何とか宿へ帰ってきた。
1日も迷宮に居たんだ。すごく疲れている。
サヤカもすぐ宿で眠ってしまった。
相当疲れていたのだろう。
ケイティはディスペルポーションを複製の為ハミさんへ渡しに行ったきりだ。
俺とサヤカは、宿で取り合えずの休息を取ることとなった。
と、まぁ。
だけどさ。
「……なんか、眠れねーよな」
何だか、胸騒ぎがする気がする。
今夜、何かが変わりそうな。そんな胸騒ぎだ。
だからか、俺はろくに寝付けず。こうしてサザルの街を散歩しているのだ。
「………」
もうそろそろ日をまたぎそうだな。
流石に真夜中の街は、危険か。
家に帰るとしよう。
と言う事で、俺はその足で宿まで帰ったんだが。
……人が居た。
「――――」
人が、いたのだ。
サヤカじゃない。
誰かが、宿の窓から月を見ていた。
俺は強盗かと思って、急いで宿に入ると。
「……誰だ」
「あ」
知らない人影だ。
そして聞こえてきた、甘い女の声。
若めだな。
でも、どこでも聞いたことがない。
初対面か?
「えっと、確か……あ、うん。ケニー・ジャックさんって言うんだね」
「……お前、どうして俺の名前を?」
宿の奥へ進むと。
黒いドレスを身にまとった。まだ十代らしい少女が立っていた。
黒髪のショートボブで、うなじが良く見える。
そんな少女が、俺に背を向けて立っていた。
「単刀直入に打ち明けましょう。それの方が彼が喜ぶらしいので」
「……彼?」
少女は、何かを知っているような仕草だった。
俺の名前を知っていて、ここに俺が居ることも、知っている。
一体、何者なんだ――。
すると、ふわりと。
薔薇のような香りが部屋に広がった。
少女が、俺に振り返ってきた。
そしてその顔を見た瞬間。俺は身の毛がよだつ程の恐怖を全身で感じた。
「――私の名は、死神です」
「は?」
と、俺は言う。
本来なら馬鹿なことを言うなと冗談をふかしていたかもしれない。
だけど、それを信じてしまう証拠が、そこにあった。
ツノだ。
少女の頭からは、見た事のあるツノが生えていたのだ。
それは死神の本体。死神の本当の姿。
その死神が、どうしてこんな場所に――。
「何をしに来た」
「……剣を収めてくださいな。私たちは忠告と経過を見に来たのですから」
花のように、落ち着いた様子で少女は俺に言ってくる。
忠告?経過?
何を言っているんだ。
お前らが、どうして。サザル王国にいるんだよ。
死神は新たな死神候補を探す為、グラネイシャで数人の貴族を狙っている筈だ。
どうして、もう宿主を変えている?
こっちの予想が外れていたのか?
……いいや、違う。
「お前、名前は」
「……だから、私たちは死神と」
「本名。人間の名は?」
「……はぁ。興味でもあるのですか?」
その少女は困ったように顔をしかめてから。
その名を言った。
「私の前の名前は、クラシス・ソースって言うんです」
……クラシス・ソース。
死神候補の最後、候補の中の最年長者。
16歳の、貴族の女の子だ。
つまり、死神候補は正しかった。間違っていなかった。
あの王様は、的確に条件にあう人間を。きちんと探し当てれていたのだ。
「………」
だが、ここに死神になっているクラシス・ソースが居ると言う事は。
――王都で、候補の護衛が失敗していると言う事か?
……グラネイシャで、何が起こっているんだ。
「そんなことより、貴方に伝えたい事が二つあるんです」
「……長話をするつもりはない。要件を伝えて、出て行ってくれ」
分が悪い。
相手は魔物を大勢率いている死神だ。
ここで戦った所で勝てるわけが、ない。
要件を済ませて、さっさと俺たちの前から消えてくれ。
「じゃあまず一つ目。忠告からですね」
「………」
こいつが俺に忠告。
なんの話なのか思い当たらないが……。
「――あなた、魔解放軍に騙されましたね」
「……は?」
騙された?
