迷宮から出て、ボク達はすぐにギルドへ運び込まれた。
一晩でてこなかったから心配だったと言う猫耳の人が、ボク達を病院へ運んでくれたのだ。
一度ボクは服を脱がされ。
目立った傷が無い事を確認され、一応の検査を受けた。
検査と言っても、体に入った毒による後遺症を本格的に調べていただけだ。
特に異常は無かった。
ご主人さまと師匠が頑張ってくれたお陰だ。
「………」
今ボクは、ご主人さまと師匠の検査を外で待っている。
また一人かと、退屈そうに両足を振るけど。
振ったところで、特に何もなかった。
外は日が沈みかけてた。
迷宮に入った時は昼から行ったけど。
ボクが迷宮の中で本当にぐっすり寝てしまったからか。
入った日から次の日の夕日を見ている。
「……お荷物になっちゃったなぁ」
一人反省会。
と言っても、多分だけど、今回は仕方がなかった気がする。
目覚めた時色々事情を聴いたけど。
スネーク・デーモンなんて魔物が居るのも前情報としてなかった。
でも、まぁ。
人食い迷宮なんて呼ばれていたから。想定外も予想外も覚悟はしていた。
ボクじゃなくっても、師匠でも同じように倒れてたかもしれないんだ。
だから、ボクは悪くない。
よね。
「………」
あの日から。
ずっと、こんな調子だ。
夢に出てくるあの死体。
忘れられない死体。
ボクの過去。
今までは魔法とか食べ物とか。
新しく触れるもので誤魔化してきたけど。
やっぱり、そこにいるんだよね。
「やぁ、サヤカくん」
「……やぁ、アーロン」
夕日から生まれる。ボクの影が。
そう、話しかけてきた。
「……なんなの」
「………」
「……出て行ってよ」
「――――」
「消えてよ」
「――」
「お願いだから」
「――――――――」
「聞いてよ!」
「――――――――――」
「……なんか、言ったら――!」
「――私は、お前の事を許さないからな。アーロン」
「っ……」
いつも。
いつもいつもいつも。
何度も何度も。その言葉がボクに投げかけられる。
それを聞くと、何も言えなくなる。体が固まる。
息が出来なくなる。
ボクは、いつまで経っても。
過去に縛られている。
「ただいま」
「おかえりなさい」
取り敢えず、ご主人さまと師匠は帰ってきた。
なんの異常もなかったらしい。
だが、やはり体力はないようで。
病院で休ませてもらうのもお金がかかってしまうらしく。
宿にみんなで帰った。
会話は無かった。
疲れていたからだ。
成果はあったらしいけど。
それが何なのかは知らない。
ご主人さまが行きたいと言ったから、ボクは付いていった。
きっとその先に、ボクを光に導く何かがあると思って。
ボクを救ってくれる何かがあると思ってついていった。
いいや、まぁさ。
ご主人さまに光を求めすぎてるのかもしれない。
日に日に、ここ数か月。
よくそれが夢に出てくる。
だから、ご主人さまから。欲しかった。
求めていた。
救いを。
ボクをあのオークションから救ってくれたご主人さまに。
ずっと助けてもらいたかった。
暗闇から救い出してほしかった。
でも、それは自分の問題だと。
そう思っている。
向き合うのが怖いから、忘れる努力をしてきた。
だけど、うん。
やっぱり、話さなきゃいけないよね。
――――。
同じ白髪だった。
でも、その人は。
多分だけど、赤の他人だ。
「なにみてんのよ」
そう、子供ながらに感じる殺意に。
僕は目をそらすことが出来なかった。
だから、こうなった。
「っ……」
「声上げるなよ?近所迷惑だから」
蹴られた。
殴られた。
落とされた。
ぶたれた。
かけられた。
浴びせられた。
言われた。
刺さった。
苦しかった。
暗い世界だった。
ずっと、太陽の光なんて見た事がなかった。
隙間から流れてくる小さな風は、僕の体中の傷には優しくなかった。
頭を上げれば見えてくるのは鉄格子。
這いつくばるように僕は倒れていて、指の上には蟻の行列が歩いていた。
そして。
「――私は、お前の事を許さないからな。アーロン」
「………」
「返事は?」
「はいっ……」
バンッと。
強く鉄格子を閉めて行った。
僕の味方なんていなかった。
なんせ、監禁されていたからだ。
僕が生まれたからお母さんと僕は捨てられたらしい。
まだ顔を覚えてるお父さんに。
家の全財産を持っていかれ。
元々お父さんにあった借金を押し付けられて。
だから、お母さんは……。
赤の他人は、こんなに冷たいんだ。
冷たくって、酷くって、僕を許さないと。
ある日の事だ。
母親が突然僕を地下牢から出した。
やけに強引だったけど、初めて外の世界を見た。
太陽が本当にあるんだと感動していると。
気がついたら。また鉄格子の中に居た。
「お前、顔だけは良いのになぁ」
「女だったら高く売れたかもしれませんね」
僕はその日から、赤の他人を見る事は無くなった。
僕を売る事しか考えてない言葉には何とも思わなかった。
気分で言ったら、解放されて旅行気分だったかもしれない。
だけど、変わらなかった。
「お前、今日から女と名乗れ」
「え?」
「男らしい事した途端、お前を殴るからな」
「………」
鞭を持った男にそういわれてから。
ボクは、女になった。
「調教には暴力が一番だ」
そう語りながら。その男はボクを殴った。
新人の実習らしい。
もうボクには、感情がなかったと思う。
新人の実習の為に鞭で叩かれても、何も湧いて出なかった。
色んなオークションに出されて。
隣の女の子が売られて行っても、自分が取り残されて、金にならないと罵られても。
何も、感じなかった。
でも――。
『彼女の名は【サヤカ】!
