「僕とフーゴは、親友!」
『うん、リヒャルトと僕は親友だ。他の誰よりも大切な存在』
親友と呼び合う背中に、狼は傾げる。
『ねぇねぇ、君達はどうやって仲良くなったの?』
「フーゴがお腹を空かせて倒れてたところを僕が見つけて、それからパンを何度か運んでたら、仲良くなったんだ」
「失礼な話ですが、フーゴさんのような方は他にもいますか?」
『……いるにはいる。ただ、僕の家族は誰も言葉を話せなかったよ。人を憎む感情は根強く持ってたけど、僕は憎しみが分からなくて、逃げ出した』
「そうですか」
『ところで、赤ずきん、本当に警察を潰すつもりかい?』
「相手の出方次第ですかね。危ないですし、安全な場所で隠れてください」
全身をボロ布で包み隠したフーゴは、不安げに頷いた。
『捕まった軍人は、君の大切な存在?』
「いいえ、全く。正直、どうなろうが興味もありません」
『じゃあ、どうして』
「この子が、助けたいと望んだからです」
尻尾を横に大きく振る純粋な琥珀を見下ろす。
『イーサンはとっても良い人だよ! 危ないなら助けなきゃ』
「というわけです。リヒャルトさんから依頼を受けましたし、きっちり働きますよ」
穏やかに微笑み、狼と一緒に警察署へ向かう美しい背中。
見送るフーゴとリヒャルト。
「フーゴ、きっと大丈夫。落ち着くまで隠れていよう」
『うん、けどリヒャルトの家族も危ない、赤ずきんが強くてもどうなるか分からないよ、だから』
心配するフーゴに対し、小さな首を強く振った。
「ヤダ、フーゴと一緒にいる! 逃げるならフーゴと逃げる!」
『リヒャルト……ありがとう』
大きな体で加減しながら抱きしめる――。
警察署に戻ってきた赤ずきんは、入り口で紙タバコを吸うギャロンのもとへ。
「あぁ坊やと赤ずきん、どうだ、ヴォルフはいたか?」
「いえ、少し訊きたいことがあったので、ワルフリードさんはどこへ?」
鼻で笑い、惜しみなく答える。
「あいつは女のところだ」
『女?』
「坊や、寡黙な男には沢山の女がいる」
『えぇー分かんない』
「いいさ可愛い坊や。愛人だ、内戦で夫を亡くした哀れな女、愛する息子のレッスン代を稼ぐためなら体も差し出す……素晴らしい話だろ。まぁ分からなくていい、で、何が訊きたい」
紙タバコを灰に染め、足元に捨てると踏みつぶす。
「犯人についてなのですが、調べていたら、警察の人間だと情報を掴みました」
ギャロンは睨みを強めた。
「なんの冗談だ? 警察はな、犯罪者共と同じことをしないために立ち上げたんだぞ、真の正義を掲げてんだ」
「申し訳ないのですが、私、何でも屋をしていまして、目撃者が殺害しているところをハッキリ見たと仰り、さらに依頼をいただきました、罪をなすりつけられ脅され、助けてくれと」
訝し気に、顔を赤くさせながらホルスターに手を添える。
が、既に45口径のダブルアクションリボルバーがギャロンの眉間に向けられていた。
「狼クン」
『分かった!』
ホルスターごと鋭い牙で噛み千切り、容赦なく自動拳銃を粉砕。
破片やネジ、弾薬が地面に散らばった。
「んがっな、なんだ、お前らやはり根っからの軍人か!」
「ギャロンさんは犯人じゃなさそうですね。狼クン、依頼主のところに戻って様子を見てきて」
『分かった!』
素直な明るい返事をして、奥へと駆け出していく。
「あり得ない、警察は、腐っちゃいない!」
「リヒャルトさんをご存知ですか?」
リヒャルト、と聞いた途端、ギャロンの顔色から赤さがすっと消え、今度はどんどん曇っていく。
「相棒が、あいつがそんなこと、するはずがない。どうせ母を取られた逆恨みで滅茶苦茶なことを言ったんだ、子どもの話を信じるのか」
「依頼されたので。あとは私自身も変だなと思いました。リヒャルトさんがこの銃を持っていたのです」
ポシェットから簡易分解されたままの自動拳銃を取り出し、スライド部分を投げ渡す。
慌てて受け取ったギャロンは、スライドに刻印された文字に驚いた。
「警察の銃……」
「ワルフリードさんをどうするかはお任せしますが、とりあえず彼を牢屋から出して頂けますか?」
「待て待ておかしな話だ、犯行現場であいつはわざわざ口を挟んできたんだぞ」
「焦ったか、見捨てたか、どちらかでしょう」
「ぐ、ぐぅ……あいつは、警察を立ち上げる前からの相棒だった……寡黙だが良いアドバイスをくれる、なんでこんな、わざわざ」
悲しみと迷いのある言葉を吐きながら、よろめいてしまう。
「とりあえず、イーサンさんを出してください」
「……分かった」
署内通路の奥にある留置所まで向かうと、テーブルで足を組んだ看守と目が合う。
ギャロンに挨拶と手を軽く挙げる。
「釈放だ。あの軍人を出してやってくれ」
「はぁ、正気か?」
「正気でこんなことしてたまるかっ、さっさと出してやれ、俺はこれから大事な話がある」
荒くれた歩き方をする看守は鍵を握って渋々牢の前へ。
鍵を開ける姿に、筋肉質で背が高い青年イーサンは希望を見出す。
「おいおいおいマジで、マジでやってくれたのか、赤ずきん!」
自由を得た喜びに綻び、赤ずきんを両腕で包み込もうとしたが、寸前で思い留まる。
「おっとワイアットに恨まれちゃ面倒だ。けど、マジでホントにありがとう。アーサーのことは、聞いたか?」
「はい、ご遺体も見ました。綺麗な顔でしたよ」
「そっか……そっか」
深い落ち込みを見せるイーサン。
「ほら、さっさと出てけ。都行きの馬車を手配してある、軍人め、二度と町に踏み込むな」
看守に悪態をつかれながら、外へ出た。
「さぁどうぞイーサンさん、自由になりました。アーサーさんのことは、非情に残念ですが、警察の方がちゃんと故郷まで帰すそうです」
「あぁ……ライアン隊長や仲間に報告するのは辛いが、俺達は生きなきゃな。赤ずきん、必ず相棒と一緒に帰ってこいよ」
「そうですね」
「もう都はお前らの帰る場所だ。ワイアットが特に、寂しがってるぞ、たまには手紙出してやれ」
「そうですね」
淡々とした返しに、いつも通りさを感じ、肩をすくめる。
落ち着かない、出ていけと言いたげなギャロンの目線に気がつく。
「軍はお前らが思うほど圧政なんか強いちゃいないし、マッケナ総帥は傲慢じゃない。憎むのは勝手だけど、俺達は今を生きてる、これから解決すべき問題の為に動いてんだ。本拠地の都にいる兵士の大半も内戦の犠牲者、過ちを繰り返さないために志望した奴らだってことを忘れるなよ」
「若造が……お前らに分かるか」
「アーサーはぶっきらぼうだけど、人のために正義を貫く良い奴だったんだ……赤ずきん、またな」
馬車に乗り込み、イーサンは町から出ていった。
休む間もなく、町の奥で響き渡った破裂音が、さらなる騒ぎを引き起こす――。