何を言っているんだこの女。
魔解放軍?知らないぞそんな名前。
「魔解放軍とは、現在も封印されている魔王の復活を目論む魔族の集まりです。
数十年の歴史があり、所属している魔族も構成員も数が多いと言う特徴があるそうです」
「それが、俺になんの関係がある」
「ハミ・ガキコなんて偽名に騙されるなんて、貴方も序列も愚かですね」
「……はぁ?」
騙された……?
俺が?
ハミさんに?
偽名……なのか。確か今、ケイティはそのハミさんにポーションを。
「部屋からは出させませんよ。言われた通り、長話はさせませんから」
「だからって……これは無理やりすぎねーか?」
その事態に、俺は下手な笑いをしながら言うしかなかった。
俺は、影に掴まれていた。
クラシス・ソースの足元から伸びた影が、俺の足に、腕の形となって。
そして、何となくそれは。
影の中を移動できるような、そんな魔物な気がした。
この威圧感、人食い迷宮でも同じようなものを感じた。
影を泳げる魔物。
……動けない、か。
「愚かです。そのポーションを入手するために、貴方たちは利用されたのです」
「……ふざけるな。そんなわけ、あるか」
「別にいずれ分かります。それが明らかになるのは、時間の問題ですから」
クラシスは落ち着いていた。
品のある声で、花のような表情で。
窓の前に立ち、俺に言葉をつづけた。
「そして、忠告がもう一つ」
「……なんだ」
まだ、あるのかよ。
もういいだろ。魔解放軍とか、騙されたとか。
嘘だとしても悪質な奴を、言わないでくれ。
本当なら。俺の魔病は……。
「サヤカと言う少年は、貴方が王都で会議を受けている時」
「――――」
「実の父親の死体を、自らの手で燃やし隠蔽しました」
…………。
は?
え?は?
何言ってんの、こいつ。
「受け止められませんか?そうだとは思っていたそうです。が、私の前任の。最後の仕事がそれだったらしいですよ」
「……前任?」
「ええ。あなたたちは一度会った事があるはずです。北の街、襲撃時に居た、死神の子ですよ」
そう言えば、あの時のあいつはどうなったんだ。
死神が移った後、死神だった人間は。どうなるのだろう。
……駄目だ、逃避するな。
サヤカが死体を燃やした?
もし本当だとしても、何故知っている?
「………」
「……」
「お前が仕組んだんだろ」
「あら。察しが良いのですね」
「何故そんなことをした?サヤカに何を望んでいる」
「別に。だそうですよ。強いて言うなら、そのサヤカさんも――死神候補にはなりえたんじゃないですか?」
「あっ……」
そうゆう事か。
サヤカに、人間不信を植え付けるために。
結果的にサヤカに死神はとりつかなかったが。
そうゆう未来も、あり得たかもしれないのか。
「まぁただ。まさかサザル王国に行くとは思いませんでした。なので、第二候補だった私が」
「………」
………。
――俺は、結果的にサヤカを救っていたのか。
……ははっ。ここにサヤカを連れて来て良かったのかと少し考えてたから。
なんか、良かった。
でも。死神は別の候補を見つけた。
王様の作戦。候補を護衛し、死神に宿主を失くさせる作戦が失敗している訳だ。
状況は、最悪だ。
サヤカとは、つもる話もある。
俺も隠し事をしていたから、変に攻めようとは思わない。
多分だが、サヤカはサヤカなりの理由があるはずだ。
クラシスは言った。
「死体を燃やした」と。
「人を殺した。死体を増やした」などの言い方ではない。
人殺しをしたわけじゃないんだ。
なら……本人が話すまで待つか。
「で、経過ってのはなんの事だよ」
「……飲み込みが早いと、彼が驚いていますよ」
「そりゃ結構な事だ。さっさと喋れ」
「では、僭越ながら」
クラシスは。少しだけ黙った。
考えるように黙って、目と口を閉じた。
そして、覚悟を決めたような顔をして。
言った。
「――あなたに魔病を仕向けたのは、死神。彼です」
「――――」
キーーン、と。
鳴っていた。
ゆっくりと、こぶしに力が籠った。
俺は真顔になった。
俺は全てを忘れたように、目の前が見えた。
見えた。見えて、そして。
「お前を殺してやるよ」
「……怖い事言いますね」
「………」
「彼があなたに、半年前に仕向けたそうです。
私はワケを知りませんが。彼曰く、あなたはいつか、彼を脅かす存在になると」
「……脅かす?」
「ええ。あなたはいつか、大物になるはずでした。それは彼にとって不都合だった」
「………」
大物になる?
