『ニオイが奥まで続いてる!』
得意げに呼んで、奥の住民が暮らす地区に入っていく。
四足歩行の狼を珍しそうに窓から眺める人々を横目にどんどん奥へ。
「おや」
45口径のダブルアクションリボルバーを構えた。
黒い毛が風に舞い上がり、頬を通り過ぎていく。
ハンチング帽にチェックシャツとサスペンダー。
震えるまだ小さい手には重い自動拳銃。
『君だれ?』
「狼クン、ゆっくり下がって」
赤ずきんより後ろに下がり、様子を見る狼。
不安に支配された大きな目と睨み合った。
「はぁ、はぁ……これ以上、来たら撃つ」
「なるほど、分かりました。ここより奥は軍人を撃った真犯人がいるんですね」
穏やかに真っ直ぐ突きつけた言葉に、喉が怯んだ。
「よ、よそ者が入ってきちゃダメなんだ、秘密基地だから、正義の秘密組織!」
「と言われましても、私たちも友人の無実を晴らしたいので、譲れません」
ガチガチ震えるグリップを観察する赤ずきんは、一歩踏み込んだ。
ホルスターに銃を収め、容赦なく、早足で。
「あっ! え、この、このっ!」
トリガーを押さえようにも抵抗が起きた。
軽く手首を捻り、いとも簡単に拳銃を奪う。
滑らかな動きでマガジンを外し、スライドを引いて傾け、薬室から弾薬を落とした。
スライドもスプリングも外し、拳銃は簡易的な分解状態となり、地面に散らばる。
「うぁ……え」
ものの1秒で起きた出来事に、瞼が追いつかない。
尻から転び、後ずさる。
「安全装置の知識も知らない子に、持たせるなんて、一体どんな……狡猾な狼さんなんでしょう」
穏やかな微笑みに対し、喉が震えている。
不安はやがて恐怖に支配され、首を小刻みに振った。
「だ、だめなんだ、近づいちゃ……軍なんかに」
「申し訳ないですが、ただの旅人なんです」
『ボクもだよ! イーサンは大切な友達なんだ、助けないと』
「う……う、ぅぁ、うあぁあ!」
奥へと引き返していく。
『あれ?』
「真犯人に脅されてるのかも」
簡易分解した拳銃を拾い、ポシェットに忍ばせた。
『赤ずきん、泥棒だよ』
「まさか、拾っただけ」
困った鼻息を漏らし、前に進んだ。
最奥の行き止まりに、寂れた小屋があった。
風も当たらない、後々増築した建物や壁に追いやられている。
『ここ! ニオイが強い、人食い狼と同じニオイがする』
「使われなくなった狩人小屋かな」
リボルバーを再び抜き、警戒しながら小屋に音を減らして近づいていく。
錆びた半開き扉の隙間に銃口を入れる。
ゆっくりと開き、扉が軋んだ。
赤ずきんの耳横から聞こえた空気が振れる音に、琥珀の両眼は遅れて気付く。
『あかっ』
銃身を掌で上に払い除け、爆裂音と爆風が鳴る。
ボルトアクションライフルを抱えた何者かが、後ろによろめいた。
ボロ布とブーツ、グローブで全身を隠している。
小屋の壁に銃口で追いやり、顎裏に突きつけた赤ずきん。
「手荒いですね、アナタは何者ですか? アナタが、事件の犯人でしょうか?」
『は、はぁ、はぁあぁ、がぁ』
『……び、びっくりした……』
銃声と危機的状況に心臓をバクバクさせた狼は、赤ずきんの足元に擦り寄る。
布の奥で、大きな口と突き出た鼻、鋭く太い牙、漏れる獣の吐息。
「言葉を話すヴォルフ、ですか」
『僕の名前はフーゴ……』
流暢に名乗った。
「フーゴさん、さっきの子どもはどこに行かれましたか?」
『家に、帰した……僕のせいで、死んでほしくない』
「そうですか。で、真犯人はフーゴさん?」
『仕方なかった……だって、僕を見て、人食いだって叫んで、殺そうとしてきた、だから、寝ていた奴の銃で』
「なるほど、まともに扱ったことないのによく正確に、頭を撃てましたね」
フーゴは呼吸を詰まらせる。
『ま、マネして撃てば、誰だって』
「玩具じゃないんですよ、フーゴさん」
『う…………』
『ねぇねぇ、おじさんたち呼んできてもいい?』
「うーん、フーゴさんに事情を聞いてからにしよう。さて、小屋で話を聞かせてもらえませんか?」
落としたライフル銃を銜え、狼は容赦なく鋭い牙と強靭な顎で噛み砕いた。
『わ、分かった』
抵抗する術なく、寂れた小屋で話をすることになった。