俺の元にその報告が届いたのは。
ここで第四防衛ラインを作り始めてから数十分が経った時だった。
「伝令!街に数匹の魔物が襲来。
メイン司令塔に居た数人の騎士が対応に向かっています!!」
急いで馬を走らせて来た、司令塔に居た騎士がそう告げる。
俺は思わず、頭が真っ白になった。
だって街には、サヤカやトニーや、それ以外の知り合いも友達も居るからだ。
正直に言うとそいつらの安否が心配だ。
でも今この場を離れれるほど余裕はあまりない。
急いでやらなければ、後々大変な事に……。
「ケニーさん。行ってあげてください」
とは、一緒に作業をしていた緑髪の騎士の言葉だ。
名前まで聞かされていないが、俺が迷っているような顔をしていたから声を掛けたのだろう。
きっとお前の方が負担が多い筈なのに……、どうして気遣えるんだ?
俺が断りの言葉を言おうと口を開こうとした。
だがその瞬間、重ねるように。、
「貴方は騎士じゃない。
貴方はここに残るべきじゃない。血を流すのは、我々だけで十分です」
「……お前」
緑髪の騎士は続けてそう言った。
まるで既に覚悟は決めていると言わんばかりに。
頭の中で色んな考えがよぎった。
数分後、第二防衛ラインが突破され第三防衛ラインも突破された時。
こう言ってる奴らは生きているのか。
こいつらとこの数十分、話したりした。
もちろん感情で話した。教えてもらったりした。
だから、死んでほしくないと言う感情が出てくるのも当然だ。
だけど、それを騎士に告げるべきじゃない。
騎士はそれが仕事なのだ。
「……分かった。
生きてまた会おう。うまい酒が飲める場所を知ってるんだ」
「あぁ、任せてください。騎士は帰ってくるのも、仕事の内ですから」
俺はそこから馬に乗り込み、あの家へ向かった。
――――。
家が見えてくると思わず目を疑う光景が広がっていた。
馬の大群が家の近くに止まっていたのだ。
そこから降りてきた人影達は。
俺の家の前、すなわち古畑跡に整列し。
「敬礼――!」
ザッと重なった音と共に、その大人数の人たちは息を呑むように静かになった。
そして整列している騎士達が注目している先。
そこには一人の男が立っていた。
知っている顔だった。
「近衛騎士団、第一部隊:団長 カール・ジャックだ。
今から部隊を分け、前線と後衛と街の増援を振り分ける」
男、カール・ジャックは鋭い声で始めた。
「ここから辛い戦いになるだろう。魔物の数は未だに衰えることはない」
「だが、我々近衛騎士団は!!
街の人間を守り抜き、魔物たちに思い知らせてやろうじゃないか!!!」
その声色には聞き覚えがあり。
その見た目には見覚えがあった。
そして、腰から抜いた剣を空に掲げ。
「守るものがあるからこそ強くなる。
守るものがあるから信じれる。
守るものがあるから、我々は絶対に負けないのだ!!!」
「うおおおおおおおお――ッ!!!!」
すごい熱気だ。
思わず一緒に叫びたくなる程の一体感。
こんなスピーチを出来るカール兄さんはやはり一流。
声の覇気、感じる真剣さ。
そして信じる心を言葉だけで感じ取った。
「図書館ぶりだな、ケニー兄さん」
俺が唖然としていると唐突に話しかけられた。
勢いよく振り返ると。背後に立っていたのは、鉄の鎧を着ている、これまた見覚えのある人間だった。
「ゾニー、来てくれたのか……」
「あぁ。男兄弟、全員集合さ」
そう無邪気にゾニーは笑う。
カール、ケニー、ゾニーと
長男次男三男が揃ってしまった。
いつぶりだろうか。
ゾニーは前に会ったのは確か大魔法図書館か。
何週間前だっけ、まだ暑くなる前だからまぁまぁか。
カールに関しては本当に会ってなかったな。
……あれ、そう言えばゾニーって、今何歳だっけ。
確か俺の……何歳下だっけ?
「ゾニーて今何歳なんだ?」
「ん? 僕は34だよ。エマ姉さんの一つ年下」
「あぁ、そうか」
もうそんな歳なのか。
まぁそうだよな、普通に考えて。
結構年月経ってるもんな。
俺は一人で納得したところで、前方に立っている男に再度視点を向けた。
久しぶりにカール兄さんとも話せそうだ。
なんだか、緊張するな。
カール兄さんとは随分会ってない。
引きこもる前から兄さんは王都の騎士として家を出ていたからだ。
楽しみではある。でもやはり緊張してしまう。
こういう物なのだろうか?
