二十五話「トニー・レイモンと父親」



 私の製鉄所にその紙が届いたのは、仕事が始まってしばらく経ってからだった。



『街に魔物が侵入、住人はすぐ街から逃げ、身の安全を守る行動を取れ』



 私、ヨアン・レイモンはすぐさま従業員を集結させ話し合い。

 そのまま街へ走り出した。

 なぜなら街に、トニーが残っているからだ。

 ロジェは丁度出張しているし、ピーターも王都で働いている。

 確かに朝方から、街を通り過ぎる王都の騎士が多いと思っていた。

 異変を感じられなかった、父親の監督不行届だ。


「なんだあれは……」


 煙弾魔法だろうか、街の空にあがっている。

 この煙弾の数だけ魔物が侵入しているとしたら、死人が出ているのかもしれない。

 だから私は、杖をカバンから取り出して。

 カバンに閉まってあった大きめな上着を着て。

 私は叫んだ。


「――【魔法】血流操作」


 全身の血が疼いた。

 それと共に溢れ出る力を拳に流し込む。

 そして私は、街中をかけていった。


 何人かとすれ違った。

 すれ違った人は怪我はしていない。

 魔物は人を攻撃していないのだろうか。

 それとも、奥には人が倒れているのかもしれない。

 くそ、ダメだ。

 不安だ。

 トニー、生きていてくれ。



――――。



 目の前には、黒い怪物が立っていた。


「くそ、こいつの核はどこにあるんだよ」


 とは、ロンドンさんの言だ。


「核は多分ボクでも潰せない。トニーの回復とこの魔物の誘導が目的です」

「そのトニーってガキを助ければ、勝てるのか?」

「いいや、この場所は狭すぎる。結界が使えません」


 この場所は脇道だ。

 結界は距離を取って二人で展開し、所定の位置で魔法を使わなきゃいけないのだ。

 だが、ここは狭すぎる。

 トニーが目覚めても、ここでは結界を張ることが出来ない。


「この近くに、広い場所はありますか?」

「それなら、左側の外壁の奥は学校だ。校舎を壊すわけにはいかないが、運動場なら行けるかもしれない」

「運動場……確かにあそこなら開けている」


 あそこに誘導出来れば良いんだけど、後ろではみんながトニーに『ヒール』をかけている。

 簡単に動くわけにもいかないし、後ろの後衛組を守らなきゃいけない。

 とにかく今は、ここで持ちこたえるしか。


「行きますよ!!」

「あぁ!!」


 ボクはその場で詠唱を開始、ロンドンさんも詠唱を始めた。


「世界のマナよ、大気の熱量を奪い、その姿を、変え給え!!!」

「世界のマナよ、その物に癒えぬ傷を与え、命を断つ力を生み出し給え」


 空に巨大な氷塊が生成され、小さく調整した影が脇道に影を作った。

 金色の杖に赤黒い閃光が走り、激しい振動が杖を揺らした。


「――【魔法】アイス・ストーム!!」

「――【禁忌】黒死波動!!」


 一瞬のうちに消えていった氷塊が魔物の頭に直撃し、その透明な振動波が魔物の体を五メートル程押し返した。


「てか、禁忌ってそんな簡単に使って良いんですか!?」

「人に対してはダメだ」

「命を奪う禁忌とかって、魔物に効くんでしょうか?」

「効かないな。禁忌は人に害な魔法に付けられる総称だ。魔物は人間と違うから別だと」

「なるほど」


 ロンドンさんが以外と魔法に詳しいとは。

 と言うか、極度の人見知りだとご主人さまから聞いたんだけど。

 あれは違うのだろうか?

 それとも、状況が状況だから?


