貴族の子供を狙っているのかもしれないが
――もし違ったら? と思ってしまったのだ。
もしそれが間違いであり。
別の関係のない人間を宿主に選ぶ可能性があるとしたらそれは大変な事になる。
と、不安になり、王様に話した所。
その可能性は低いと、王様は断言した。
『死神はわざわざこの時期に攻撃を始めた。
それはなぜか、要は準備が整ったのじゃ。
数百年息を潜めてきた死神は、
今この時代この時期に攻撃をすると、
するべきタイミングだと見た。
だからこそ今を逃せば死神からしたら大損害なのだろうな。
だから、他の子供を宿主と選ぶのはあり得ない』
魔法大国グラネイシャの内部情報はそう簡単には得られない。
序列の力加減も不明な状態では、
変に攻めてくることもないだろうと言う訳だ。
「ベイカー家か……」
廊下を歩きながら、小さくそう呟いた。
ベイカー家に僕達ジャック家は少し特別な関係がある。
僕の姉に当たる。エマ・ジャックは、ベイカー家に嫁いだ身なのだ。
だからこそ、僕はこの場に適任だと思われたのだろう。
確かに身分的に考えればそうかもしえないけど、あまり、乗り気じゃない。
何故なら僕にベイカー家との繋がりがないからだ。
あまり知らない所を『関係があるから』と言う理由で任されるのは少しもやもやするけど。
任された仕事なんだ。しっかりやろう。
「――――」
案内されたのは応接間だった。
比較的小さな応接間は緑色のソファーが四個、小さいテーブルを囲む様に置かれていた。
そこに僕と、エミリーさんとナタリーが座らされる。
窓から見える中庭は綺麗だった。
けど、あまり周りを観察する時間もなく、その人物はすぐやってきた。
「おはようございます」
ブロンド色の髪をし。
髭を蓄えたケニー兄さんと同じくらいの年齢の人が出てきた。
服装は上品な正装であり。その胸にはベイカー家の家紋が記されたバッチを付けていた。
「ゾニー・ジャックです。今回の護衛の責任者をしています。よろしくお願いいたします」
「ゾニーか。良い名前だな。私の名前はウッド・ゼファー・ベイカーだ」
その人の名前は、ウッド・ゼファー・ベイカー。
ベイカー家の分家。
ゼファー家の当主だ。
大昔のベイカー家がグラネイシャに身を置いた時期があり、
その当時の家がそのままグラネイシャに残っていたのを、ゼファー家は活動拠点とし、
各地の産業などに貢献しているらしい。
甘調べした程度だ。そこまでは知らなかった。
時間もなかったしね。
元々、ベイカー家は南部に存在するイエーツ大帝国の貴族だ。
姉さんもそっちに今は居る。
ベイカー家の特徴は分家が多い事だ。
様々な場所にベイカー家の分家や別荘があったりするのは分家が多いからと言う理由だったりする。
その中で大きな派閥、『四大分家』と言うのがあり。
その一つが【ゼファー家】らしい。
「あまり話は聞かされていないが、
どうして護衛をしなきゃいけないのか聞いてもいいでしょうか?」
死神候補護衛作戦については口外禁止だ。
何故なら、簡単な話、死神と言う情報が出回っていないからだ。
正直貴族の人間には話していいと思うが。
王様が決めた事だ。従おう。
「申し訳ございません。我々の口からは説明することを禁じられています」
「それはまた酷な仕事ですね。所で、ゾニーさん、趣味は?」
「読書ですかね。兄譲りの趣味です」
「それはそれは、いい趣味をお持ちのお兄さんですね」
ウッド・Z・ベイカーは会話が好きだそうだ。
趣味から聞いて来たその質問に、何となく返すだけの流れ作業を繰り返す。
少しだけ話して分かったのは。ウッドは会話上手と言う事だけだ。
それも立派な情報だ。記憶しておこう。
「失礼、もうそろそろ本題に」
このままじゃ夜更けまで話し込みそうだった。そんな勢いだったので。
僕はそう切り出した。
