ふと、ふと。
白い波が、風に揺られた。
「………」
この白い波はなんだろう。
そうボクが思うと。
それは、自分の髪の毛だと気がついた。
そう言えば、ご主人さまと最初に髪を切ってから。
もう随分経ったなぁ。と。
温かい風だった。
静かだった。
美しくって、思わず見惚れそうな景色だった。
それは、ボクの右側にある。窓に見えた光景だった。
そして、気がついた。
「えっ」
ボクは、ベッドに寝かされていた。
大きいベッドに寝かされていて。思わずその知らない世界に戸惑った。
「――っ」
だけど、その不安はすぐに消えた。
だって、ボクの片腕の先、手のひらに。
知っている。手の大きさの、人が寝ていたからだ。
可愛い。
ボクの腕を枕にして。
その黒髪が、優しく揺れていた。
ケニー・ジャック。どうしようもなく、優しい父親が。
そこに、無防備に、眠っていた。
「あ」
「え?」
思わず、その知らない声に目を凝らした。
そこには。知らない顔だけど、どこか、知っている人が。
病室の入り口に立っていた。
「ケニー兄さん!!!早く起きてってば!!」
大きく、わざとらしく両手を上にあげ。
強引だが、ご主人さまの肩を大きく揺らす。
綺麗な茶髪ロングに、優しい色をした緑眼の人だった。
「ふにゃ……さやかぁ、肉、かってきたぞぉ」
「起きなさい馬鹿兄貴!!!」
「あごちッ!!」
ペチンと。
大きな音と共に、ご主人さまが部屋の端っこへふっとばされる。
あのご主人さまが。
意外と良い体つきをしているご主人さまが。
いとも簡単に、糸くずを飛ばすようにふっ飛ばしたその女性。
その女性は、仁王立ちをしながら。
「全く!!兄さんったら。お寝坊さんなんだから!!」
「イッテぇなケイティ!!
てめぇのビンタはあのカール兄さんでも楽々とぶっ飛ばす威力を誇ってるんだから!!
気持ちよく眠っている俺を良くもまぁこんな糸くずみたいによぉ!!」
「一声で起きなかった兄さんにも非があるね!私が100悪いなんてありえないし!!」
「ケイティ!おま。自分の力の強さをもっと自覚しろ!!」
「なるほど?兄さんは私を『メスゴリラ』と言いたいわけだ」
「実際その通りじゃねーかぁ!!」
「んだとぉ!?」
ご主人さまの久しぶりな元気の声に、少し感動を覚えつつ。
ケイティと言う女性は一歩も引かない様にそう問い詰める。
二人の睨み合いっこが最高潮に達した時。
「ぷっ。あはは」
「え」
耐えきれず、笑いだしてしまったのはボクだった。
部屋に、ボクの笑い声が響いた。
すると、ご主人さまは大きく目を見開きながら驚く。
だからボクは。
「相変わらず。ご主人さまは声が大きいですね」
「……お前。最初の一言がそれかよ」
「ええ。そうですよ。で?お肉を買ってきてくれたんですよね」
そう、あの寝言をイジるように言うと。
ご主人さまの顔に浮き出ていた血管が沈んで。
ゆっくりと、なんだか口元が緩んで、形容し難い表情になってから。
「肉なら、いくらでも買ってやるさ」
そう、爽やかな笑顔を送ってくれた。
きっとだけど、ご主人さまの胸の内は。苦しかったんだろう。
あの戦いからどのくらい経ったか知らないけど。
多分、心配をかけたと思う。
だから、両手を広げて。
「ただいま。ご主人さま」
「あぁ。おかえり、サヤカ」
優しく、温かい。
そんな体温が、ボクの胸を包んだ。
ご主人さまの大きな体が、ボクの体を、優しく包んだ。
サヤカこと。
アーロンは。
二週間ぶりに、目を覚ましたのだった。
――――。
俺は、あの戦いから一週間後に目を覚ました。
最初は取り乱した。
「アーロンは!?」
って暴れていたら、ケイティにビンタされた。
