――これは夢だと気づいた。
どうして夢の中で夢だと気づけるのかが不明だが。
多分だけど、これは普通の夢じゃない気がする。
「ご主人さま!魔病が治ったんですか?」
知ってる顔が、すぐ近くまで近づいてきた。
思わずその姿に、なんだか懐かしみを覚えるが。
それは、違う物だと。
「………」
「ボク、もっと長い間ご主人さまと入れると思うと涙が出てきて」
「…………」
「本当に、よかったです」
そう笑顔で、すすり泣きながら笑う。
違う。
お前は、誰だ。
ここはどこだ。
俺は王都の宿で天井を見ていたはずなのに。
どうして?
「見てください!沢山のお肉です!ゾニーさんもケイティさんも、カールさんもエマさんも来てくれています!」
と言うと、本当にいつの間にか、その場所にその四人が居た。
あり得ないくらい都合がよすぎる夢だ。
だから、おかしいと思うんだけど。
「……あぁ」
「もっと喜びましょうよ!」
「………」
「ご主人さま?」
なんだか、気持ち悪い。
やめろ。
そんな目で、見るな。
違うんだ。
これは幻想だ。夢だ。
現実じゃない。
誰だ?
こんな悪趣味な夢を見せてるのは。
俺の魔病が、治るわけ。
「………」
ふと、自分の右腕が見えた。
その手首に、知っている記号がなかった。
思わず衝撃を受けた。どこか体の芯が震える様な衝撃を受けて。
無かった。
無かったんだ。
「あ」
「ご主人さま?」
ふと、涙が溢れた。
ぼろぼろぼろ。どうしてだろうと思うと。
なぜか胸に溢れてきたのは安堵であり。
俺は多分、俺の体は。うれしいのか?
理性では感じてないのに。
なんだ、この感覚。
気持ちが悪い。
気持ち、悪い。
キモチワルイ。
「――――っ」
「え」
――ふと、優しい感覚に包まれた。
なんていうのだろうか、親に抱かれている感覚だ。
優しくって。暖かくって。安心できて。
え、白。
白色だ。
目を開くと、白い波が揺れていた。
そこには、成長したサヤカが立っていた。
長く伸ばした白い髪の毛を風になびかせ。
その太い腕で、俺の頭を、撫でていた。
俺より身長が高かった。
俺より大人っぽかった。
だからだろうか、なんだか嬉しくって、悲しくって。
「あぁあ。ああ……」
「僕は大人になりました。貴方が、父さんが育ててくれたお陰です」
「………さやか?」
「はい。サヤカです。サヤカ・ジャックですよ」
サヤカ・ジャック。
そんな名前、初めて聞いたぞ。
アーロン・ジャック。とかいう立派な名前はどこにやったんだよ。んたく。
……でも、サヤカが大人になったら。
俺の身長なんて抜いて、大人っぽくなって、優しくって、強くって。
完璧じゃねぇか。
そっかぁ……。
見てみたいなぁ。
――――っ。
だめ、だ。
……これは、夢なんだ。
悪趣味な夢だ。
現実じゃ、ないんだ。
ちがう。
ちがぁう。
でも、どうして。
違うと否定するたびに、苦しくなるんだ。
胸が苦しくなる。
悲しいのか?
寂しいのか?
どうして?