何を、言っているんだろうか。
俺が大物になるなんて、想像できないが?
正直、彼。いいや、死神の本体は何を考えているのか分からない。
どうして人の将来なんかが分かるのだろうか。
「……それで、俺が魔病に苦しんでいるのを眺めに来たって訳かよ」
「いいや、だから経過ですよ。経過観察……あなた、忘れてるのか知らないのかどっちなのか分かりませんね」
「何が言いたいんだよクラシス」
「……はぁ」
クラシスはため息を吐いた。
面倒くさそうに、俺を見ながら。
どうやらクラシスはイライラしているようだ。
「あなたは今日、あと数分で、魔病に掛かってから182日が経過する」
「……?」
「半年、魔病の症状で、半年に出るものがあったはずですが」
……。
あ、ああ。
あ!
最近色々ありすぎて忘れてたけど。
魔病は、半年経過すると。
「俺から、魔力が消えるのか……?」
「ええ。それを確認しに来ました」
クラシスはそっと微笑む。
やっと話が通じて、胸を撫でおろしている様だった。
――きえ、消える。
消えてしまう。
もし数日この時がずれていたら、俺は迷宮の中で魔力を失っていたのか?
危なかったな。
いや、そう安堵できる事じゃない。
だって、そう。
今まで実感がなかった魔病が、一気に実感を増してしまう。
「――――」
なんだ、これ。
心臓の音が聞こえる。
ドクンッ、ドクンッって。
……0時を回るのか?
「まあ、あわよくば、奇跡が起きれば。魔解放軍からディスペルポーションを取り返し。治せるかもしれませんけど」
「お前、どうして魔解放軍の情報を教えてくれるんだよ」
「だって。彼の目的にはいらない存在なんですよ?」
ん?それだとおかしい筈だ。
「死神は、大昔の戦争の幹部だったんだろ?魔王についていた筈なのに、どうしてその復活を邪魔する?」
「――俺ハ、アイツノ人形ジャナイ!」
え?
唐突に、クラシス・ソースの青い目が。赤色の鋭い目に変わった。
クラシスから感じる威圧感が変わり。
瞬間、窓から突風が部屋に入ってきた。
その風は部屋の紙や小物を倒し。
クラシスのその異変を、際立たせていた。
――まるで、内に秘めた怪物が喋っているような。
……まさか、お前が。
「お前が死神かよ」
「アァ、ソウサ。俺ハ人形ジャナイ。人間ヲ、滅ボス悪魔ァ!」
「クラシス・ソース。あんた、とんだ悪魔に体を売っちまったな」
ふっと、青い瞳に戻り。
「私も同意の上です。これでも私、闇が深いのですよ?」
「可愛い箱入りお嬢様の方が、俺は好みさ」
クラシスは、窓枠に足を掛けた。
きっともう、俺の体の中には。
魔力が無いのだろう。それを見届けたから、帰るのだろう。
だが、うん。
「リベンジだ。今度会った時は、お前をちゃんと殺してやるよ」
「ええ。心待ちにしております」
俺の殺意に、クラシスは満面の笑みで返した。
風が舞い、クラシスの髪の毛がふわりと浮いて。
その表情が、顔がきちんと見えた時。
本当に花のような、美人な少女だと。そこで俺は心で感じた。
「――では、ごきげんよう」
最後に見えたクラシスの瞳には、どこか迷いがあった気がした。
が、多分、気のせいだろう。
――――。
余命まで【残り182日】
魔力喪失。