「黒死波動は人間が食らったら四肢がバラバラになる。だが、この魔法を上手く使えば!!」


 ロンドンさんは杖を左の外壁に向けて。


「――【禁忌】黒死波動」


 轟音を立てて崩れ去ったレンガの外壁。

 その先には開けた場所である、運動場があった。

 だが、そこに誘導するのが一苦労だ。


「………」


 トニーも目をまだ覚ましていない。

 相当深い傷だったのは石の壁にめり込んでいたからわかる。

 『ヒール』も万能じゃない。

 ヒールは一箇所の傷を治すのは早いけど、色んな部位に色んな傷がある時は時間がかかるのだ。

 だから、まだ時間を稼がなくては。


「近づいてきました!もう一度距離を開けましょう!」



――――。



 私は街中を走りながら、今この現状の事について考えていた。


 そう言えばなのだが。

 簡易的だが、うちの製鉄所を避難区域とした。

 うちの作業員は魔法使いが多い為。『ヒール』などの治療は出来る。

 作業員は心優しいものが多いからか了承してくれた。


「山上のレイモン製鉄所に避難区域がある!!

 そこで怪我人は治療することが出来ます!」


 道行く人達にそう伝える。

 だが、ここは街の中心部から少しだけ離れている場所だ。

 中心部に煙弾が集中しているし、街の外周から侵入しているならここらへんはまだ魔物が来ていないと言う事になる。


 実はだが、私は元々騎士として働いていたことがある。

 同期の連中には腰抜けと言われていたが、それも昔の話だ。

 私は今や父親。父親として子供を守らなきゃいけない時だと思っている。

 遠目とは言っても、今は緊急事態だ。

 子供が死んでしまったら元も子もない。


「――【魔法】血流操作」


 両足を踏ん張り、屋根上に飛び移る。

 仕事着のスーツのまま、上に上着を着ているからなんだか動きにくい。

 だが、ここで止まるわけには行かない。


 屋根の上を走りながら、私は街の中心部に視線を向ける。


 この街の騎士も、王都の騎士もきっと戦っている。

 元騎士とはいえ、ここで戦わない父親など居ないと思う。

 ケニーさんもきっと、全力で戦っていると思う。

 あの人には色んな事を教えられた。

 尊敬もあるし感謝もある。

 父親として、あの人の背中を見ていき学んでいきたい。

 あの人は、尊敬できる人間だ。

 だから――。


「――【魔法】煙弾!!」


 街に放たれていた赤の煙弾とは違い、黄色の煙弾が打ち上げられた。

 黄色の煙弾の意味は、増援だ。

 私はここにいる、増援が来たぞと。

 避難区域も作った。

 あとは、私が騎士として、戦場に赴くのみだ。


 頼む、生きていてくれ。

 トニー・レイモン。



――――。



「……トニーくん!!」

「は、はい!!」


 俺は思わず、男の必死な声で目が冷めた。

 あれ、俺。どうしてるんだ。

 確か、いきなり全身に痛みが走って。


「頼むトニーくん。サヤカちゃんが戦っているんだ」


 俺の目の前にいる金髪の男がそう言った。

 そして見せてきた、その光景。

 サヤカが片腕から血を流して、もう一人濃い茶髪の人が汗だくで戦っている。

 あいつ、筋肉すごいな。

 どこで鍛えたんだ。


 重い体をよじって、俺は叫ぶ。


「サヤカ!!」

「――!?トニー!!」


 サヤカが振り返った。

 おいおい、また無理しやがって。

 さっき無理したばっかりだから、もう疲れてるだろ。


「………ちっ」


 俺がサヤカの代わりに働きたいが、まだ全身が上手く動かない。

 無理に立ってもふらふらするだけだろう。

 だから、もう少しだけ待ってくれ。

 結界を、使うから。


「ここじゃ結界が出来ないんだ!!」

「は?」

「だから、左側の学校の運動場に魔物を誘導したい!!」

「………」

「でも、ボクにもう力がない。どうにかトニー達を守りながら、魔物をここに留めてた」

「なるほど」

「だから……!」

「俺の出番ってわけか」


 俺は重い全身に目を向けて。


「――【魔法】ヒール」


 全身が温かく光る。

 そして、俺は。自分で起き上がった。

 まだ全身は上手く動かないし、片手の感覚がない。

 だが、俺はやらなきゃいけない。

 男なら、ここでやらなきゃいけないんだ。


『もし、昔の自分に一言だけ言えるなら。人間はなんと言うか』


「――トニー・レイモン、お前の本気はここからだろ!!」


 寂しいからとか、もうどうでもいい。

 それも経験だし、それも人間の一部だ。

 だから、トニー。今だ。今なんだ。

 お前の過去は、今この時の為にあるんだ!!


