目覚めたときには。俺に魔力は無かった。
「ご主人さま?」
「もう大丈夫だよ。無理をし過ぎただけだから」
サヤカが心配そうに俺に上目遣いをする。
どうやら俺は、死神、クラシス・ソースと対峙の後。
気を失っていたらしい。
単純に疲れがたまってたのか。
それとも、魔力喪失の影響かは知らないが。
時刻は早朝だ。
まだ全身の疲れが取れていないが。
とにかく、やらなければいけない事がある。
「少し出かけるから、サヤカはここで待ってて」
「え、どう……はい。分かりました」
サヤカの引っかかった言葉には少し思う事もあったのだが。
今は、それどころじゃない。
俺はすぐさま宿を飛び出し。早朝の街を走り出した。
俺が向かっているのは、あのハミ・ガキコと呼ばれた人が居た地下だ。
もし、もしだ。
死神の話が真実で、ハミ・ガキコが偽名で。
魔解放軍と言う組織に、騙されたとしたら。
本当にそうだとしたら。
俺たちが迷宮へ挑み手に入れた、魔道具ディスペルポーションを渡すわけにはいかない。
それが無きゃ俺は助からないし、渡したらきっとろくなことにならな気がする。
魔王を復活させようとする奴らが居るのは噂程度で知っていたが。
そんな奴らが、俺らにまで関与してくるなんて。
「間に合ってくれ!」
今はポーションとケイティの無事を祈るしかない。
神級魔法使いだからと言って、あいつは一人の人間だ。
もし何かがあったとしたら。
ケイティがハミさんに会いに行ってから数時間は経ってるんだ。
「……頼む」
覚えていた道を走り。
見おぼえのある地下へ入る。
そしてその部屋のドアを勢い良く開けたら――。
「――は?」
無。無だ。
無駄と言っている様に。
何も無かった。
あのハミさんが座っていた作業机も。
そこらへんに置いてあった機械も。
全部が、もぬけの殻だった。
そして、察した。理解した。
「……騙されたのか」
ハメられた。騙された。
口車に乗せられて、俺らはあいつらの人形となっていた。
ケイティはどこに居るのだろうか?
と、俺はまた走り出した。
この時間からギルドは開いているので。
とりあえずケイティを探さなければとギルドへ向かった。
足が重かった。
息がつらかったと思う。
9月の後半、朝は極度に寒かった。
寒いのもだったが、俺は精神的にも追い詰められていたと思う。
魔力を奪われ、騙され、俺の希望だったポーションが奪われてしまう。
それだけはダメだ。
サヤカとも協力し、命を賭けてまで入手した物だ。
それで生きようと、もう一度頑張ろうと思ったんだ。
「……クソが。このまま渡すわけにはいかない」
悔しい。
とてつもなく、悔しい。
こんな事は初めてではないが、慣れるものじゃない。
俺だって騙された事くらいあるさ。
でも、これは。質が悪すぎる。
――――。
「はぁ、はぁ、はあ」
冷え込む外を走ってきて、気持ち悪い汗が背中を濡らしていた。
俺は目を見張ると、朝だからか。
ギルドには冒険者が居なかった。
「キャロル!」
「ニャ!?」
すぐさま受付で寝かけていたキャロルを叩き起こし。
俺はケイティの居場所について聞いた。
俺の記憶が正しければ、ケイティは冒険者ギルドの宿で暮らしている筈だからだ。
だが、答えは。
「昨日から帰ってきてないらしいですニャ。そんなに心配する事はニャいんじゃ――」
「緊急事態だ。ケイティを探すのを手伝ってくれないか?」
「……ふむ」
ネコは少し考えるように黙る。
だが、すぐハッと頭の電球がついたような顔になり。
「やるニャ」
「お前サボりたいだけだろ」
つう事で、キャロルも一緒に手分けして探すこととなった。
首都サーゼルは広い。
別にケイティが一人だからって大丈夫だとは思う。
あれでも神級魔法使いだ。
だが、問題はケイティがポーションをハミ・ガキコに渡したのかと言う話だ。
「話は分かったけど、魔解放軍だってよく気づいたニャンね」
と、俺とキャロルは走りながら語る。
「そこらへんは説明が面倒だ。省かせてくれ」
「別にそこの説明は求めてないニャ。
ただ、確かにこの街で魔解放軍が動いている噂は少し前からあったニャ」
「それだけで十分証拠だ。とにかくケイティを見つけるか、魔解放軍を見つけるかだ」
ケイティの現在地の予測が立てられない。
とにかく、色んな場所を当たってみるしか。
「ここで別れるぞ」
「了解ニャ!」
キャロルと別れ、俺は一度ギルドの方向へ戻る。
あの武器屋はどうだろうか。
あの二階のバー。そこで飲んでいる可能性がある。
本当に飲んでいたら多分俺はケイティぶん殴るが(?)