痛かった……。
だが、サヤカもトニーもみんな無事であり。
既に退院している人間も居ると知らされた。
簡単にみんなの状態を説明しよう。
モールスとサーラは街で馬車を使った避難活動を行っていたが。特に怪我などは無く。
それに、サヤカや俺の治療費を少し出してくれたらしい。
今度、お酒を奢るか。
いや、それだけじゃ足りないから。
モールスのしたいことを、今度してやるか。
モーリーさんとロンドンは。
もうモーリー食堂に戻って。いつも通りの営業をしているらしい。
流石の兄妹だ。
ぶれないな。
トニーは過度なストレスと無理な魔力行使の影響で。一度ヒールで治した部分の傷が開いてしまったらしい。
トニーも、あの場では必死だったからだろうが。
正直、あまり無理をしないでほしい。
今では普通にサヤカの見舞いに来ている。
ヨアンもほとんど無傷だった様だ。
あの紳士が、元騎士だったと言われると。
少し常識人とずれていたのは、納得できる部分があったりする。
そして一番驚いたのは。
ロンドンも元騎士であり。ヨアンと同期だったというのだ。
だから街でロンドンは戦えて、
ある程度の魔法も使えるらしい。
だが、ロンドンもヨアンも。
とある出来事から大きく変わってしまったのだと。
そこはまぁ、気になるが触れないでやろう。
サリーに関しては。
……まだ、何も分からない。
今どうしているのかとか、怪我とかも全くわからないのだ。
だから……。どこかで聞かなければいけないのだ。
そして、俺達兄妹の話だ。
カール・ジャックは。
近衛騎士団、団長を引退した。
理由は、元々年齢もそれなりに重ねており。
今回の戦いで、右腕が切断されてしまったのが引退の決め手だったらしい。
今度、カール兄さんと話す機会があれば会いに行こうと思う。
ゾニー・ジャックは。足の骨折で騎士団を一時的に休暇を貰うらしい。
療養というのだろうか。
正直、もっと休んでもいいと思うが。
まぁ。それはゾニーが決めることだ。
そして、あの二人。
ケイティ・ジャック。
俺の妹であり、神級魔法使いである。
性格は結構おちゃめで子供らしい。
一応だが教師の資格を持っており。
旅をしながら道行く街で魔法を教えているらしい。
エマ・ J ・ベイカー。
ベイカー家と言う貴族に嫁ぎ。今や立派な貴族の令嬢だ。
ケイティと同じく神級魔法使いであり。
家族で唯一結婚してる。
相手の名前はイアン・ベイカーと言うらしい
そのイアンとケイティとエマ姉さんの三人でこの街に駆けつけてきたと。
どうしてあのタイミングで街に到着したかと言うと。
実はものすごく偶然だったりする。
街に来た理由は一つ。
親父の訃報だ。
親父の訃報を受け、街に帰ってきたところ。
あの魔物の侵略に出くわしてしまったらしい。
正直、一日でも来るのが遅かったら……。
「………」
そうだな、考えないようにしよう。
「つまり。ケイティさんは、ご主人さまの」
と、サヤカはケイティに目線を流す。
同時に、ケイティは花みたいな笑顔になった。
わお。やっぱ、現役の教師は子供の前で笑顔以外の顔を見せないんだな。
「そう、妹ってわけだな」
「こんな兄さんですみません。なんか妹の私が恥ずかしいです」
と、軽く謝りながら言うケイティ。
んだこいつ。馬鹿にしてんのか。
「俺もお前みたいなゴリラが妹とはな」
「ケイティさん。ビンタ行きましょう」
「了解」
「あばぶッ!?」
あふぅ。いたぁい。
俺がビンタ食らった後。
ケイティはエマ姉さんの元へ一時的に行くという事で病室を出た。
サヤカが目覚めた事を報告をするらしい。