人族の両親が借金で首が回らなくなり売り払った一人“娘”です!
年齢は9歳! 5,000Gからスタートです』
ボクは――。
『――おいガキ。その髪の毛が邪魔で顔が見えねぇじゃねぇか』
救われた――。
「おい司会者。そいつに俺の全財産、50,000Gを払う。
だから汚い手で俺の奴隷を汚すな」
――――。
ご主人さまに買われてから。
少しずつ、感情が出てきた。
最初こそは、売られないように必死だった。
必死に必死に。自分の魅力をアピールしようとして失敗した。
ほうきを天井に刺し、家の外に出されたときは。
もう駄目だなって思った。
たった二日だったけど、普通に自由に生きれたのは良かったなんて思った。
売られて、またあの無に戻るんだろうなって思った。
でも、違った。
ご主人さまは、今までボクが出会った誰よりも優しかった。
聞いたら外の話をしてくれる新人さん。
面倒くさそうだけどちゃんとご飯をくれる奴隷市場の人。
それと比べると、何倍も、何十倍も、何百倍も。
救いだった。
初めて食べたお肉で死にかけたのはいい思い出だ。
気づいたらご主人さまが焦った顔で僕に杖を向けてて。
なんか、心臓が止まってたらしい。
だって、おいしかったんだもん。
幸せで。嬉しくって。昇天しそうだった。
魔法を覚えた。
覚えて、使えるようになった。
自分にも特技が生まれて。
何だか、嬉しかった。
だけど。でも、過去は消えなかった。
『私は、お前の事を許さないからな。■■■■』
「ボクも、許さないよ」
どうゆう感情でそう言ったのか分からない。
最近の事で舞い上がってたと思う。
お肉の味を知って、友達が出来て、魔法を覚えて。
もうボクは無敵か何かだと思ってたりした。
でも。
現実は違った。
「実はボクの名前って。『アーロン』って言うんですよね」
試練が来た、と思った。
今まで幸せだったツケだ。
死んだと思った。無謀だったから、もう無理だと思った。
もう駄目だと、心で思った時。
「そんな感動の別れみたいなの、俺がやらせると思ったのか?」
ご主人さまが、また救ってくれた。
ずっと救われてた。
ずっと、ずっと。ご主人さまに。
ケニー・ジャックに救われていた。
救いを求めていた。
でも、世界はまた試練をボクに課した。
「……これって」
トニーの声だ。
死体、死体死体。
あぁ、死体だ。
初めて見る、訳でもないけど。
その死体を見ると、釘付けになった。
だって、その死体は。
――お父さん?
母親に全て押し付けた、あのお父さんだった。
苦しそうに死んでいた。
頭から血を流して、死んでいた。
息をしてなかった。
でも、その衝撃的なものを見て。
ボクは動揺した。
「――魔法」
「な■■■んだよ」
「………消さなきゃ」
「■ぁ?」
「消さなきゃ。見たくな、い物は」
「は■――■で聞■ねぇよ――!」
「けさなきゃ」
――過去なんて、消えてしまえ。
――――。
「んっ……」
え、あれ。
ここは……宿?
いつの間にか、ボク寝てたんだ。
チュンチュン。と。
鳥のさえずりが聞こえた。
気が付くとそこは宿の中で、迷宮から無事に脱出できた後だろうと理解した。
となると、さっきまでのあれは。
「あはは……」
またあの夢を見た。と言う事だろう。
あの日から。ずっと、こんな調子だ。
夢に出てくるあの死体。
忘れられない死体。
ボクの過去。
毎日見てる。だから、少しだけ眠るのが怖い。
でも、目が覚めてしまえば。
ボクは幸せな
ご主人さまがいる
友達がいる
魔法が使える
「だから、元気に言えるんだよね」
そう呟いて、ボクは布団を出た。
少しづつ太陽が出てきていて。
夜明けがやってきたと、窓の外から小鳥が教えてくれた。
元気に、言える。
「おはようございます!!」
「――――」
え――――。
あ――――。
「……ごしゅじんさま?」
『そ■▽は、■▽て■る〇▽ー■ジ■〇■が▽■』
え、どう――。
あれ?―――。
『そ■には、■れて■る〇ニー■ジ■〇■がい■』
よく、聞こえない。
あれ?なにあれ。
『そ■には、■れて■るケニー■ジ■ャ■がい■』
「――――――――」
――そこには、倒れているケニー・ジャックが居た。
余命まで【残り182日】