俺は全速力で武器屋の二階へ上がり。
ドアを開けると。
「あ、ケニーさん!」
扉を開けると、珍しい赤髪が俺の目に入る。
バーテンダー、アーレが俺の名前を呼ぶ。
「アーレ!ケイティは居るか?」
――――。
「うへー!もっと酒持ってこおおおい」
「………」
見た事ある服から、少し傷がある肌色が出て来て。
目は開いているのか閉じているのか分からない境で。
お腹出しながら真っ赤になっている。そんな何かが居た。
………。
何か、ではないか。
はぁ。出オチ感。
結論から言おう。
居た。
酒飲んでた。
何なら酔いつぶれてた。
俺が現場に到着した時、既にケイティはべろんべろんの酔っ払いへと変貌していた。
うん。変貌の方が正しいな。
酔っぱらっているケイティに対しての、第一の感想を言うとしたら。
「酒癖わっる」
おっと、口に出てしまった。
「その、引き取って頂けますかね」
「ちなみに、どのくらいここで飲んでました?」
「確か、昨日の11時程からですね。
ケイティさんが最後のお客さんで、まだまだ飲めるとか言ってたので」
「……どうやらケイティは、親父の酒豪が遺伝したらしいな」
親父の遺伝。
あぁ、そう言えば。血が繋がってない的な話があったな。
じゃあ酒豪なのは元々なのか?
まぁだが、とりあえず聞きださなければ。
「ケイティ」
「あ、童貞だ」
「え?〇すよ?」
お前も同じようなもんだろうが。
と言うツッコミは胸にしまい。
俺はケイティの机にあった水を。
「ほい」
「ぎゃああああああああぁ――ッ!!」
女の人が出しちゃいけない絶叫がバーに響きわたる。
ケイティの脳天に冷水をダイレクトエントリーさせ。
机が揺れるほど全身をビクッと動かす。
……こいつ、マジで半分寝てやがったな。
「んっ?」
ケイティは充血した目を俺に向けてきた。
やっと正気に戻ったようで、俺の姿を見るや否や。
何かを考えるように沈黙をし。
「……」
「………」
「……え。今何時」
「早朝だが」
「…………」
「なんだ」
「自分の恥で死にそうなくらい死にそうな顔だよ兄さん」
「語彙力仕事しろ」
――――。
赤い顔をしながら、ケイティは立ち上がった。
やはり相当酔っていたようで。
それも、それがまぁまぁ恥ずかしいようだった。
取り敢えず、ケイティは手持ちのお金で会計を始める。
そんなケイティに俺は質問をした。
「お前、ポーションはハミさんに渡したのか?」
「え、渡したけど?」
「……ちっ」
渡してしまったのか。
まぁ、だからあの地下がもぬけの殻だったんだろうな。
「………」
手遅れ。か。
何だか、心の中で何となく思ってたからそこまでショックではない。
だが。そうそう簡単に諦められるような品じゃないから。
これから魔解放軍とやらを追いかけようとは思うがな。
「何があったの?」
と、会計を済ませたケイティが心配そうに言ってくるので。
俺は全てを包み隠さず伝えた。
包み隠さず。魔力が無くなった事。死神と会った事。
すると。
「グラネイシャ王都に連絡するわ」
と、ケイティは懐から何かを取り出そうと手を入れる。
「え?そんな事出来るの?」
「ええ、一応連絡用の魔石は常に持っている」
連絡用の魔石。
確か、第一次大規模魔物群討伐作戦?つうんだって?
長い名前だな。言いにくいが。
その時にも、連絡用の魔石とか出てきたな。それも魔道具とかなのだろうか?
