燦々とした大地。
風車が回るその古畑跡に、二人の魔法使いが立っていた。
一人は藍色の三角帽子を被っている茶髪のケイティと。
青色のローブに、ワクワクしたような表情をしているサヤカが立っていた。
そして、叫んだ。
「第一回!!ケイティ先生のーーー!!」
「魔法訓練ー!!」
「………」
ん!?!?!?!?!?!?
ケイティはその掛け声と共に、サヤカがノリノリで片腕を上にあげる。
まて、なんだその掛け声は。
どうしてサヤカも当たり前に乗ってるの?
この流れに乗り遅れているのって俺だけ?
誰かお願いだから説明してよ!!
「説明しよう」
「説明始まっちゃったよ」
「今回、サヤカさんからお願いされた通り。
神級魔法使いであるケイティ先生、つまり私が。
直々に、サヤカさんに魔法を教えると言う事で」
なるほど。そういうことか。
いきなり家にケイティが来た時は驚いたが。
そうゆうことなら別に心配しなくていいか。
「ん。でもいつの間にそんな約束をしてたんだよ」
「兄ちゃんが兄さんの所に行ってる間に」
「その表現すごいわかりにくいな」
「ケニー兄ちゃんが、カール兄さんに会いに行ってる時だよ」
「あー。その時か」
確かにあの時、昼間は家を開けていたからな。
その時にケイティに会いに行ったのか。
まぁ、色々してたしな。
「さて、とりあえず最初は」
と、ケイティはサヤカに近づいた。
確かに神級の魔法使いであるケイティなら、魔法を教わる上で得られるものが多そうだな。
でも、どうしてこのタイミングで?
「………」
ふと、自分の口が小さく空いた。
その気づきに、思わず考えた。
サヤカの目は、真剣だった。
その真剣な瞳を見て。
なんだか胸がキューと締め付けられる様な感覚に陥った。
いや、別に見惚れたわけじゃない。
ただ。どうして今更魔法を教わろうとしているのか。
その理由に、なんとなく察しがついたからだ。
「っ……」
ふと、口元に力が入る。
なんだか。もどかしいな。
多分サヤカは、自分が力不足だと気づいたのだろう。
あの戦いで、まともに立ってすらいられなかった自分が、嫌だったのかもしれない。
気持ちはわかる。が、それが当たり前なんだ。
その情熱で、その激情で。
良くない方向へ、行かなければ良いんだがな。
………。
人はいつか、世界が不条理な事に気がつく。
俺も昔、その不条理さを目の当たりにした。
だから良くない方向へ俺は進み。
数ヶ月前の、クソ野郎が生まれた。
でも、俺はもう違う。
変わったんだ。
親になったんだ。
親孝行も、出来たと思う。
見守ろうじゃないか。
信じようじゃないか。
寄り添おうじゃないか。
そこからケイティの魔法訓練は数時間行われた。
主に、サヤカの今できる力量を測るため、サヤカが色んな魔法を使うだけではあったが。
それをみて、ケイティもどこか納得をした様だった。
そして、俺の目の前に来て。
「才能の塊だね」
「わかりみがすごいな」
サヤカは今一人だけ先に家に居る。
今日はもう日が落ちて、ケイティにうちでご飯を食べてもらう事になった。
でも俺は、ケイティに話があると止められ。今に至るわけだ。
家の庭にある、腰の高さしか無い石垣に座っていた。
目の前でケイティが、そう言うと。
よいしょと、俺の横に座る。
「話に聞くと、あの子は元々性奴隷だったと」
「そうだ。……性奴隷に、あんな魔法の才があるもんなのか?」
「普通ではないよね」
「じゃあ。なんか理由とか?」
「別に特別ってわけじゃないと思うよ。
多分今までが色々不幸せで、その跳ね返りが来てるんだと思う」
意外とケイティは冷静だった。
ケイティは教師の資格を持ってる。
子供がその場にいれば、笑顔になって場を盛り上げる。
だけど、大人しか居ない場所では。
「あの子も、きっと今が大好きなんだろうね」