「――【魔法】ブリーズッ!!!!」


 魔物の右側から発生した風は、魔物を無理やり押し込む力があった。

 魔法ブリーズは風魔法、その本質は周囲の空気を操る事だ。

 だから、どこからでもその風を発生させることが出来る。

 この風を魔物にぶつけて、俺の力量で魔物を運動場に押し込む――ッ!


「――【連鎖魔法】砂嵐!!」


 サヤカの魔法で、砂が魔物の目を潰した。


「ガアアアアアアアルウウウウウウ――ッッッ!!!!」

「トニー!!!」

「押し込めぇぇ――ッッ!!」


 ガガッと言う音と共に、魔物は足元を崩し横に倒れた。

 それと同時に、風により魔物は運動場の隅っこに到着した。

 広い場所、だからこそ、使える魔法がある。

 サヤカは走った。魔物の奥へ走った。

 俺も、はしっ……。


「……うぅ」

「トニー!?」


 あれ、どうしてサヤカが空に居るんだ。

 違うか、これは俺が倒れたのか。

 流石に、無理にやりすぎた。

 どうしよう。あのままじゃ魔物が起き上がって――。


「――世界のマナよ、人界に降りし悪魔の生物を閉じ込め給え」


 その時、聞こえてきた声があった。

 それは聞き覚えがあって。

 思わず意外で、上がらない首を上にあげた。


「サヤカくん!杖を!」

「えっ……は、はい!!」


 仕事着に身を包んで、見覚えしか無い上着を着ていた大人が立っていた。

 カッコイイその見た目の男が、

 サヤカと共に叫んだ。


「――【魔法】結界!!」

「――【魔法】結界!!」


 上空に高くあがった光の線が一直線になり。

 それは天高くから魔物の背中に直撃した。


 結界に閉じ込めることに、成功したのだ。


 戦いの後の沈黙が、その場所を支配した。

 砂埃が上がっていて。

 地面が冷たい物と理解した。

 熱くなっていた。熱くなって、みんなを守ろうとした。

 終わった、と息をすることを思い出すと。

 そこから、一人の影が歩いてきた。


「お前は……」


 ロンドンがそう言った。

 そして、俺の視線に、知っている革靴が写った所で。


「父さん?」

「トニー」


 身にしみるその声。

 思わず唇を震わせた。

 だって、何を言われるか分からなかったからだ。

 また兄と比べられて、俺が泣くのだろうかとか。

 どうしてすぐに逃げなかったんだとか怒って。

 俺を殴るのかと思った。

 だけど、全部違った。


「よく頑張ったな、トニー」

「えっ……」


 強い力で、俺は父親に抱きしめられた。

 全身が痛くって腕を上げられなかったけど、俺は無意識に抱き返そうとしていた。

 無意識だ。

 どうしてだろう。

 分からない。

 でも、その胸は、どうしようもないほど暖かかった。

 包まれるその感覚に、見に覚えのない感触が全身を支配した。

 なんだか目から溢れそうで、でも抑えた。


 そして、父親は言った。


「生きてくれてて、良かった」

「………っ」


 そうか、こんな父親でも。

 俺を愛していたのか。

 俺を心配していたのか。

 俺を……子供だと思ってくれていたのか。


「死ぬわけ……ねぇだろ」

「ふふっ、そうだよな」



 トニー・レイモンは、初めて親の愛を知った。




 余命まで【残り286日】