三十話 「AJの隠し事」



 ツノを持った人間が、不吉な笑みを浮かべていた。



「始めまして。人間の皆様。私の名は、“死神”と言います」


 笑いながら、そう大げさに頭を下げる。

 その後ろには、約200体のストロングデーモン含む魔物が整列していた。

 目を見張った。

 どうしてそんな事が可能なのかと。

 でも、その人間の容姿をみて。

 人間ではない。何らかの力を持っているのはすぐに予想できた。


「死神。何が目的だ?」


 とは、カール兄さんの言だ。

 片腕を無くしながらも、左腕で俺の肩を借りながら外に歩いてきた。

 どうやら死神は、話し合うために待っていたらしい。


「目的は一つ。街の破壊です」

「………なぜだ」

「理由は色々ありますが。まぁ、主に邪魔なんですよね」

「邪魔?」

「私は魔物勢力として、私は魔物側の人間として。

 闇の人間として、死を運ぶ神として」

「………」

「未来的に、この街は邪魔だ。そう私のツノが言っている。

 だから壊すんだ」


 ツノを見上げながら、そう言う。

 どうやら。話し合っても街を壊さない以外の選択肢はないらしい。

 これはどうしたものか。

 兄さんなら、どう話し合うのだろうか。


「もし……その交渉を俺が否定したら?」


 兄さんはそう探りを入れた。

 良い判断だ。

 どうするのかと聞いて、悪くなければ戦う。

 兄さんらしいと言えばそうだな。


 ――そう言うと、その死神と言う男の雰囲気が変わった。

 ドッと感じる何かを感じた。

 なんだろうか、この感覚は。

 黒く、圧巻で、目眩がしそうな……。


 あぁ。これは怒気だ。


「その時は、魔物でお前を食いちぎる」

「そうか……そりゃ、物騒だな」


 カール兄さんはもう限界だ。

 ここで戦うほどの余力は残されていない。

 正直、どんどんと俺の肩から滑り地面に倒れそうな兄さんを支えるのは精神的にも辛い。

 頑張ってくれと。しか。


「ケニー」

「……なんだ」


 小さく、カール兄さんがそう話しかけてきた。


「ごめん。降参しなきゃ、これ以上は……」


 ……あぁ、そうだよな。

 近衛騎士団はあくまで魔物侵略を止めるために尽くしている。

 だがこの場で第一部隊などを失うのは、近衛騎士団側からしたら痛手だ。


 もちろん北の街の事を思うならここで死に物狂いに戦うべきなのかもしれないけど。

 戦ったところで、勝てないと分かってしまった。

 もう無理だと理解してしまった。

 悔しい事に、近衛騎士団の完全敗北なんだ。


「――――」


 兄さんは多分、本心では諦めてなんかない。

 だけど、ここは諦めなければ。

 人として、団長として。それは不正解な選択になってしまう。

 不要な犠牲をこれ以上出さないと言う選択も、必要なんだ。

 ――でも。


「おい死神、俺からも聞きたい」

「……ん?君はこの場の代表なのかい?」

「この場の代表ではないが、街の代表として聞きたいんだ」

「………どうぞ」

「街の破壊とは、人を虐殺すると言う事なのか?」

「それは違う」

「とは、どういう意味だ」

「あの街が将来的に私達の敵になると言うだけで。

 人間じゃない。街さえ壊せばいいんだ」

「つまり、人は一人も殺さないと?」

「……まぁ。そうゆう事になる」


 ……なんだろうか、このモヤモヤ感。

 多分、今この場で街を差し出すほうが、一番犠牲がないのだと思う。

 だけど。なんだこのモヤモヤは。

 あ。

 あぁ、そうか。

 こいつらに、仲間を既に殺されているからか。

 誰かを守ると言うのが俺たちの使命だと、兄さんは言っていた。

 だけど、仲間を犠牲にしながら戦い。

 最終的に降参するのは。

