ついにその時がやってきた。
「遅くなってすまない」
「いいや、カール兄さんは車椅子なんだから仕方がないよ。ここまで遠かったでしょ」
カール兄さんは車椅子だ。
病院から出ても良いと言われたのも数日前だし、まだまだ安静にしなきゃいけないんだけど。
俺も行くと、カール兄さんは聞かなったようだ
「……ナタリーさんが運んでくれたんですね」
「あ。いえ。たまたま病院で会って、頼まれたので」
「ここまで大変だったでしょ。上がってくださいよ」
金髪の少女、ナタリー。
流石の病院に居たからか修道女の服は来ておらず。
白のシャツに長ズボンと言うしっかりとした普段着だった。
頼まれただけでここまで運んでくれたのは、優しすぎるな。
今度お礼をしよう。
「もう、他のみんなは集まっているのか?」
「あぁ。兄さんで最後さ」
家に入ると、そこには狭さに比べ、人が居た。
「また会ったな。兄妹達」
色が抜けた白髪のカール・ジャック。
黒髪で一番の変わり者ケニー・ジャック。
やんちゃな見た目ではないゾニー・ジャック。(珍しい)
茶髪ロングで、三角帽を机に置いているケイティ・ジャック。
そして、
白黒のドレスを来ている。金髪の女性。エマ・ J ・ベイカー。
「えっと……みなさんお茶とか」
ふと、そう話しかけてきたのはサヤカだ。
あ、なんか申し訳ないな。
こいつら。あまり喋るほうじゃないから、気まずい感じだっただろう。
サヤカ。気にするなよ。
「いや、大丈夫だ。ここから歩いてすぐだから。今から行こう」
「……わかりました」
簡単な顔合わせを終わらせ。
ナタリーとサヤカには家に待機してもらった。
そして俺がカール兄さんの車椅子を押し。
ゾニーの松葉杖をケイティが手伝いながら。
みんな分の荷物をエマ姉さんが持った。
「持ってくれてありがとうね」
「……別に、当然のことよ」
相変わらず冷たいな。
まぁ、いいか。
――――。
そこから数分歩いた。
だけど、数分とは思えない感覚だったと思う。
色んな感情があった。
複雑だし、予想できないからわからない。
この先に何があって、どうなって。
それを考えると、夜も眠れなかった。
でも、楽しみでもあった。
だから、そんな色んな感情をひっくるめて。
「――ただいま。父さん」
あの時言えなかったセリフを吐いて。
その小さな墓石に、視線を落とした。
夏風が気持ちよかった。
暑い日光が降り注ぐ中、不思議な匂いをまとった涼しい風が全員を優しく揺らした。
そして、全員が口を開いた。
「ただいま、父さん。天国でお酒を飲みすぎてなきゃいいけど」
「ただいまです。お父様」
「ただいま、お父さん。僕、立派な騎士になったよ」
「ただいま。私だよ、ケイティだよ」
『グラル・ジャック 多くの人を導いた人物、ここに眠る。』
ただいまと言う言葉に、返事はなかった。
いやまぁ、それはそうだけどさ。
少しだけ期待しちゃうんだ。
今からでもいいから、ひょっこりと、あの父親が出てきてもいいんだぜ。
と。
「ここ、いいところだね。兄さん」
「風が気持ちがいいからな」
ケイティが風に揺れる茶髪を片手で抑える。
そして、周りをどこか儚げに見ていた。
――ぽつ。
――ぽつぽつ。
快晴の空に、雨が振ったようだった。
その一滴の雨が、その大地の土に触れた時。
その雨は。涙だと理解した。
「ケイティ?」
「ごめん……なんかわからないけど、溢れてきちゃって」
エマ姉さんの心配する言葉に、そうケイティは返す。
その姿を見て、俺含めた男性陣も涙目になる。
だが、その涙を飲み込むように。俺とカールは天を仰ぐ。
墓石に、カールが近づいた。
積もる話もあるのだろう。他の兄妹は、後ろで待機をする。
「やぁ父さん。飲みすぎてないよね」
「――――」
「父さんの酒豪は今だに覚えてるよ。いつも俺が止めてたからさ」
「――――」
「父さんの背中を見て育った。
だけど、最近知ったことなんだけどさ。