「……あぁ。そうだな」
「でも、多分だけど。あの子の血縁は魔法使いだと思う」
「そうだと思うか?」
「うん。どんなけクズな人でも、魔法使いにはなれるからね」
確かにそうだな。
魔法使いは人柄じゃない。
その当人の努力と、才能だ。
「そう言えばだけどさ」
「ん?」
「兄さん、サヤカくんの病室に何日も居たって言ってたけど」
「………」
「実際は。調べることがあるからって言って、病室に居なかった時間のほうが長かったよね」
「その事については、いずれ話すよ」
「……そう。分かった」
流石、としか言えないな。
いや。わかりやすかったかな。
まぁ今は話さないかな。
「明日、ゾニーとエマ姉さんに会いに行ってくるよ」
「らしいね。ベイカー邸に行くらしいじゃん」
「おう。まさか、王都から東側にベイカー邸があるとは。知らなかったよ」
「一応別荘ね。
一回だけ行ったことあるけど、そんなお屋敷って感じじゃなくって。普通の家だったよ」
「そうなのか?てっきりでかい花畑が庭にある場所だと」
「別荘にそんなお金を掛けないと思うよ」
「それもそうだな」
明日が楽しみだ。
エマ姉さんとやっと話せるし、結婚相手も気になってた所だ。
ケイティとはこうして意外と触れ合っているが。
エマ姉さんは、別の家がある人間だ。
そう簡単に出歩けないし、ベイカー家と言う貴族の人間でもある。
でも、やっと、明日話せるんだ。
楽しみだけど。なんて言われるか、心配だな。
『――そんなの、現実的じゃないよ』
…………。
聞きたいことも、あるしな。
――――。
聞いていた通り。本当に屋敷とかではなかった。
舗装された道を歩き、その2階建て建物の前に。
俺と、ゾニーが立っていた。
「なんだか、ケニー兄さんとお出かけなんて。緊張するな」
「そうか?」
「そうだよ」
「まぁあまり二人っきりなんて無いからな。何か荷物とかあったら俺に押し付けろ」
「不便を掛けるね」
ゾニーは足を折っている。
だから、二本の松葉杖でこの場に来ていたのだ。
正直危なっかしいからじっとしていてほしいが。
ゾニーの意思でついてくると言ったので、本人が言うならと言う事だ。
医者は運動さえしなければ大丈夫だと言ってたしな。
――コンコン、と。
そう玄関の扉を鳴らす。
すると、すぐさま扉が開いて。
「お待ちしておりました。ケニー・ジャック、ゾニー・ジャック様。中へお上がりください」
と、執事の様な男性が顔を出す……ん。お前確か。
「お前……父さんの屋敷で雇われてた」
「如何にも、私があの場に居た執事でございます。あの場では訳あって名乗れませんでしたが」
そう言う執事は、一度身なりを整え。
軽くお辞儀をした。
このお辞儀は覚えている。
貴族の挨拶だ。
「私の名はハイド。以後、そう及びください」
歳で言うと、俺より少し上に見える。
父さんと歳が近そうだ。
でも、その雰囲気は年寄りとかじゃなくって。
どこにも欠点がない、執事と言う言葉を体現している様な印象を受けた。
「ハイドさんは、元々ベイカー家の執事だったんですか?」
と、俺は質問をする。
するとハイドは振り返らず。平然と受け答えした。
「はい。エマ様繋がりで、たまたま別荘に居た私が派遣されました。
あの場には、あなたの兄妹繋がりの方々が沢山居ますよ」
「知ってるさ。全部な」
「作用でございましたか。言葉が過ぎました」
俺はゾニーに肩を貸し、そのまま玄関に入った。
案外、玄関先は広かった。
だけど、流石に松葉杖で移動出来るほどのスペースは無かった為。
「そこまでしなくても……」
「いいんだ。時にはお兄ちゃんらしいところを見せなきゃな」
「いや、その……」
「どっか痛かったら言えよ。お兄ちゃんが」
「いや!!その……大丈夫だから」
お、おう。そうか。
なんか顔が赤いぞゾニー。
熱でもあるのか?