 死んでしまった英雄達に、顔向けができなくなる。


「……我々近衛騎士団は、降参する」

「兄さん!?」


 ……わかるけど。

 わかるけど。兄さんは、どうして。


「仕方がないだろ……こうするしか」


 そこで、兄さんは完全に諦めた様に脱力した。

 諦めて……しまった。

 だめだ。

 父さんの生きた証が、家が。


「屋敷が壊されてしまうんだぞ」

「知ってる」


 ものすごく不格好だったと思う。


「父さんが発展させた、街なんだぞ」

「知っている」


 苦し紛れの、その言葉に。

 兄さんも、口を噛み締めた。

 だけど。

 その諦めは、何も変わらなかった。


「……俺が大好きな、街なんだ」

「……知っている。お前」


 その瞬間。

 じじっと。なんだかノイズが聞こえた気がした。

 多分だけど、その兄さんの一言が。

 俺によって、衝撃的だったんだと、思う。


「親父って、呼ばなくなったんだな」


 突然の言葉に、思わず口を大きく開いた。

 だけど、すぐに冷静になって。


「………何を、言っているんだ?」

「お前は。父さんの事を、父さんとは呼ばず」

「…………」

「軽蔑を込めた、親父って」


 思わず、胸が締め付けられた。

 ぐっと、掴まれたように。

 確かにそうだ。

 でも、いつからだっただろうか。

 あぁ。そう言えば、サヤカを子供と言い始めたのも。

 父さんが……死んでからだ。


 父さんなら、どうするんだろう。

 俺なら、どうするんだろう。


「なぁ兄さん。近衛騎士団は逃げろ」

「……は?」


 兄さんの声は、少しだけ怖かった。

 だけど。そんな恐怖に屈するほど、俺は弱くない。

 前なら屈したかもしれない。

 けど今は。

 守るべきものが沢山あるんだ。


「俺は戦う。俺だけは戦うぞ」

「ば。な、何を言ってるんだ!?」

「悪いけど、そう安安と……あの父さんの家を壊されてたまるか」

「なんで……なんでだよ。

 お前だってそこまで強くないだろ!

 俺らはベテランだが、お前はただの!!」

「俺は魔法使いだ」

「はぁ!?」


 すまん。兄さん。

 俺は、諦められないんだ。

 サヤカもそうだし、街の人もそうだし。

 あのどうしようもないクソ野郎の思いを分かっているから。

 似ているから、知っているから。

 求めているから、感じているから。


「俺は父親だ。

 たとえ血が繋がって無くても、

 俺は世界で一番優しい人の背中を見て。育った父親なんだから」


 兄さんを地面に下ろす。

 それと同時に、俺は兄さんと決別するように歩き出した。

 杖を握って。

 希望を握って。

 父親として。


「――俺がケニー・ジャックだ。街を守る最後の砦であり」


 死神が怒気を発した。

 だが、それに怯むこと無く、俺は杖を前に向けながら。


「一人の、魔法使いだ」

「行け」


 そう言うと共に、死神が発した二文字が鼓膜をかすった。

 そして、その二文字が全員の耳に届いた瞬間。

 魔物は走り出した。


 静寂は騒音と変わり。

 黒い叫び声が迫ってきた。


 心臓が高鳴る。わけでもなかった。

 なんだか穏やかであったと思う。

 だって、元々死ぬ運命だったし。

 元々俺は一人だったから、一人で死ぬと思ってた。

 でも、ここ最近は幸せな事が多かった。

 落ち込むこともあった。

 流石に、親父の件は落ち込んだりした。

 そこから俺はなんでか分からないけど、父さんと呼ぶようになっていた。

 分からないけど、多分、今はない背中を見てるんだと思う。


 ――あ、う。

 え。

 なんだこれ。

 魔物が遠ざかっていく?

 え、あれ?


