「……え?」
「さや、か?」
――サヤカが、倒れたのだ。
即座に、ケイティはサヤカに覆いかぶさる。
そしてサヤカに松明を照らすが。
「……何も異変がない」
「おい!どうゆう事だ!」
遅れて状況を理解した俺は、そう叫ぶしかなかった。
予兆なんてなかった。
何かが現れ戦闘になったり。変な異臭なども感じていない。
顔が真っ青だった。
荒いが息をしていた。
ぐったりとし、気を失っているように見えた。
誰がどう見ても重体な状態。
ケイティはそんなサヤカに何があったかを確認する。
息はある。顔色が悪い。どこかに怪我などはあるかと。
冷静に、順番に確認した。
「……っ!」
「どうしたケイティ!」
「兄さん!今すぐ周りに明かりを焚いて」
明かりを焚け?
「それは松明じゃダメなのか?」
「今いる部屋を全部照らすくらい。大きな光を!!」
「お、おう!!」
ケイティは焦っていた。何かに気づいた。
即座に俺は杖を取り出し。
「――【魔法】超電」
大きく口を開け、そう宣言すると同時に。杖を勢いよく上に掲げた。
すると、杖の先から丸い球体が生成され。
そしてすぐ。
「まぶっ」
「直接見ちゃダメ!」
迷宮を全て照らすほどの、大きな閃光を放つ球体が頭上を浮遊した。
そして、その僅かな瞬間。
「――動いた!」
「え?何が?」
「何か、あそこらへんを素早く動いてたんだよ!」
明るい閃光に目を焼かれながら。
俺は僅かに動く細い影を見た。
本当に細い影だが、それだけで一体何が俺たちの近くに居たのか。
理解できた。
「――蛇だ!」
「じゃあサヤカくんのこれは、蛇の毒?」
「解毒出来るか?」
「試してみるけど、時間かかる」
蛇、長く素早い野生の生物。
だが、蛇がどうしてこんな場所に居るのだろうか。
あまり蛇の生態とかは詳しくないが。
こんな餌も何もない場所じゃ、生きていけないのではないか?
――っ。
「やばい」
「今度はなに!?」
俺は呟きに、過剰に反応するケイティ。
それはそうだろう。人の生死、サヤカの生死が掛かっている。
俺も本当なら心臓が飛び出しそうなくらい焦っている筈なのに。
なぜか俺は。俺の脳みそは冷静だ。
だから、この状況を『やばい』と言える。
これはやばい。本当に不測の事態だ。
「蛇に囲まれてるぞ!」
俺たちの周りには。
長い舌を伸ばしながら、黒い見た目の蛇がざっと30匹潜んでいた。
獲物を狙う目だ。
今にも噛みつき、人を食いちぎろうとする目だった。
対して、こちらは怪我をしているサヤカが居る。
状況は最悪だ。
「兄さん!時間稼げる?」
「頑張るが、その場合俺も倒れるかもしれねーぞ」
「じゃあサヤカくん死ぬよ!今戦えるのは兄さんだけ」
……そうだよな。
なんとか、頑張ってみるよ。
前に進む。
蛇は「シャー」と威嚇の声を出しながら。
ゆっくりと。前進してくる。
少しづつ距離を詰めて、獲物の逃げ道を失くす。
厄介だ。
「……魔法」
「あぶない!」
ケイティの決死の叫びと共に。
ザッと。体が素早く動いた。
俺の意識でも何をしたのか理解できなかったが。
どうやら飛びかかってきた蛇の脳天に、俺は短剣を突き刺していた。
魔法を繰り出そうと杖を構えていたが。
ゾニーの稽古の成果かな。
リーチでは負けているが、近距離戦では負けないぞ。
「シャー!!」
「んッ!」
俺は飛びかかってくる蛇に、短剣を使いながら応戦した。
何とか真ん中にいるケイティとサヤカを守りながら。
「――【魔法】ファイヤー・ボール!」
短剣と魔法を同時に駆使しながら、蛇を撃破する。
一匹一匹の耐久度は低い。
短剣で切り付ければ簡単に蛇を真っ二つに出来る。
だが、数が多い。
「くっそ。長くはもたねぇーぞケイティ!」
「時間を稼いでくれれば、私がどうにかするから」
「本当に――ッ!出来るのかぁ?」
蛇の毒、本当に予想外だ。
そんな予想外の事態を、何とか出来るのだろうか。
あぁ、考えるだけ無駄か?