みんな誰しも。絶対弱い所があるんだって」
「――――」
「今思えば、父さんの酒豪は弱点でもあったのかな?」
「――――」
「なんだか、本当に父さんと喋ってるみたいだな。
父さんはそこに居ないのに、雰囲気とか、場所のチョイスが父さんみたいだ。
ケニーもセンスがいい」
「――――」
「今までありがとう。そして、ごめんなさい」
そこで、カールと父さんの会話は終わった。
音もなく立ち上がったカールは、そのまま無言で戻ってきた。
次は、エマ姉さんだ。
ゆっくりと瞑目し、話しかける。
「お父様、私は幸せです」
「――――」
「好きな相手と結婚し、夢だった魔法使いにもなりました。
子供はまだですが、生まれたらお父様に見せますよ」
「――――」
「イアンはいい人です。優しく、堅実で、私も見習わなければいけない部分が多い」
「――――」
「謝らなければ行けない人も、沢山います」
「――――」
「………」
「花を供えます。うちで育てている花です。
私を時々、思い出してください」
と言いながら、エマ姉さんは。
白く、きめ細かい花を墓石の前に置いた。
後から聞いたのだが、カスミソウと言うらしい。
次は、ゾニーだ。
ゾニーは松葉杖だったが、俺が手助けをしながら墓石の前に座った。
そして、下を向きながら。
「僕は戦った」
「――――」
「あまり騎士の自覚とか無くって、着飾って、調子に乗ってた時代もあった」
「――――」
「だけど、最近気がついたんだ。知らなかった事が、経験とか、気づきで見えるようになった」
「――――」
「――全員英雄だったんだ。
弱いやつなんてこの世に居ない。
生きることを諦めていなければ、みんなが心に、誰にも譲れない剣技を隠してるんだ」
「――――」
「倒して死ぬことが英雄じゃない。生きるだけで、みんな戦ってるんだ」
「――――」
「だから僕は、戦った。もう諦めない」
「――――」
「僕の剣技は、みんなを守る最強になる」
ゾニーの言葉は、どこか覚悟が含まれていた。
彼の心情は俺にはわからないけど。
あの魔物の進軍で、あまりにも多くのものを失ったのは他でもない騎士団だ。
だからこそ、芽生えた感情なのだろう。
獅子奮迅したあの騎士を、ゾニーは英雄と言った。
ケイティは泣いていて、何も話さなかった。
父親に対する気持ちが無いわけじゃないが、多分、今じゃなかったのだろう。
ここにいる全員が、色んな心情でここに立っている。
あまり詮索はしたくない。各自の意思を、尊重しよう。
俺は前に出て、墓石の前で膝をついた。
……なんて言えばいいか、わからないな。
考えがまとまってない。
「よぉ父さん。色々あってさ、最近これてなかったんだけどさ」
最近は本当に色々あった。
突然の魔物の襲撃……失ったものもある。
サヤカとか、モールスとかが無事で良かったと思う。
そうだな。
とりあえず。
「こうして兄妹全員が揃えて、父さんに会いにこれてよかった」
「――――」
「サヤカも元気だし、サーラも元気だ。誰も欠けること無く、みんなが悩みながら生きてる」
「――――」
「……いや、一人だけ欠けた。
父さんの護衛をしていたヘルクと言う青年が、戦って死んだ。
最初、あいつの事は信用してなかったんだけど。
知っていく度に、ヘルクと言う青年にどこか心が寄っていった。
だけど、あまり喋る前に。ヘルクは死んだ」
「――――」
「多分、いい友達になれた気がするんだ」
「――――」
「俺に、力があればよかった。どうして30年も引きこもってたんだろうって思うよ」
「……ケニー」
カールが呟く声が聞こえた。
「色んな人に迷惑を掛けた。兄さんにも姉さんにも、弟にも妹にも」
「…………」
「――――」
「俺は、魔病でもうすぐ死ぬけど」
「え」
「――――」
「父さん。俺は残りの余命、全力になってみるよ」
「まって」
――ケイティの声だった。
ん……なんだ?