「――ッ」


 刹那。

 俺は後ろに勢いよく飛ばされて。

 白い髪が、前方で靡いた。


「――【禁忌】黒死波動!!!!」


 前方で駆けていた魔物、約24体が飛ばされた。

 その衝撃波と共に、魔物の進行は止まった。


「ゾニーさん!」

「わかってる!!」


 直後、飛びついてきたゾニーにより俺の体はがんじがらめにされ。

 俺は完全に、体の自由を奪われた。


「ゾニー!!」


 思わず、加減のない声でゾニーと叫ぶ。

 流石のゾニーも「っ」と怯んだように見えたが。

 覚悟を決めたように、ゾニーは言った。


「わかってくれケニー兄さん。いまは降参しなきゃ……え」


 ゾニー・ジャックから飛び出したのは、腑抜けた声だった。


 ゾニー……お前は分かってないんだ。

 サヤカは、俺を助けるために飛び込んだ。

 飛び込んで。杖を握っている。

 俺はあの目を知っている。


「サヤカが戦う気だぞ」



――――。



 既に暗くなりかけているその世界。

 一人の少年が、力強く立っていた。


 目の前には、沢山の魔物が立っていた。

 飛ばしたのは良かったけど、やっぱり魔力の調整が上手く行ってないから上手に飛ばないや。

 それに、ロンドンさんの見様見真似だったし……。


「ふぅ、ふぅ、ふう」


 あぁ、だめだな。

 息を整えなきゃ。

 目を見張って。

 相手を見据えて。


「世界のマナよ」


 ――魔法を放つ。

 鋭い斬撃、激しい揺れ、黒い波動が一気に飛び交い。

 魔物の進行を食い止めようと奮闘する。

 魔物の進行が止まる事は無くって、

 でも戦わなきゃいけなくって。


「街を……壊されたくない」


 ご主人さまと同じ気持ちだ。

 ボクだって街を壊してほしくない。

 守りたい。

 守りたいから。

 杖を握るんだ。


「くうッ」


 でも、そんなの自己中心的なのは知ってる。

 知ってる。けど。

 でも、ボクだって。

 守りたいものが星のようにあるんだ。

 力を込めろ。吐き出せ!!!