すると、ウッドは髭を少し触ってから。
「あ、あぁ。すまないね。うちの子供たちに会わせてやろう」
確か、今回の護衛対象は。
イーソンが“女の子”でカーソンが“男の子”の双子らしい。
性格は真逆であり。
イーソンは性格に少々難があり、あまり人に自分を出さないらしい。
カーソンは活発な性格で、遊ぶことが大好きらしい。
どちらも人間に恨みを持つとは思えないが。
可能性が捨てきれないなら護衛をしなければいけない。
「ゾニーさんは剣術など、やられますかね?」
応接間を出て、ウッドさんの案内で歩いている時だった。
そう聞かれたので。
「本業は近衛騎士団の騎士ですから。それなりには出来るつもりですよ」
「そうなんですか! 肩書などを教えてもらっても?」
「王都・近衛騎士団、第十五部隊:隊長 ゾニー・ジャックです」
「隊長さんなのですか!? ……はへぇ、いやはや、実は私趣味で剣を振っているのですが、今度お手合わせ願っても?」
「……護衛に支障が無ければ大丈夫ですよ」
「護衛、ですか」
すると、少し不安そうな顔になり。
ウッドさんは僕に顔をのぞかせて。
「……護衛はいつまでなのでしょうか?」
「そうですね。まだ期間などは何とも言えません」
「あまり他所の方を家に居れたくないのですが、もう少し護衛の人数などって」
「申し訳ございません。それに関しては王様に取りあってみてください」
気持ちは分かる。
部外者が期間も分からずにずっと家に居るのは何だか嫌だ。
でもこれは仕方がない。
「あなたの子供を守るためなんです。しばしの間、無理をお願いします」
「……分かりました。こちらからも何か協力できる事があれば」
ウッドさんは丁寧だった。
第一印象、それは話やすい優しい人だ。
「ところで、そちらの方々は?」
と、ウッドさんは後ろの二人を見て不思議そうに聞いて来たので。
「私の名前はナタリー・ベルです。部隊メンバーです」
「わ、私の名前はエミリー・ソルです! 同じく部隊メンバー」
二人は少し戸惑いながらも答えた。その答えを聞いて、ウッドさんは。
「若い子に囲まれて、羨ましいですよ」
「確かに囲まれていますが、歳も離れていますしね。そうゆう関係とかはまだまだですよ」
「………ふんっ」
――――。
「アイソン。カイソン。こっちへおいで」
「はい」
「はーい」
ウッドが庭に出て、名前を呼びながら手を叩くと。
すぐさま二人の小さい子供が急いで走ってきた。
片方はブロンド色の髪を肩まで伸ばし、素っ気ない目線でこちらを覗いてくる本を持った少女。
彼女が愛称アイソン、イーソン・ベイカー。
その隣で木刀を持ち、太陽のような笑顔で走ってきたのが。
彼が愛称カイソン、カーソン・ベイカー。
「アイソンの目は母親似なんですよ」
と、自慢げにウッドが教えてくれた。
この家の母は数年前、病で他界しているらしい。
今は父ウッドと使用人が二人の世話をしていると。
それはまた難しい話だ。
「今日からお前たちの護衛をすることになったゾニーさんだ」
「………」
「……」
ウッドさんの自己紹介から入ったが、どうやら最初の掴みは失敗したらしい。
二人から警戒の気配を感じた。
だがこの護衛任務、両者の信頼関係がカギになる。
僕は腰を下ろし、剣を地面に置いてから。
「僕の名前はゾニー・ジャックだ。
護衛の任務だけど、期間の間は君たちと仲良くしたい。よろしく?」
僕は子供に対し、騎士流のお辞儀をした。
そして腕を伸ばし、握手を求めてみた。
子供だからと言って舐めてかかってはいけない。
それは相手が貴族だからとかそうゆう身分の話ではなく、
最近で言うならサヤカくんのような、子供ながら大人並みの頭脳を持つ子供もいる。
才能。
環境。
性格。
それを全て考慮すると、やはりこうゆう接し方が一番いいと僕は思う。
