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「そんでさ、その時、コーセンっていうウチの部下が言う訳よ。『隊長、ドリルの刃が折れました~』俺は俺で、何度かドリルの刃を飛ばしてしまって、どうしようもないのよ。でしょうもないから、次から皆に持たせたものが何だと思う?」
片手に半熟の黄身が今にもとろけ出しそうな目玉焼きを刺したフォーク、もう片手にごまのペーストをつけた丸いパンを持ちながら、ケンネルは「昨日までの話」を順序もごちゃごちゃに話す。
テルミンはそれを聞きながら、時々あいづちを打ちながら、どうにも珍しく笑顔が止まらない自分を感じていた。
ケンネルが冬の惑星、ライに出向となったのは、三年前のことだった。
当時、政界も軍部も騒然としていた。いや、それだけでない。このレーゲンボーゲン全体が、騒然としていた、と言っても間違いではない。
三年前。共通歴827年の4月、まずそれまで18年という長い間、この星系をその手の中に置いていた首相・ゲオルギイが暗殺された。
犯人は、その場で側近のヘラ・ヒドゥンとその選任SPであったテルミンの健闘で、その場で射殺。
その模様は、ちょうどその場にインタビュー目的で追いかけていた中央放送局の女性スタッフ、ゾフィー・レベカの手元にたまたまあった放送用端末で撮され、大スクープとして、全ての放送を中断し、星系中に流された。
ゾフィー・レベカはこの時の功績により、その後の政府関係の報道の中心スタッフに抜擢され、現在ではその筆頭に立っている。その急速な出世の裏には、彼女の監督する報道番組の価値を重くみたテルミン宣伝相の力が働いている、と噂する者も居るが、定かではない。
そのテルミン「宣伝相」。
彼は彼とて、一足飛びにその地位についた訳ではない。あくまで三年前までは、ただの選任SPであった彼が、それまで内閣には無かったその役職につくまでには、様々なドラマがあった。
しかしその全てを記す訳にはいかないので、かいつまんで言うならば。
全てはゲオルギイ首相の死から始まった。
この時期、ゲオルギイ首相の内閣自体も、それまでにない危機を迎えていた。地位についた頃から信頼してきた閣僚が、ひどく短い期間に、次々と失脚していったのである。
ゲオルギイ首相は、閣僚達があまりにも単純な誘惑に引っかかり、その身を滅ぼしたことを疑問に思い、悲しんだが、彼らが自分から手を出したことは事実だったので、それをかばうこともできなかった。
そしてこの周囲の失脚は、首相の死によって、更に悪い事態を巻き起こした。すなわち、後継者の問題である。
失脚した閣僚達は、首相に「もしもの何か」があった時の交代要員として、充分な能力を持っている、とされていた。
首相自身も、彼らが居たので、安心していたのである。だがその背後に控える者が、一人もいなくなった。その折の暗殺である。
残された閣僚は、困った。失脚した者達と違い、誰かの下でのみ能力を発揮するタイプであったし、また、それを実によくわきまえていた。もしくは、頭として責任を負うことを、極端に嫌うタイプであったと言ってもいい。
理由はどうあれ、残された者達は、首相という地位につくことを全て拒んだのである。
そこで彼らは、一人の人物に相談を持ちかけた。
この星系に駐在している、帝都政府からの派遣員である。
帝都政府の人間の言葉であるなら、自分達で決定することの責任を少しでも回避できる、と彼らは踏んだのである。
そして派遣員は、一つの案を提出した。
「代理をひとまず立てなさい」
だが彼らは、その人物が浮かばなかった。派遣員は、続けて言った。
「誰でもいいのです。つまりは首相という人物の栄光を映す人物だったら誰でも」
そこで彼らは、一人の人物に白羽の矢を立てた。そういう人物は、その時点では、たった一人しかいなかった。
首相の側近であった、ヘラ・ヒドゥンである。
ヘラ・ヒドゥンは当初その地位を丁重に断った。自分には荷が重すぎる、と。確かにそれはどう見てももっともな答えだった。この人物は確かに有能だったが、若すぎた。
しかしそれを周囲は無理に勧め、とうとうヘラ・ヒドゥンはその座についた。とりあえず「代理」として政務を執り行い、しばらく後に、正式な選挙を行い、首相を決定する、ということになった。
このまだ若い青年を推した閣僚達は、それまでに自分の息の掛かった候補者を挙げるつもりだったのだ。
しかし、一度「代理」の座についたこの青年は、閣僚達の想像を遥かに越えた、したたかな存在だった。
彼らが気が付いた時には、遅かった。
「けどな本当に、こうなってるとは俺、思わなかったよ? だからお前のこの招待と、俺に付けられたこの地位も冗談じゃないかって思ったんだからな」
ケンネル「科学技術庁長官」はそう言いながら、大きなカップいっぱいのコーヒーを口に含む。
「やっぱり美味いなあ…… はあ…… ごはんはやっぱりこっちが美味いよ。いいねえ…… コーヒーが冷めない食卓!」
一口一口ごとに、ケンネルは感動した様な声を上げている。毎日の政務の疲れからか、いまいち朝に食欲は湧きにくいテルミンは、その様子に改めて感心する。
「そっちでは、どういうもの食べてたのさ、先輩」
「ああ? 別に不自由はしてなかったけどね。それなりにちゃんと食事は出たし」
「そう? だったらいいけどさ。何かずいぶん前と印象が違ったから、ちょっと俺も心配になったよ」
「そりゃあまあね。三年ってのは結構長いもんな。いつの間にかお前は宣伝相なんて役についてるし」
ケンネルは何げなく言う。
「俺は宣伝相なんて閣僚の地位を、今まで聞いたことなかったんだけど」
「そりゃあそうさ」
不意に聞こえたその声に、思わずケンネルは振り向く。
テルミンはつと立ち上がると、食堂で控えていた警備の兵士に対し、下がる様に合図を送る。扉のあたりには二人の兵士が居た。一礼して、濃青の軍服を着込んだ兵士は扉を出て行く。
「この人が、テルミン、お前の友達だっていう?」
「そうです」
ケンネルはカップを置いた。まだ中には1/3程残っている。
「へえ」
そう言いながら、入ってきた人物は、空いていた椅子を引き出すと、当然の様に横座りに掛ける。
「初めまして・よろしく。ケンネル新科学技術庁長官」
そして右の手を差し出す。比較的小柄その人の差し出した手はそうでも無い。
ケンネルは一度手を差し出しかける。だがふと思い直して、一度その手をそばのナプキンで拭った。そして改めて手を出す。すると相手はにっこりと笑った。
「ずいぶんと焼けているね。雪焼けか」
「はじめまして。ヒドゥン総統」