「――うあああああああああぁぁぁ!!!!!」

「うるさい人ですね。人間の分際で」


 死神がそう呆れたように言うと。

 その背後から黒い影が空に飛び出して。


「ガアアアアアアアアアァァァァッ――!!!!」


「――ガッ!?オエッ」


 動物らしからぬ魔物の恐ろしい咆哮。

 その咆哮が鼓膜を強く揺らした時。


 あ、ぐぅ。

 あれ。

 全身の力が抜けて。


「オエェ」


 ボトボトボト、

 そんな音を奏でながら。

 体の中にあった熱い物が口から溢れ出した。


「………」


 全身の力が抜けた。

 膝が地面についた。

 あぁ、魔力の枯渇かな。

 そう言えば、今日だけでも二回目か。

 ………。

 もう、体が限界だ。


「――さぁ、死になさ」

「――【魔法】デヴェロプ」


 回らない口を、街で騎士に貰った実を齧り克服し。

 その実で得た最後の魔力を使い。

 ――瞬間。サヤカの真下に落とされた雫は地面に響き。

 周りの草が高速で伸びていった。

 所々赤いその場所、鉄の塊になってしまった死骸の中で。

 白い髪の毛は、靡いていた。


「……なんの真似ですか?」

「時間稼ぎです。ボクは小さいから、見つからない」

「……理解できませんね。見えてますよ。あなたの白髪が」

「なら、攻撃すればいいじゃないですか?」

「……はぁ。理解できません」


 魔物が駆け出す。

 そしてその白髪に、爪を振りかざした瞬間。


「――【連鎖魔法】熱水爆発」


 赤い閃光がその場所を劈き。

 黒い煙が魔物を包んだ。


 凄い熱い熱湯に、冷たい冷水を注ぐとどうなるのか。

 正解は、急な温度変化によって入れ物が割れる。

 それを利用した。


 死神から見えていた白髪は確かにボクの髪の毛だけど。

 それはデヴェロプによって大きく見せられているだけで、実際は髪の毛一本で形成されている。

 ボクは足元にあった小さな石を限界まで熱し、タイミングを見計らってすごく冷たい冷水を生成した。

 その瞬間生まれる温度変化によるエネルギーに火魔法の『爆発』と言う魔法を混ぜ。

 威力を上げた。


「……知恵を絞りましたね」

「いえいえ。褒めなくてもいいですよ。

 ボクはご主人さまに頭を撫でられる方が嬉しいので」

「そうですか」


 死神はわからないような顔をした。

 いいさ、分かられたほうが気持ち悪い。


「……」


 あぁ、でも潮時だ。

 流石に、あの魔物の咆哮を聞いて。

 立っていられない。


「…………」

「あーぁ。倒れましたね。愚かな人間です」



――――。



 腕をがんじがらめにされ、地面にお尻を付けながら俺は叫ぶけど。

 その声は、まるでサヤカに届いていない様だった。

 きっと、あいつも必死で、そんなのに耳を傾ける暇がないのだろう。


「離せ!離せよゾニー!!!」

「ごめん……離せないよ」


 ゾニーは足が折れていた。

 だけど、飛び移るように俺の肩に抱きついてきた様だ。

 ゾニーももう戦える余力は無く。馬に乗るのも難しい様だった。


「なら!!せめてサヤカを助けてやってくれ!!!」


 そう言うけど。

 ここにいる誰もが、戦う気力をなくしていた。

 戦意喪失とでも言うのだろうか。

 全員の顔には、諦めが写っていた。


 それは多分。

 そいつら全員が死を経験したからであって。

 まるで今死を経験していない俺が、浮いているように見えた。


 これが、戦うと言う事。


 戦うとは、必ず犠牲がでる。

 狂っていなきゃ、やっていけないのかもしれない。

 子供が一人で戦っているのに、剣を抜くことを止める騎士。

 それが、戦うと言う事なのかもしれない。


「トニー!!!」


 そんな俺でも、希望はあった。

 トニーがいるからだ。

 あいつなら、サヤカを助けに行ってくれるはずだから。

 でも、次の瞬間。


「トニー・レイモンなら。あそこで倒れているよ」

「………ぇ」


 どこからともなくそう言われ、振り返ると。

 そこには、腕から血を流しながらうずくまっている。

 見覚えのある。茶髪の子供が居た。

 その子供に、ナタリーは『ヒール』を掛けていた。


 ――もしかしたら、怪我が治っていなかったのかもしれない。

 いいや、魔力の枯渇?

 それとも過度なストレスか?

 でも、腕から血が出るなんて……。

 どうして。

 なんで。


「なぁ」


 もう俺にも、ゾニーを振りほどく力は残されていない。

 普通の人間と騎士。勝てるわけがない。

 だから、こうするしかなかった。


「だ。だれでもいい。だぁれでもいいいぃ――ッ!!」


 その苦しい声に、騎士が全員振り向いた。


「お前らは騎士なんだろォ!戦えよ!!

 子供が戦っているんだぞ!あの子供がだ!!!

 小さくて、頭を撫でられると喜んで、肉が大好きなあの子供が戦っているんだぞ!!

 お前らも戦えよ。お前らが戦うべきだろ。どうして剣を握っていないんだ!!!

 どうして見ようとしない!!!

