五十六話「迷宮」



 人食い迷宮。

 入った者は帰ってこないと言われ。

 難易度Bと低めなので。数多くの冒険者が迷宮へと足を踏み入れたが……。

 ――待っていたのは死。

 多くの謎に包まれ、どんな罠や魔物が潜んでいるか全く未知数な場所だ。


「ここが七番迷宮か」


 目の前には、暗闇に包まれた洞窟があった。

 一見は洞窟だが、迷宮とは内部に数々の分かれ道が存在し。

 場所によっては罠があったり、隠し部屋があったりする。

 それが普通の洞窟と違う点だ。


 ざっとだが、俺の装備を説明しよう。


【短剣】 切れ味抜群で、軽く取り扱いが簡単なのが特徴だ。

【杖】  魔法剣士を名乗ってるんだから、いつも通り杖を装備している。

【鉄の胸当て】主に心臓などを守る胸当てだ。それも重くないから剣を結構楽に振れる。

【治癒実】  腰のベルトに装着しているポーチに入っている。


 って感じだ。

 後は背中に、もし一晩過ごす事になった時用の非常食などが入ったリュックもある。


 まぁだが、神級魔法使いのケイティが居るので何とかなるだろう精神だ。

 ちなみにだがサヤカの装備は。


【杖】  魔法使いなので当然。

【風の魔道具】ケイティがサヤカにあげた物だ。サヤカは首に掛けている。

【青いローブ】王都で随分前に買った物だ。魔法使いっぽくてカッコイイ。


 って所だな。

 さて、こうして俺たちは。人食い迷宮へと足を踏み入れたのだった。


「行くぞ」

「うん」


 ケイティの短い頷きと共に、暗闇へ足を踏み入れた。

 迷宮の中は、一言でいうなら臭かった。

 異臭?何かが腐っているようだ激臭だ。


 サヤカとケイティが杖を取り出し、火魔法で杖を松明代わりにする。

 そうして俺たちは、進みだした。


「臭いな……」

「なんの匂いでしょうか?」


 俺の呟きに同調してサヤカが言う。


「多分だけど、考えない方がいいよ」

「……それはどうしてだケイティ」


 聞こえてきた声は迷宮内で響く。

 ケイティの言葉だ。

 一応俺はなぜから分からなかったからそう聞いたんだが。

 次に帰ってきたのは少し怒気が入った言葉で。


「人食い迷宮って名前で分からない?」


 ……あ。

 そうか。

 いや、そうだよね。

 考えが及ばなかった俺が悪いか。

 ケイティに睨まれるのも仕方がないな。


「すまない。集中するよ」

「気を抜かないでね」


 主に陣形はこうだ。

 前衛 ケニー。

 中衛 サヤカ。

 後衛 ケイティ。

 って感じだ。


 前衛の俺が剣を構え先頭を進み。

 一番安全な場所に居るサヤカは俺の道を松明で照らす係だ。

 ケイティは後衛で、どうやっているか分からないが。

 手に平に炎の玉を生成し、杖では後ろや周りを警戒している。

 杖を使わずに、手から炎を出すなんて。

 神級魔法使いだから、そうゆう器用な事が出来るのだろうか?


「集中出来てないよ兄さん」

「……ごめん」


 だが、暗闇の中先陣切って進むのは中々に怖い。

 現実逃避くらいはさせてくれ、考え事だけでいいんだ。

 もちろんちゃんと警戒はするさ。

 マルチタスクって奴だ。


 少しだけ考察をしてみよう。

 俺たちは今、異臭がしている入り口付近を歩いている。

 この異臭が……人の死体が腐った匂いなら。

 ここに挑んだ冒険者は、入り口付近で息絶えた事になる。

 でも、俺たちは問題なく進めている。


 そしてギルドでのクエスト内容では。

 七番迷宮の入り口付近は既に探索済みで、奥にある。

 『分かれ道を二度右に曲がり、三つの分かれ道の中心を進んだ先』がまだ探索出来ていない場所だと記されていた。

 要するにだ。その道以外の場所は人が死なずに探索出来ていると言う訳で。

 その先が、まだ探索されていない未開の地であり。

 人食い迷宮の本当の入口と言う事になるのだろうか?