…………あ、そう言えば。
「親父の墓、色々終わってから見に行くか」
そう言うと、ゾニーは明らかに落ち込んだような顔をした。
親父の訃報は既に兄妹には渡っている筈だ。
元々行こうと言う話はするつもりだった。
女性陣が居ないのがあれだが、まあ男どもだけでも父さんは喜ぶだろう。
「………」
「近くにあるんだよ。この近く」
「……そう、わかったよ」
俺以外の兄妹は、まだ親父の墓に手を合わせてすら無い。
だから、この気に、
この一連の面倒事を片付けたら、一緒に行こうじゃないか。
「だけど、カール兄さんも一緒にね」
ゾニーは顔を上げてそう言った。
確かにその通りだ。だけど、カール兄さんは忙しそうだし……。
「誰が忙しいって?」
「――ッ!?」
パンッと、勢いよく肩が叩かれた。
うおっ、びっくりした。
え、なんでここにいるんだよ。
「なんでここに居るんだよ、カール兄さん」
「久しぶりにお前の顔を見られたよ、ケニー」
王都近衛騎士団:団長 カール・ジャック。
精鋭の団長にして俺の実の兄だ。
今年で多分46歳だが、バリバリの現役で働いている。
俺の肩身が狭いな。
騎士の鎧を身に着け。色が抜けかけている銀髪が特徴的だ。
そう言えば、ジャック家の兄妹ってみんな似てないんだよな。
髪色も性格も、趣味も好きな物も。
なんでだろ。
「まさかここが、お前の家だとはな」
と、カール兄さんは風車を見上げながら朧げに呟いた。
初見で見たら中々な場所に住んでいる様に見えるだろうなぁ。
「引っ越したんだ。色々あってね。ネコも居るよ」
「ネコもいるのか。いい家だな」
「まあ狭いけどね」
「知らないのか? 兄ちゃんは狭い所が大好きなんだぜ」
「懐かしいな」
笑顔で気さくで、俺の家を見ながらそう言った。
なんだかむず痒いな。
久しぶりの兄妹の会話って、嬉しいような恥ずかしいような。
いかんいかん。
俺はもう立派な父親なんだ。
「兄弟揃って仕事が、夢みたいだな」
とは、カールの言だ。
「僕は新鮮でいい感じです。なんだかワクワクする」
とは、ゾニーの言だ。
「さっさと仕事するぞ。街に俺の家族が居るんだ」
「おぉ、言う様になったじゃないか」
「まぁな、うちの子はとびっきり可愛いから襲うなよ?」
「団長がそんな事出来るわけないだろ」
一笑い巻き起こった。
だが、こんな悠長としてられない。
現実は、兄妹の感動の再会を許してくれなかった。
――――。
「まず街の地図をここに出せ」
そうカール兄さんが言うと、一人の騎士が大きな地図を机に広げた。
そして説明を始める。
「現在街には約9体の魔物が侵入。
現地に向かった騎士や街の魔法使いによって結界に捕獲されています。
街中で止めを刺すのは困難であり、必ず魔物が暴れてしまう為一箇所に集め。そこで撃破するのが得策かと」
「街で魔物を一網打尽に出来る広いポイントはあるか」
「現在技術班と話しているのはこの3つ」
と言って、机に広がっている地図に小さな駒を置き始めた。
なんだかワクワクするな。これ、本で見た展開だ。
「――『中央街道』『学校の校庭』『中央広場』の3ポイントです」
「なるほど、地図上では確かに広そうだな。だが、この地図は最近の物なのか?」
「この地図は十五年前の物です。もしかしたら現在と少しの齟齬があるかもしれません」
「なるほど、慎重に配置とポイント決めをしなければいけないな」
カール兄さんは真剣だった。
仕事のスイッチが入ったように話し合いを進める。
俺はこの街に住んでるって事と、カールの身内って事で特別にここに居るが。
なんだかすごいな。こんな光景、毎回やってるのか。
「あ」
「ん?どうしたケニー」
「この学校は六年前に閉鎖してる。今ここにあるのは町工場の木材置き場だ」
「なるほど……ケニー、お前も手伝ってくれ」
俺は一応だが街に詳しい。
こうして地図との齟齬を教えられれば、物事が円滑の進むかもしれない。
「中央街道も広いが、あれは縦長に広い。
魔物を見たことはねぇが、そこに9体も入った所で一網打尽は難しいと思う」
「なるほど、一理ある。では中央広場だな」
「あぁ、中央広場なら真ん中に小さな噴水があるだけで他はなにもない。そこなら」
「――魔物集結地点の座標を伝える。街中心部にある中央広場にて魔物を集結させる。
その際、街を最低限破壊させない様にルートを考え」
「その目標ポイントに、魔物をおびき寄せるって事だろ。兄ちゃん」
これで大筋の作戦が決まった。
あとは細かい配置と陣形の再編成だそうだ。
俺はそこらへんの事を知らないから、流石に口出しは出来ない。
と、思っていたら。
「ケニー、お前も魔法は使えたよな?」
突然、カールにそう話しかけられる。
「……使えたけど、それがどうしたってんだ」
「ゾニーの部隊にお前を入れてもいいだろうか?」
「は?」
「街の構造を知っているお前が居てくれたほうが色々ありがたい。頼めないか?」
「えっ……でも俺なんもわかんないから、連携とか協力とか」
「居てくれればいい。道案内がお前の仕事だ」
道案内か……。
確かに、地図があったとしても一発でわかるガイドが居てくれたほうがいい。
それくらいならいいか。
「わかったよ」
こうして俺は、ゾニーと同じ部隊に配属されることになった。
そう言えばだが、最初にここに整列していた半数は前線の戦いに合流したらしい。
あくまで街の人名救助は半数で行われる。
最優先は街だが、後々の結果を見据えなければいけない。
この戦いの先に何があるのか。
平和なのか、戦争なのか。
まだ俺たちには、分からない。
今回の魔物達の動きは、魔法大国グラネイシャと言う国を揺らがす。
大きな出来事だったのだ。
俺が死ぬ前に、こんな戦いしてみたかったと言うのも本音だ。
だが、誰も死なせたくはない。
「伝令伝令!!数十体の魔物が防衛ラインを突破。
及び、ストロングデーモンを“数匹”確認。
第二防衛ラインは放棄し、第三防衛ラインまで後退する!!」
――――。
くらぁいくらぁい。
その森の中。
闇がうじゃうじゃ。
その洞窟の中。
「魔物たちをどう動かそうと私の自由だ」
人影が、そう言った。
くらぁいくらぁい闇の中で。
そのツノを生やした人間が、そう言ったのだった。
余命まで【残り28■日】