なんにせよ、それは便利だな。
「これは緊急事態よ。死神は既に宿主を変えていた。そして、魔解放軍の話も事実なら……」
「やけに簡単に信じるな」
「嘘を言う必要がないからね。あとは、女の感かな」
女の感か。
やけに曖昧な言葉を使うんだな。
ま、俺には分からない感なんだろう。
どちらにせよ、信じてくれないほうがまずかったから。
この状態は俺にとって好都合だ。
「今キャロルと協力して、手分けしてハミさんを探してるんだが」
「……え?」
「ん?」
ケイティが何か驚いたように、そう静止する。
恐れている様に見えた。
何かに、恐れているように見えた。
一体、何に。
「キャロルは嗅覚が良くって、一回ハミさんに会った事がある」
「………」
「だから、鼻が良くって。だから」
「……まさか」
「キャロルが危ないかも」
――――。
魔解放軍。
彼らは、目的の為なら手段を問わない。
そんな野蛮で、殺しを厭わない連中らしい。
だからこそ、俺の失態だ。
それを知らずに、キャロルを誘った俺の失態だ。
失態。後悔。
キャロルの捜索は夕方にまで続いた。
あのネコがいつその匂いを鼻で見つけ、追いかけたのか。
分からなかった。
だから。時間の問題だった。
キャロルの気配を感じた。
「……どこにいったんだよ」
「ちょっと!いきなり走り出さないでよ!」
心配そうに、ケイティが俺に追いついてくる。
俺もぼろぼろだった。
きつかった。心配だった。
その路地裏で、何となく感じ取った猫の気配。
気配、匂いと言うのだろうか?
俺がいつもマルに感じているそれを感じ取った。
「キャロル!」
だから、もう一度感じた猫の気配に頼って。
その廃工場に入った時。
だから、その名前を叫びながら。
工場に入った時。
だから、生きていることを願って。
暗闇に足を踏み入れた瞬間。
「――――」
キャロルが、死んでいた。
死んでいた。
死。死死。
「……見られたか。まさか気づかれるとはなぁ」
「ハミさん……?」
猫の気配は消えていた。その可愛い背中も、愛らしい耳もへたれこんでいた。
――猫の死体が、工場に横たわっていた。
死んでいた。息がなかった。
ドロドロとした赤黒い血が、俺の足元まで来た時。
「魔解放軍」
「……そこまで見破れるのか。面倒な敵だったよ。まぁだが、この爺さんの皮は使えたな」
そう言い。小さな顔をべりべりと剥がし。
赤い目が、信用していた爺さんの奥側から現れた。
「俺の名はドミニク・プレデター。現時点では魔解放軍・幹部の一人であり。魔王様の復活を狙う魔族の一人って訳だが」
「………」
「改めて聞かせてくれよ。お前の名は?……あ?魔力を感じねーな。全くねぇじゃねぇか」
赤い目の黒髪の、青年がそう言う。
老人の皮を腰に付けていたポーチに収納し。
平然とした立ち姿で、俺の名を聞いてくる。
状況と、俺の精神状態が悪かった。
だから俺は。
「――俺はケニー・ジャックだ。初対面だが、俺はお前を許さない」
気取ったわけじゃない。
必ず殺すと言う、そうゆう目線だ。
その殺意を受け取り、ドミニクは楽しそうに笑顔を浮かべた。
だから俺は反射的に杖を構え。
「殺す」
「ふうん。へぇ。魔力がないのに、魔法使いと」
「くっ……」
「まぁ聞けて良かったよ。そこに立ってる神級魔法使いも居る事だし」
ドミニクと言う男は。俺に背を向けた。
キャロルの死体に背を向けて。
俺に背を向けて。
俺たちは、騙されたんだ。
「ふざけるな!」
「いっちゃダメ!」
俺が次に、腰に携えた短剣を握ると、ケイティが静止してきた。
どうして止めたのかと、目線で問うと。
「私でも……あれは倒せない」
「ほぉ、観察眼もいいのか。神級魔法使いってのは」
「っ……」
「兎にも角にも、ケニー・ジャックとケイティ・ジャックには世話になったよ」
ドミニクは、周りに黒いオーラを纏い。
人を弄ぶような目をしてから。
「魔王復活の貢献者に、お前らの名前が載るからよぉ?」
「ふざっけんなあああああああ!!」
俺の声は既に届かなかった。
ドミニクは黒いオーラに包まれると、すぐさまその場から消え去った。
どこへ行ったのか、何をしたのかは目で見ていても分からなかった。
だから、こうなった。
キャロル殺害から一日が経った今日。
「ちがっ」
「神級魔法使い ケイティ・ジャックを。キャロル・ホーガン殺害の容疑で連行する」
黒い鎧を装備した。サザル王国の騎士に。
俺の目の前で、ケイティは連れていかれた。
余命まで【残り181日】