 だが、それにしても入口付近に死体があるのは不自然だ。

 どうして奥ではなく、入口で死んでしまっているんだ?

 疑問は残るな。

 多分だが、この先不測の事態がある可能性がある。


 気を抜くなケニー。

 サヤカも来ているんだ。

 俺の魔病が治るかもしれないんだから。

 頑張らなきゃ


「――――」


 5分が経過した。

 5分も歩くと、異臭が消え始め。

 最初の分かれ道が顔を出した。


 ……やはり死体があるのは入り口付近だけか。


「確か、右だよな?」

「二度右に曲がる筈なので、そうだと思います」

「ありがとうサヤカ。行くぞ」


 俺たちは右の道へ進む。

 するとすぐにまた分かれ道があったので、それも右へ進んだ。

 進むたびに変わる事と言えば、場所の雰囲気と。

 ――壁の材質だった。


「石の……レンガっぽいな」

「もしかしたら、小人族が昔家にしていたのかもしれないね」

「まぁそうだよな。入り組んだ洞窟が自然生成されるわけねぇか」


 迷宮と言うのは、大昔の人が住んでいた洞窟に魔物が住み着いた結果だと言う。


 魔物が住み着き、人はいなくなり。

 奥には、昔の人間が残したお宝が眠っている。

 それと、時々キラキラしたものを集める魔物の種類も迷宮に現れるらしい。

 そうゆうのでたまったお宝が、この先にあるかもしれない。と。


「冒険者が一獲千金を狙って潜るって、命がけだけどそれだけの価値があるのか」

「地道に働くより、大儲けできる迷宮探索をしているって人が多いみたいだよ」

「その分、命の保証はねぇけどな」


 と、少しばかり雑談のような物をしながら進んでいる。


 三つの分かれ道を発見した。

 真ん中を突き進む。

 流石にここまでくると、ここに居る三人が全員感じ取った。


 ……やはり何かおかしい気がする。

 ここまで進んで、死体が一つも無い。

 どうしてだろうか?

 何か理由があるはず。

 人食い迷宮と呼ばれる理由があるはずだ。


 ここまでなんの罠もなく進んでいるのが不思議だ。

 言うて俺も素人だが、素人でも分かる何もなさだ。

 何もない。何も出てこない。それほど不安感を煽ってくる物はない。

 ケイティもなんだか表情が険しい。

 サヤカも少し異変を感じている。


 この迷宮、なんだ。

 分からない。


「……おかしいね」

「だよなケイティ」

「どうしてこんな、気味が悪くなる程に静かなの?」

「……分からない。もしかしたら、俺たち歓迎でもされてるとか?」

「気分が良くなる歓迎ならよかったのに」


 と言うケイティの呟きに、サヤカは無言でうなずいた。

 こんな圧迫した空気感なんだ。冗談の一つくらい飛ばしたくなる。

 人食い迷宮とまで言われていたこの迷宮が。

 こうも危険を感じないとは。


 ザッと、突然足元の音が変わる。

 ついに地面の材質も石のレンガに変わった。

 いよいよかと思ったが。正直分からない。

 この暗闇の中、俺たちはどこへ向かっている?