全部任せて、守る事に集中しなきゃいけないよ――。
「イッ!」
刹那。
右腕に噛みついて来た蛇を、俺は左腕で地面に叩きつけた。
最悪だ。噛まれた。
俺にも毒が回る?
いや、まだ時間があるはずだ。
ケイティの負担になることはダメだ。
サヤカを優先しなければ。
こんな場所に来るべきじゃなかったかもしれないな。
――右腕。
ちらりと、俺の悪魔の記号が目に写った。
右腕に現れた悪魔の記号。魔病の象徴だ。
くっ、右腕の血管が浮き上がっている。
毒か?
「くっ――」
痛いってより、ヒリヒリするな。
くっそ、俺までお荷物かよ。
「……治癒実」
俺は即座に、腰のポーチから取り出した身を四つ噛んだ。
数は適当だ。食えればそれでいいと思った。
体の底が熱くなった。
みなぎる力、心臓がポンプとして激しく動いているのが立っているだけで伝わる。
「――【魔法】血流操作」
「ケイティ?」
そんな声が聞こえると共に、胸の高鳴りは静かになった。
ケイティが背中越しに『血流操作』と言う魔法を使ってくれたようだ。
どうしてだ?
「兄さん!!治癒実を食べ過ぎると心臓が破裂するよ?」
「え、そうなのかよ……!」
知らなかった……。
だが、命拾いをしたな。
ありがとうケイテ――。
「っ――」
腕が、激痛に襲われた。
何も出ないのに口が大きく開き、腹の底から何かを吐き出しそうな形相になる。
痛い。痛い痛い痛い痛い。
苦しい。これが毒……!
「――っ、捌ききれない」
流石に限界だ。
飛びついてくる蛇の数もどんどん多くなってくる。
こうゆう、相手を弱らせる戦法が得意なのだろうか?
と言うか、黒い蛇なんて存在していたんだな。
野生の蛇って、緑とか茶色のイメージなのに。
「ケイティ、限界だ」
俺は、情けないが。
噛まれた右腕をケイティに見せながら言った。
それを見たケイティは、小さく息を吸って。
「――完成した」
とだけ、言った。
サヤカは足首を噛まれていた。
そこにケイティは、杖を突き刺し。
肉を抉っていたのだが。
その言葉と共に。
「兄さん。道を開けるからサヤカくんを担いで」
「了解した!」
同時に、蛇が六匹飛び移ってきた。
「――世界のマナよ。小さき奪う者に死の償いを。
――荒く鋭い慟哭の風を巻き上げ。業火な火を立て。弱き我らに炎の加護を!」
ケイティの杖に赤い閃光が生み出され、それは周囲の空気を吸い。
ある一点。入ってきた道の逆方向。
迷宮の更に奥側。
「見えた!あそこに階段があるぞ」
ケイティの放とうとしている魔法の光で。
俺は先にある下へ続く階段を視認した。と、同時に。
轟音を響かせ。
「――【上級連鎖魔法】
轟音が迷宮に響き。荒波の如く放たれた一筋の閃光。
真っすぐ飛び、目の前に居る蛇は全て炎に飲まれ。
焼けていく蛇の断末魔すら聞こえず、耳に残るのは激しい風切り音だった。
「走れ――ッ!」
「うおおおおおお!!」
俺はサヤカを担ぎ、激痛の右腕の事は忘れ。
何とかの思いで、その階段まで走った。
ケイティも無事だ。だが、あの一撃だけでは蛇を全滅させる事は困難。
「行くよ」
階段の先は真っ暗だった。
きっとだが、早く決めなきゃ蛇が追ってくる。
だが。
「……この先、安全とは限らないんじゃ」