「………」
「……よろしく」
すると、カイソンが愛称のカーソン・ベイカーが腕を伸ばし、握手してくれた。
僕はその小さな腕を優しく掴み。
「木刀だね。剣を振るのかい?」
「……えっと、お父さんみたいに、なりたくって」
「そうなんだ! その年で剣を持つのはカッコイイね」
と言うと、カイソンは嬉しそうに微笑んで。
「今度俺の剣を見てくれよ!」
「おう。護衛中はいつでも一緒だからな」
という事で、カーソンとは仲良くなれた。
こうして僕たちの護衛業は始まったのだ。
――――。
カイソンは良い子だった。
剣の才能もあるし、言う事をよく聞く活発な子だった。
護衛が始まって二日が経った。
アイソンことイーソンとはあまり話せていないが、
そこはナタリーやエミリーさんと手分けしている。
二人の事だから大丈夫だと思う。
「兄さん! 剣の持ち方ってこれでいいのかな?」
「大丈夫だと思うよ。でも少し両手の位置をここら辺にして」
「……すごい。力が前より入るよ!」
僕はカイソンと良い感じの親密度になった。
どのくらいかと言われれば、性癖について語るくらいだ。
貴族の11歳となると、そうゆう知識に寛容らしい。
かといって、好きな女の人のタイプとかの話をよくする。
今日はお風呂に誘われた。
別に断る理由もないし、風呂場の前で今まで立っていたが中に居ても護衛は出来るから了承した。
「今日はどうして誘ってくれたの?」
「……ちょっとくらいいいじゃねぇーか。裸の付き合いって奴だよ」
実際、僕らの関係値も裸の付き合いをするくらいになっていたと思う。
別に苦痛ではない。一緒に背中をあらいっこするだけだ。
今日のカイソンも相変わらず元気だった。
人間を恨むことがない程、いい笑顔だったと思う。
けど、
――その違和感を見逃すことは出来なかった。
「……この傷は?」
「あぁ、少し前に転んじまって。すげぇ転び方したから」
「ふーん」
背中に、傷があった。カイソンはそれを転んで出来た傷だと言うが。
「………」
まるで剣で切られたような傷が、転んで出来るのだろうか。
それが最初の違和感だった。
――――。
僕らが彼らと親密になるほど、
さらに別に違和感を感じるようになった。
ウッドは基本的に子供の相手をしなかった。
というか、最初に話した時以外会話をしていない。
屋敷のどこに居るのかさえ分からなかった。
使用人に聞くと仕事をしていると教えてくれたが。
あんな傷、一体何があったのだろうか。
……そしてその傷の事を、分かりやすく偽るカイソンは、何なんだ。
時間経過と共に、その違和感は鮮明になった。
ナタリーさんからも報告があった。アイソンも同様に、何かを隠していると。
最初から怪しんでいた訳ではないが。
ここまで普通すぎるのも、何かおかしな気がした。
違和感が脳裏をちらついた。
平凡な風景。普通の日常の筈なのに、どこか違和感を感じた。
一見すると普通の物が、見れば見るほど吐き気が。胸の内が、腹が気持ち悪くなる違和感を。
僕は初めて感じ取った。
「え? 別に何ともないよ」
「本当? 僕に隠してることはないよね」
「……まぁないけど」
剣を交えながらそんな雑談、と言う名のカマを掛けてみた。
少し前にも話した気がするが、カイソンの剣筋は鋭かった。
やはり、“親譲り”だろうか?
結局、カマを掛けても得られる情報は無かった。
その日の稽古は終わり。そのタイミングで僕は踏み切った質問をした。
「お父さんについて、カイソンはどう思ってるの?」
「……なんだよいきなり」
「教えてくれない? 少し気になるんだ」
カイソンは汗に濡れたブロンド髪をタオルで拭きながらめんどくさそうにそう呟いた。
……少し不機嫌になっている?
やはり聞かれるとまずい事なのだろうか。
それとも、口止めでもされているのだろうか?
