『フーゴ……フーゴなんだ、僕は人食い狼じゃない』
喉を震わし、大きな口で細く訴えた。
ボロ布を怯えた手で捲り、黒い体毛に包まれた二足歩行の狼が露わとなる。
突き出た鼻と大きな口、琥珀の瞳孔は柔らかく垂れ目。
「大丈夫ですよ、フーゴさん。私たちも手荒なことはしたくありませんし、あくまで友人の無実を晴らしたいだけです」
『彼は、捕まったの?』
「町の牢屋にいるみたいです」
『ごめん……彼らには悪いことをした。さっき説明した通り、僕を人食い狼扱いして、殺そうとしてきたんだ。僕は僕なのに、認めてくれない怒りにまかせて、僕は…………』
ボロ布をしわくちゃになるほど握りしめた。
グローブの指先は縫い目がほつれかけ、黒い毛と爪が隙間からはみ出す。
ブーツもぴっちりで、今にも紐がはち切れるほど窮屈。
穏やかな碧眼で観察したあと、静かに訊ねる。
「犯人は、フーゴさんではありませんよね」
目を丸くさせたフーゴは、戸惑いへ移ろい、尖った耳をぴくりと動かす。
不思議に思いつつ、申し訳なく返す。
『あの、僕の声、聞き取りにくいの、かな』
「ちゃんと伝わっています。ただ銃の扱いが素人なうえ感情的になってる方が正確に頭を撃ち抜くなんて、相手が寝ているならまだしもですけど、さすがに泥酔して暴れる相手じゃ難しいです」
『で、でも、本当に僕が犯人なんだ! この手で、やったんだ!!』
焦燥感溢れる強い言葉で吠えた。
赤ずきんは、軽く唸ったあと、頷く。
「そう、ですか……うーん、じゃあ警察まで一緒に来てください」
『でも捕まりたくない……本当なら、あのまま軍人が逮捕されるはずだったのに』
「友人の無罪さえ晴れたらなんでもいいです。アナタの口から違うと言ってくれれば、もう少し別のアプローチができるでしょう。嫌なら情報を吐くか、両脚を撃ち抜かれて運ばれるか、です」
と、優しく提案した。
『……ぼ、僕は、どうなるんだろう』
「警察の法は知りませんが、軍法なら銃殺刑ですね」
『嫌だ、嫌だ、嫌だ!!』
首を大きく振って嫌がる姿に、どうにも納得できない。
リボルバーに手を添えて眺めていると、小屋の扉をカリカリと引っ掻く音が聞こえた。
『赤ずきん、さっきの子が来たよ! 赤ずきんに用事があるって』
外で見張りしていた狼の声。
「リヒャルトさん?」
『ど、どうして……』
扉をゆっくり開ける。
隙間をあけて覗くと、狼の純粋な琥珀が見えた。
もう少し開ける。
ハンチング帽にサスペンダー姿のリヒャルトが、袋を抱えてやってきた。
「どうされましたか」
不安に支配された表情で、
「何でも屋の赤ずきん、だよね?」
訊ねた。
「えぇ、よくご存知で」
『リヒャルト、来ちゃだめだ! 家にいないと』
「フーゴ、ごめん、家のことより、僕のことより、フーゴのことが一番心配だから……親戚のお姉さんがね、前に手紙くれてて、凄腕の何でも屋で、赤いコートの綺麗な人が狼を連れてるって書いてあるのを思い出しだんだ……お願い、フーゴを助けて。報酬これでもいい?」
袋から出てきたのは、新品の自動拳銃と黄金のペンダント。
「高価そうですね、一体どうしてこんなものを?」
「父さんの、もう死んでいないけど、母さんが軍の人から貰ったって言ってた。使わないし、母さんも見たくないから、隠してたんだ」
『リヒャルト、やめてくれ』
「お願い! フーゴはね、警察の人におどされてたんだ! 本当に撃ったのは警察の人、僕とフーゴが見た!」
『ウソだよ、ウソをついてる……僕がやったんだ!』
「協力しないと、僕たち一家を焼き殺すって」
慌ただしくなる室内で、赤ずきんは、「ふぅ」と息を吐く。
穏やかな微笑みを浮かべ、狼を撫でた。
「さて、依頼も受けたことですし、警察を潰しましょうか」