と、ケイティは心配そうに言う。
その通り。この先が安全なのかは賭けだ。
――だけど、進むしかないのだ。
ここまで来たんだ。途中で諦めるわけにはいかない。
俺は来たんだ。生きたいんだ。
「俺が先陣を切る」
俺だって重症だ。
だが、前衛の俺の役割なのだから。
チームとして、戦わねば。
ここで俺が倒れてしまえば、ケイティは一人になってしまう。
多分だが、ケイティは毒の解毒方法をさっき見つけた。
俺がもう少し頑張れば、何とかなる筈なんだ。
――――。
階段の先には扉があった。
そこを開けると、部屋があった。
ここがこの迷宮の一番奥。
そして多分だが、ここは隠し部屋だ。
思い出してみれば、階段があったのは壁際の不自然な場所だ。
もしもだが、階段の上に何かしらの物があって。階段を隠していたなら。
――俺の目の前にある。宝箱らしい箱にも、説明がつく。
「治療を始めるわ」
ケイティがそう告げる。
俺も手伝ってと言われたので、杖を取り出す。
一体どうしてこんな場所に蛇が居たのか。それは。
「あれは『スネーク・デーモン』よ」
「……デーモンって事は、魔物の一種なのか?」
「そう。だから普通の蛇の毒とは違う性質。魔力を媒介にした毒と言う事」
「魔物は魔力を餌にして生きているからな。そうゆうのなのか?」
「もし本物の蛇なら、私が解毒するのは程無理だった」
そうゆう事か。
黒色の蛇の時点で、ケイティは何かを察していたのかもしれない。
「俺も毒が回ってきて、意識が……」
「待ってね。解毒魔法使うから」
と、ケイティは俺の右腕に杖を向けて。
「――世界のマナよ、人の痛みを癒やし、清らかな加護を宿らせろ
――そしてその体を蝕む蛇の呪いを、うち祓え。
少し長めの詠唱を終え。ケイティは杖から緑色の閃光が飛び出す。
すると俺の傷口がみるみるとふさがり。体のムカムカした痛みがゆっくりと消えて行った。
「――【魔法】ヒール」
「うお、消えた」
「一応治癒はしたけど、今は無理に動かない方がいいかも」
「別に動かないのは良いんだが、蛇どもはどうするんだよ」
「多分だけど、ここには蛇来ないよ」
「……?どうしてだ」
「扉の構造だね。あれは魔法が埋め込まれていて、防御結界みたいな役割を持ってるみたい」
防御結界。
そんなのがあったのか。
「サヤカは?」
「目が覚めるまで時間が掛かると思う。一応解毒は済んでる」
ケイティが、部屋に布団の上にサヤカを寝かせる。
先ほどより顔色がいいので、解毒は成功しているようだ。
取り敢えず、サヤカの目が覚めるまで動けないわけか。
「兄さん」
「あぁ、そうだな」
ケイティの言葉を俺は肯定する。
部屋の壁に埋め込まれるようにある宝箱。
金色の装飾がされている箱だ。
『そこの深層、隠し部屋の奥に。呪いを打ち消すと言われているポーションがあると噂なのじゃ』
あの少し胡散臭いハミ・ガキコさんが言っていた物。
呪いを打ち消すポーション。
俺は自分の足で立ち上がり、箱を開いた。
「……これは」
「あぁ、これだ」
箱の中にあったのは。
緑色の液体が入った瓶だった。
そして、瓶には文字が刻んであり。
【――魔道具ディスペルポーション――】
と、刻まれていた。
余命まで【残り183日】