どこか驚いたような声で静止される。なんだか分からないが、思わず俺は振り返ると。
………。
ケイティは。真っ青になりながら。
「魔病って、なんのこと」
「え?ケイティは知らないの?」
「うん。知らないけど」
「………」
「え?は?」
一体何が起こってるのか分からなくって。
なんだか胸がざわざわした。
まって、エマ姉さんも真っ青になっている。
嘘だろ。
俺の魔病を、知らなかったのか。
…………。
いや、それはそうか。
知ってる前提で話してたけど。
カール兄さんとかゾニーはたまたまいる場所が近かっただけで。
遠い場所に居たエマ姉さんと。
旅をしていたケイティには、その知らせが無かったのかもしれない。
「兄さん……」
「なんだケイティ」
「いつ死ぬの……?」
「………」
「…………」
「来年には、死んでるかな」
「っ!」
ぱちん。と。
軽いビンタを食らった。
でもいつものビンタよりは痛くない。
どうしてだろう。
「ばか……馬鹿兄貴」
「なんで殴られなきゃ行けないんだよ」
「だって、私知らなくって……そんなのあんまりじゃない?」
「言いたい事はわかるけどよ」
「ばからしいよ」
「そうだよな」
「私は私が……ゆるせない」
「は?」
ケイティの唇は震えていた。
泣きそうな声だった。
拳に力を込めていた。
もしかしたら、悔しかったのかもしれない。
俺が言うとなんだかキモいが。
俺の現状を今知って、その間何も知らなかった自分が。
「どうしてお兄ちゃんは、そんな、平気そう……なの?」
「………平気そうに見えるか?」
「……ふ、ふつうに立ってるじゃん。私だったら怖くって、毎日泣いて家から出ないよ」
まぁ確かに。
余命宣告とかされたら、そうなるんだろうな。
でも、俺は違った。
別に死ぬ恐怖が無いわけじゃない。
「死ぬのは怖いけどさ」
「……」
「養わなきゃ行けない。家族が居る」
「……っ」
それが俺の、ここに立っている理由だった。
はっ、と。ケイティはなにかに気づいたように肩を揺らす。
泣くのを我慢しているようだった。
でも、大人だから。
泣けないのだろう。
「ばーか」
ふと、可愛い妹が微笑んだ。
顔をあげると共に、花のような笑顔。
思わず、顔が赤くなりそうな感覚になった。
そう言えばうちは、美男美女だったな。
「んだよ」
「かっこいいこと言うじゃん」
「そうか?」
そうなのか?
自分ではわからないな。
あまり自惚れたくはない。
調子に乗ると墓穴を掘るのは俺のいつもの流れだからな。
「決めた」
と、ケイティは仕切り直すように腕に力を入れた。
「私、魔病について調べる為に旅をする」
「え?それまたどうしてだよ」
そうだぞケイティ。
お前は色んな場所で必要とされてるんだから。
なんか、別にそんな今更諦めてることを。
「兄さんの力になりたいから」
「ほ、ほぉ。でも魔病って、まだあまり事例がないから」
「私は諦めないから」
あ、これは何言っても聞かないやつだ。
困ったなぁ。
「………」
いや、でも。
もしかしたら。神級魔法使いなら。
無きにしもあらずだな。
……でも期待は辞めておこう。
期待してダメだった時の気持ちの落差はひどいからな。
「好きにしろ」
「うっし」
なんかガッツポーズをしたぞ。
そんなにやりたかったのか。
んん゛と、仕切り直す様に俺は喉を鳴らしてから。
「……エマ姉さんにも、改めて言うよ」
「っ……」
真っ青のまま、エマ姉さんはその言葉に驚いたように振り返った。
ぼぅとしていたな。
「俺は、来年には死ぬ」
改めて言う言葉だ。
だけど、なんだか反応が怖いな。
まぁでも、父さんにも言ったように。
「悔いがないように、俺は生きるつもりだ」
「……」
「だから、見守ってほしい」
改めて言った言葉には、確かな覚悟が刻まれていた。
余命まで【残り252日】
エマ姉さんは何も言わず、そのまま解散した。