ケイティは色んな人にサヤカの事を伝えてくると言って去ったので。
もしかしたら。結構早めにトニーとかモールスがお見舞いに来てくれるのかもしれない。
一応だが、エマ姉さんは。
このグラネイシャにあるベイカー邸。まぁ、別荘に今は居るらしい。
カール兄さんはこの病院で。
ゾニーは騎士の役所に部屋を借りているらしい。
主に活発なケイティに、そうゆう伝達係を頼んだのは正解だ。
………。
なんだか、凄いな。
他の兄妹にも、サヤカを早く紹介したいな。
――――。
サヤカが目覚めたその日。
トニーが、いち早くお見舞いに飛んできた。
「さやかあああああ!!!」
「うわああああ!?」
ついでにだが。
文字通り、飛んできた。
「お前大丈夫かあああ!!」
「大丈夫だよおおお!!」
「怪我は治ったのかああああ!!」
「治ったよおおお!!」
「どこも痛くないかああああ!!」
「強いて言うなら喉が痛いよおおおお!!」
落ち着け、ここは病院だぞ。と。
トニー坊主はヨアンにゲンコツを食らっていた。
俺もサヤカに、あまりトニーのテンションに流されるなと言うと。
「なんだか、楽しくって」
……そっか。
楽しいなら、いいや。
「そんなことより、トニーの方は大丈夫なの?」
「俺か?」
そうだぞトニー。
お前だって、一時意識を失っていたんだからな。
それも、本当は中々の激痛だったくせに。
強がっていたらしいじゃないか。
馬鹿が。
もっと子供らしくしろ。
「俺はもう大丈夫だよ。サヤカも元気そうだな」
「トニーはボクの何倍も元気そうだよね」
「元気過ぎて、ゲンコツ貰うくらいはな」
ふっ、と。サヤカが口元を緩める。
どうやらトニーは、ヨアンにもう一発殴ってもらったほうが良いようだな。
「困りますね。全く」
「まぁ、子供らしくていいじゃねぇか。時々子供らしくないけどな」
俺とヨアンは、その話を病室の外で聞いていた。
別に聞き耳を立てていたわけではないが。
主に、トニーの声がでかいせいだ。
「そこらへんも、お前に似たのかもしれないな」
「何仰ってんですか。
私は騎士でしたが。騎士の中では最弱であり、まともに前線などに出たことがないのですよ」
「でも。覚悟だけは騎士だよな」
「……そこが、トニーに悪影響なのでしょうか?」
「いや、好影響だと思うぞ」
別にいいところだけ引き継いでると思うがな。
ヨアンが治すべきなのは、息子への接し方だ。
「とにかく、サヤカさんが目覚めて良かったです。一緒に魔物を閉じ込めた仲間なので」
「子供が魔物と戦えたって。文面だけ聞くと、中々信じれないよな」
「そうでしょうか。子供だからって、弱いわけじゃありませんよ」
「そうなのか?」
「はい。王都の騎士に、明らかな子供なのに強い人間が居ますから」
「そうなのか……そりゃ、生きづらそうだな」
サヤカもトニーも、元気よさそうだ。
……少しづつでいい。
前の様な生活に戻りたい。
だが、絶対そうならないのは知っている。
『俺は覚えている。あのツノの生えた少年の最後の顔を』
覚えているのだ。
あの時、最後の瞬間。
そのツノの少年が、していた顔を。
「いずれ。またこの街に最悪が訪れる」
「そうですね。備えなければ」
そう、どこか向こうを見ながらヨアンも答える。
俺は残りのタイムリミットを終える前に。
あの少年と、決着を付けなくてはならない気がした。
――――。
サヤカの怪我も完治し、魔力の制御もいつもどおりになったのは。
病院で目覚めてから、一週間後だった。
「うし、帰るか」
「そうですね」
サヤカは自分の足で歩き。
俺はサヤカと共に、街へ歩き出した。
目指すは、あの家に。
父さんの元に。
余命まで【残り258日】