……あれ、何してるんだろう。
今回の任務は護衛だろ? 別に子供のお悩みを聞く事じゃない。
じゃあこれは、何しているんだろう。
「………」
「……なんだよ、気持ち悪いな」
「あ、ちょ……」
僕が少し考え事をしている間に、カイソンはそう去っていった。
――――。
「………」
護衛。
死神は必ず候補の中の誰かに取り付く。
色んな人物と同時進行で行われる作戦だ、期間が不明だからこそ、対象との親密度もカギになる。
でも親密度が増すたびに感じる違和感。なんだこれ。気持ち悪い。
腹の底がずっと唸っているようだ。
「――コネクト」
僕は自室に戻り、すぐさま連絡用の魔石を起動した。
青く点滅している魔石は、数秒で赤く光り。
『これを使うって事は、何か思い切ったんですか?』
「夜中にごめん。なっ……ナタリー」
実はだが。
僕とナタリーさんは少し前から仲が良く。
一緒にご飯などを食べに行ったりしているのだが。
その際、ナタリーから『さんは要らないのでナタリーと呼んでください』と言われ。
「………まだ慣れないなぁ」
一瞬魔石をオフにしてそう呟いた。
『大丈夫ですよ。少しシャワー浴びていたくらいですから』
「あ、お風呂中でした? ごめ」
『い、いえ! 別に気にしていただかなくても大丈夫ですよ! ちょ、丁度髪の毛乾かしてたとこだったので!!』
……少し何かを隠そうとしている感じだった気がするが。
まぁいいか。
この魔石は僕達が秘密に隠し持っていた連絡用の魔石だ。
この魔石の存在はこの家の人間にバレていない。
現在時刻は真夜中。カイソンが寝たのを確認してから自室に帰ってきた。
『もうそろそろ動く頃かなって私も思っていましたよ』
「そうなの?」
『これでも私、結構長い間ゾニーさんと過ごしているんですよ?』
「………」
『何考えてるかなんて丸わかりです』
ふんッ。と、どや顔してる気配を感じた。
護衛任務と違う。余計な事はしない方がいいと言われると思っていたけど。
やはり、ナタリーさ……ナタリーとは少し波長が合う気がする。
『屋敷の偵察ですか。私が手伝える事はありませんが、いい結果を願っています』
「そうだね。いい結果だったら良いんだけど。
……ところで、ここのシャンプーが僕の髪に物凄く馴染むんだけど。あれっていくらくらいなの?」
『確かにいいシャンプーですよね。えーと、うわっ滅茶苦茶高いですよ』
「……やっぱり、お風呂の中で通話してますよね?」
『え? あ! い、いや! エミリーがお風呂からシャンプーを剛速球で投げてくれて!』
「エミリーさんってそんなキャラだっけ……?」
……やはり、何だかナタリーと喋ると緊張するなぁ。
――――。
季節で言えば冬だから、少し肌寒かった。
赤い絨毯を踏みながら、僕は角を曲がる。
騎士としてこれはどうなのだろうかと思うけど、仕方がないと思う。
夜中の屋敷を忍び足で駆けて行く。
目指すはゼファー家当主、ウッド・ベイカーの元だ。
この三日間で屋敷は出来るだけ歩き、
どこにどんな部屋があるかなどは見て回ったつもりだ。
だが、不思議な事に、ウッド・ベイカーが居ると思われる部屋が見当たらなかったのだ。
「……何かを、絶対に隠している」
何かを必ず隠している。
カイソンもアイソンも、何かしらを隠している。
こうも違和感が気持ち悪いと、流石に放っておけなかった。
「――――」
それは胸が気持ち悪くなる嘘の香り。
香ばしい匂いを鼻で捉えたとき、僕は扉を開けた。
そこには、ウッド・ベイカーが。
カーソン・ベイカーを全裸にし、縄で吊るし上げていた。
そして。
「イ゛ッ――!」
ウッドはカーソンに、部屋中に不快音が響くくらい強い力で。
木刀を背中に叩きつけていたのだった。
――現地情報――
国 :魔法大国グラネイシャ
座標:グラネイシャ王都
場所:王都東側
余命まで【??日】