まやかしだ。全部嘘だ。
クソが。
「……さやか?」
俺はサヤカに、話しかけた。
「はい。サヤカです」
「お前は今、幸せか?」
「はい。物凄く幸せです」
「なぁサヤカ」
「はい」
「俺が魔病って、誰から聞いた?俺が魔病って知ったときは、どう思った?」
「それは……悲しかったです。でも、何とかしてあげようと頑張りました。ご主人さまから、聞きましたよ」
……そうだよな。
そうだと思ってたよ。
いずれ来るんだな、言わなきゃいけない日が。
無意識に避けていたその事を。
言わなきゃいけないんだな。
躊躇ってる暇なんてないんだ。
「なぁアーロン」
「……あーろん?」
「驚くだろうし、不安になるし、心配だと思うけどさ」
「………」
「俺、来年には死ぬんだ」
「……え?だから、治ったって」
「お前がサヤカじゃないことは知ってる。サヤカだが、多分違う」
「……どうゆう」
「何となくだが、お前はサヤカだと思う。だけど、“本物”じゃない」
「…………」
「俺の望み。違うか。俺の頭の中にあるサヤカを無理やり引っ張り出され作られた。偽物だ」
「僕は、サヤカだよ?」
「ここに現れた人間、全部俺の都合がいい様に生み出された人間なんだろ?」
「………変なの。僕はサヤカなのに」
「あぁ、サヤカだ。だが、俺のサヤカは一人だけだ」
「……ご主人さま?」
俺は立ち上がった。
いつの間にか白い世界になっていた周りを歩いて。
その偽物から、離れようとする。
偽物だ。
無理やり引っ張りだしたから、矛盾が生まれたんだ。
中途半端なサヤカ。
「変な方ですねぇ、どうして貴方は見破れたのですか」
「さぁな。お前の詰めが甘かったんだよ。死神」
「そこまでお見通しとは、あっぱれですね」
白い世界を歩いていると、空から声が聞こえてきた。
まぁだろうなと思った。
死神の能力なのだろうか?
厄介だな。
でも、どうして俺を?
「面倒ですね」
「どうして俺を狙った」
「知りませんよ。私のツノに聞いてください」
……?何を言ってるんだ。
まぁいい。
「ここから出せ」
「嫌です」
「どうしてだ?」
「あなたを、殺すためです」
「俺を殺してどうなる」
「知りませんよ。ただ私が、あなたを殺したがってる」
意味が分からないな。
対話出来ないのか。
まぁそうか。
正直に言って、今起きている事が本当の事か分からない。
いや、この死神を含め俺の悪夢なのかもしれない。
死神を怖がる俺が生み出した、最悪な悪夢。
……なのかもしれない。
分からないな。
まぁただ、とにかく。
俺はこの夢から覚めなくては行けないんだ。
「ええっと、夢から覚める方法……」
この状態の事を明晰夢と言うんだっけ?
こんな事態にも名前があるのは驚きだな。
本の知恵だがな。
「……何をしているのですか?」
「いや、どうやって目を覚まさせようかと考えてる」
「だから無駄だと――」
無駄、そうだよな。無駄だよな。
と言うか、なんで俺はこんな冷静なんだ。
自分でもよく分からないなぁ。まぁでも、なぜか、冷静だ。
夢だから、焦るとかそうゆう事ができなかったりして?
そんな馬鹿な。
まぁでも、夢の中なんだ。安らかに眠っている現実の俺がいる限り、俺は冷静なのかもしれない。
それが俺の理性と、この精神体の感情のズレを巻き起こしているのだろうか?
「……これは俺の夢なんだよな」
「………」
「うし、やってみるか」
「……何しているのですか?」
「いや少しな、試してみたいんだ」
「分からないんですか?私はあなたを殺すために――」
「お前は多分、直接俺に干渉できないんだろ。
だから夢なんて回りくどい方法使って、俺に都合のいい夢を見せさせて、それに溺れさせようとした。
廃人に、するつもりだったんだろ」
「……あなたは規格外です」
「過大評価どうも。ただの父親だよ」
とりあえず、俺は腕を前にかざした。
そうだなぁ。まずはあいつを頼ってみるか。
「兄さん、治ってよかったね」
「わおケイティ。久しぶりだな」
なるほど。
夢の中で意識を持っている俺は、どうやら夢を操れるらしい。
現に、目の前にケイティを召喚?顕現?させれたのだから。
だがこいつには意識はない。本物じゃないからだ。
つうか。普通は夢なんて操れないはずなんだが。
もしかして、死神が干渉しているからか?
まぁなんにせよ。
「俺をビンタしろケイティ」
「わかった。えい」
「――――」
あ、あれ。
スカッ、って言ったぞ。
……ん?