「ケイティ」

「ん?」

「どうしてここは、人食い迷宮と呼ばれてるんだよ」

「それはケニーも聞いたでしょ」


 確かに、少しだけキャロルから聞いた。

 このクエストを受ける際、簡単な説明を受けていたのだ。



――――。



「人食い迷宮。その名の通り、人を食っていると言われている場所ニャ。

 食べ残しが入口に捨てられていると冒険者の間では噂となり。

 迷宮の奥には何か巨大な怪物が眠っているのではないかとか。

 もしかしたら、巨大な魔物、ストロングデーモンでもいるのじゃニャいかとか。

 そんな曖昧な噂が流れている迷宮なのニャ」


 と、待機室のような場所で説明を受ける。

 やはり人食い迷宮なんて異名がある場所なんだから。

 何かしらのいわくがあるのだろう。


「その迷宮が、人食い迷宮と呼ばれ始めたのはいつ頃からなんだよ?」

「ずっと昔からニャ」

「昔?」

「少なくとも、ウチが生まれる前からそう呼ばれているニャ」


 キャロルがいつからここで働いているのかは不明だが。

 少なくとも、十年前かそれ以上の時からいわれていると。

 それだけ長い期間、色褪せず存在する。

 そんな歴史のある迷宮なのだろう。


 いやはや、そんな場所にサヤカを連れて行っていいのだろうか。

 危険なのではないか?

 確かに俺はほっといても死んでしまう。

 だから、どのみち生きるために行かなきゃいけないない。

 でもサヤカはまだ子供だ。

 確かにギルドのチーム作成は、最低三人とは知っているが。

 そんな危険な場所に、サヤカを連れて行ってもいいのだろうか。


 分からない。

 迷うな。

 だが、戦闘面では二人より三人の方がいいのは俺でも分かる。

 分かる、のだが。


「………」


 サヤカには未来がある。

 俺にはもうない未来がサヤカにはある。

 俺が無駄に浪費した未来だが。

 サヤカの未来は輝いている。

 眩しく、高く、強く。

 そんな未来があるんだ。


「ウチは、子供を連れて行くべきじゃないと思うニャ」

「……キャロル」


 正直に言って、この場に居る三人は同じ意見だ。

 今サヤカはこの部屋に居ない。外で待たせている。

 キャロルが「二人にだけ話がある」と、話し合いの場を作ってくれたのが始まりだ。

 ケイティも、巻き込みたくない。

 キャロルも、巻き込みたくない。

 俺も同意見だ。

 でも、二人じゃダメなのも考えれば分かる。

 三人いなきゃ、色々力不足になってしまう。


「……ケニーから、あの子に伝えて。止めて来てニャ」

「駄目よキャロル。貴方の意見は分かるけど……」

「じゃあ子供に、危険地帯へ行けとケイティ様は言うのですかニャ?」

「……そうよ。力になれと、言うわ」

「子供ですよ?冒険者でもバカな不良でもニャいんです」


 まずい。二人が喧嘩しそうだ。

 お互いに言葉が強くなってきている。

 ……でも、俺が止めた所で。

 答えが出るわけじゃないから。どうしようもできない。


『俺はここに大きく言いたい。教育とは、寄り添うことだ』


「……っ」


『その先がどんなに馬鹿げた事でも。その結末を知っていたとしても。

 教えるんじゃなく、体験させて、そのフォローをする。

 それが教育で、それが親の仕事だ』


 俺が昔、ヨアン・レイモンに放った言葉だ。

 体験させて、そのフォローをする。

 つうか、まずまずこれが間違えてるんだ。


「――――っ」

「え?兄さん」


 俺は無言で立ち上がった。

 その足で俺は待機室から出て、外で待っているサヤカと目が合う。


「単刀直入に聞くが、いいか?」

「……なんですか?」


 唐突の申し出だが。

 俺の顔を見て、雰囲気を感じ取ったのだろう。

 サヤカは真剣な表情になる。


「人食い迷宮――」


 そこで俺は、待機室で話した事を全て教えた。

 とある事情で迷宮へ挑まなきゃいけない事。

 その際、サヤカも戦力として欲しいが。子供が行くような場所ではない事。

 死ぬ可能性がある事を、包み隠さず全て教えた。

 すると。


「行きますよ」

「そうか」


 これが正しいのだ。

 親の指図で子供の行く末を決めるのは間違えている。

 正直に生きていきたい。

 まだ話していない事もあるが。

 俺とサヤカは家族なんだ。

 いずれ全てを話す。


「ボクは、人食い迷宮へ行きます」



――――。



 ――ドサッ。

 大きな音が暗闇で響いた。

 その音に思わず、俺は振り返った。


 瞠目した。

 血の気が引いた。

 息を忘れた。




 ――サヤカが、倒れたのだ。




 余命まで【残り184日】