時間が経つのはあっという間だった。
その少年はそこから歳を重ね、と言っても、たった数年だったが。
街の外れに、大きな木の家を持つ程成長していた。
「メデューサ、ここの入り口から君は入りなよ」
「分かった」
相変わらず無口なメデューサに、そう微笑みかける。
立派な家だった。
メデューサは目隠しをしているから分からなかったが。
部屋は6部屋あり、キッチンやお風呂などがちゃんとついていたのだ。
少年は、企業をしていた。
元々少年が居た。洋服工場を継いだ形だ。
そこらへんにちょっとしたストーリーもあったのだが。
ここでは割愛しよう。
「僕はね。ミレーヌと言う人に引き取られた孤児なんだよ」
「孤児ってなに?」
「孤児は、親が居ない子供の事」
「そうなんだ。ワタシも親は居ないよ」
「そうなの?メデューサはどこで生まれたんだい?」
「ワタシの中から」
「……そう言えばそうだね。何年かの周期で、メデューサは生まれ変わる」
そう。
メデューサと言う魔族は、数十年周期で体が石になり。
そこから新たなメデューサが生まれるのだ。
これを、転生と言う人間もいるが。
実際は記憶を持ち越している訳でもなく、
記憶がない。新たなメデューサとして生を受けるらしい。
「でも、あなたの事は。忘れたくない」
「……忘れないで貰うと、僕も嬉しいかな」
メデューサは難しそうな顔をする。
なぜなら、メデューサは言葉の通り忘れたくないからだ。
自分が消えるのはいい。だが、この少年を記憶の隅でいいから残しておきたい。
「………」
メデューサは、この感情の名前を知らなかった。
少年に聞こうかと思ったけど、聞こうとすると、なぜか全身が熱くなった。
だから、メデューサはその事を胸に秘めたまま。
そこから、また何ヶ月か経った。
――――。
「メデューサ。手紙を書いたのかい?」
「うん。字を上手く書けているか分からないから。見てほしい」
少年は書斎の机で本を読んでいた。
そこで、メデューサが話しかけてきたのだ。
「……これを、ジャック家に送るのかい?」
「うん」
「そうか。なんだか、嬉しいな」
手紙の内容を説明するなら、こうだ。
【ワタシの名前はメデューサ。
数年前、あなたにバーモク病を感染させた張本人です。
あれから色々あり。ワタシは後悔しています。
人の命を脅かす行為を、ワタシは強く憎むようになりました。
ただ、最後にあなたにやってしまった病気は。
決して、取り返しがつきません。
あなたが願うなら、ワタシの首を――】
おぼつかない文字ではあったが。
伝わらない文面ではないのでまぁいいだろう。
と、少年は心で思う。
でも、
「最後の一文はいらないかな」
と、少年は。
机に刺さっていた羽ペンを取り出し。
「あ」
「よし。これでいいね」
その最後の部分を塗りつぶし、そこに新たな一文を付け加えた。
【ごめんなさい】
「………」
「人に謝る時はごめんなさい。それが一番だ」
少年はそう言い、笑った。
それに釣られるように、笑うメデューサ。
その手紙は、ジャック家当主に送られた。
――――。
メデューサは、胸にあるモヤモヤの名前を知りたがっていた。
でも。あまり言葉を知らないメデューサは。熟考していた。
時には本を開き、時には少年に打ち明けようともしてみた。
だけど、なんだか出来なくって。
それを意識する度に、だんだん少年を直視できなくなっていった。
「ねぇカロン」
「なんだい。メデューサ」
メガネを掛けた。細身の少年。
いいや、もう青年というのだろうか。
「どうして、あなたは森にいたの」
それは疑問だった。
どうしてあの場に居たんだろう。
どうしてメデューサを知っているのだろうと。
「……話すと長くなるけど、いいかな?」
そう前置きをして、少年は語りだした。
――――。
「どうしてそんな事が出来ないのかしら」
「だから!!道でお婆ちゃんが果物を落として!!」
「それはいい善行です。が、元々の目的を果たしてから!!!」
そうだな。
今の僕から見たら、あれは完全に僕が悪い。
孤児院と洋服工場をしていたミレーヌと言う女性に引き取られてから、毎日こんな喧嘩をしていた。
正直、ミレーヌ自身も不満は溜まっていただろうし。
僕だって、なんだか嫌な気持ちになっていた。
必然だったし。それは必ず爆発する物だった。
ある日の事だ。
仕事の取引先、ジャック家と言う場所に連れて行かれた。
そこで様々な服を売り込み、当主のグラルと言う人には好評だったようだ。
「カロン、ここで待っていなさい。絶対に動いてはいけませんよ」
そう言われて止まっていられるのは、大人だけだと思っている。
僕は屋敷を一人で歩いた。
使用人をできるだけ避けながら、冒険感覚で歩いた。
新鮮な物ばかりだった。
綺麗な装飾、高い天井。すべてが真新しく。すべてが新鮮だった。
「ねぇ君」
思わず肩を震わせる。
どうやら、話しかけられたようだ。
「ひっ」
驚いた。
見つかるかもと言うドキドキが楽しかったのはそうだが。
まさか本当に見つかるとは思いもしていなかった。
「あの、あなたはど、どちら様で?」
引きつったような敬語だった。
同じような年齢の男の子なのに、何故敬語なのだろうと少し不思議に思った。
「君、その本」
「あ、これですか?」
「エレメントスじゃないか! 君も好きなの?」
「え、あなたも好きなのですか!?」
そこからその子と意気投合し、
エレメントスと言う物語の話で盛り上がったりした。
「最後に名前を教えてよ」
夕方、ミレーヌに見つかる前にその男の子に行った。
すると男の子は。
「ケニー。ケニーって呼んでくれよ!」
満面の笑みでそう答え、僕はミレーヌに耳を引っ張られながら屋敷を後にした。
その後月日は流れ、僕はミレーヌとの喧嘩に耐えきれず。
その工場を逃げ出し。
エレメントスと言う本にあったストーリーを元に。
森に小さな小屋を作ってみた。
流石に本通りには行かなかったが、形にはなった。
あとは逃げ出すときに盗んだお金で数日暮らし。
森の中で自給自足をするための試行錯誤を始めたのだ。
――――。
「で、メデューサに会ったってわけだよ」
「……じゃあ、ワタシを知っていた理由は?」
「そのエレメントスという本の敵役にメデューサが居たんだ」
「………」
「でも、本は全てじゃない。実際の君は可愛いしね」
また、メデューサの体が熱くなった。
でも。その感覚の名前を知らなかった。
だが、知らないと言うのも、ある種の苦痛だったのだ。
「ねぇ……カロン」
「ん?何か?」
メデューサはなんて言えばいいのか分からなかった。
なぜならそれは始めてであり。
それは、知らないことであり。
だから、分からなかった。
でも。だからこそ。
「あなたを見る度に、どこか恥ずかしいの。赤くなって、熱くなって。胸が、苦しくって」
「………」
カロンは口を開けたまま静止した。
何を言っているんだと、カロンは頭が真っ白になった。
そして、そして。
「んっ……」
「んぐっ!?」
メデューサは、カロンに。
キスをした。
メデューサも分からなかった。
この行為をキスと言うことすら知らなかった。
だけどキスをした瞬間、メデューサの髪の毛は浮かび上がり。
その頬を赤く染めて。
その感情の名前を、『恋』と知った。