ゆっくり目を開けると、確かにケイティは振りかぶっていた。
あ、もしかしてこれ。
「少し失礼」
「………」
と、俺はケイティの肩に手を伸ばす。
なるほど、夢の中だと人から触られても通り抜けるだけなのか。
ケイティのゴリラパワーなら、目が覚めるのではないかと思ったけど。
そうだなぁ。
「あなたを夢から覚ますわけにいかない」
「お前、まさか夢の世界から出させないようにする気か?」
「ええ、もちろん」
「無駄だぞ」
「なぜ?」
「夢だと言っても、朝になれば誰かが起こして……」
あ、違うのか。
確か夢って、現実世界の時間とリンクしている訳じゃない。
俺の頭の中で、勝手に作り出しているんだから。
現実世界では一秒でも、この世界では数時間とか体験できるのか。
現実世界の干渉を頼むのは難しそうだな。
「………」
「私が力を解くまで。あなたは私の手の上です」
「そう、みてぇだな」
どうすればいいのだろうか。
この夢の中から出るためには、何をすればいいのだろうか。
……分からん。
うーん。現実世界の俺の体が安らかに眠っている限り。
俺はどうすることも出来ないな。
あ、なら興奮してみるか?
勿論エロい意味じゃないが、例えば。
「ほい」
現れたのはサヤカが作ってくれた肉料理だった。
だが、まぁ、食欲はそそらないなぁ。
失敗か。
考えてみるか。
見るだけで何らかの衝動に駆られ、思わず全身で答えたくなる物……。
「……まさか」
「え?あれ」
「わりぃ死神。どうやら俺、夢から出れるみたい」
「な、は!?一体何を……」
「秘密だ」
「ふ、ふざけるな!!」
「まぁそうゆう事だから、バイバイ」
――――。
「はっ」
目が覚めると、そこは宿の天井だった。
少しだけ朝日が顔を出し、部屋の中を薄暗い光が照らしていた。
俺はソファから起き上がり、洗面所へ足を運んだ。
「……現実、だよな?」
手を触る。
ほっぺを叩く。
少し踊ってみる。
おん、現実だ。
どうやら俺は、その悪夢から目を覚ませられたようだ。
……いやはや、まさか。
俺って結構馬鹿なんだな。
あんな事で体から興奮するとは。
いや、興奮つうか、撫でたい欲求?
「夢の中でマルを思い浮かべるだけで。体がムズムズして目が覚めるとは……末期だな」
いつも撫でていたあの猫に、今はモールス家で高級キャットフードを食べているあの猫に。
少しだけ敬意を抱いておこう。
あいつのふわふわの背筋のおかげで、俺は悪夢から解放された。
もう少しあいつを崇拝しなければ……。
……帰ったとき、あいつがキャットフードの食べ過ぎて太ってなきゃいいけど。
一時はどうなるかと思ったが、何とかなったのでよしとしておこう。
死神、なんだかお前に同情するよ。
そんなバカげた方法で自分の能力を突破されるのは、屈辱以外の何物でもないからな。
あ、そうだ。みんなを起こさなきゃ。
なんだか今は一人が嫌だ。早く他の人間と会話がしたい。
と、俺は洗面所から寝室へと足を運ぶ。
ドアを開けると。そこには。
「うぅ」
「え?」
トニーのちゃんとした寝相と共に、二人で分けていた掛け布団をほぼ独占している白髪の少年。
その少年、否、サヤカは。
夢を見ながら、項垂れていた。
え?項垂れている?
……。
多分だが。
さっき死神が夢に出てきたからかだと思うけど。
なんだか。サヤカが夢を見ている所を見ると、不安に。
「………」
いいや、不安どころじゃない。
これはもしかして、そうかもしれない。
「サヤカ!」
俺は急いでサヤカの元へ駆け寄る。
もしかしたら、サヤカも同じように死神に夢を見せられているのかもしれない。
もしかしたら。サヤカも。
サヤカ、も。
「……おかあさん」
「………」
……おかあ、さん。
一瞬、なんの事か分からなかったけど。
多分それは、俺が聞いてこなかった、サヤカの過去の話だと思った。
その言葉を聞いた途端、俺は。
「……」
何かモヤモヤしたものが胸に生まれ、ベッドの上で動けなくなった。
余命まで【残り2■6日】