 あの子供が戦っているのを、見過ごしていいのかァ!!??」


 嘆いていたと思う。

 その言葉に、拳に力を入れていた物も居たと思う。

 だけど。

 感化されて、圧倒されて、剣を握るものは。


「――――」


 一人も、居なかった。


「ご主人さま。聞こえていますか?」

「ぁ」


 だけど、声は聞こえた。

 目の前の、戦場の声だ。


「ボクはもう、ダメみたいです。あの魔物の変な声で。耳が聞こえなくって」

「み、みみ、が?」


 戦場で、サヤカは。

 まだ立っていた。


「多分ボク、死にます。だから。言い残したい事があるんです」

「……は?」

「ボク、実は部屋がほしいんですよね」

「………」

「最近。魔石集めにハマってて、そのコレクションを飾って、見ながら眠りたいです」

「…………」

「でも今の家にはスペースがないから、多分無理なんですけどね」


 いいや。実行出来る。

 一階以外に、実は地下室があって。

 あって。

 あ……って。


 ケニーが状況を理解するのを待たず。

 サヤカは話を進める。

 それは、ケニーに余計なことを考えてほしくないからなのだろうか。

 それは、ケニーを。安心させたかったのかもしれない。


「あ、あと。実はボク、ご主人さまから貰ったお小遣いで。

 時々隠れてお肉を買って食べてたんですよね。

 いつも一緒に食べたいって言うご主人さまを除け者にしたのは、反省ですね」

「………ぁ」

「でもその御蔭で、ものすごく美味しいお肉の調理方法とか聞けて。

 試しにお肉屋さんに教えてもらったものなんですけど。

 教えてもらう時作ってもらったやつを食べて、飛び跳ねたんです。

 お肉を作る時、試したかったですね」

「…………やめろ」


 もっと、あるだろ。

 こうゆう場面で言うのは。

 一緒に居てくれてありがとう。とか。

 なんかそういう。感謝の言葉とか。


「………」


 どうして。そんなしょうもない事なんだよ。

 どうしてそんな、身近な言葉なんだよ。


「やめ……てっ」


 楽しい記憶が、ぽつぽつと、溢れてくるじゃねぇか。

 熱い。熱いよ。

 この涙、全部が思い出だ。

 溢れて、流れて、覚悟してしまう。


「実はですね」

「…………」

「ボクのサヤカって名前。あの奴隷商人が付けた、女の子っぽい名前なんですよ」

「……っ?」

「サヤカもいい名前で、可愛くって、ご主人さまが呼んでくれるから好きなんですけど」

「…………どうゆう」



「実はボクの名前って。『アーロン』って言うんですよね」



 ………。


 まて。俺の魔病が聴覚を奪った可能性も、ある

 よし、聞いた言葉を。

 もう一度……復唱してみよう。


 アーロン

 あーろん

 アーロン















・――――――――――――・

   『  AJ  』


 『アーロン・ジャック』

・――――――――――――・





「……そんな、名前だったのかよ」


 昔から感じていた。違和感があった。

 サヤカと言う名前についてだ。

 男につけるには、あまりに可愛すぎるその名前。

 でも、アーロンか。

 いい名前じゃないか。


【 ふむ、なるほど。

 これあれだ。何かの間違いだ 】


「………ケニー兄さん?」

「ちょっとしつれいな」

「イッ……なっ!待って!」

「父さんと同じ反応じゃねえか、ゾニー」


 俺はゾニーの腕に噛み付いた。

 その唐突な行動で、ゾニーは腕の力を緩めて。


「少し、俺の子供をぶん殴ってくる」


 それだけ言い残して、ケニー・ジャックは。

 戦場に足を運んだ。



――――。



「はぁ、はぁ、はぁ」


 耳が聞こえなかった。

 全ては静寂だった。

 だけど、心だけはちゃんとしていた。

 ボクはボクを伝えた。

 アーロンと言う名を伝えた。

 杖に刻んだ『AJ』は、ご主人さまの『KJ』のマネをしていたのだ。


 心は、決まっていた。

 思いは決まっていた。

 忘れていたし、急だったし。

 きっと、怒ったり怠けていると思われるんだろう。

 だけど。すべて心だ。

 心心、すべての言葉に『心』がある。


 それは、愛だった。

 それは、優しさだった。


 『もし、昔の自分に一言だけ言えるなら。人間はなんと言うか』


 有名な文豪が残した、人生の答えについての質問。

 答えなんてないけど。

 自分の人生を、生きた証を、心を。

 表す。


「アーロン。いまの僕は、幸せ者だよ」


 そして、ボクの後ろから、強い衝撃が襲ってきた。


「アーロン」


 静寂から開放されて、一番最初に聞いた言葉だった。

 後ろに、知っている匂いの人間が立っていた。

 そして、これはなんだろうか。

 多分、ボクを抱きしめている。


「ご主人さま?」

「そんな感動の別れみたいなの、俺がやらせると思ったのか?」

「………そうですよね」

「ふっ、俺を試したな。アーロン」

「いやだな、その名前。今くらい、サヤカと呼んでくださいよ」

「そうだな」


 無意識だけど、杖が持ち上がった。


「……茶番は終わりましたか?人間は語るのが大好きなんですね」

「待たせてしまってすまないな、うちのサヤカが語りたい気分だったらしい」

「そうですか。じゃあ、終わらせますよ」


 死神は、腕をあげる。

 それと共に、強大な爪が迫ってきた。


 ボクとご主人さまは、杖を握った。

 二人で、同じ杖を握った。

 ボクが握っている杖に、添えるように。


「世界のマナよ」

「世界のマナよ」


『――我らに加護を与え、その名を轟かせし王よ。』


 一瞬だったと思う。

 その一瞬、サヤカの杖が光ったのだ。

 だけど、それ以上に。


『――広大な海を割り、無実な人を助け、』


 それ以上に。


『――無慈悲に牙を向ける怪物達に。』


 その光景は、一瞬だったと。


『――神の導きを、与えたもう』



 その詠唱が聞こえた瞬間。

 目の前の魔物は巨大な青い衝撃波に絡まれ。

 飛ばされ、水が流れ。

 ――割れ。

 魔物が、割れ。

 核が、破れ。

 地面が、割れ。


『――【神技】約束の地カナン』


 青い閃光に包まれて、

 その200体の魔物の核が破れた。


 一瞬の出来事だったが、その神業を見ることしかできず。

 何が起きたのか、全く分からなかった。


「ねぇさん。これは……」

「ギリギリだった、ようね。危なかったわ」


 綺麗な茶髪ロングに、優しい色をした緑眼を持った彼女。

 ――藍色の鍔が長い三角帽子を被っていた。


 金色の髪の毛。だが、女子の気品を持ち合わせ。意思が強そうな緋目。

 ――赤の派手な色で揃えられた貴族の服装を着ていた。




  【神級魔法使い】

 『ケイティ・ジャック』

 『エマ・ J ・ベイカー』




 両名、近衛騎士団に合流。









 余命まで【残り286日】




 魔物が破れたその後、ツノの生えた人間はもうその場には居なかった。