「エマ様、ケニー様方がお越しになりました」
ハイドは、角を曲がった先の扉にそうノックをした。
すると、懐かしい声で「入りなさい」と聞こえたので。
ハイドは扉を開けた。
「……」
「久しぶりだな。エマ姉さん」
扉の先は、質素な部屋だった。
窓が空いていた。
窓から白い光と共に、白いレースが揺れていた。
そしてその近くで、椅子に座りながら。
――儚げに、凛とした女性。
金髪の髪で、緋目が鋭く輝く美女が居た。
「三週間ぶりね。ケニー」
「三週間前の事はあまり覚えてないんだ。だから、俺からしたら。あの時ぶりだろ」
「……ええ、そうね」
そう言うと、その女性は薄く笑った。
その女性の名は、エマ・ J ・ベイカー。
長女だが、実は俺より年下だったりする。
だが、長女だからか兄妹の中で一番落ち着いており。静かな気品がある。
モゾモゾ、と。俺の肩で動くゾニー。
何かをしようとしているゾニーを俺は支えると。
ゾニーがエマ姉さんに顔を向けて。
「父さんの事、面倒見てくれてありがとう」
「どうした、の?ゾニー」
「いやさ。僕は何もしてなかったんだよ。稽古に夢中で、父さんの事なんか忘れてた」
「……」
「だけど、姉さんと兄さんは。父さんと最後に、親孝行をした」
「そうね」
エマ姉さんは。別に冷たかったわけじゃない。
その肯定は、事実を認めただけだ。
別にひどい人じゃない。心優しい人だ。
優しいから、ゾニーの気持ちがわかるのだろう。
「あなたが稽古をしたことで、助けられる命が増えると。お父様は思っていたと思うわ」
「……そうか。そうだよね。ありがとう」
ゾニーは、なんだか安心したように俯いた。
……悔いていたのだろう。
その場に居なくとも、出来ることはあったのではないかと。
カール兄さんは忙しい自分に変わり、仕事仲間に護衛を任せ。
エマ姉さんは信用できる執事を付け父のサポートした。
ケイティは旅をしていたから仕方がないとして。
カール兄さんと同じ王都に居たゾニーは。
どこか、心のなかで葛藤をしていたのだろう。
さて、今度は俺が言う番か。
「改めて言わせてくれ。助けてくれてありがとう」
「……たまたまだよ。私は別に、助けたつもりは無いわ」
…………。
おっと、冷たいな。
まぁ、俺にだけは冷たいのは仕方がないか。
元々。エマ姉さんとは……あまり仲良くなかったし。
………。
なんだこの静けさは。
エマ姉さん。自分で言って空気悪くしたんだぞ。
自分でなんとかしろ。
すると、苦しくなった沈黙を破るように。
エマ姉さんが口を開いた。
「イアンが力を貸すと言っていたわ」
「……イアンって」
と俺の横で呟いたのはゾニーだ。
すぐさまエマ姉さんは反応し。
「イアン・ベイカー、私の結婚相手よ。話を続けるわ」
「あ、うん。割り込んでごめんなさい」
こっほん、と。仕切り直すように喉を鳴らすエマ姉さん。
「イアンは街の復興に協力したいと言っている。
ベイカー家は色んな国に別荘がある大きな貴族だから、ある程度協力が出来る。
戦った騎士のケアも、専門の者を雇うことも出来るわ。
なんならある程度まとまった額を出し、支援金にすることも考えている」
「ちょっとまて、どうしてそこまでやってくれるんだよ」
その話を聞いて、俺はそう言った。
イアン・ベイカー。
ベイカー家当主の息子であり。エマ姉さんと結婚した人間だ。
でも、どうしてそこまで善意を尽くしてくれるのか分からなかった。
だって、今回の件になんも関係していないからだ。
でもエマ姉さんは。
「簡単な話よ」
「……簡単な?」
「私とイアンが出会った大切な街でもあるし、お父様が築き上げてきた街だから」
「……」
はっきりと、エマ姉さんはそう言った。
……そう言ってくれて、俺は嬉しかった。
やはり、あの父親の背中を見て育ってきたからだろうか。
みんなが理解している。
あの街は、父さんの形見だ。
「そこで提案なんだけどさ」
と。俺は切り出す。
「……聞こうじゃない」
「数日後、父さんの墓場にみんなで集まらない?」
「………」
これは元から言っていた事ではある。
と言うか、エマ姉さんやケイティはそれが目的でこの街へ来た。
だから。せっかくだから。
兄妹全員で、行こうと計画したのだ。
エマ姉さん以外の兄妹には、既に話してある。
「……わかったわ」
意外と普通に了承してくれたのは驚きだったが。
遂に、これで……。
エマ・ J ・ベイカー。
ケイティ・ジャック。
ケニー・ジャック。
カール・ジャック。
ゾニー・ジャック。
五名が、何十年ぶりに。
一箇所に、集まる。
余命まで【残り254日】